学園黙示録 HIGHSCHOOL OF THE DEAD ―Re:Build― 作:UG-san
窓から吹き込む初夏の風が、教室のカーテンをゆっくり揺らしていた。
昼前の授業は退屈だった。
教師の声は聞こえている。
聞こうと思えば内容も理解できる。
だが、今日はどうにも集中できなかった。
朝に見た夢のせいかもしれない。
ポケットの中で消しゴムを転がす。
ノートの端に意味もなく線を引く。
四角形。
円。
矢印。
特に意味はない。
考え事をしていると、昔からこうなる。
「悠斗」
前方の席から小声が飛んできた。
顔を上げる。
朝倉陽向だった。
教師に見つからないよう、半身だけこちらへ向けている。
「何描いてんだ?」
「別に」
「いや絶対何か描いてるだろ」
陽向が身を乗り出す。
慌ててノートを閉じた。
「見せろよ」
「嫌だ」
「ケチ」
小さな声で文句を言う。
そのやり取りを見ていた隼人が呆れたように笑った。
「お前らなぁ……授業中だぞ」
「だって暇じゃん」
「先生が聞いたら泣くぞ」
「聞いてないから大丈夫」
根拠のない自信だった。
陽向は昔からこういう奴だ。
人懐っこい。
騒がしい。
空気を明るくするのが上手い。
本人に自覚はないだろうが、クラスの中心にいるタイプだった。
「昼飯どうする?」
「まだ早いだろ」
「購買行くなら付き合えよ」
「考えとく」
「絶対来いよ」
勝手なことを言って前を向く。
教師は気付いていない。
あるいは気付いていて見逃しているのかもしれなかった。
いつもの授業風景。
いつもの日常。
何も変わらない昼前。
そう思っていた。
だから最初は気のせいだと思った。
外が少しだけ騒がしくなったような気がした。
微かな違和感だった。
教室の何人かも窓の外へ目を向けている。
だがまだ誰も席を立たない。
教師も授業を続けている。
それほどの出来事ではない。
――そう見えた。
俺も窓の外へ視線を向ける。
最初に違和感を覚えたのは校門付近だった。
数人の教師が集まっている。
校門の向こう側。
外にいる誰かへ対応しているように見えた。
不審者だろうか。
距離があるせいで細かい表情までは見えない。
だが様子がおかしい。
教師たちは校門越しに何かを話している。
相手は、ふらついていた。
酔っ払いにも見える。
病人にも見える。
とにかく普通ではなかった。
「何だあれ」
陽向が呟く。
誰も答えられない。
一人の教師が校門へ近付く。
何かを注意しているようだった。
だが相手は反応しない。
教師が苛立ったように腕を伸ばす。
胸ぐらを掴んだ。
その瞬間だった。
相手が教師の腕に噛みついた。
教室中がざわつく。
「は?」
「噛んだ?」
「何してんだよ」
噛まれた教師が後退する。
ふらつく。
そして、そのまま地面へ倒れ込んだ。
周囲の教師が駆け寄る。
倒れた拍子に気を失ったのか。
倒れ込んだ姿勢のまま微動だにしない。
誰かが救急車を呼べと叫んでいるように見えた。
俺も最初は暴力事件だと思った。
それ以上の何かだとは考えもしなかった。
数秒後。
倒れていた教師が動いた。
「良かった」
誰かが呟く。
意識を取り戻した。
そう見えた。
教師たちも同じだったのだろう。
肩を支えようとする。
その瞬間。
起き上がった教師が近くの教師へ飛びついた。
首筋へ噛みつく。
今度ははっきり見えた。
教室が静まり返る。
意味が分からない。
何が起きている。
校門付近は一瞬で混乱に包まれた。
襲いかかった教師がまた別の教師に飛びかかる。
教師たちが逃げる。
悲鳴が上がる。
数人が校庭の方へ歩き始めた。
不審者に噛まれた教師も。
その動きは遅い。
ふらついている。
それなのに妙な不気味さがあった。
ちょうど校庭では体育の授業が行われていた。
何も知らない生徒たちがいる。
遠目にも分かった。
体育教師が何か叫んでいる。
生徒たちが振り返る。
状況を理解できていない。
次の瞬間、一人の生徒に教師が襲いかかり、組み合ったまま倒れ込んだ。
周囲が一斉に逃げ出す。
悲鳴。
怒号。
混乱。
校庭全体が崩れ始めていた。
その中で、一人の教師だけが校舎へ向かって全力で走り出した。
後ろを振り返りながら。
何かから逃げるように。
嫌な予感がした。
理由は分からない。
だが胸の奥がざわつく。
頭のどこかで警鐘が鳴っていた。
校内放送が鳴る。
教室中の視線が一斉にスピーカーへ向く。
ノイズ。
荒い呼吸音。
そして男の声。
『全校生徒に連絡します』
教師だった。
息が上がっている。
先ほど、校舎へ走っていた教師だろう。
『現在、校内で暴力事件が発生しています』
教室が静まり返る。
教壇に立つ教師も言葉を失っていた。
『全教員は速やかに職員室へ、生徒は教室で待機し――』
ガタン、と大きな音が響いた。
スピーカーの向こう側だ。
『なっ――』
声が途切れる。
何かがぶつかる音。
机が倒れる音。
『来るな!』
切羽詰まった叫び。
誰も動かない。
誰も喋らない。
『やめろ!』
悲鳴。
『うわっ――』
短い叫び。
そして。
『うわああああああああああああっ!!』
断末魔。
耳を塞ぎたくなるほど生々しい悲鳴だった。
ノイズが走る。
何かを引きずる音。
湿った音。
そして放送は途切れた。
静寂。
教室の空気が凍り付く。
誰も理解できていない。
理解したくもない。
だが本能だけは理解していた。
何かが壊れた。
決定的に。
数秒後。
「逃げろ!」
誰かが叫んだ。
その一言で教室が崩壊した。
椅子が倒れる。
机がぶつかる。
悲鳴。
怒号。
泣き声。
全員が出口へ殺到する。
教師が止めようとしている。
だが誰も聞いていない。
秩序は一瞬で消え去った。
俺は立ち上がったまま動かなかった。
恐怖で固まったわけではない。
頭の奥で何かが動いていた。
校門。
噛みつき。
死亡。
再び立ち上がる教師。
そして襲撃。
知っている。
そんなはずはない。
だが、俺はこれを知っている。
忘れていた記憶が浮かび上がる。
子供の頃に見ていた夢。
ぼやけた断片。
消えたと思っていた記憶。
散らばっていた欠片が一つに繋がる。
そして理解する。
忘れていたのではない。
思い出せなかっただけだった。
あの夢は、前世ではない。
俺自身が、一度生きた記憶だった。
転生だったんだ。
ここは――
学園黙示録の世界だ。