学園黙示録 HIGHSCHOOL OF THE DEAD ―Re:Build―   作:UG-san

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Ep.1-2 終わりの始まり(後編)

 窓から吹き込む初夏の風が、教室のカーテンをゆっくり揺らしていた。

 昼前の授業は退屈だった。

 

 教師の声は聞こえている。

 聞こうと思えば内容も理解できる。

 だが、今日はどうにも集中できなかった。

 朝に見た夢のせいかもしれない。

 

 ポケットの中で消しゴムを転がす。

 ノートの端に意味もなく線を引く。

 

 四角形。

 

 円。

 

 矢印。

 

 特に意味はない。

 考え事をしていると、昔からこうなる。

 

「悠斗」

 

 前方の席から小声が飛んできた。

 顔を上げる。

 朝倉陽向だった。

 教師に見つからないよう、半身だけこちらへ向けている。

 

「何描いてんだ?」

 

「別に」

 

「いや絶対何か描いてるだろ」

 

 陽向が身を乗り出す。

 慌ててノートを閉じた。

 

「見せろよ」

 

「嫌だ」

 

「ケチ」

 

 小さな声で文句を言う。

 そのやり取りを見ていた隼人が呆れたように笑った。

 

「お前らなぁ……授業中だぞ」

 

「だって暇じゃん」

 

「先生が聞いたら泣くぞ」

 

「聞いてないから大丈夫」

 

 根拠のない自信だった。

 

 陽向は昔からこういう奴だ。

 

 人懐っこい。

 騒がしい。

 空気を明るくするのが上手い。

 

 本人に自覚はないだろうが、クラスの中心にいるタイプだった。

 

「昼飯どうする?」

 

「まだ早いだろ」

 

「購買行くなら付き合えよ」

 

「考えとく」

 

「絶対来いよ」

 

 勝手なことを言って前を向く。

 

 教師は気付いていない。

 あるいは気付いていて見逃しているのかもしれなかった。

 

 いつもの授業風景。

 いつもの日常。

 何も変わらない昼前。

 

 そう思っていた。

 

 だから最初は気のせいだと思った。

 外が少しだけ騒がしくなったような気がした。

 

 微かな違和感だった。

 

 教室の何人かも窓の外へ目を向けている。

 だがまだ誰も席を立たない。

 教師も授業を続けている。

 それほどの出来事ではない。

 

 ――そう見えた。

 

 俺も窓の外へ視線を向ける。

 

 最初に違和感を覚えたのは校門付近だった。

 

 数人の教師が集まっている。

 校門の向こう側。

 外にいる誰かへ対応しているように見えた。

 不審者だろうか。

 距離があるせいで細かい表情までは見えない。

 

 だが様子がおかしい。

 

 教師たちは校門越しに何かを話している。

 相手は、ふらついていた。

 酔っ払いにも見える。

 病人にも見える。

 とにかく普通ではなかった。

 

「何だあれ」

 

 陽向が呟く。

 誰も答えられない。

 

 一人の教師が校門へ近付く。

 

 何かを注意しているようだった。

 だが相手は反応しない。

 

 教師が苛立ったように腕を伸ばす。

 胸ぐらを掴んだ。

 

 その瞬間だった。

 

 相手が教師の腕に噛みついた。

 教室中がざわつく。

 

「は?」

 

「噛んだ?」

 

「何してんだよ」

 

 噛まれた教師が後退する。

 

 ふらつく。

 そして、そのまま地面へ倒れ込んだ。

 

 周囲の教師が駆け寄る。

 

 倒れた拍子に気を失ったのか。

 倒れ込んだ姿勢のまま微動だにしない。

 誰かが救急車を呼べと叫んでいるように見えた。

 

 俺も最初は暴力事件だと思った。

 それ以上の何かだとは考えもしなかった。

 

 数秒後。

 

 倒れていた教師が動いた。

 

「良かった」

 

 誰かが呟く。

 

 意識を取り戻した。

 そう見えた。

 

 教師たちも同じだったのだろう。

 肩を支えようとする。

 

 その瞬間。

 

 起き上がった教師が近くの教師へ飛びついた。

 首筋へ噛みつく。

 今度ははっきり見えた。

 

 教室が静まり返る。

 意味が分からない。

 何が起きている。

 

 校門付近は一瞬で混乱に包まれた。

 襲いかかった教師がまた別の教師に飛びかかる。

 教師たちが逃げる。

 悲鳴が上がる。

 

 数人が校庭の方へ歩き始めた。

 不審者に噛まれた教師も。

 

 その動きは遅い。

 ふらついている。

 それなのに妙な不気味さがあった。

 

 ちょうど校庭では体育の授業が行われていた。

 

 何も知らない生徒たちがいる。

 遠目にも分かった。

 体育教師が何か叫んでいる。

 生徒たちが振り返る。

 状況を理解できていない。

 

 次の瞬間、一人の生徒に教師が襲いかかり、組み合ったまま倒れ込んだ。

 周囲が一斉に逃げ出す。

 

 悲鳴。

 怒号。

 混乱。

 

 校庭全体が崩れ始めていた。

 

 その中で、一人の教師だけが校舎へ向かって全力で走り出した。

 後ろを振り返りながら。

 何かから逃げるように。

 

 嫌な予感がした。

 

 理由は分からない。

 だが胸の奥がざわつく。

 頭のどこかで警鐘が鳴っていた。

 

 校内放送が鳴る。

 教室中の視線が一斉にスピーカーへ向く。

 

 ノイズ。

 荒い呼吸音。

 そして男の声。

 

『全校生徒に連絡します』

 

 教師だった。

 

 息が上がっている。

 先ほど、校舎へ走っていた教師だろう。

 

『現在、校内で暴力事件が発生しています』

 

 教室が静まり返る。

 教壇に立つ教師も言葉を失っていた。

 

『全教員は速やかに職員室へ、生徒は教室で待機し――』

 

 ガタン、と大きな音が響いた。

 スピーカーの向こう側だ。

 

『なっ――』

 

 声が途切れる。

 何かがぶつかる音。

 机が倒れる音。

 

『来るな!』

 

 切羽詰まった叫び。

 

 誰も動かない。

 誰も喋らない。

 

『やめろ!』

 

 悲鳴。

 

『うわっ――』

 

 短い叫び。

 

 そして。

 

『うわああああああああああああっ!!』

 

 断末魔。

 

 耳を塞ぎたくなるほど生々しい悲鳴だった。

 

 ノイズが走る。

 何かを引きずる音。

 湿った音。

 

 そして放送は途切れた。

 

 静寂。

 

 教室の空気が凍り付く。

 誰も理解できていない。

 理解したくもない。

 だが本能だけは理解していた。

 

 何かが壊れた。

 決定的に。

 

 数秒後。

 

「逃げろ!」

 

 

 誰かが叫んだ。

 その一言で教室が崩壊した。

 

 椅子が倒れる。

 机がぶつかる。

 悲鳴。

 怒号。

 泣き声。

 

 全員が出口へ殺到する。

 教師が止めようとしている。

 だが誰も聞いていない。

 秩序は一瞬で消え去った。

 

 俺は立ち上がったまま動かなかった。

 恐怖で固まったわけではない。

 頭の奥で何かが動いていた。

 

 校門。

 噛みつき。

 死亡。

 再び立ち上がる教師。

 そして襲撃。

 

 知っている。

 

 そんなはずはない。

 

 だが、俺はこれを知っている。

 

 忘れていた記憶が浮かび上がる。

 

 子供の頃に見ていた夢。

 ぼやけた断片。

 消えたと思っていた記憶。

 散らばっていた欠片が一つに繋がる。

 

 そして理解する。

 

 忘れていたのではない。

 思い出せなかっただけだった。

 あの夢は、前世ではない。

 俺自身が、一度生きた記憶だった。

 

 転生だったんだ。

 

 ここは――

 

 学園黙示録の世界だ。

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