学園黙示録 HIGHSCHOOL OF THE DEAD ―Re:Build― 作:UG-san
昼食を終え、少しだけ休んだところで、翼が口を開いた。
「そういやさ。」
居間の空気が、わずかに動く。
翼は俺を見る。
「武器は、あったのか?」
「武器?」
「店、荒らされてて、銃なかったろ。」
「壁にも掛かってた跡はあったけど、実物はなかった。」
そう言って、翼は店のほうを指差した。
陽菜も思い出したようにこちらを見る。
「そういえば……お祖父さんは、いた?」
「祖父はいなかった。」
俺は答える。
「家にもいなかった。店も……見たと思うけど、かなり荒らされてた。」
「盗まれたってことか?」
海人が聞く。
「ああ。たぶん。」
俺は少しだけ言葉を止めた。
そして、店の中で見た光景を思い返す。
棚から落とされた商品。
開けられた引き出し。
床に散らばっていたケース。
けれど。
「……店に置いてあった銃は、実は……」
「実は?」
翼が身を乗り出した。
「……じいちゃんのコレクションなんだ。」
「コレクション?」
「ああ。」
俺は少し苦笑する。
「じいちゃん、整備をするだけじゃなくて、昔の銃器が好きでさ。」
「へえ。」
陽菜が興味深そうに聞いている。
「店そのものが、店舗兼コレクションの置き場みたいになってた。」
「だから、たくさん飾ってあったの?」
「そう。」
俺は頷いた。
「『飾っておいたほうが老舗っぽく見える』とか言ってたよ。」
「それ、店主としてどうなんだ……。」
海人が呆れたように言う。
「じいちゃんらしいけどな。」
思わず笑う。
「でも、それなら……」
海人が首を傾げる。
「実際に使える銃だったんだろ?」
「いや。」
俺は首を横に振った。
「置いてあったのは、レプリカとか、サンプルとして発射できないようにされているものがほとんどだ。」
「使えない?」
「いつでも使える銃が店頭に並んでるって、まずいだろ。」
祖父が何度も言っていたことだった。
銃は、ただの道具ではない。
扱い方を間違えれば、人を傷つける。
だからこそ、店頭に置くものには相応の処置をしていた。
「盗みに入られて、万が一のことが起きたら困るからな。」
「じゃあ、全部……使えないものだったの?」
陽菜が聞く。
「全部じゃないけど、少なくとも展示してあったものはそういう扱いだった。」
「無可動実銃ってやつ?」
翼が口を挟んだ。
「……よく知ってるな。」
「ゲームとかで見たことある。」
翼は少し得意そうだった。
「銃の種類とか、名前くらいなら結構知ってるぜ。」
「そういうことか。」
「実物は、見たことないけどな。」
翼は笑った。
「悠斗は、店の手伝いとかしてたから詳しいのか?」
「まあ……。」
そこで俺は言葉を濁した。
正確には、俺が詳しいのは銃そのものというより、射撃競技で使ってきた銃についてだ。
銃器そのものを眺めて楽しむ祖父とは、少し違う。
「それと、整備で預かってる銃も、場合によっては撃針を外してあったりした。」
「撃針?」
海人が聞き返す。
「弾を発射するための部品の一つ。」
「……全然分からん。」
「私も。」
陽菜が苦笑する。
「簡単に言えば、店に置いてある状態では使えないようにしてあったってこと。」
「なるほどな。」
海人が頷いた。
「じゃあ、店を荒らした奴らは、銃を盗んだつもりでも……。」
「実際には、使えないものを持っていった可能性が高い。」
俺は答えた。
美玖がこちらを見る。
「悠斗が店の中を見てた時、ずっと考えてたのって……」
「ん?」
「そのこと?」
「ああ。」
俺は少しだけ笑った。
「じいちゃん、コレクションが盗まれたって知ったら悲しむだろうなって思ってた。」
「……心配して損した。」
「なんでだよ。」
美玖が小さく笑う。
その笑顔を見て、少しだけ肩の力が抜けた。
けれど。
まだ、確認していない場所がある。
「ただ。」
俺は立ち上がった。
「店にあった銃が使えないからって、それで終わりじゃない。」
「他にもあるのか?」
「ああ。」
翼の言葉に、俺は店のほうへ目を向ける。
「整備で預かってる銃は、別に保管してある。」
海人が立ち上がった。
「見せてもらえるのか?」
「確認する。」
俺は答えた。
「俺も、まだ全部を確認したわけじゃないから。」
勝手口から空き地へ出て、店の裏手へ回る。
保管庫のある空間を横切り、店の中へ入った。
ある程度整えたが、店内には荒らされた形跡が残っている。
棚。
カウンター。
工具。
商品。
その中を歩きながら、俺は床の一角で足を止めた。
「ここ。」
「何もないぞ?」
翼が言う。
「ああ。」
俺は床板の隙間に手を掛ける。
少し力を入れて持ち上げると、その下に細長い金庫が現れた。
「うわ。」
陽菜が驚く。
「床下?」
「じいちゃんが昔から使ってた。」
電子式の鍵に番号を入力し、扉を開けた。
——空だった。
「……ないな。」
中に残っていたのは、いくつかの小物だけ。
整備のために預かっている銃があれば、ここに入っているはずだ。
「預かってた銃は?」
海人が聞く。
「あれば、ここにしまってあるはずだ。」
俺は金庫の中を確認する。
「……預かりはなかったってことかな。」
「全部持ち出した?」
「分からない。」
金庫だけを見れば、そう考えることもできる。
でも、今の俺には断定できなかった。
「次だ。」
再度家に戻り、階段を上って二階へ向かう。
廊下の突き当たりにある扉の前で、俺は足を止めた。
翼が眉を上げた。
「ここ?」
「ずいぶん物騒な雰囲気だな。」
海人が錠を見て呟く。
「そうか?」
「いや、普通の家にある部屋じゃないだろ。」
鍵を開け、扉を開く。
「……なんか、殺風景?」
陽菜が中を見て言った。
——確かに、そうかもしれない。
部屋の中には家具がほとんどない。
中央には何も置かれていない。
壁際にロッカーが四つ。
その横には、銃を持ち出す時に使うガンケースが並べられている。
ハンガーラックには、射撃競技で使う服。
その隣には、祖父が猟友会の活動で使っていた服。
部屋にあるのはそれだけだ。
「ここは?」
陽菜が聞く。
「私物の保管庫。」
「誰の?」
「俺と、じいちゃん。」
「……悠斗。」
翼がロッカーを見る。
「銃、持ってるの?」
「一応。」
答えると、翼の顔が明らかに輝いた。
「マジで?」
「競技用だよ。」
「それでも本物だろ?」
「……まあ。」
俺は祖父のロッカーから確認していく。
中には銃が二丁。
一丁は猟銃。
もう一丁は散弾銃。
そして。
空いた場所が二つ。
「……。」
俺は、その空白を見る。
銃がなくなっている。
そして、その意味は分かる。
「じいちゃんが持っていったんだと思う。」
「避難するときに?」
美玖が聞く。
「恐らく。」
それなら辻褄が合う。
少なくとも、奴らが出現した状況で、祖父が何も持たずに家を出たとは考えにくい。
俺は次のロッカーを開けた。
こちらには、自分の銃がある。
高校に入ってから何年も使ってきたわけではない。
自分のものになったのは、つい最近だ。
「これが……悠斗の?」
翼が聞く。
「ああ。」
競技用の小口径ライフル。
俺にとって、初めて自分の名義で持つことになった銃だった。
それまで使っていたエアライフルは、祖父が管理していたものだった。
最初はビームライフルだった。
エアライフルに進んで、高校に入ってからも競技を続けた。
そして三年になって、小口径ライフルを持つようになった。
一八歳になって、ようやく自分の名義で持てる銃だった。
「これ、撃てるの?」
「競技用だからな。」
俺は頷く。
「もちろん撃てる。」
「すげぇ……。」
翼が目を輝かせる。
「じゃあ、悠斗って銃を撃てるんだ。」
「競技としてなら。」
「同じじゃないのか?」
海人が聞く。
「全然違う。」
俺は即答した。
海人が少し驚いた顔をする。
「競技は、決められた姿勢で、決められた標的を撃つ。」
俺は自分の銃を見る。
「動いているものを撃ったことはない。」
「人間は?」
「ない。」
答えた瞬間。
部屋の空気が少しだけ変わった。
「……そりゃそうか。」
海人が呟く。
「ああ。」
俺は頷いた。
「俺は競技者であって、戦闘をしてきたわけじゃない。」
銃を持つことと。
その銃で誰かを撃つこと。
その二つは、同じではない。
それは、これから嫌というほど思い知らされることになるのだろう。
「それでも。」
翼が言う。
「撃てるってだけでも、すごいと思うけどな。」
「……ありがとう。」
俺は小さく答えた。
「本物ってゲームで見るのとは、なんか違うな。」
「どう違う?」
「うまく言えないけど……存在感がある。」
「重そうっていうか。」
「実際、重いものもあるからな。」
「そういう話じゃないんだけどな。」
続いて、その隣のロッカーを開ける。
こちらにはエアライフル用の道具がまとめられている。
壁際のケースには、ビームライフルが入っている。
「これは?」
陽菜が聞く。
「ビームライフル。」
「ビーム?」
「そういう競技。」
「銃なのに?」
「銃を使った射撃競技の一つだよ。」
興味深そうにケースを見る。
「これも本物?」
俺は苦笑した。
「競技用。」
「撃っても、弾が飛び出すわけじゃない。」
「最初に俺が使ってたのもこれだ。」
「へえ……。」
翼が感心したように頷く。
俺はそのまま弾薬用のロッカーを開けた。
中には、種類ごとに分けられた弾薬が並んでいる。
祖父が使うもの。
俺が競技で使うもの。
それぞれが区別されていた。
記録簿と、残っている弾の数を比較する。
「……じいちゃんのほうは、結構減ってる。」
「銃と一緒に持っていったんだと思う。」
祖父ならそうする。
銃だけ持っていっても意味がない。
「じゃあ、使える弾はこれで全部?」
翼が聞く。
「いや。」
俺は首を横に振った。
「そういうわけでもない。」
「どういうこと?」
「店の裏にある保管庫。」
海人が顔を上げる。
「さっき言ってたやつか?」
「ああ。」
俺は頷いた。
「店で販売する実包とかを置いてあった。」
「……全部持ち出されてたんだよな?」
「そう。」
店の保管庫。
そこにあったはずの実包は、ほとんど残っていなかった。
だからこそ、弾薬については厳しい。
「ただ。」
俺は商店街で拾った空薬莢を見せた。
「これなら、まだ使い道がある。」
「それ、空っぽじゃない?」
陽菜が言う。
「ああ。」
俺は頷いた。
「セルフリローディングっていう方法がある。」
「セルフ……?」
「使い終わった薬莢を再利用するんだ。」
俺は簡単に説明する。
「専用の材料が必要になるけど、そのための雷管や火薬は保管庫に残ってる。」
「つまり?」
海人が聞く。
「材料を使って補える可能性がある。」
俺はそこで言葉を切った。
「ただし、俺が扱えるのは限られてる。」
「悠斗はできるの?」
「猟銃用の弾なら、教わってる。」
「散弾銃は?」
「扱ってない。」
祖父から教わったことも、あくまで限定的だった。
競技を続けるための知識。
整備の補助。
弾薬についての基礎。
それ以上ではない。
俺は、祖父のような銃器の専門家ではない。
ましてや、この世界で銃を使って戦う方法なんて知らない。
「それでも、弾数を増やせるなら大きいな。」
海人が言った。
「そうだな。」
俺も頷いた。
少なくとも、何もないよりはいい。
だが。
そこで、翼がふと思い出したように言った。
「ところで……。」
翼の表情が変わる。
「店からは、撃てる銃は盗まれてないってことだよね?」
「たぶん。」
「じゃあさ。」
翼が俺を見る。
「昨晩、銃声が聞こえたんだ。」
「あれは、誰が?」
部屋が静かになった。
その銃声は、美玖と過ごした事務所で聞いたものと、恐らく同じだろう。
「……。」
「それに。」
翼は続ける。
「悠斗たちも見たと思う。」
「商店街にあった弾痕。」
俺は何も答えられなかった。
「ウチからは、銃は盗まれてない。」
それは間違いない。
少なくとも、店に置かれていた展示品の中に、すぐに撃てる銃はなかった。
整備品も確認した。
保管されていたものもない。
祖父の銃は家から持ち出されている。
俺の銃も、ここに残っている。
なら。
「それが分からないんだ。」
俺は答えた。
「昨日の銃声が何だったのかも。」
「……誰かが別の銃を持ってる?」
陽菜が呟く。
「その可能性はある。」
俺は考える。
「ただ、それだけじゃない。」
店の荒らされ方。
保管庫の状態。
そして、弾薬だけが大量に持ち出されていたこと。
「保管庫を荒らしたのは、銃の素人じゃないんじゃないか?」
海人が言った。
「俺もそう思う。」
俺は頷いた。
「店の中を荒らしただけなら、素人でもできる。」
展示品を盗む。
商品を漁る。
金になりそうなものを持っていく。
それは、誰にでもできる。
「でも、保管庫の場所は?」
俺は言った。
「中身を知らなければ、わざわざ探そうとは思わない。」
「つまり……。」
翼が言う。
「店のことを知ってる奴?」
「ああ。」
俺は答える。
「少なくとも、保管庫の存在を知っていた人間だ。」
海人が腕を組む。
「店を荒らした奴とは別ってことか?」
「可能性は高いと思う。」
俺は、店内の様子を思い出す。
荒らされた展示品。
持ち出されたもの。
そして、空になった保管庫。
「素人が店に入って、手当たり次第に荒らした。」
俺は一つずつ整理する。
「その後、店を知っている別の誰かが保管庫から弾を持ち出した。」
「……。」
「そう考えれば、店に撃てる銃が残っていないのに、銃声が聞こえたことも説明できる。」
翼が息を呑む。
「じゃあ……。」
その先を、翼は言わなかった。
言わなくても分かる。
この街のどこかに。
俺たちが知らない誰かがいる。
そして、その誰かは。
銃を扱える可能性がある。
昨日の夜に聞こえた散弾銃の音。
商店街に残っていた弾痕。
荒らされた店。
空になった保管庫。
全部が一本の線でつながっているように思えた。
「……気を付けたほうがいいな。」
海人が言った。
「ああ。」
俺も頷く。
この家には、銃がある。
弾も、ある程度は残っている。
そして、俺たちにはここで休める場所がある。
けれど。
それは同時に。
この場所が、他の誰かにとっても価値のある場所になるということだ。
俺は部屋の中を見回した。
ロッカー。
ガンケース。
祖父の服。
自分の競技用の服。
そこにあるものは、俺にとっては、ただの日常だった。
けれど今は違う。
銃は、ただの競技道具ではない。
弾は、ただの消耗品ではない。
それを必要としている人間が、この街のどこかにいる。
そして、その人間が、味方とは限らない。
「……このことは、しばらく外では話さないほうがいい。」
俺は言った。
海人が頷く。
「同感だ。」
翼も、陽菜も黙って頷いた。
美玖だけが、俺を見ていた。
「どうした?」
「ううん。」
美玖は首を横に振る。
「……悠斗、少し顔が怖い。」
「そうか?」
「うん。」
自分でも分かっている。
怖いのだ。
銃を持っていることが怖いのではない。
銃を持っている人間が、他にもいるかもしれないことが。
そして。
これから自分も、その世界に足を踏み入れなければならないことが。
俺はロッカーの扉を閉めた。
金属音が、静かな部屋に響く。
カチリ。
鍵を掛ける。
その音が妙に大きく聞こえた。
祖父の銃。
俺の銃。
残された弾。
そして、どこかにいる知らない誰か。
世界が壊れてから。
俺たちは、少しずつ変わり始めている。
これまでは、銃は射撃場で使うただの道具に過ぎなかった。
標的を撃つためのものだった。
記録を伸ばすためのものだった。
それが今は。
生き残るための道具になろうとしている。
俺は、自分の手を見た。
射撃姿勢を作るために何度も動かした手。
引き金を一定の力で引くことを覚えた指。
何百回、何千回と繰り返してきた動作。
それでも。
人間に向けて撃ったことは、一度もない。
これから先も。
そうであってほしいと思った。
けれど、外から聞こえた、あの銃声が。
その願いが、いつまでも続かないかもしれないことを。
静かに教えているような気がした。