学園黙示録 HIGHSCHOOL OF THE DEAD ―Re:Build― 作:UG-san
店の奥。
昼間でも薄暗いその空間で、俺は机の上に置いた銃へ手を伸ばした。
ガンロッカーへ収める時には、銃身と銃床を分けていたものだ。
久しぶりに手に取る。
金属の冷たさ。
木の感触。
見慣れた形。
それらを一つずつ確かめながら、元の状態へ戻していく。
その隣では、翼が興味深そうに俺の手元を覗き込んでいた。
「見てて面白いか?」
「めちゃくちゃ面白い。」
「おお……そうか。」
そこまで真顔で言われるとは思わなかった。
俺は小さく笑いながら、作業を続ける。
「……悠斗。」
「うん?」
「店には、どんな銃が置いてあったんだ?」
「気になる?」
「……興味ある。」
即答だった。
「壁に飾ってあった銃なら、ラックの横に説明のプレートが残ってるだろ。」
「プレート?」
「ああ。見てみるといい。」
翼が店内へ顔を向ける。
しばらくして、声が聞こえた。
「ホントだ……。」
その声に、俺も少しだけ顔を上げる。
「M1ガーランドに……Kar98k。三八式歩兵銃もある。」
翼が一つずつプレートを読んでいく。
「火縄銃まであるのか。」
「じいちゃんの趣味だからな。」
「持って行った奴、これ撃てると思ってんのかな。」
「さあな。」
俺は苦笑した。
「少なくとも、あれを見て実用になると思ったなら、かなり困った話だけど。」
「散弾銃もある。」
翼の声が少し弾む。
「水平二連に……ウィンチェスターのライフル。なんか見ててワクワクするな。」
「そんなものかね。」
「そんなものだよ。」
翼は即答した。
「俺、ここ知ってたら通ってたと思う。」
「じいちゃんも言ってたな。」
「何を?」
「最近は、うちの学校の制服を着た奴が見に来ることもあるって。」
「マジか。」
「ああ。」
翼は少しだけ店内を見回した。
「俺も、ちゃんと実物を見てみたかったな。」
「全部実物じゃなくて、レプリカもあるけどな。」
翼が笑う。
「悠斗はさ、銃に対して何ていうか……冷めてるんだよな。」
「冷めてるわけじゃ……ない。」
「じゃあ?」
「慣れてるだけだよ。」
そう答えてから、少し考える。
「俺の場合は銃そのものより、射撃のほうに興味があったから。」
「射撃?」
「競技。」
「ああ、悠斗がやってたやつか。」
翼は頷いた。
「そういう意味では、俺にとって銃は競技の道具なんだと思う。」
「でも銃は銃だろ?」
「まあな。」
俺は苦笑した。
「俺だって、始めたばかりの頃は楽しかったよ。」
「だろ?」
「ビームライフルから始めて、エアライフルを使うようになって。」
手を止める。
「少しずつ違う銃を使えるようになるたびに、嬉しかった。」
「じゃあ、今は?」
「今は……」
目の前にある銃を見る。
「ちゃんと撃てることのほうが大事かな。」
「やっぱ冷めてるって。」
「そうか?」
「そうだよ。」
翼が笑う。
「俺なら絶対テンション上がる。」
「翼はゲームとか好きそうだしな。」
「偏見だろ。」
「違うのか?」
「……まあ、好きだけど。」
翼が苦笑した。
「ところで、拳銃とかはなかったの?」
「拳銃?」
「ああ。ライフルとか散弾銃だけ?」
「実物の拳銃は、ほとんどなかったな。」
「ほとんど?」
「古いものなら、いくつかあった。」
「へえ。」
「でも、例に漏れず持って行かれてる。」
「残念。」
翼は本当に残念そうな顔をした。
「俺さ。」
「うん?」
「近所にハンドガン好きの兄ちゃんがいてさ。」
「へえ。」
「小さい頃、モデルガンとか見せてもらったことがある。」
翼は少し懐かしそうに笑った。
「いろんな種類を持っててさ。名前とか聞かされても全然覚えられなかったけど。」
「そういう人、いるよな。」
「今思えば、あの兄ちゃんも結構好きだったんだろうな。」
「たぶんな。」
「……生きてるかな。」
一瞬だけ、翼の声が小さくなった。
「分からない。」
「だよな。」
それ以上、話は続かなかった。
組み上がった銃を机の上へ置く。
翼がそれを見つめる。
「これ、触っていいか?」
「触るだけなら。」
「やった。」
翼が手を伸ばしかけて。
ふと止まる。
「っていうかさ。」
「ん?」
「悠斗のと、お祖父さんの合わせて何丁もあるんだろ?」
「ああ。」
「俺たちも、どれか使っていいのか?」
俺はすぐには答えなかった。
必要なら渡さなければならない。
それは分かっている。
でも。
「……微妙だな。」
「微妙?」
「必要なら渡さなきゃとは思う。」
俺は机の上の銃を見る。
「でも、言い方は悪いけど……素人に銃を触らせるっていうのに、すごく抵抗がある。」
「やっぱ危ないから?」
「ああ。」
「俺たち、銃なんて触ったことないもんな。」
「そういうこと。」
俺は頷く。
「本来、銃を持つためには、いろんな手続きがある。審査もあるし、講習もある。」
「でも今は?」
翼が聞いた。
「……今は、そんなこと言ってられない。」
「超法規的措置……的な?」
「……まあ。」
俺は苦笑する。
「そうなるだろうなとは思う。」
世界が壊れてしまった以上。
昨日までの常識だけで、これからを生きることはできない。
それでも。
銃を渡すということだけは、簡単に決めたくなかった。
「じゃあ、これから使う銃って決めるのか?」
「その前に、知っておいたほうがいいことがある。」
「何?」
「同じ銃でも、向いてることが違う。」
俺は机の上の銃から、壁際に置かれたケースへ視線を移した。
「じいちゃんが使ってた銃も、それぞれ目的が違う。」
「例えば?」
「これはレミントンM700。」
「それ、さっき組み立ててたやつ?」
「ああ。」
「何に使う銃?」
「じいちゃんは猟に使ってた。」
俺は銃を見ながら続ける。
「.308ウィンチェスターって弾を使う。スコープも付いてるし、遠くの標的を見るための装備もある。」
「あれ、これって7.62×51mm NATO弾じゃないの?」
「軍用だとその弾だな。民間のは呼び方が違う。」
「まあ口径もほぼ同じだし、実際どっちの弾も使える銃も多い。」
「なるほどね。これは遠くから撃つ用の銃?」
「そういう言い方なら近い。」
俺は頷いた。
「ただ、距離だけで考えないほうがいい。銃にも得意な使い方がある。」
「なるほど。」
翼は真剣に聞いていた。
「それから、こっちはベネリM2。」
別のケースを開く。
「十二ゲージの散弾銃。」
「これもお祖父さん?」
「ああ。」
「猟?」
「それもあるけど、じいちゃんは射撃競技でも使ってた。」
「競技にも散弾銃ってあるんだな。」
「クレー射撃とかがあるからな。」
「へえ……。」
翼が感心したように頷く。
「悠斗の銃は?」
俺は少しだけ黙った。
「これ。」
自分のロッカーにある銃を指す。
「アンシュッツの競技用小口径ライフル。」
「名前からして強そう。」
「そういうものじゃない。」
思わず笑った。
「.22LRっていう小口径の弾を使う。」
「悠斗が高校三年になってから使い始めたやつ?」
「ああ。」
「これが初めて自分の銃なんだっけ。」
「そう。」
それまでのエアライフルは、祖父が管理していたものだった。
ビームライフルから始めて。
エアライフルへ進んで。
高校でも競技を続けて。
十八歳になって。
ようやく、自分の名義で持つ銃を手に入れた。
まだ、それほど時間は経っていない。
「競技用だから、装填も一発ずつ。」
「それって、遅くない?」
「遅い。」
即答すると、翼が笑った。
「じゃあダメじゃん。」
「そうでもない。」
「なんで?」
「競技では、速く撃つことが目的じゃないから。」
俺は銃を見る。
「狙って、姿勢を作って、呼吸を整えて、同じ動作を繰り返す。」
それが自分にとっての射撃だった。
「一発を、できるだけ正確に撃つ。」
「なるほど。」
翼が少しだけ考える。
「じゃあ、悠斗にとってはこれが一番使いやすい?」
「五十メートル以内なら、たぶんな。」
「へえ。」
「俺が一番慣れてるから。」
それ以上は言わなかった。
この銃なら、何百回、何千回と繰り返してきた動作を再現できる。
それだけは確かだ。
でも。
標的は紙だった。
動かなかった。
襲ってこなかった。
命を持っていなかった。
その違いは、まだ俺には分からない。
「……三姿勢って知ってるか?」
「何それ?」
「小口径ライフルの競技。」
翼が首を傾げる。
「立って撃つ立射。」
「膝をついて撃つ膝射。」
「伏せて撃つ伏射。」
「三種類もあるのか。」
「姿勢が変わると、銃の安定のさせ方も変わる。」
「じゃあ、悠斗は全部できる?」
「競技でやってる。」
「すげえな。」
「別に。」
「またそれだ。」
翼が笑った。
「悠斗って、こういう時だけ妙に謙虚だよな。」
「謙虚というか……。」
俺は少し考える。
「撃てることと、戦えることは違うから。」
翼の笑顔が止まった。
「……そっか。」
「ああ。」
店の外から、風の音が聞こえた。
あの銃声を思い出す。
誰かが撃った銃。
商店街に残っていた痕跡。
そして、この街のどこかにいるかもしれない人間。
「俺は、競技しか知らない。」
自分でも、確認するように言葉にする。
「だから、これから必要になるなら……覚えないといけない。」
「戦い方を?」
「銃を使って生き残るってことを。」
翼はしばらく黙っていた。
やがて、机の上の銃を見る。
「……俺も、覚えたほうがいいのかな。」
「必要になるかもしれない。」
「怖いな。」
「俺もだよ。」
そう答えると、翼が少し驚いた顔をした。
「悠斗も?」
「ああ。」
俺は頷く。
「銃に慣れてるからって、怖くないわけじゃない。」
銃は、今まで自分を守ってくれた道具ではなかった。
ただ、標的を撃つための道具だった。
その意味が変わってしまっただけだ。
「……まあ。」
翼が笑った。
「とりあえず、今は銃の話を聞いてるだけにしようぜ。」
「そうだな。」
「せっかくこんな店にいるんだし。」
「それもそうか。」
二人で店内を見る。
壁に残されたプレート。
空になったラック。
祖父が残した銃。
そして、俺自身の銃。
昨日までなら。
ただの趣味と競技の世界だった。
今は違う。
それでも、この場所に残されたものを眺めていると。
ここにもまだ、世界が壊れる前の日常が、残っているような気がした。