学園黙示録 HIGHSCHOOL OF THE DEAD ―Re:Build―   作:UG-san

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Ep.23 残されたもの

引き金は、酷く軽かった。

 

 銃声が、通りに響き渡る。

 

 ――一発。

 

 額を撃ち抜かれた「奴ら」が、その場に崩れ落ちる。

 ボルトハンドルを起こしながら銃を滑らせ、次の「奴ら」に照準する。

 

 右目で照準を追い続けながら、左目は閉じない。

 視界の端に映る景色を捨てないためだ。

 

 建物の影。

 路地。

 放置された車。

 

 新しい人影が現れていないか。

 何かがこちらへ近づいていないか。

 それを確認しながら、右手を動かす。

 

 ボルトを引く。

 

 金属が擦れる感触。

 薬室から薬莢が引き抜かれ、排莢口から飛び出す。

 その行方を視界の端に捉えながら、俺はボルトを前へ押し込む。

 

 ――カラン。

 空薬莢がアスファルトへ落ちた。

 

 次弾が薬室へ入る。

 

 二体目。

 頭部を捉える。

 

 ――発砲。

 

 銃声がもう一度、周囲へ響く。

 同時に、左目で周囲を見る。

 

 視界に映る「奴ら」の影は増えてはいない。

 

 俺は再びボルトを引いた。

 排莢。

 次弾を装填。

 

 この動作を、身体が覚えている。

 射撃場で何度も繰り返した動きだった。

 けれど。

 今までとは、何もかもが違う。

 照準の先にいるのは紙の標的ではない。

 人間だったものだ。

 そして、それは俺たちを殺そうとしている。

 

 三体目。

 頭部へ照準を合わせる。

 

 ――発砲。

 

 三発目の銃声が響いた。

 最後の一体が倒れる。

 俺はすぐにボルトを引いた。

 薬室に残っていた薬莢が排出される。

 

 ――カラン。

 また一つ、薬莢が地面に落ちた。

 

 空になった薬室。

 

 銃身を支える左手を強く引き、銃を肩に押し付ける。

 フリーになった右手をポケットに入れる。

 

 一発。

 指先で弾を探り当てる。

 その間も左目は閉じない。

 

 通りを見る。

 動くものはない。

 建物の陰。

 路地の奥。

 車の向こう。

 

 ポケットから取り出した一発を、排莢口から薬室へ滑り込ませる。

 そのままボルトを押し込み、薬室を閉鎖した。

 

 再び銃を構える。

 

 さっきまで銃声が響いていた通りが、嘘みたいに静まり返っている。

 視線の先にいるのは、もう「奴ら」ではない。

 さっきまで俺達に銃を向けていた男たちのうち、この場に残る二人。

 

 先頭にいた男と、海人を撃った男。

 もう一人は、さっき「奴ら」が現れた瞬間に逃げている。

 二人とも、地面に座らされたままこちらを見ていた。

 その顔には、驚きが浮かんでいる。

 

「……素人じゃないのかよ。」

 

 先頭の男が呟く。

 俺は答えなかった。

 銃を構えたまま、二人を見ている。

 

 さっきまでなら。

 俺は人間に銃を向けること自体に躊躇していた。

 今も怖い。

 怖くないわけじゃない。

 ただ。

 少なくとも、今は引き金を引く必要がない。

 

「その仲間を連れて、行け。」

 

「……いいのか?」

 

「殺す理由がない。」

 

 そう答えると、自分でも少し奇妙な気がした。

 ついさっき、一人を撃ったばかりなのに。

 今は、その必要がないから撃たない。

 

 構えた銃を、下ろす。

 

 背後から、誰かが小さく息を吐くのが聞こえた。

 たぶん、俺がこの男たちを撃つんじゃないかと思っていたのだろう。

 

 俺自身も、ほんの少し前までは分からなかった。

 どこまでやれるのか。

 どこで止まれるのか。

 でも。

 今は止まった。

 

 先頭の男が、俺が撃った仲間のところへ向かう。

 肩を貸して立ち上がったところで、俺は呼び止めた。

 

「待て。」

 

 男が振り返る。

 

「この店のことを、誰から聞いた?」

 

 先ほどと同じ問い。

 男は少し黙った後、口を開く。

 

「……別のグループだ。」

 

「別のグループ?」

 

「ああ。」

 

 男は肩をすくめる。

 

「昨日、出くわした連中から聞いた。この商店街に銃を扱ってる店があるってな。」

 

「どんな連中だ?」

 

「知らねえやつらだ。」

 

 答えは早かった。

 

「名前も、どこから来たのかも知らない。ただ、銃があるなら行ってみようって話になった。」

 

「……そうか。」

 

 少なくとも。

 こいつらが店を荒らしたわけではなさそうだ。

 だが、それなら余計に厄介だった。

 

 この店の存在を知っている人間が、他にもいる。

 

 銃がある。

 弾薬がある。

 

 それを知った人間が、また来ないという保証はない。

 

 男たちは歩き始めた。

 倒れている仲間を支えながら、ゆっくりと通りの向こうへ進んでいく。

 

「……ああ。」

 

 先頭の男が足を止めた。

 

「もう一つ。」

 

 振り返る。

 

「噂を聞いたんだ。」

「自衛隊が、どこかで救助をするらしい。」

 

「……自衛隊?」

 

「ああ。」

 

 男は頷いた。

 

「学校か避難所か……詳しい場所までは知らねえ。ただ、救助活動があるって噂だ。」

 

「いつ?」

 

「そこまでは聞いてない。」

 

 男は今一度、俺を見る。

 

「でも、救助が来るって話だ。」

 

「……そうか。」

 

「殺されずに済んだ借りくらいは返しとく。」

 

 それだけ言って、男は仲間と再び歩き出した。

 今度こそ。

 二人は通りの向こうへ消えていった。

 

 俺はしばらく、その背中を見送る。

 

 自衛隊。

 救助。

 

 その言葉だけが、頭の中に残った。

 

 ――救助活動が行われている。

 

 世界中が壊れてしまったわけじゃない。

 まだ、自衛隊が動いている。

 まだ、誰かが生き残った人間を助けようとしている。

 だったら。

 俺たちにも、いつか救助の手が届くかもしれない。

 

 

「悠斗!」

 

 背後から美玖の声がする。

 

「今行く。」

 

 足元に散らばった薬莢を拾い、店へ入る。

 海人は床に座らされていた。

 

「出血は?」

 

「さっきよりは落ち着いてる。」

 

 陽菜が答える。

 

「大丈夫か?」

 

「……大丈夫じゃねえけど。」

 

 海人が苦笑する。

 

「死んでないだけマシだろ。」

 

「笑ってる場合じゃない。」

 

 陽菜が傷口を押さえている。

 

「圧迫してるから、さっきよりは落ち着いてる。」

 

「弾は?」

 

「……残ってると思う。」

 

 陽菜が顔を曇らせる。

 

「貫通してない。」

 

 俺は海人の傷を見る。

 出血は落ち着きつつある。

 だが。

 銃弾が残っている。

 傷口を塞ぐだけでは、足りない。

 

「何か使えそうなものは?」

 

 美玖が店の中を見回す。

 

「救急箱はある。でも……。」

 

 陽菜が首を振る。

 

「消毒とか包帯とか、それくらい。」

 

「弾を取り出すための道具は?」

 

「ちゃんとしたものはない。」

「下手に触ったら、もっと悪くなる。」

 

「……そうだな。」

 

 祖父の店には、銃を整備するための工具がある。

 でも。

 それは人間の身体を治すための道具じゃない。

 人間を治すためのものは、足りない。

 

 記憶を辿る。

 

「……診療所。」

 

 陽菜が顔を上げる。

 

「近くに診療所がある。」

「薬も、治療に使えるものもあるかもしれない。」

 

「でも……。」

 

 陽菜が言葉を濁す。

 そこに「奴ら」がいない保証なんてない。

 むしろ、病院や診療所には、人が集まる。

 そして人が集まれば。

 奴らも集まる。

 

「それでも行くしかない。」

 

 海人が小さく息を吐いた。

 

「悪い。」

 

「謝るな。」

「仲間が撃たれたんだ。助ける。」

 

 海人は黙った。

 陽菜が海人の肩へ手を置いてから、立ち上がる。

 

「私が行く。」

 

「陽菜ちゃんは残って。」

 

 美玖も立ち上がる。

 その声は静かだった。

 

「海人くんを一人にできないし、誰かが残らないと。」

「海人くんも、陽菜ちゃんに残ってほしいでしょ?」

 

「……そうだな。」

 

「だから、私が行く。」

 

「美玖さん……狡い言い方。」

「……ありがとう。」

 

 翼も口を開く。

 

「俺も行くよ。」

「荷物を運ぶ役も必要だ。手が塞がってると戦えない。」

 

 診療所に何があるか分からない以上、運び出す人間も必要になる。

 なら、診療所へ行くのはーー。

 

「俺、翼、美玖の三人で行こう。」

 

 ただし、店に残るのは危険だ。

 さっきの銃声を聞いて、「奴ら」が来た。

 そして、この店の存在を知る、まだ俺たちの知らない人間がいる可能性もある。

 

「二人は店の中じゃなくて、家に。」

 

「裏口から家に入れば、外からは見えにくい。」

 

「……わかった。」

 

 陽菜が頷く。

 

「悠斗。」

 

 翼が、先ほど襲撃者から取り上げたリボルバーを二丁取り出した。

 

「これ、置いていく?」

 

「ああ。二人も持っていたほうが良い。」

 

 弾を確認する。

 円筒状のシリンダーにはそれぞれ3発ずつ、弾が残っていた。

 

 いざというときには使わなければいけない。

 

「使い方はわかるな?」

「狙って、引き金を引くだけだ。」

 

「これなら大丈夫。」

 

 海人を、裏口から家へ移動させる。

 美玖がその後を確認する間、俺と翼は診療所へ向かう準備をした。

 

「武器は?」

 

 翼が聞く。

 

「銃は最終手段だ。」

「可能な限り奴らを避けて、無理なときはこれを使う。」

 

 学校から持ち続けている槍を握る。

 二、三日しか使っていないはずなのに、ずいぶんと手に馴染んだ気がする。

 

 改めて、地図で位置を確認する。

 

「荷物は少なく、必要なものだけ持つ。」

 

 道具を入れるための鞄も忘れない。

 

 そして、家の中をもう一度見回した。

 銃。

 弾薬。

 食料。

 そして、ここに残る海人と陽菜。

 

 ここはもう、祖父の店ではない。

 俺たちが、生き残るための場所だ。

 だからこそ——戻ってくる。

 

「美玖。」

「うん。」

「翼。」

「分かってる。」

 二人が頷く。

 俺たちは店を出た。

 診療所へ向かって歩き出す。

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