学園黙示録 HIGHSCHOOL OF THE DEAD ―Re:Build―   作:UG-san

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Ep.24 診療所※

 祖父の店を出てから、しばらくは誰も口を開かなかった。

 俺、美玖、翼。

 三人とも、周囲を警戒しながら歩いている。

 

 診療所までは、それほど遠くない。

 ただし、今までの「遠くない」という言葉には、もう何の意味もなかった。

 数百メートル歩くだけでも、「奴ら」に遭遇すれば足を止めなければならない。

 

 道路が塞がれていれば迂回する。

 人影が見えれば、それが生存者なのか「奴ら」なのかを確認する。

 そして、生存者だったとしても。

 それが味方とは限らない。

 

 昨日までなら、道を歩いている人間を見れば、まず助けを求めることを考えただろう。

 今は違う。

 俺たちは、既に人間に銃を向けた。

 そして、俺自身が一人を撃った。

 その事実が、まだ頭の片隅に残っている。

 

「……悠斗。」

 

 隣を歩く美玖が、小さな声で呼んだ。

 

「ん?」

 

「さっきから、ずっと考えてる?」

 

「何を?」

 

「……海人くんを撃った人のこと。」

 

 一瞬、足が止まりそうになる。

 だが、そのまま歩いた。

 

「考えないようにはしてる。」

 

「そう。」

 

「でも、完全には無理だな。」

 

 美玖はそれ以上何も言わなかった。

 前を歩いていた翼も、こちらを振り返らない。

 

 住宅街へ入る。

 祖父の店がある商店街周辺と比べれば、こちらは比較的静かだった。

 家々が並び、塀や植木が道路との境界を作っている。

 

 庭先に自転車が倒れている家。

 玄関の扉が開いたままになっている家。

 洗濯物が風に揺れている家。

 日常の痕跡だけが残っている。

 

 なのに。

 人の姿はない。

 

「……変な感じだな。」

 

 翼が呟いた。

 

「何が?」

 

「普通の住宅街なのに、誰もいない。」

 

「そうだな。」

 

 俺は周囲を見る。

 その時だった。

 道路の先から、何かが現れた。

 一体。

 その後ろにも、もう一体。

 さらに横の家の陰から、別の一体が姿を見せる。

 

「来る。」

 

 俺が槍へ手を伸ばした、その時。

 

「俺がやる。」

 

 翼が前へ出た。

 

「翼?」

 

 翼は答えなかった。

 槍を両手で構える。

 近づいてくる「奴ら」の動きを見ながら、一歩、二歩と距離を詰めていく。

 

 そして。

 

 最初の一体が手を伸ばした瞬間。

 翼の槍が突き出された。

 

 頭部へ深く突き刺さる。

 そのまま槍を引き抜く。

 「奴ら」が倒れた。

 

 間髪を入れず、次の一体へ。

 翼は身体を半歩ずらし、伸びてきた腕を避ける。

 そして、再び槍を突き出した。

 頭部を貫く。

 二体目が倒れる。

 

 最後の一体が翼へ向かってくる。

 俺が援護に入ろうとした時には、既に翼が動いていた。

 槍の柄を少し引き、相手の動きを待つ。

 

 そして。

 突く。

 三体目も倒れた。

 

「……。」

 

 俺は思わず翼を見る。

 美玖も同じだった。

 

「……翼。」

 

「ん?」

 

「今の……。」

 

「何?」

 

「ずいぶん慣れてたな。」

 

 翼が少しだけ苦笑した。

 

「まあ……。」

 槍を下ろす。

 

「百貨店から逃げた後、俺も何度か戦ったから。」

 

「何度か?」

 

「うん。」

 

 翼は少し視線を逸らした。

 

「悠斗たちと別れてから、ずっと逃げてただけじゃないんだ。何度も囲まれたし、何度も襲われた。」

 

「……そうだったのか。」

 

「だから、もう……慣れた。」

 

 その言葉に、俺は何も返せなかった。

 俺たちが知らないところで。

 翼も、翼なりに生き残るための時間を過ごしていた。

 同じ高校三年生。

 同じように巻き込まれて。

 それでも、見えないところで経験を積んでいた。

 

「……助かった。」

 

「うん。」

 

 翼は槍を握り直した。

 俺たちは再び歩き始めた。

 住宅街を抜ける。

 その先で。

 視界が開けた。

 

「……川。」

 

 美玖が呟く。

 目の前を、大きな川が横切っていた。

 川幅はかなりある。

 水面は静かだった。

 けれど、そこを挟むように街が続いている。

 向こう岸にも住宅が並び、そのさらに先には建物が密集している。

 

「診療所は、この川の向こうだ。」

 

「地図では確認してたけど、実際に見ると大きいね。」

 

 翼が言った。

 川沿いを少し進む。

 大きな橋が見えた。

 遠くにあるため、詳細までは分からない。

 それでも、その大きさははっきりと分かった。

 巨大な橋脚。

 何本もの車線。

 そして、橋の上に残された大量の車。

 

「……あっちは床主大橋か。」

 

 俺は地図と見比べた。

 

「そうだな。」

 

 橋の上には、動くものがない。

 放置された車が道路を塞いでいる。

 

 事故を起こしたように斜めになっている車。

 道路の中央に乗り捨てられた車。

 ドアが開いたままの車。

 橋そのものが、巨大な障害物になっているように見えた。

 

「車じゃ渡れそうにないな。」

 

「うん。」

 

 俺たちは橋を使わず、そのまま川沿いを反対方向に進んだ。

 少し進んだ先。

 住宅街と住宅街を繋ぐ、小さな橋が見える。

 

「こっちなら渡れそう。」

 

 橋は大きくない。

 車が何台も並んで通れるようなものではなく、地域の住民が使うための小さな橋だった。

 俺たちは周囲を確認してから、橋を渡る。

 

 川の中央まで来たところで、俺は一度足を止めた。

 振り返る。

 

 さっきまでいた街。

 そして、その向こうに見える床主大橋。

 川の向かい側へ視線を向ける。

 そこには、さらに市街地が広がっていた。

 その一角。

 建物の間から、大きな看板が見えた。

 

「……あれ。」

 

 美玖が指差す。

 

「ショッピングモール?」

 

 看板の文字を遠目に確認する。

 ここから先は、普段あまり立ち寄らないエリアだ。

 そして、その先に、目的地がある。

 

 こうして歩くと、床主市は思っていた以上に広い。

 

「行こう。」

 

 俺はそう言って、橋を渡り切った。

 川の東側へ。

 

 そこからしばらく歩くと、目的の診療所が見えてきた。

 

「……あれか。」

 

 住宅街の中に建っている。

 一軒家より少し大きい程度の建物。

 病院というより、地域の小さな診療所。

 正面にはガラス扉。

 しかし、その扉は開いたままだった。

 

「……人は?」

 

 翼が小声で聞く。

 

「分からない。」

 

 俺は足を止める。

 診療所の周辺には、「奴ら」がいた。

 一体。

 少し離れたところに、もう一体。

 さらに奥にも何体かいる。

 多い。

 だが、何かがおかしい。

 その多くが診療所から離れる方向へ歩いている。

 まるで、先ほどまで集まっていたかのように。

 

「散ってる……?」

 

「何かあったのかな。」

 

 美玖が呟いた。

 俺は答えず、周囲を確認する。

 正面から入るのは危険だ。

 それでも、他に入口があるかは分からない。

 

「行くぞ。」

 

 三人で慎重に進む。

 近くにいた「奴ら」を避けながら、入口へ向かう。

 ガラス扉を抜けた瞬間。

 壁が目に入った。

 

「……。」

 

 壁に、いくつもの穴が開いている。

 その周囲には血痕。

 そして。

 倒れている「奴ら」。

 一体ではない。

 何体もいる。

 

「ここで……何かあった。」

 

 美玖が呟く。

 

「ああ。」

 

 俺は周囲を見回した。

 受付。

 椅子。

 机。

 待合室。

 そのどこにも人はいない。

 だが、「奴ら」の遺体だけが残っている。

 

 散弾銃で撃たれたのだろうか、頭部を失った姿。

 頭部や頸部を何かで刺されたような姿もある。

 

 待合室には、大きな本棚が置かれていた。

 その中には大量の漫画本。

 この状況には似つかわしくないほど、普通の光景だった。

 ただ、その一部は床へ散らばっている。

 ページが開いたままの本。

 踏みつけられた本。

 棚から落ちたままの本。

 

「……ここ、普通の診療所だったんだよな。」

 

 翼が言った。

 

「たぶん。」

 

「誰かが戦ったのかな。」

 

「そうだと思う。」

 

 壁の弾痕。

 倒された「奴ら」。

 荒れた室内。

 誰かが、ここで生き残るために戦ったことは分かった。

 

「奥を見よう。」

 

 俺たちは診察室へ向かった。

 廊下を進む。

 その先から。

 物音がした。

 

「……いる。」

 

 翼が槍を構える。

 診察室の中から「奴ら」が出てくる。

 数は二体。

 

「銃は使わない。」

 

 俺は槍を構えた。

 銃声を響かせる必要はない。

 一体目が向かってくる。

 翼が前へ出る。

 槍が頭部へ突き込まれる。

 倒れる。

 

 もう一体が俺へ向かってきた。

 身体を横へずらす。

 伸びてきた腕を避け、槍を突き出す。

 頭部を捉えた。

 「奴ら」が倒れる。

 静かになった。

 

「大丈夫?」

 

 美玖が聞く。

 

「ああ。」

 

 俺は診察室を見回した。

 そこで、異様な光景に気づいた。

 入口脇。

 ベッドが倒れている。

 いや。

 倒れているというより、ドアを塞ぐために立てかけられていたものが、外側から押し倒されたようだった。

 窓ガラスも割れている。

 しかも、内側からではない。

 外から破られたように見える。

 床には大量のガラス片。

 

 部屋の中央には机。

 本来は壁際にあったのだろう。

 床には、引きずった跡が残っている。

 その近くに丸椅子が転がっている。

 

 そして、天井。

 

「……何だ、これ。」

 

 翼が見上げる。

 天井の一部が、大きく破壊されていた。

 その穴の向こうに、上の階の部屋が見えている。

 穴越しに見える二階の天井には、入口の壁と同様に細かい穴が空いている。

 

「下から……?」

 

「たぶん。」

 

 俺は部屋の中を見回した。

 

 床にはさすまたが転がっていた。

 先端のU字の部分に千枚通しが固定してある。

 

 奴らと戦った形跡だろうか。

 その先端には黒く血がこびりついている。

 

「ここに誰かいたんだ。」

 

 美玖が言った。

 その瞬間。

 ロッカーの扉が開いた。

 

「……!」

 

 俺たちは一斉に身構える。

 ロッカーの中から男が出てくる。

 少し、足を引きずりながら。

 手を上げながら、ゆっくりとこちらを見る。

 

 坊主頭に丸メガネ。

 

 疲れ切った顔。

 だが、生きている。

 

「……連中、もういないか?」

 

 髪型のせいで年齢が掴みにくいが、意外に若い声。

 

「今のところは。」

 

 俺が答える。

 男が周囲を見回した。

 そして。

 翼を見た。

 

「……ん?」

 

 翼も目を見開いた。

 

「……もしかして。」

 

 二人がほぼ同時に口を開く。

 

「秋月さんちの……翼か?」

「ハンドガンマニアの兄ちゃん?」

 

「やっぱりそうか。」

 

 男が苦笑した。

 

「知ってるの?」

 

 美玖が驚く。

 

「実家の近所に住んでる人なんだ。」

 

 男は、地面に転がっていたさすまたを拾う。

 

「俺、田丸。」

 

「田丸さん……?」

 

「ああ。」

「助かった。正直、いつまであそこに入ってればいいのか分からなかった。」

 

「どうしてロッカーに?」

 

 俺が聞くと、田丸さんは思い返すように少し沈黙する。

 

「俺は元々、近くのショッピングモールにいたんだ。」

 

「そこに避難してたばあさんが体調を崩してな。」

「治療に必要な薬……血漿だったかな?」

「それを探しにここに来たんだ。」

 

「一人でここまで?」

 

「いや、他の奴らと四人でだ。」

 

「その人たちは?」

 

 周囲を見回す。

 

「とっくにここを離れて、モールに戻ったさ。」

 

「ひどい、見捨てるなんて。」

 

 

「いや、そういうわけでもないんだ。」

 

「俺たちが来たときは中に連中がたくさんいてな。」

「なんとか必要なものは確保したんだが、囲まれちまった。」

 

 上を見上げる。

 

「一人がショットガンで天井をぶち抜いて、そこから逃げようとしたんだが。」

「ショットガン?」

「ああ。」

「後から来た高校生たちが銃持っててさ。」

 

 ライフルに目をやる。

 

「ちなみにそれ、ホンモノ?」

 

「ええ。」

 

「近頃の高校生はどうなってんだよ……」

 

 確かに、普通の高校生は銃はもっていない。

 というか、普通の人は一生のうちに銃を触らないことの方が多いだろう。

 

「ま、一旦それは置いといて。」

「二階に上がるときに俺が足をすべらせてな。」

 

 ロッカーを指さす。

 

「慌てて逃げ込んだ先があそこだったってワケさ。」

 

「一緒にいた人たちは?」

 

「俺のことを助けようとしてくれたんだがな。」

「婆さんの治療を優先してほしくて、行けって言ったんだ。」

 

 頭を掻く。

 

「後で助けに来てくれると思ってたんだが……」

「今考えてみると、俺自身が噛まれたような言い方をしていたから、助けには来ないと思うぞ。」

 

「お前らは、なんでここに来たんだ?」

 

 翼が答える。

 

「俺たちは、仲間が撃たれて、その治療に使えそうなものを探しに来た。」

 

「撃たれた?」

 

「銃だ。」

 

「……そうか。」

 

 田丸の表情が変わる。

 

「それは、急いだほうがいいな。」

 

「田丸さんはショッピングモールに帰るんだよね?」

 

「……それなんだがな。」

 

 田丸は少し考える。

 

「昼過ぎにヘリの音がしたんだ。」

 

「ヘリ?」

 

「ああ、しかも複数。」

 

「自衛隊?」

 

「そこまでは分からない。」

 

 田丸は首を振った。

 

「でも、かなり近くを飛んでた。」

「モールの方に向かってたな。」

 

「じゃあそこで、救助活動が?」

 

「かもしれない。」

 

 田丸は少しだけ言葉を止めた。

 

「ヘリの音がしたのは、かなり前だ。」

 

「それが?」

 

「もし救助だったなら、もう終わってるかもしれない。」

 

 田丸は窓の外を見る。

 

「モールに人が残ってるかも分からない。」

 

 俺は黙っていた。

 店を襲った連中から聞いた言葉が頭をよぎる。

 

 自衛隊がどこかで救助をするらしい。

 

 もし、それが本当なら。

 ヘリの音と繋がっているのかもしれない。

 

 もしかしたら、救助活動はもう……終わってしまった?

 

「……俺たちと来ますか?」

 

 気づけば、そう聞いていた。

 田丸さんが俺を見る。

 

「いいのか?」

 

「一人でモールに戻って、誰もいなかったってなるよりはいいと思う。」

 

 田丸さんはすぐには答えなかった。

 モールの方向を見る。

 

 その先には、彼が一緒にいた仲間たちがいる。

 もしかしたら、まだ待っているかもしれない。

 それでも、ヘリの音がしてからかなり時間が経っている。

 

「……戻って、誰もいなかったら」

 

 そう、呟く。

 

「一人で探し回ることになるな。」

 

 小さく息を吐いた。

 

「一緒に行かせてもらう。」

 

「決まりだな。」

 

 翼が笑った。

 

「ああ。」

 

 田丸もニッと笑う。

 

 俺たちは診療所の中を改めて探した。

 

 使えそうな包帯。

 消毒用品。

 薬。

 医療器具。

 

 幸い、弾を抜くのに使えそうな鉗子は見つかった。

 ただ、それを使えば安全に取り出せるという保証はない。

 

「これだけあれば、撃たれた奴も何とかなるか?」

 

「……わからない。でも、何もないよりはずっといい。」

 

 

 荷物をまとめる。

 

「俺も持つ。」

 

「足は大丈夫?」

 

「これくらいなら平気さ。」

 

 田丸さんはやや足を引きずってはいるが、移動は問題なさそうに見える。

 

 

 

 四人で診療所の外へ出る。

 来た時よりも、周囲は静かだった。

 だが、油断はできない。

 

「帰ろう。」

 

 海人が待っている。

 陽菜も。

 そして、祖父の店も。

 俺たちは診療所を離れた。

 四人で。

 今度は、祖父の店へ戻るために。

 川の向こうにある、俺たちの拠点へ向かって歩き始めた。

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