学園黙示録 HIGHSCHOOL OF THE DEAD ―Re:Build―   作:UG-san

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Ep.2-1 籠城(前編)

 スピーカーから流れていた悲鳴は、唐突に途切れた。

 耳鳴りのようなノイズだけが残る。

 誰も動かなかった。

 

 一秒。

 二秒。

 三秒。

 

 教室全体が凍り付いていた。

 

 ついさっきまで聞こえていたのは教師の声だった。

 

 避難を呼びかける声。

 それが途中で悲鳴になった。

 そして消えた。

 

 何が起きたのか。

 誰にも分からない。

 だからこそ、その沈黙は長く感じられた。

 

 だが実際には数秒だったのだろう。

 

 静寂。

 

 次の瞬間。

 

 教室が爆発した。

 

「逃げろ!!」

 

 誰かが叫ぶ。

 それを合図にしたように全員が動き出した。

 

 机が倒れる。

 椅子がぶつかる。

 悲鳴。

 怒鳴り声。

 泣き声。

 

 皆が出口へ殺到していた。

 

「押すな!」

「どけって!」

「早く!」

 

 パニックだった。

 完全な。

 

 俺は席を立ったまま、その様子を見ていた。

 

 体が動かなかったわけじゃない。

 むしろ頭は妙に冴えていた。

 

 学園黙示録。

 

 その言葉だけが頭の中を回っている。

 

 思い出した。

 確かに思い出した。

 だが断片だけだ。

 

 奴ら。

 噛まれたら終わり。

 世界の崩壊。

 

 そこまでは分かる。

 それ以外が出てこない。

 

 どこへ逃げればいいのか。

 どうすれば生き残れるのか。

 肝心な部分が何も思い出せない。

 記憶の本棚から、表紙だけが抜け落ちてきたような感覚だった。

 

「悠斗!」

 

 肩を掴まれる。

 陽向だった。

 顔色が悪い。

 いつもの明るさは欠片もない。

 

「どうする!?」

 

「……落ち着け」

 

「無理だろ!」

 

 その声が少し裏返る。

 

 無理もない。

 俺だって怖い。

 怖くないはずがない。

 

 隣には隼人もいた。

 緊張している様子だが、冷静さを保っているように見える。

 

「今飛び出すのは危険だと思う」

 

 短い言葉だった。

 だが俺も同意だった。

 

 出口へ向かった生徒たちはほとんど走っている。

 押し合いになっている者もいる。

 誰も周囲を見ていない。

 

 あれは危険だ。

 直感的にそう思った。

 

 教室から人が減っていく。

 悲鳴だけを残して。

 

 本当にあっという間だった。

 一分もしないうちに半数以上が消えた。

 

 さらに数十秒。

 残っているのは十数人だけになる。

 

 皆、似たような顔をしていた。

 

 恐怖。

 混乱。

 迷い。

 

 飛び出すこともできず、残ることも決めきれない。

 そんな表情だった。

 

 教室は急に静かになった。

 静かになったというより、近くの喧騒が遠ざかっただけかもしれない。

 

 代わりに別の音が聞こえてくる。

 遠くの悲鳴。

 誰かの怒鳴り声。

 ガラスが割れる音。

 

 校舎のどこかで何かが起きている。

 見えない場所で。

 聞きたくもないのに耳に入ってくる。

 

 女子生徒の一人がスマホを握っていた。

 

「……繋がらない」

 

 震える声だった。

 

「お母さん?」

 

 別の女子が尋ねる。

 頷く。

 

「全然……」

 

 隣の男子もスマホを見ている。

 

「俺もだ」

「親父出ねぇ」

 

 次々と似たような声が上がる。

 

 回線が混雑しているのか。

 もう何か起きているのか。

 分からない。

 だが家族と連絡が取れないという事実は、皆の不安をさらに大きくした。

 

「警察来るよな」

 

 誰かが呟く。

 その言葉に何人かが反応する。

 

「来るだろ」

「学校だぞ」

「ニュースになってるって」

「自衛隊とかも来るんじゃないか?」

 

 皆、自分に言い聞かせていた。

 大丈夫だと。

 助けが来ると。

 そう思いたかった。

 

 俺も同じだった。

 だが胸の奥では別の感覚がある。

 

 もし本当に学園黙示録なら。

 

 もし本当にあの世界なら。

 

 助けは簡単には来ない。

 そんな気がした。

 

 根拠はない。

 記憶も曖昧だ。

 それでも嫌な予感だけは消えなかった。

 

 俺は教室を見回す。

 

 机。

 椅子。

 黒板。

 ロッカー。

 

 見慣れた景色。

 そして気付く。

 

 ここには何もない。

 

 水もない。

 食料もない。

 夜を越す準備もできない。

 助けが一時間後に来る保証もない。

 

「ここじゃ……持たない。」

 

 自然と口に出ていた。

 

 全員がこちらを見る。

 緊張した空気。

 だが誰も反論しない。

 

 皆も分かっていた。

 ここは避難場所じゃない。

 ただの教室だ。

 

「管理棟の家庭科室」

 

 俺は続ける。

 

「水がある。調理設備もある」

 

「今動くのか?」

 

 男子の一人が聞く。

 

「危なくないか?」

 

「危ない」

 

 俺は頷く。

 

 危険なのは間違いない。

 だが。

 

「ここにいても危ない」

 

 それもまた事実だった。

 

 

 数分にも満たない短い議論だった。

 皆必死だった。

 だから話は早かった。

 

 残る者。

 移動する者。

 

 意見は分かれた。

 最終的に三人が教室に残ることを選ぶ。

 

 俺は止めなかった。

 正解なんて誰にも分からない。

 俺たちはただ、自分が正しいと思う方を選ぶしかなかった。

 

 

 教室を出る。

 

 廊下は静かだった。

 ほんの数分前まで大勢の生徒が走っていたとは思えないほどに。

 その代わり。

 遠くの音がよく聞こえた。

 

 悲鳴。

 怒号。

 何かが倒れる音。

 

 学校全体が軋みながら壊れていく音だった。

 

 誰も喋らない。

 皆、その音を聞いていた。

 

 聞きたくないのに。

 耳を塞げないまま。

 

 やがて渡り廊下へ出る。

 そこで全員の足が止まった。

 

 学校全体が見えた。

 

 校庭。

 中庭。

 体育館方向。

 寄宿舎方向。

 

 どこも混乱していた。

 

 逃げる生徒。

 追われる人影。

 閉じられる扉。

 助けを求める声。

 

 距離が遠く、細かな様子は見えない。

 それでも分かる。

 

 学校はもう終わっている。

 

 そう理解するしかなかった。

 さっきまでの日常はどこにもなかった。

 

 誰も言葉を発しない。

 ただ歩く。

 管理棟へ。

 家庭科室へ。

 少しでも安全そうな場所へ。

 

 渡り廊下を越え、ようやく管理棟に辿り着く。

 中央階段を過ぎた先にある家庭科室。

 

 扉を閉める。

 鍵を掛ける。

 机を寄せる。

 

 ようやく息を吐けた。

 

 誰かが床に座り込む。

 誰かが壁にもたれる。

 緊張が少しだけ緩む。

 その時だった。

 

 タン、タン、タン――。

 

 軽い足音。

 階段を駆け上がっていく。

 

 一人ではない。

 二人。

 三人。

 

 若い足音だった。

 

 全員が顔を見合わせる。

 息を潜める。

 だが足音はこちらへ来ない。

 さらに上へ。

 五階へ。

 そして屋上方向へ消えていった。

 

 静寂が戻る。

 

「……生き残りか?」

 

 誰かが小さく呟く。

 

「たぶんな」

 

 俺はそう答えた。

 

 それ以上は分からない。

 ただ一つだけ確かなことがあった。

 

 俺たち以外にも、生き残った人間がいる。

 

 その事実だけが、この状況で初めて得られた小さな希望だった。

 

 誰も口にはしなかった。

 それでも。

 全員が少しだけ前を向いた。

 

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