学園黙示録 HIGHSCHOOL OF THE DEAD ―Re:Build―   作:UG-san

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Ep.28 夜の薬局

 「……誰だ?」

 

 暗がりの奥から、男の声がした。

 俺は反射的に槍を構えた。

 

 身体が勝手に動く。

 足を半歩引く。

 右手は柄を握ったまま。

 左手は軽く緩めて槍の向きを変えられるように。

 目だけで店内の奥を探す。

 

「……こっちも聞きたいんだけど」

 

「お前、誰だ?」

 

 少し間をおいて、別の声がした。

 少し低い。

 さっきの男よりも警戒している感じだ。

 

「俺?」

 

 思わず聞き返す。

 

「……朝倉陽向」

 

 名前を名乗ったところで、奥から男が一人、ゆっくりと姿を見せた。

 年齢は二十代後半くらいか。

 手には何も持っていない。

 

 細身で、疲れた顔をしているが、表情にはまだ余裕がありそうだ。

 

「陽向……ね」

 

 男は俺を見て、それから槍を見た。

 

「それがお前の武器か?」

 

「武器っていうか……槍」

 

「見れば分かるよ」

 

「だよな」

 

 男が少し笑う。

 

「俺は三浦。二十八」

 

「……年齢まで言うの?」

 

「いや、なんとなく」

 

 もう一人、奥から姿を現す。

 こちらはやや年上、三十歳過ぎくらいか。

 

 短くした髪。

 険しい目。

 ——右手には拳銃。

 

 俺は槍を少しだけ上げた。

 

「……それ、銃?」

 

「見れば分かるだろ」

 

「まあ、そうだけど」

 

 三浦が間に入る。

 

「黒田、下ろせ」

 

「こいつが何者か分からない」

 

「分からないのはお互い様だろ」

 

「だから警戒してる」

 

 黒田はそう言ったまま、銃口を完全には下ろさなかった。

 俺も槍を下ろせない。

 

 しばらく三人とも動かなかった。

 外は静かだった。

 ただ、夜の街は昼間よりずっと不気味だった。

 

「……俺、怪しい?」

 

 俺が聞く。

 

「怪しい」

 

 黒田が即答した。

 

「そっか」

 

「お前も俺たちを怪しいと思ってるだろ」

 

「まあ、それはそう」

 

「なら同じだ」

 

 妙に納得した。

 

「……じゃあ、お互い怪しいってことでいい?」

 

 三浦が吹き出した。

 

「いいんじゃない?」

 

「おい」

 

「今の状況で完全に信用できる人なんていないだろ」

 

 黒田はしばらく黙った。

 やがて、拳銃を少し下げた。

 

「……騒ぐなよ」

 

「分かってる」

 

「連中を呼びたくない」

 

「それは俺も同じ」

 

 槍を下げた。

 

     *

 

「何か、欲しいものがあってここに来たのか?」

 

「いや、寝る場所探してたら目についたから。」

 

 薬局の中には、まだ商品が残っていた。

 棚のいくつかは荒らされていたが、すべてが持ち出されたわけではない。

 

 包帯。

 消毒液。

 鎮痛剤。

 絆創膏。

 その他にも、よく分からない薬がいくつかある。

 

「……結構あるな」

 

「全部が使えるか分からないけどな」

 

 三浦が言った。

 

「期限もあるし」

 

「そうなの?」

 

「薬局の人じゃないから詳しくないけど、そこは普通に気をつけたほうがいい」

 

「なるほど」

 

 俺は頷いた。

 

 ——痛みを感じ、自分の手を見る。

 

 いつの間にか、指や手の甲に擦り傷があった。

 どこで擦ったのか分からない。

 

 緊張が少し抜けたせいか、ズキズキとした痛みが響いてくる。

 

 

「……これ、使っていい?」

 

「好きに使えよ。俺等も店員じゃないし。」

 

 三浦が包帯を取ってくれた。

 

「消毒するなら、これ」

 

「ありがとう」

 

「自分でできるか?」

 

「たぶん」

 

「たぶん多いな、お前」

 

「今日から減らすよ」

 

 そう言いながら、俺は手の傷を洗った。

 思ったより痛かった。

 

「痛っ……」

 

「そりゃ傷に消毒液つければ痛いだろ」

 

「分かってるけど、痛いものは痛い」

 

「お前、変わってるな。」

 

 三浦がまた笑う。

 黒田は少し離れたところに座り、拳銃を手元に置いていた。

 それでも、俺から目を離してはいない。

 

「……黒田って、ずっとそんな感じ?」

 

「何がだ」

 

「警戒してる」

 

「当たり前だろ」

 

「疲れない?」

 

「疲れる」

 

「じゃあ、少し休めば?」

 

「……お前、緊張感ないな」

 

「あるよ」

 

 俺は包帯を巻きながら答えた。

 

「めちゃくちゃある」

 

 黒田が少しだけ目を細めた。

 

「……そうは見えない」

 

「そう?」

 

「ずっと喋ってるからな」

 

「ああ……」

 

 俺は少し考えた。

 

「喋ってないと、怖いんだと思う」

 

 自分で言ってから、妙に納得した。

 

「だから喋ってる」

 

 二人とも、何も言わない。

 少しの沈黙のあと、三浦が小さく頷いた。

 

「……そういうことか」

 

「たぶん」

 

「また出たな」

 

「仕方ないだろ」

 

 少しだけ笑った。

 

     *

 

 その夜。

 俺たちは薬局の奥で、なるべく音を立てずに過ごした。

 

 外には奴らがいる。

 何度か、うめき声が聞こえた。

 でも、店の中まで入ってくることはなかった。

 

 俺たちは小さな声で話した。

 

「俺たちは、もっと大きな集団にいたんだ」

 

 三浦が言った。

 

「二十人以上はいたかな」

 

「そんなに?」

 

「ああ、まとまって動いてた」

 

「じゃあ、どうして今は二人なの?」

 

「調達に出てた途中で、車が止まった」

 

 黒田が答えた。

 

「突然空が光って、車も機械も全部駄目になった」

 

「光?」

 

 俺は聞き返した。

 

「お前は見なかったのか?」

 

「それっていつの話?」

 

「今日の昼過ぎだ。」

 

「昼過ぎなら、百貨店にいたときかも。」

「停電が起きて、ひどい目にあった。」

 

 百貨店を出てから、確かに信号は止まっていた。

 街全体が死んだみたいになっている。

 

「じゃあ、それから二人はここに?」

 

「物資を探してた」

 

 三浦が答える。

 

「食べ物とか、薬とか。グループに戻るために必要なものを集めてたんだ」

 

「グループは?」

 

「少し離れたところにいる」

 

「戻るの?」

 

「ああ。明るくなったら」

 

 黒田が答えた。

 

「一晩ここで休んで、それから戻る」

 

「そっか」

 

 俺は頷いた。

 

「じゃあ、俺も明日になったら行く」

 

「どこに?」

 

「友達のところ」

 

「友達?」

 

「うん」

 

 俺は少し笑った。

 

「四人で一緒にいたんだけど、途中ではぐれた」

 

「喧嘩でもしたのか?」

 

「してない」

 

 苦笑した。

 

「俺が残ったんだ」

 

 三浦が少し驚いた顔をした。

 

「お前が?」

 

「うん。奴らを引き付けるために」

 

「……それで一人になったのか」

 

「そう」

 

 言葉にすると、改めて変な話だった。

 四人だったが、今は一人。

 

「でも、追いつくつもり」

 

「無事に会えるといいな」

 

「大丈夫」

 

 即答した。

 

「海人も陽菜も翼も、そう簡単には死なないよ」

 

 言ったあと、少しだけ間が空いた。

 

「……死んでないよな」

 

 三浦は何も言わなかった。

 黒田も黙っている。

 

「……いや」

 

 俺は自分で言葉を続けた。

 

「死んでない。たぶん」

 

 三浦が小さく笑った。

 

「お前、ほんとに喋りながら考えるんだな」

 

「そう?」

 

「うん」

 

「……まあ、そうかも」

 

     *

 

 しばらくして、三浦が俺の槍を指さした。

 

「それ、どうしたんだ?」

 

「これ?」

 

 槍を持ち上げる。

 

「友達が作ってくれた」

 

「友達が?」

 

「うん。こういうの作るの得意なんだ」

 

「へえ」

 

 三浦が槍の先を見る。

 

「結構ちゃんとしてるな」

 

「だろ?」

 

 少しだけ嬉しくなった。

 

「俺が作ったわけじゃないけど」

 

「そこは威張るところじゃないな」

 

「分かってるって」

 

 笑う。

 

「でも、これがなかったらもっと大変だったと思う」

 

「ちゃんと使えるのか?」

 

「最初は全然」

 

 俺は槍を見る。

 

「でも、何回か使ってるうちに、ちょっと慣れた」

 

「人を?」

 

「……いや」

 

 俺は一瞬だけ黙った。

 

「奴らを」

 

 言葉にした瞬間、店内が少し静かになった気がした。

 

「そうか」

 

 三浦はそれ以上聞かなかった。

 黒田も何も言わない。

 俺は槍を膝の上に置いた。

 

「悠斗は、たぶん俺よりずっと慎重なんだ」

 

「作った奴か?」

 

「そう。考えてから喋る」

 

「お前と逆だな」

 

「そうなんだよ」

 

 俺は笑った。

 

「俺は喋ってから考える」

 

「それ、結構危ないぞ」

 

「分かってる」

 

 少し考える。

 

「……でも、あいつが考えてることって、俺には分かるんだよな」

 

 言ってから、自分でも少し不思議だった。

 

「なんでだろ」

 

 答えは出ない。

 だから、それ以上は考えなかった。

 

     *

 

「そういえば」

 

「ん?」

 

「お前は、どこを目指すんだ?」

 

「俺?」

 

「うん」

 

「友達のところ」

 

「どこ?」

 

「商店街の先」

 

 そこまで言ってから、俺は少し考えた。

 正確な場所は知らない。

 でも、目的地は分かっている。

 

「友達の祖父さんのところなんだ」

 

「祖父さん?」

 

「そう。そこに店がある」

 

「何の店?」

 

 何気ない質問だった。

 俺も何も考えずに答えた。

 

「銃砲店」

 

 黒田の目が、一瞬だけ動いた。

 ほんの一瞬だった。

 

 俺は気づかなかった。

 

「へえ」

 

 三浦が言う。

 

「銃砲店か」

 

「うん。俺たち、そこを目指してる」

 

「……銃があるのか?」

 

 黒田が聞いた。

 

「たぶん」

 

「たぶん?」

 

「俺、実際に店の中をちゃんと見たことないから」

 

「そうか」

 

 黒田はそれ以上聞かなかった。

 俺も、それ以上話す必要はないと思った。

 

 そこは悠斗たちがいる場所だ。

 俺にとっては、それだけだった。

 

「明日、そこまで行ければいいんだけどな」

 

「行けるだろ」

 

 三浦が言った。

 

「お前なら」

 

「……そうかな」

 

「少なくとも、ここまで一人で来たんだろ」

 

「まあ……そうだけど」

 

 少しだけ胸を張る。

 

「じゃあ、行ける」

 

「うん」

 

 俺は頷いた。

 

「行くよ」

 

     *

 

 翌朝。

 薄暗かった店内に、少しずつ光が入ってきた。

 夜を越えられた。

 少しだけ気分が軽くなる。

 

 三浦は荷物をまとめていた。

 黒田も拳銃を確認している。

 

「じゃあ、俺たちは戻る」

 

 三浦が言った。

 

「うん」

 

「お前は?」

 

「商店街のほうへ行く」

 

「銃砲店だな」

 

「そう」

 

 俺は槍を持った。

 

「海人たちが先に着いてるかもしれないし」

 

「友達、会えるといいな」

 

「会えるよ」

 

 俺は笑った。

 

「絶対」

 

 三浦も笑った。

 

「じゃあな、陽向」

 

「うん」

 

 黒田は少しだけこちらを見た。

 

「……一人で行くのか」

 

「そうなるかな」

 

「……気をつけろ」

 

「ありがとう」

 

 黒田は小さく頷いた。

 二人が薬局を出ていく。

 俺はしばらく、その背中を見送った。

 やがて二人の姿が見えなくなる。

 

「……また一人か」

 

 呟いた。

 でも、昨日ほど嫌じゃなかった。

 少しだけ、慣れた。

 

「さて」

 

 槍を肩に担ぐ。

 

「俺も行くか」

 

 薬局の外へ出る。

 

 街は静かだった。

 いつもなら人がいるはずの場所に、人はいない。

 でも、進むしかない。

 

「海人」

 

 名前を呼ぶ。

 

「陽菜」

 

 続けて呼ぶ。

 

「翼」

 

 最後に呼んだ。

 もちろん返事はない。

 

「……待ってろよ」

 

 俺は前を向いた。

 

「今、行くから」

 

 そして一人で歩き出した。

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