学園黙示録 HIGHSCHOOL OF THE DEAD ―Re:Build― 作:UG-san
足音が聞こえなくなってからもしばらく、誰も口を開かなかった。
全員が扉越しに階段の方を見ている。
今のは何だったのか。
生存者だったのか。
それとも別の何かなのか。
結局、誰にも分からない。
確認しようという意見も出なかった。
今はそんな余裕はない。
ようやく辿り着いた避難場所を失う方が怖かった。
「……とりあえず中を見よう」
俺がそう言うと、皆もようやく動き出した。
家庭科室の中は思っていたより広かった。
調理台。
流し台。
棚。
冷蔵庫。
調理器具。
普段なら何とも思わない光景が、今は妙に頼もしく見える。
数人で手分けして確認を始めた。
棚を開ける。
引き出しを調べる。
冷蔵庫を確認する。
その結果は――。
「思ったより少ないな」
隼人が呟いた。
俺も同意だった。
小麦粉。
塩。
砂糖。
乾物。
調味料。
実習用に残っていた食材が少し。
確かに何もないわけではない。
だが安心できる量でもなかった。
「何日分くらいだ?」
「ここにいる全員なら三日くらいかな。」
「そんなに持つか?」
「……分からない」
誰の声にも自信がない。
当然だった。
助けが今日来るなら十分だ。
明日の夕方でも問題ない。
だが来なかったら。
その先を考えると誰も口を閉ざした。
家庭科室の窓際では女子生徒たちがカーテンを閉めている。
外から人影が見えないように。
少しでも安心するために。
男子は机を動かしていた。
出入口を塞ぐためだ。
誰かが指示した訳じゃない。
それでも自然と役割が生まれていた。
皆、何かをしていなければ怖かった。
「助けって来るよな」
誰かがぽつりと言った。
沈黙。
「来るだろ」
別の誰かが答える。
「学校だし」
だがその声に力はなかった。
皆分かっている。
願望だ。
根拠はない。
「待ってればいいんじゃないか?」
男子生徒の一人が言う。
「ここに籠もってさ」
何人かが頷いた。
自然な発想だった。
実際、安全そうに見える。
水もある。
扉も少ない。
今のところ奴らもいない。
だが。
「食料が足りない」
俺は言った。
「それに他の部屋に使える物があるかもしれない」
「探索するのか?」
「管理棟の同じ階だけ」
即答した。
下へ行くつもりはなかった。
今の状況で階段を使うのは危険すぎる。
「三階の工作室とかは?」
男子の一人が言う。
俺も少しだけ考えた。
階段を下った先の工作室。
工具がある。
材料もある。
じいちゃんの店で育ったせいか、そういう場所には自然と目が向く。
使えるものもあるだろう。
だが。
「今は、行かない」
首を振る。
「階段を使うことになる」
それだけで十分な理由だった。
階下に何がいるか分からない。
危険を犯す必要はない。
結局、全員が納得した。
探索は管理棟の四階限定。
家庭科室を拠点にする。
まずはそれだった。
十分ほど後。
探索組、残留組数人ずつに分かれて探索を始める。
俺は陽向と隼人を連れて廊下へ出た。
静かだった。
驚くほどに。
自分たちの靴音だけが響く。
窓から差し込む昼の光。
整然と並ぶ扉。
人気のない廊下。
つい一時間前まで普通の学校だったとは思えない。
いや。
見た目だけなら今も変わらない。
だからこそ不気味だった。
遠くから悲鳴が聞こえる。
それが現実だと思い出させてくる。
「嫌な感じだな」
陽向が小さく言う。
「分かる」
俺も頷いた。
静かすぎる。
静かな場所ほど怖い。
何がいるのか分からないからだ。
音楽室。
準備室。
空き教室。
順番に確認していく。
どこも無人だった。
だが人がいなかったわけではない。
途中までいた痕跡は残っている。
机の上に置かれたままのスマホ。
開きっぱなしの鞄。
落ちた教科書。
飲みかけのペットボトル。
逃げたのだろう。
慌てて。
何も持たずに。
その光景が妙に生々しかった。
やがて中央階段付近まで来る。
自然と足が止まる。
階下から音が聞こえたからだ。
ガタン。
何かが倒れる音。
続いて走る足音。
悲鳴。
そして。
何かを引きずるような音。
全員の顔が強張る。
陽向が階段の方を見た。
「見てみるか?」
半分冗談のような声だった。
「やめろ」
即座に隼人が止める。
俺も同意だった。
見たい気持ちはある。
だが危険だ。
好奇心で死ぬのはごめんだった。
しばらく耳を澄ます。
だが音は遠ざかっていった。
二階か。
一階か。
分からない。
ただ一つだけ確かなことがある。
下は危険だ。
俺たちは無言でその場を離れた。
探索を続ける。
廊下の奥へ。
そして。
ゴン。
音がした。
全員が振り向く。
音は近い。
四階の空き教室の一室。
閉じられた扉の向こうからだった。
誰も喋らない。
ゴン。
もう一度。
確かに聞こえた。
中に誰かいる。
生存者か。
奴らか。
分からない。
俺はゆっくり扉へ近付く。
鼓動が速い。
陽向も。
隼人も。
そして俺も。
息を潜めている。
声を掛けるべきか。
それとも開けるべきか。
迷いながらドアの前へ立つ。
そして耳を澄ませた。
扉の向こうにも、誰かがいる気配がした。
そこで音は止まった。
まるでこちらの存在に気付いたように。
俺は静かに息を吸う。
そして――。
「……誰かいるのか?」
ささやき声で扉越しに問い掛けた。
返事はない。
ただ沈黙だけが返ってくる。
だが俺は確信していた。
この部屋には誰かいる。
扉の向こうにいるのは誰なのか。
生存者なのか。
それとも——。