学園黙示録 HIGHSCHOOL OF THE DEAD ―Re:Build― 作:UG-san
教師の声が、どこか遠く聞こえていた。
窓の外では、柔らかな風が木々を揺らしている。
温かな日差し。
青い空。
それなのに私は、そのどれにも心が動かなかった。
黒板を叩くチョークの音。
教科書をめくる音。
退屈な授業風景。
藤美学園で過ごす、いつも通りの昼前だった。
周囲では小さな私語が交わされていた。
昼休みの予定。
部活の話。
テレビの話題。
私は、そのどれにも加わっていなかった。
別に、クラスメイトと仲が悪いわけではない。
話しかけられれば答える。
必要なら一緒に行動もする。
けれど自分から輪に入ることは少なかった。
気付けばそうなっていた。
クラスメイトとの間に、少しだけ距離がある。
誰かに嫌われているわけではない。
いじめられているわけでもない。
ただ。
なんとなく近寄り難い。
そんな風に思われていることは知っていた。
理由も分かっている。
私自身が壁を作っているからだ。
それに。
神崎たち——教師から目をつけられている不良グループと話しているところを見られているのも大きいだろう。
私はその輪に属しているわけではない。
けれど何度も話しているところを見られていれば、周囲は勝手に判断する。
だから最近は女子たちも少し距離を取るようになった。
別に構わない。
そう思っていた。
少なくとも表面上は。
「夕樹さんってさ」
少し離れた席から聞こえた声に、意識が向く。
「神崎たちと仲良いよね」
「付き合ってるとか?」
「いや、ないでしょ」
小さな笑い声。
悪意はない。
ただの噂話だ。
私の方を見ているわけでもない。
それでも耳に入ってしまう。
私は視線を窓の外へ戻した。
慣れている。
こういうのは。
中学の頃から何度も経験してきた。
だから気にしない。
気にしないようにしている。
その時だった。
「では夕樹」
教師の声。
教室の視線がこちらへ向く。
私はゆっくり顔を上げた。
「この問題を説明してみろ」
黒板を見る。
数式。
途中式。
教師の説明。
聞いていなかったわけではない。
ただ別のことも考えていただけだ。
私は立ち上がる。
「この場合は――」
黒板を見ながら答える。
教室が静かになる。
最後まで説明すると、教師が頷いた。
「正解だ」
私はそのまま座った。
周囲から感心したような声が聞こえる。
それもいつものことだった。
成績は悪くない。
むしろ良い方だ。
だから余計に近寄り難いのかもしれない。
自分でも時々そう思う。
窓ガラスに映った自分を見つめる。
昔から母に似ていると言われていた。
その母は、もういない。
ふと胸の奥が少しだけ痛んだ。
中学二年の冬。
病室。
白い天井。
消毒液の匂い。
痩せてしまった母の顔。
今でも鮮明に思い出せる。
『美玖は強い子だから大丈夫』
母は、自分に言い聞かせるように笑っていた。
私を安心させるように。
けれど本当は全然大丈夫じゃなかった。
あの笑顔が、本当は無理をしていたことを、私はあとになって知った。
母がいなくなってから、父は別人のようになった。
元々、仕事熱心な人だった。
母がいた頃も忙しかった。
けれど家に帰れば笑っていた。
三人で食卓を囲んだ。
休日には出掛けた。
普通の家族だった。
少なくとも私にはそう思えた。
だけど母が亡くなってからは違う。
父は仕事ばかりになった。
朝早く出て。
夜遅く帰る。
会話も減った。
食卓も静かになった。
休日も家を空けることが増えた。
気付けば同じ家に住んでいるのに顔を合わせることすら少なくなっていた。
『生活費は振り込んである』
『困ったことがあったら連絡しろ』
そんな言葉ばかりになった。
本当は心配してくれていたのかもしれない。
今なら少しだけ分かる。
けれど当時の私は違った。
見捨てられたのだと思った。
母がいなくなって。
私は父にとって必要じゃなくなったのだと。
だから藤美学園を選んだ。
全寮制。
家を出る理由としては十分だった。
父は反対しなかった。
「そうか」
ただ、それだけだった。
それが余計に寂しかった。
引き止めてほしかったのかもしれない。
今さら認めたくはないけれど。
そんなことを考えている自分がいる。
結局。
家を出ても何も変わらなかった。
寮にいても。
学校にいても。
どこか満たされない。
どこにも居場所がない。
そんな感覚だけが残った。
だから神崎たちの輪に近付いたのかもしれない。
同じように居場所を持てない人間たちだったから。
少なくとも、そこでは誰も私を「かわいそう」とは見なかった。
その時だった。
外が少しだけ騒がしくなったような気がした。
私は窓の外を見る。
校門の方向。
何かあったのだろうか。
だが距離があり過ぎて分からない。
教師も授業を続けている。
周囲も気付いていない。
だから私も視線を戻した。
その数分後。
校内放送が鳴る。
そして。
その放送が、世界の終わりの始まりを告げることになるのを、この時の私はまだ知らなかった。