学園黙示録 HIGHSCHOOL OF THE DEAD ―Re:Build― 作:UG-san
校内放送は途中で悲鳴に変わった。
誰かの絶叫。
何かが倒れる音。
そして突然の沈黙。
教室全体が凍り付く。
何が起きたのか分からない。
誰も理解できない。
だからこそ恐怖だけが広がっていく。
静寂は数秒だった。
次の瞬間には誰かが立ち上がり、誰かが叫び、教室全体が混乱に飲み込まれた。
「逃げろ!」
「何があったんだよ!」
「先生は!?」
机が倒れる。
椅子がぶつかる。
生徒たちが出口へ殺到する。
悲鳴が重なる。
私は立ち上がった。
状況は分からない。
でも。
ここにいてはいけない。
その直感だけはあった。
鞄を掴む。
周囲の流れに乗るように教室を出た。
廊下も混乱していた。
生徒たちが走っている。
泣いている者もいる。
教師を探している者もいる。
何が起きているのか尋ね合う声も聞こえた。
だが答えを持っている人はいない。
皆が不安と恐怖の中を動いている。
私も同じだった。
その時。
「美玖!」
聞き慣れた声がした。
振り向く。
神崎だった。
その後ろには仲間が二人いる。
どちらも見覚えがあった。
「神崎……」
「何やってんだよ!」
いつもの乱暴な口調。
けれどその顔には余裕がなかった。
「こっち来い!」
「何が起きてるの?」
「知らねぇよ!」
神崎は苛立ったように答える。
だがすぐに周囲を見回した。
「でもヤバいのは分かる」
その声は真剣だった。
私は少しだけ迷う。
決して一緒にいたいわけじゃない。
それでも、一人よりはましだった。
周囲ではまだ悲鳴が聞こえている。
何が起きているのか分からない。
そんな状況で一人になれるほど強くはなかった。
「行くぞ」
神崎が先頭に立つ。
私も後を追った。
教室棟の廊下を走る。
逃げ惑う生徒たちと何度もすれ違う。
泣きながら友人の名前を呼ぶ女子生徒。
携帯を握ったまま立ち尽くす男子生徒。
教師を探している者。
階段へ向かう者。
皆が違う方向へ動いている。
校舎全体が混乱していた。
やがて渡り廊下へ出る。
校庭が見えた。
遠くで誰かが走っている。
誰かが倒れている。
何かが起きていることだけは分かる。
だが何が起きているのかは分からない。
知りたくもなかった。
渡り廊下を抜ける。
管理棟。
そこは教室棟より静かだった。
不気味なほどに。
遠くから悲鳴だけが聞こえてくる。
その静寂が逆に恐ろしかった。
その時。
どこかでガラスが割れる音が響いた。
全員が足を止める。
音は遠い。
階下かもしれない。
別の棟かもしれない。
誰にも分からない。
だが確認へ向かう者はいなかった。
神崎が短く言う。
「こっちだ」
四階の廊下を進む。
音楽室。
準備室。
空き教室。
閉まった扉が並ぶ。
どの部屋も静まり返っていた。
人の気配はない。
まるで学校から人が消えてしまったようだった。
神崎たちは空き教室の一室へ飛び込む。
私も続いた。
扉を閉める。
鍵を掛ける。
ようやく少しだけ息がつけた。
「……なんなんだよ」
仲間の一人が呟く。
誰も答えない。
答えを持っていないからだ。
教室の窓から外を見る。
遠くで人が走っている。
校庭にも人影が見える。
だが距離が遠い。
何が起きているのかまでは分からない。
神崎は窓際に立ったまま舌打ちした。
「警察来るよな」
仲間の一人が言う。
「来るだろ」
神崎も頷く。
だがその声には確信がなかった。
私は携帯電話を取り出した。
父の名前を見る。
連絡先は残っている。
だが指は止まった。
電話を掛けるべきなのか。
今さら何を話せばいいのか分からなかった。
迷っているうちに画面が暗くなる。
結局そのまま携帯を閉じた。
神崎がこちらを見る。
「家族か?」
「……別に」
短く答える。
神崎はそれ以上聞いてこなかった。
少し意外だった。
普段ならもっと踏み込んでくる。
だが今はそんな余裕もないのだろう。
廊下を誰かが走り抜ける音が聞こえる。
時間が過ぎる。
十分。
二十分。
実際にはそれほど経っていないのかもしれない。
それでも長く感じた。
誰も笑わない。
誰も冗談を言わない。
不安だけが教室に溜まっていく。
外から悲鳴が聞こえる。
どこかで扉が閉まる音。
何かを引きずるような音。
校舎全体から異様な気配が漂っていた。
「なあ」
神崎が小さく言う。
「助け来ると思うか?」
誰も答えない。
皆が同じことを考えていた。
助けは来るのか。
帰れるのか。
今日の夕方には終わるのか。
誰にも分からない。
その不安が、少しずつ空気を変えていく。
神崎たちも同じだった。
さっきまでの余裕はない。
神崎は何度も舌打ちを繰り返していた。
落ち着きなく教室を歩き回る。
その姿は、私が知っている神崎とは少し違って見えた。
焦り。
苛立ち。
恐怖。
それらが少しずつ表に出始めていた。
私はそれを感じ取っていた。
だが。
まだこの時は気付いていなかった。
この教室が。
私にとって、最も恐ろしい場所になることを。
そして——
「帰る場所なんてない」
そう思っていた私が、“本当の居場所”を見つけることになるとは。
まだ知らなかった。