学園黙示録 HIGHSCHOOL OF THE DEAD ―Re:Build― 作:UG-san
静かだった。
静かすぎると言った方が正しいかもしれない。
人がいるはずなのに、人の気配が消えていた。
管理棟四階の空き教室。
さっきまで生徒たちの声で満ちていたはずの学校とは思えないほど、その部屋は静まり返っていた。
扉には鍵を掛けてある。
カーテンは半分だけ閉められている。
窓から差し込む午後の日差しが、教室の床を白く照らしていた。
私は机の一つに腰掛けたまま、携帯電話の画面を見つめていた。
圏外。
数秒後、一瞬だけアンテナが立つ。
急いで発信ボタンを押す。
しかし呼び出し音が鳴る前に再び圏外へ戻った。
「……」
小さく息を吐く。
何度目かも分からない。
隣では神崎も同じことをしていた。
「クソッ」
苛立った声と共に携帯を机へ置く。
乱暴な仕草だったが、普段のような威圧感はない。
余裕がないのだ。
それは見ていて分かった。
「繋がらねぇ」
「俺もだ」
仲間の一人が答える。
「家も出ねぇ」
「警察とかは?」
「無理」
短いやり取り。
それだけで会話は終わった。
誰も次の言葉を持っていない。
何が起きているのか分からないのだから当然だった。
私も携帯を閉じる。
父の連絡先が表示されたままになっていた。
これまでも掛けようと思えば掛けられた。
けれど指は動かなかった。
今さら何を話せばいいのか分からない。
母が亡くなってから。
父とまともに話した記憶がほとんどなかった。
仕事。
仕事。
仕事。
父はいつも忙しかった。
私も反発した。
そして気付けば何年も経っていた。
画面を消す。
考えるのをやめた。
今はそんなことを考えている場合じゃない。
窓の外を見る。
校庭の一部が見えた。
誰かが走っている。
遠すぎて顔は見えない。
別の人影もいる。
立っているようにも見える。
歩いているようにも見える。
だが距離がありすぎてよく分からなかった。
見ているだけで胸の奥がざわつく。
私は視線を逸らした。
「なあ」
神崎が呟く。
「警察って来るよな?」
誰に向けた言葉でもない。
独り言のような声だった。
「来るだろ」
仲間が答える。
「たぶん」
たぶん。
その一言で全てが表れていた。
誰も確信していない。
ただそうであってほしいだけだ。
沈黙。
再び静かになる。
外からかすかに悲鳴が聞こえた。
全員が反射的に顔を上げる。
だが続かない。
すぐに静かになった。
それが逆に怖い。
悲鳴が聞こえる。
そして途切れる。
何度も。
何度も。
まるで学校のどこかで誰かが消えていくみたいだった。
私は無意識に腕を抱く。
寒いわけじゃない。
それでも体が震えそうだった。
「ここにいて大丈夫なんだよな」
仲間の一人が言った。
「知らねぇよ」
神崎が即答する。
その口調は強かった。
だが強がりにしか聞こえなかった。
「じゃあ移動するのか?」
「いや……」
「だったら黙ってろ」
空気が少しだけ険悪になる。
しかし本格的な口論にはならない。
怒鳴る気力すらない。
神崎は窓際へ歩いていく。
腕を組みながら校庭を見下ろした。
「なんなんだよ……」
小さく漏らした声。
私は初めて聞いた気がした。
神崎が弱音を吐くところを。
教室で騒いでいる姿しか知らなかった。
教師に反抗して。
同級生を威圧して。
いつも強そうに振る舞っていた。
でも今は違う。
私たちと同じだった。
怖いのだ。
きっと。
全員が。
その時だった。
――ゴン。
何かがぶつかる音が聞こえた。
全員が顔を上げる。
音は廊下からだった。
神崎が振り返る。
「聞いたか?」
「……ああ」
仲間が答える。
誰も動かない。
耳を澄ませる。
数秒。
何も聞こえない。
気のせいだったのか。
そう思いかけた時。
――ゴン。
再び音。
今度は少しだけ近い。
私の背筋に冷たいものが走る。
嫌な音だった。
人が歩く音ではない。
誰かが走る音でもない。
もっと重い。
もっと鈍い。
何かがぶつかるような音。
神崎がゆっくり立ち上がった。
「誰かいるのか?」
もちろん返事はない。
教室の空気が張り詰める。
誰も喋らない。
ただ扉を見つめる。
私も同じだった。
心臓の音がやけに大きく聞こえる。
――ゴン。
再び音。
今度はさらに近い。
まるで何かが廊下をさまよっているみたいだった。
その瞬間。
遠くから別の悲鳴が聞こえた。
男とも女とも分からない叫び声。
助けを呼ぶ声ではなかった。
何かを見てしまった人間の声だった。
短い。
本当に短い悲鳴だった。
そして静かになる。
教室の誰もが顔を強張らせた。
神崎も。
仲間たちも。
私も。
全員が理解し始めていた。
何かがおかしい。
放送室だけじゃない。
校庭だけじゃない。
この学校全体で。
今も何かが起き続けているのだと。
そしてその何かが。
少しずつ。
確実に。
こちらへ近付いているのだと。