学園黙示録 HIGHSCHOOL OF THE DEAD ―Re:Build―   作:UG-san

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Ep.4-2 邂逅(後編)

 ――ゴン。

 

 また鈍い音が響いた。

 

 神崎は扉の前から動かない。

 仲間の一人が、不安そうな声を漏らした。

 

「おい、やめようぜ……。」

 

「でも、このまま何も分かんねぇまま閉じこもってるわけにもいかねぇだろ。」

 

 神崎は自分に言い聞かせるようにそう言った。

 

 強気な口調だった。

 けれど、その手はわずかに震えている。

 怖いのだ。

 それでも、立ち止まることも怖かったのだと思う。

 

 私は思わず声を上げそうになった。

 

 やめて。

 開けないで。

 

 そんな言葉は喉まで出かかったのに、最後の一歩が踏み出せなかった。

 

 神崎が扉の鍵を外す。

 カチリ、と乾いた音が教室に響く。

 

 神崎は一度だけ深く息を吸った。

 誰も止めなかった。

 止められなかった。

 

「少しだけ見る。」

 

 ゆっくりと扉を引いた。

 開いた隙間は、ほんの二十センチほど。

 

 その瞬間だった。

 扉が弾けるように押し広げられた。

 

「うわっ!」

 

 神崎が体勢を崩す。

 

 開いた隙間から、一人の生徒が倒れ込むように教室へ流れ込んできた。

 

 制服は血で汚れていた。

 腕はだらりと垂れ、口元からは赤黒い血が滴っている。

 一瞬だけ、何かから逃げてきた人なのだと思った。

 

 だが。

 

 そいつは倒れたまま、不自然な動きで首を持ち上げた。

 濁った目。

 虚ろな表情。

 

 そして。

 

「ぎっ!」

 

 神崎の悲鳴が響いた。

 身体を起こそうとしていたところを腕に噛みつかれていた。

 

「神崎!」

 

 仲間が駆け寄る。

 教師を引き剥がそうと腕を掴む。

 その混乱の中で、廊下からさらにもう一つ、人影が教室へ入り込んできた。

 

「逃げろ!」

 

 誰かが叫んだ。

 

 私は反射的に教室の奥へ走る。

 教材棚の陰へ身を滑り込ませ、その場にしゃがみ込んだ。

 両手で口を押さえる。

 息を止める。

 耳だけが周囲の音を拾い続ける。

 

 机が倒れる音。

 椅子が滑る音。

 誰かの怒鳴り声。

 悲鳴。

 短く途切れる叫び。

 

 そして。

 湿った音が聞こえた。

 聞いたことのない音だった。

 

 私は目を閉じた。

 震えが止まらない。

 怖い。

 怖い。

 お願いだから終わって。

 そう願うことしかできなかった。

 

 やがて。

 教室は静かになった。

 

 ゆっくりと目を開ける。

 

 教材棚の隙間から、恐る恐る外を覗いた。

 

 神崎が立っていた。

 

 いや。

 立っているだけだった。

 

 制服は血で染まり、腕には噛まれた跡が残っている。

 その瞳からは、生気が消えていた。

 

 その隣には仲間が二人。

 三人とも、もうさっきまで話をしていた神崎たちではない。

 教室の中を、目的もなく歩き回っている。

 入り込んできた連中はまた廊下に出ていったのか。

 姿は見えなかった。

 

 ――ゴン。

 

 神崎が机へ肩をぶつける。

 机が少し動く。

 また歩き出す。

 

 仲間の一人は扉へぶつかった。

 

 ――ゴン。

 

 鈍い音が静かな教室へ響く。

 その拍子に開いていた扉が静かに閉まる。

 

 私は息を潜めた。

 呼吸一つすることが怖い。

 

 その時だった。

 

 神崎の身体がゆっくりとこちらを向く。

 

 濁った瞳。

 ゆっくりと顔が動く。

 その視線が、教材棚の隙間にいる私と重なった気がした。

 

 心臓が止まりそうになる。

 

 ーー見つかった。

 

 そう思った。

 体が硬直する。

 逃げられない。

 声も出ない。

 

 けれど。

 

 神崎は何事もなかったように視線を逸らした。

 そのままふらつくように歩き始める。

 再び。

 

 ――ゴン。

 

 机へぶつかる。

 私は理解できなかった。

 

 見えていなかったのだろうか。

 それとも。

 見えていたのに、反応しなかったのだろうか。

 考えても答えは出ない。

 ただ一つ分かったのは。

 今、声を出さなければ見つからずに済むかもしれないということだった。

 

 私はさらに体を小さく丸めた。

 それからどれくらい時間が過ぎたのか分からない。

 教室の中では、一定の間隔で鈍い音だけが響いていた。

 

 ――ゴン。

 

 神崎が机へぶつかる。

 

 ――ゴン。

 

 別の一人が壁へ肩をぶつける。

 

 その音だけが、時間が流れていることを教えてくれていた。

 

 窓から差し込む光は少しずつ傾いていく。

 外からは遠くの悲鳴や物が壊れる音が聞こえる。

 それでも私は動かなかった。

 動けなかった。

 

 そうして、どれほどの時間が過ぎただろう。

 

 ふいに。

 廊下から、今までとは違う音が聞こえた。

 

 足音だった。

 重く引きずるようなものではない。

 誰かが忍び足で歩くような、慎重な足音。

 

 教室の前で止まる。

 

 神崎たちも、その音に反応するようにゆっくりと扉の方へ顔を向けた。

 私は思わず息を呑む。

 次の瞬間。

 扉の向こうから、小さく、囁くような声が聞こえた。

 

「……誰か、いるのか。」

 

 男の子の声。

 

 知らない声だった。

 少なくとも、すぐには誰なのか思い出せない。

 

 それでも。

 

 今日初めて聞いた”安心できる声”だった。

 

 返事をしなきゃ。

 そう思った。

 

 でも。

 扉の近くには神崎たちがいる。

 声を出した瞬間、何が起きるのかは容易に想像できた。

 

 私は唇を強く噛み締める。

 声は出せない。

 それでも。

 心のなかで何度も願った。

 

 ――お願い。

 気付いて。

 私がここにいることを。

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