【Re:】ポンコツ勇者 VS クソガキ魔王 VS ダークライダー【make】   作:やーなん

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ボーイミーツガール……?

 

 

 

「それでお前は、そのガキを拾ってきた、と」

 

 事務所に帰還したレイジは同僚達に事情を説明することになった。

 他の職員は顔を出してはいないらしい。殺風景な事務所には、二人以外の気配はない。

 

「お前のお人好しもここに極まれりだな」

「……」

 

 あからさまに肩を竦め呆れているカネシロに、レイジは何も言えなかった。

 当の少女は、怯える様子もなく、レイジのレザージャケットに両手両足でしがみついて物珍しそうに事務所の中を見ていた。

 

「確かに竜人族の特徴を有しているな。だが、どちらかというと素体はダークエルフにも見える」

 

 シマは無機質な視線を向け、眼鏡のフレームに内蔵された解析ツールを走らせる。少女の頭部を通過する青白いスキャン光が、不穏な影を映し出していた。

 

「一昔前に流行った、キメラだって言いたいのか?」

 

 レイジの声に、僅かな苛立ちが混じる。

 十年以上前、倫理を無視して行われた合成獣──キメラ製造の実験。だが、その大半は短命の悲劇に終わり、闇へと消えたはずだった。

 

「可能性の話だ。だが、どこの組織が希少な竜人族とダークエルフを入手できる?

 実験で成功できるほどのノウハウが産み出せる?」

「……」

 

 レイジは答えられなかった。

 エルフは機械油の臭いを嫌い、汚染に弱い生き物だ。

 それは遺伝子がほぼ変わらないダークエルフも同じだ。

 つまり、そのいずれの種族もこの世界にはほぼ存在しないと言うことだ。

 

「……今、入界管理局の知り合いに照会して貰った。

 やはりこの少女はこのトーキョーに正式に入界したわけでは無さそうだ」

「そりゃあ、ドームの天蓋を突き破って落ちてきた異分子だからな」

「言っとくが、うちには娘がいる。俺は面倒みれねぇぞ」

 

 シマとレイジの会話に割って入るように、或いはこれからの展開を予測するかのようにカネシロは言った。

 

「それは俺も同じだ。とりあえず、どこかの児童養護施設に預けるしかないだろう」

「それがベストだろうな。市民IDがない奴でも受け入れてくれる場所を探すしかないか……」

 

 事務所の面々が頼りにならないことは分かっていた。だが、こうして言葉にされると、レイジの胸には重い鉛のような疲労が溜まった。

 

「レイジ、お前子供嫌いじゃないだろ。お前が面倒見てやればいいだろ」

「カネシロ……他人事だと思って、覚えてろよ」

 

 面白そうに見ているカネシロに、レイジは恨み節をこぼす。

 

「その前に、医者に見せた方がいいかもしれない。

 この様子だと脳に大きなダメージがあったに違いない。エピソード記憶だけでなく、意味記憶も喪失しているとなると……以前の人格を喪失している可能性も高い」

「……そうだな」

 

 下手に回復能力が高いからこその悲劇かもしれない。普通の人間ならそのまま死亡している。

 レイジは重々しくその事実に頷いた。

 

 だが、当の少女はそんな不穏な議論などどこ吹く風。レイジの首に腕を回し、不思議そうに小首を傾げている。

 

 

 

 §§§

 

 

 少女は当然ながら、市民IDが存在しない。

 正規の手続きを踏んだ市民なら誰しも有しているものだ。

 

 とは言え、難民の二世や不法滞在者にとって、値千金の代物だ。

 裏ルートからカネで買えるそうだが、長期的にはリスクが高いだろう。

 

 つまり、レイジは少女の検査に闇医者に頼る他なかった。

 幸い、闇医者なんて旧渋谷地区にはいくらでもいる。胡散臭くない、信頼できる、という枕詞を除けば。

 

 ただ、レイジには腕のいい信頼できる医者に心当たりがあった。

 

 

 旧東京新都心近くに広がる廃墟群。

 政府が廃棄したここに勝手に住み着いた不法移民や難民が暮らしている地域で、中心部よりも比較的治安がいい場所だった。

 ここは闇市が広がっており、企業からの横流し品が流れ着き、生活する分には困らない空間を形成している。

 衛生面を考慮しない飯屋の屋台がずらりと並び、それなりに活気がある場所だった。

 

 その中でも、古本屋の地下に勝手に住み着いている偏屈な老人がいた。

 

「ドクター、居るか?」

 

 レイジは闇市で血まみれだった少女を着替えさせてから、その古本屋の地下へと赴いた。

 

「……誰じゃ。ああ、小僧。お前か……また面倒なもんを担いできたな」

 

 彼が奥の扉を叩くと、中から木製のドアを開けて老人が顔を出す。

 

 異様な男だった。

 左目から頬にかけて、モノクルタイプの古い型の無骨な光学センサーを埋め込み、その赤いガラスが無機質に光を反射している。

 白衣を着ているが、その下は整備用の作業着という出で立ちで。左腕全体を最新鋭の機械義肢(サイバネアーム)に換装している。

 

 彼はドクター。ドクター・ヴォルグ。

 かつては大企業で軍用のサイバネ義肢を開発していた、その道では名の知れた人物だった、とレイジは当人から聞いている。

 

 実際、彼の技量は確かだった。

 今では闇市の住人相手に、外科医の真似事をしている。

 

「爺さん、ちょっとこの子を見て欲しい」

「……なんじゃ、このガキは」

 

 ドクターの生身の右目が細くなる。

 

「こっちに連れてくるがいい」

 

 語るまでもないだろうが、この偏屈な老人は子供と言うモノが大嫌いだった。

 そんな彼が子供を連れて来いというのだ。

 レイジはその言葉に従い、少女の手を引いて中へと進んだ。

 

 ヴォルグは手術台を叩き、少女を寝かせるよう促した。

 彼が指先で端末を操作すると、少女の頭部を覆うようにして、数枚の光る円盤型の装置が空中に展開される。

 

 それは高精細な神経診断用スキャナだった。

 無数の微細なレーザーと磁気パルスが少女の頭蓋を貫き、リアルタイムで脳内の電気的活動をホログラムに投影していく。

 

 彼の専門はサイバネ──つまり脳神経外科。

 脳と神経を機械と電気信号で結合させる、その専門家だった。

 

 ピ、ピピピ、という警告音と共に、ホログラムの映像が揺れた。

 

 少女の脳内を流れる電気信号は、整然としたニューロンの信号ではない。

 まるで、巨大なエネルギーが奔流となって神経系を逆流しているかのような、暴力的な波形が描き出されていた。

 

「これは……解析不可能か?」

「……芸術じゃ」

「は?」

「儂は様々な異種族の脳を見て来た。異種族用のサイバネ義肢なんてもんも作った。

 だが、こんな美しく、完璧な……計算され尽くした脳は見たことがないわい」

 

 レイジは全くさっぱりだったが、ドクターは戦慄していたようだった。

 

「ハッキリ言おう、小僧。“これ”はまともな生き物ではない」

「……薄々はわかってたさ」

「どこでこんなのを拾った。まるで神が手ずから手掛けたような、一切の無駄のない完璧な脳じゃ」

 

 ドクターはまるで、触れてはいけないこの世の真理を垣間見たような、ある種の恐怖を抱いていた。

 

「人間が、こんなものを創れるはずがない……」

「……爺さん、分かってると思うが」

「言わんでもわかる。誰がこの事を他人に喋るかいな」

 

 手術台の上の少女が、老人を不思議そうに見やる。

 たったそれだけなのに、彼は生きた心地がしなかった。

 

 彼の明晰な頭脳が、これは少女の形をした怪物であると明確に算出していた。

 兵器だとか、実験体だとか、そんな矮小な言葉では説明できない。

 それが、この少女だった。

 

「小僧、悪いことは言わん。“これ”に関わるな」

「その忠告は、このガキに出会う前に教えて欲しかったな……」

「そうか。なら早く帰ってくれ。カネは要らんから、二度とそれを儂のラボに近づけさせるな」

 

 レイジはドクターに言われるがままに少女を抱き上げ、地下室から去って行った。

 

 

 

「参った。本当に参った……」

 

 ドクターの反応から、適当な児童養護施設に預けると言う選択肢が消えてしまった。

 結局、治療の目途どころか、その話にまで行くことさえできなかった。

 

 レイジは腕の中の少女を見下ろした。

 

「にぃに?」

 

 少女は無垢な視線を彼に向けていた。

 だが、レイジは知っていた。こんな脳みそのデータがからっぽな少女が、本能だけで凄まじい暴威を発揮したことを。

 

 そして、これを放置すれば、どんな災厄となるのかを。

 

 レイジは己の愛車のバックパックに、少女を乗せた。

 彼は仕方なく、或いは必然だったかのように、自分の拠点へと連れ帰ることにした。

 

 これを見て見ぬ振りをできるほど、彼は器用な生き方は出来なかったのだ。

 

 

 §§§

 

 

 レイジの拠点は、旧渋谷地区の再開発から取り残された、放棄されたサーバーラック用のビル群の一角にあった。

 仕事柄、恨みを買いやすい彼にとって、この無人の廃墟は格好の隠れ家だ。

 

 居住スペースはかつて重役室だった一室を改造したものだった。

 内装は徹底的に無機質だった。壁面は防音用のカーボンボードで覆われ、室内には最低限の家具と、インフラが整備されている程度。

 生活感といえば、使い古されたクッキングマシンと、常にバックグラウンドで流れる都市のノイズくらいのものだった。

 

 レイジが重い防弾ドアを開けると、冷え切った空気が彼らを迎えた。

 

「……今日からここが、お前の居場所だ」

 

 レイジは少女をソファに降ろした。

 殺風景な部屋の中で、彼女の浅黒い肌と、瞳の紅い色がやけに鮮やかに浮き上がって見える。

 少女はキョロキョロと部屋を見回すと、レイジが放り出したままのジャケットの端をぎゅっと握りしめた。

 

「にぃに?」

 

 まるで他の言葉を知らないかのような、いや実際に知らないのだろう。無垢な瞳がレイジに向けられる。

 

「俺はお前の兄貴じゃねぇって」

 

 彼は伝わらないと分かっていても、そう呟くほかなかった。

 こういう時はどうすればいいのだろうか?

 

 レイジは腕に装着しているデバイスの内臓AIに聞くことにした。

 

『まず、意思疎通を図り、情操教育を行う為に最低限の教育を行いましょう!!』

 

 音声入力の末に返って来たのは、いかにもマニュアル通りの合成音声だった。所詮簡単な受け答えしかできないAIなどこんなものだ。

 

「……教育か。学校に通わせるわけにもいかないしな」

 

 幸いながら、この時代には教育用プログラムはネットに幾らでも転がっている。

 レイジは適当に基礎言語のパッケージをデバイスにダウンロードして、こちらを見ている少女に向き直った。

 

「ほら、これを見な」

 

 彼はデバイスから出力された、絵本のホログラムを彼女に見せた。

 単語の音声と共に、リンゴの立体映像がくるくると回る。文字通り、子供だましの代物だ。

 

「これはリンゴ、Apple」

「りご……? あっぷ?」

「リンゴだ、リンゴ。アップル」

「アップル!!」

 

 レイジは次々とホログラムを切り替え、単語を読み聞かせて行った。

 そして、彼はドクター・ヴォルグの恐怖を理解した。

 

「リンゴ、キウイ、パイナップル……」

 

 レイジは根気よく付き合うつもりだった。

 だが、少女は三度目には、対象物と単語の発音を完全に結び付けていた。

 

 驚異的な学習速度だった。

 そこらの低品質な学習用AIなど比べ物にもならない、異次元の吸収力。

 

「レイジ」

 

 少女は、彼を指差しそう言った。

 

「ああ。レイジ。レイジだ」

 

 レイジは頷いて、今度は彼が彼女を指差した。

 

「……レイジ?」

「違う。お前の名前だ」

 

 言ってから、まだわからないか、と彼は思ったが。

 

「ローティ」

「え?」

「ローティ!!」

 

 彼女は自分を指差し、そう言った。

 

「……お前、ローティって言うのか」

「ローティッ!!!」

 

 少女は、自分の名前だけは覚えたいたようだった。

 自分を指差し、元気いっぱいにそう主張した。

 

 名前を聞き出すことすら諦めていた状態だっただけに、彼はどこかホッとした気分だった。

 彼女の空っぽの脳にも、確かに残っているモノがあったという事実に。

 

「ドクターはこいつを化け物みたいに見てたが……」

「えへへ、にぃに、レイジ!! きゃはは!!」

「俺はこいつを化け物にさせないことが出来るんじゃないのか?」

 

 ソファに座って無邪気に笑うローティの余りにも手の掛からない様子に、レイジはそんなささやかな希望を抱いた。

 そんな時だった。

 

 ピピピ、と彼のデバイスに暗号化された着信が入る。

 空中にモニターが表示され、シマの無表情な顔がリアルタイムで映し出された。

 

「はい、こちらレイジ」

『レイジ。新しい依頼だ。今日はお前も大変だろうから、他の職員に仕事を回してもいいが』

「いや、構わない。稼げる時に稼いだ方がいい」

 

 レイジはさりげなく部屋から出て、防音扉の向こうの廊下で通信を行う。

 イーラ運送の職員は、表の配達員と同じように個人事業主として会社と雇用関係を結んでいる。仕事を拒否しようと思えば可能だが、レイジはそうしなかった。

 それに彼は、一日に五件の案件をこなしたこともある。今日の二件目で少々デカいトラブルがあっただけの話だ。

 

『分かった。依頼人からの配達先はすぐに送る。詳しいことはそちらを見て欲しいが、“着払いで返品不可”だ』

 

 着払いで返品不可。それは、『殺し』の依頼の隠語だった。

 

「……わかった。すぐ行く」

 

 レイジは通信を切り、シマから送られてきた情報を確認する。

 

 ターゲットは、機狂いの殺人鬼らしい。

 サイバネ手術によって自身の肉体を換装しすぎると、脳神経が過負荷を起こしてバグると言われている。

 専門的な理屈はレイジもよくわからないが、結果として理性を喪失し、ただ破壊衝動だけで動く殺戮機械と化す。スラム育ちの学の無い者達は、そんな哀れな末路を指して“機狂い”と呼んだ。

 

 サイバネ手術自体は、この時代においては一般的なファッションの一部でしかない。百年前に流行ったのプチ整形と同程度の感覚だ。

 だが、一部の者達は人間の限界を超えた力や機能に執着するあまり、人の道から外れてしまう。あるいは、質の悪い闇医者に違法な手術を依頼して脳神経を焼かれたのか……。

 

 いずれにせよどうでもいいことか、とレイジは思考を止めた。

 警察の機動部隊が動くまで、大勢の犠牲が発生するのは目に見えている。それをレイジは見過ごせなかった。

 

 機狂いの射殺は合法だ。

 レイジは正面から堂々とターゲットを抹殺することにした。

 

「ローティ、ここで、待ってろ。わかったか?」

「……?」

「ああくそ、これでも飲んで待ってろ!!」

 

 レイジは冷蔵庫から、ニューコーラを取り出し、キャップを外してその飲み口をローティの口元に乱暴にツッコんだ。

 

「ん? ん、んん!!」

 

 ケミカルな甘味料の味を理解したのか、ローティは目を丸くしてごくごくとニューコーラを飲み始めた。

 

「これ、ここにあるぞ、いいな? 大人しくしてろよ?」

 

 レイジは冷蔵庫の中身に常備されているニューコーラのストックを指差し、念を押すように言った。

 ローティはわかっているのかいないのか、コクコクと無邪気に頷いた。

 

 こうしてレイジは、部屋に残すローティに後ろ髪を引かれながらも、血生臭い仕事先へと向かうのだった。

 

 

 §§§

 

 

 ターゲットが暴れているのは、旧渋谷地区の更に外側、盗電の為に張り巡らされた違法なケーブルとネオン管が這い回る第三スラム街だった。

 狭い路地裏から、凄惨な破壊の痕跡と血の跡が続いている。

 表通りは既にパニックになり、群衆が逃げ惑っている。

 

 そんなスラムの住民を虐殺している男は、一見すると無駄のない鍛え抜かれた人型のシルエットを保っていた。

 だが四肢はマットブラックの軍用規格のサイバネティクスに換装されている。カーボンファイバー製の外殻と、最新型の人工筋肉が編み込まれたその姿は、機能美すら感じさせる洗練された人型の重機のそれだ。

 

 だが、男の“中身”は既に限界を突破していた。

 

 カチ、カチカチカチッ、と。

 男の首が、痙攣するように不規則な角度で動く。首筋に埋め込まれた冷却ユニットからは、処理の過負荷による白い蒸気がシューシューと噴き出していた。

 

「て、敵性反応、多数。こ、こ、殺す、お、お前ら、俺の敵なんだな!!」

 

 男の顔半分を覆うタクティカル・バイザーの奥で、複数の光学センサーがエラーを告げる赤い光を激しく明滅させている。

 彼はより強く、より速くなるために神経系を最新のデバイスに直結させた。

 その結果、流れ込む膨大な戦闘データに脳髄が耐えきれず、完全に理性が焼き切れてしまったのだ。

 

 ガキンッ、と硬質な音が響く。

 男の両腕の装甲がスライドし、格納されていたチタン合金製の高周波ブレードがシャキッと音を立てて展開された。

 

「ひぃぃ!! や、やめ……」

 

 足を取られ、倒れて身をすくめていたスラムの住人が悲鳴を上げる。

 男はぶつぶつと意味のない言葉を呟きながら、地を蹴った。

 

 それは軍用サイバネティクスがもたらす、恐ろしく静かで俊敏な跳躍。機能的で、一切の無駄がない完璧なステップだった。

 それは皮肉にも、サイバネ強化手術自体は完全に成功していることを意味していた。

 ただ、その完璧な機能が向けられている先が、抵抗すらできない無抵抗なスラムの住民であるという一点を除いて。

 

「て、ててて、てき、てきてき、ききき!!!」

 

 男は血走った両目を見開きながら、バイザー越しに認めた憐れな被害者に無慈悲な一撃を振り下ろそうとしていた。

 

 その時だった。

 

 がんッ、と甲高い音と共に男のチタン製の装甲に銃弾が命中した。

 背後からの強烈な衝撃が男の注意を引き、バグった首の関節を軋ませて振り返る

 

「ちッ、45ミリの徹甲弾が豆鉄砲か。よくそんな重い改造してまともに動けるな……」

 

 その視線の先には、硝煙を上げる大型の自動拳銃を構え、殺人サイボーグと化した男に立ち向かうレイジが居た。

 

 男のロックオン対象が、明確にレイジへと切り替わった。

 

「てきテキ敵、こ、ころすううううぅぅぅ!!」

 

 アスファルトを砕き、機狂いが地を蹴る。

 先程までのバグを起こしたような不規則な動きが嘘のような、直線的で無駄のない恐るべき踏み込みだった。

 レイジの網膜に投射された射撃統制システムが、瞬時に警告の赤色に染まる。

 対象の接近速度が、生身の人間の反応限界を超えていたのだ。

 

「速ッ……!!」

 

 レイジは悪態をつきながら、後退と同時に引き金を連続で引いた。

 放たれた45径の徹甲弾は正確に男の胸部と頭部を捉える。

 だが、傾斜のついたカーボンファイバーの外殻に浅く弾かれ、けたたましい金属音と火花を散らすにとどまった。

 運動エネルギーを殺しきれず男の姿勢が僅かにブレるものの、致命傷には程遠い。

 

 機狂いサイボーグが、右腕の高周波ブレードをレイジの脳天に向けて振り下ろす。

 ブゥンッ!! と、いう空気を焼き切るような不快な振動音と高周波が耳をつんざく。

 レイジは咄嗟に横へと身を投げ出した。

 直後、彼が先程まで立っていた背後の路地のコンクリート壁がまるで豆腐のように斜めに両断され、轟音と共に崩れ落ちる。

 

「間抜けが!!」

 

 彼我の戦闘能力の差は隔絶している。

 だが、レイジも無策で完全武装のサイボーグを相手に挑んだわけでは無かった。

 

 男の視界に、宙を舞う小さな円筒形の異物が紛れ込んでいた。レイジが後退の拍子に投擲したそれは、直後に青白い閃光を放って爆発し、強烈な電磁パルスを周囲に撒き散らした。

 男の脳と直結したサイバネティクス・システムが、瞬く間に致命的なエラーを引き起こす。

 

「が、が、があああああぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 機狂いが内部回路を焼かれる苦痛に悶え苦しむ。

 だが、サイボーグは尋常ではないスピードで跳躍し、レイジへと距離を詰めてきた。それは素体となった男が、かつて優秀な兵士であったが故の、本能の残滓だった。

 

「しまッ、リミッターが外れたか」

 

 高周波ブレードの振動が止まり、ただの巨大で鋭利な刃物と化したそれをレイジが辛うじて回避できたのは、単なる運に過ぎなかった。

 

 電磁パルスでシステムを焼かれ、エラー警告で真っ赤に染まっているはずの視界を無視して、機狂いは執拗にレイジへと襲い掛かる。

 

「くそ、弾、切れッ──」

 

 銃撃で牽制しようとするも、スライドが後退したままの自動拳銃は空の薬室を晒し、残弾は無慈悲に尽きた。

 レイジが死を覚悟し、決死を決めたその時だった。

 

「レイジ!!」

 

 その声に、レイジは顔を引きつらせた。

 絶対にここに居てはならないはずの、ローティの声が彼の背後から聞こえたのだ。

 

「逃げろ、このガキッ!!」

 

 その時、彼の脳内には彼女が尋常ではない生物ではないことは、考慮の外だった。

 ただ純粋に、彼女の安否だけを案じていた。

 

「ててててててててききききききききッ!!!!!」

 

 金切り声を上げるサイボーグの刃が、レイジの脳天に墜ちる。

 

「……ぎゃはッ」

 

 瞬間、レイジは怖気の走る笑い声が聞こえた気がした。

 

 次の瞬間、サイボーグの右腕が何の前触れもなく分離した。

 間に割って入ったローティだった。まるで子供が父親の手を引っ張るように。無邪気に、全く悪意なく、強固で重い軍用パーツの腕を根元から引き千切ったのだ。

 

「て──、き──」

 

 サイボーグの認識は間違いだった。

 彼にとって、ローティは敵ではなかった。

 

 ──“玩具”だった。

 

 空を飛んでいるトンボを捕まえて、面白半分に羽根を引きちぎるように。

 地を這うアリを見つけて、その進路を妨害し、巣の入り口を踏み鳴らして遊ぶように。

 

 圧倒的な質量を持つサイボーグの身体が、いとも容易く『くの字』に折れ曲がる。

 四肢が宙を舞い、チタンの首が飴細工のようにねじ切られ、彼女の小さな手に弄ばれる。

 

 血とオイルに塗れ、ただの鉄屑と肉の塊に成り果てたサイボーグを、彼女は無造作に踏みにじった。

 それだけで『くの字』ですらなくなった。紙を半分に折りたたむように、サイボーグの全身が骨格も装甲もひっくるめて、文字通り極限まで圧縮される。

 

 最終的に、ローティの足の裏と地面の間に残されたサイボーグの厚みは、一ミリ以下になっていた。

 分厚い装甲だったはずの金属板には、幼い少女の小さな足跡だけがくっきりとプレスされている。

 

 それは、いっそのこと滑稽なほどに現実離れした、足跡の化石のような有様だった。

 

「きゃは、きゃはッ、きゃははははは!!!」

 

 レイジが止める間など無かった。

 少女、ローティは無邪気に──いや。

 

 邪悪そのものである本性を剥き出しにして、コロコロと嗤っていた。

 

「止めろ、ローティ!!」

 

 最後に頭部を地面で叩き割ろうとしていた彼女を、レイジは後ろから抱きしめた。

 

 恐ろしいことだが、サイボーグ男は頭だけでもまだ辛うじて生きていた。

 頭部を丸ごと改造していたのが幸いしたのか、脳を保護する機能だけが生きていた。

 

 ローティは不思議そうにレイジを見上げた。

 

「お前はこんなことしなくていいんだ……」

 

 レイジは彼女の頭を胸に抱きしめた。

 

「これは」

 

 彼の右手には、大型の自動拳銃の銃口が、サイボーグ男の頭部に向けられていた。

 

「俺の仕事だ」

 

 だんッ、という銃声と共に、徹甲弾がサイボーグ男の頭を貫通した。

 これでいい、とレイジは思った。彼が仮に生き残っても、脳には深刻な機能障害が起こっていた筈だからだ。

 

「行こう、ローティ」

「……ん」

 

 彼は介錯を終えると、彼女を抱きしめた姿勢のまま抱き上げ、惨劇の光景を見せないようにレイジはその場から立ち去った。

 

 

 

 

 今日は厄日だと、レイジは思った。

 ヘルメットを被り、ローティをバイクのバックパックに乗せて、帰路に着こうとした時だった。

 

「見つけたぞ」

 

 レイジの視線の先には、レインコートを纏った何者かが居た。

 くぐもってはいるが、凛とした若い女の声だ。

 

 その彼女は、レインコートの内側からなんと、古めかしいロングソードを引っ張り出したではないか。

 レイジは確信した。厄日はまだ、終わっていないと。

 

「家族の仇、故郷の仇、今ここで晴らしてくれる!!

 我が怨敵、──魔王ローティ!!」

 

 レイジは思った。魔王? さっきまでニューコーラを飲んで荷台にちょこんと座っているこのガキが?

 

「今こそ引導を渡してやる。この、勇者クラリスが!!」

 

 名乗りと同時に、彼女はレインコートを脱ぎ捨てた。

 どう見ても露出過多な、防御力が低そうなデザインの胸当て同然の鎧を彼女は着こんでいた。

 

 レイジは思った。

 ああ、痛い人なのか、と。

 

 そんな彼女を、ローティはバックパックから不思議そうに見ていた。

 

 これがレイジと、或いはクラリスにとっても世界を巻き込んだ運命の出会いであった。

 ただ、この時は彼はそっちのけで話は進んでいたのだが。

 

 

 

 

 

 





とりあえず、二話までは執筆できました。
相変わらずプロット無しの、行き当たりばったり進行であります。
ですが、今回は幾らでも話が作れるような舞台設定にしたので、主要人物三人のわちゃわちゃとイチャイチャと修羅場が書ければなぁ、と思います。

あとこれはちょっとした愚痴なのですが、最近私が新作を投稿する度に必ず低評価を付ける荒らしが出没するようになり、負けたくないのでよければ感想や高評価をお願いします。

ではまた、次回!!
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