【Re:】ポンコツ勇者 VS クソガキ魔王 VS ダークライダー【make】   作:やーなん

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本日三話目の投稿です!!



勇者ミーツ魔王

 

 

 

 かつて、この世界は『アースエッダ』と呼ばれていた。

 その構造は滝のように縦長で、上層から下層へ行くほど大地が豊かに広がる──そんな不可思議な理を持つ世界。

 その世界の最下層、地図にも載らぬ隠れ里に、クラリスは生まれた。

 

「お師匠様、今日もお稽古をお願いします!!」

「ああ、よく来たね。クラリス」

 

 幼きクラリスが師事していたのは、一番近い国の元騎士団長。

 彼は毎日のように、彼女に剣術の稽古を付けていた。

 

「こりゃッ、クラリス!! 

 魔法の修業から逃げるでない!!」

「お勉強はいやだぁ!!」

 

 剣術の稽古が終われば、大陸一の賢者と称された老人に首根っこを掴まれ、連れられて行く。

 その姿を、村人たちは微笑ましく見ていた。

 

 

 かつて、この世界に一つの予言が齎された。

 

 ──運命の子が勇者となり、災厄の王を打ち破るだろう、と。

 

 その運命の子こそが、クラリスであった。

 この村は、彼女を密かに育て上げる隠れ里だったのだ。

 

 村人たちが密かに彼女を勇者として育て上げたのは、古より伝わる予言故だ。

『運命の子が災厄の王を打ち破る』。その重責を担うため、幼きクラリスは日々、元騎士団長の老騎士に剣を叩き込まれ、大陸一の賢者に魔法の理論を詰め込まれていた。

 

 

「お姉ちゃん、大丈夫?」

「ああクレアか」

 

 賢者の杖で叩かれた頭を押さえ、クラリスは妹に苦笑を向ける。

 二人は双子だった。病弱だが魔力に秀でた妹クレアと、武芸に特化した姉クラリス。

 賢者にこってりと魔法の理論を叩きこまれたクラリスは、妹の声に顔を上げる。

 

 当初、大人たちは双子の誕生に困惑を隠しきれなかった。

 クラリスと、妹のクレア。どちらが運命の子なのかと。

 

 だが、ある時、クラリスは己の可能性を、勇者としての示した。

 

 己の内側から湧き出るように、彼女は一振りの剣を引き抜いたのだ。

 それは、魔剣。彼女の半身でもあり、彼女自身の写し身。

 

 それを見た大人たちは確信した。──クラリスこそ、運命に選ばれた勇者だと。

 

「まったく、クラリスときたら。

 クレア、お前が姉を支えるんじゃぞ」

「はい、おじい様!!」

「ちぇ、クレアばっかり」

 

 二人の修行の日々は、続いて行く。

 

 

「こらッ、クラリス!!」

「ひえぇっ!? ……し、師匠!?」

 

 ある日、薪割り用の斧を握りしめ、クラリスは肩を跳ねさせた。背後から聞こえたのは、大陸一と称される賢者──魔法の師匠の、厳格で枯れた老人の怒声だったからだ。

 

「あはは!! お姉ちゃん、私よ私!!」

 

 師匠がふらりと揺れた瞬間、その枯れ木のように老いた姿がドロンというオノマトペが出そうな雰囲気と共に霧散した。

 代わってその場に現れたのは、クラリスと瓜二つの顔立ちをした、愛らしい少女だった。

 

「どう? 最近覚えた変身魔法よ、びっくりした?」

 

 クレアは勝ち誇ったように腰に手を当て、ケラケラと笑っている。

 クラリスは握りしめていた斧を下ろし、脱力したように深く息を吐いた。

 

「なんだ、クレアだったのか……。本当にびっくりしたよ、心臓が止まるかと思った」

「あはは! お姉ちゃん、修行でヘトヘトになってたから気配が鈍ってるよ? 勇者様失格だね!」

 

 クレアはそう言って、悪戯っぽく舌を出した。

 クラリスは、叡智を持つ妹を羨みつつも、いつか二人で予言の災厄を乗り越える未来を信じて疑わなかった。

 そう、あの日までは。

 

 

 ────カンカンカンッ!! 

 

 

「敵だ、敵襲だ!! 

 あ、あれは、あれはまさしく、予言通り災厄の王が来たんだ!!」

 

 村人たちが、鐘を鳴らして叫んでいた。

 彼らが指さす先は、豊かなこの世界には似つかわしくない、視界を覆うほどの巨大な砂嵐の壁だった。

 

「馬鹿な、早すぎる!! 

 まだクラリスが災厄の王と戦うには幼すぎる!!」

 

 完全武装した元騎士団長が、呻くように言った。

 

「お前たち!!」

 

 二人の元に、彼女たちの母親が鬼気迫る様子でやってきた。

 

「お前たちだけでも逃げなさい!! 

 今のあなた達では、あの災厄の王──魔王には勝てない!!」

「お母さん……」

「あなた達の立派な姿、見られなくてごめんなさい。今は逃げるのです!!」

 

 母親は二人を抱きしめると、武器を手に村の入り口へ向かった。

 

 だが、クラリスは違った。

 己の半身に、魔剣に呼びかける。その瞬間、その剣は彼女の手にあった。

 

「クレア、あなたは隠れて。私は戦う」

「そんなッ、お姉ちゃん!!」

「大丈夫だから、私の言う事を聞いてくれ」

「ううん」

 

 だが、妹もまた、勇者と共に戦う様に育てられたモノだった。

 

「私も戦うよ。それが私達の使命だもん」

「……わかった」

 

 妹も戦いに向かう。それは覚悟していたことだった。

 だが、クラリスの内側に暗澹たる思いがあるのも本当だった。

 

「まず、私の武器を地下倉庫に取りに行くよ。呪符とか薬とか取りに行くから、お姉ちゃんも手伝って!!」

「う、うん!!」

 

 二人は、そうして村の地下倉庫へ走った。

 何の変哲もない村を偽装する為、地下倉庫は完全に武器庫として使用されて隠されていた。

 

「お姉ちゃん、先に行って。

 私、ちょっと走って疲れちゃった」

「わかった、クレアの分まで武器を取ってくるね!!」

 

 クラリスはその言葉に頷いた。

 妹の病弱さは知っていたからだ。

 

 先に武器庫へと彼女は足を踏み入れた。

 

「よし、これとこれで、オッケー!! 

 クレア、さあ一緒に戦おう!!」

 

 しかし、武器庫の扉は閉ざされていた。

 扉の僅かな覗き穴から、俯いたクレアの姿が見えるだけだった。

 

「クレア、クレア!?」

「ごめんね、お姉ちゃん」

 

 クレアは、呪文を唱えた。

 その姿形が、より姉へとそっくりとなった。

 

「お姉ちゃんが勇者となって、世界を救って」

「クレア、ウソでしょ、冗談止めてよ!!」

 

 武器庫の扉を叩く。だが、魔法で封印されているのか、ビクともしない。

 

 そして、クラリスは全てを見ていた。

 

 

「私こそが、運命に予言された勇者クラリス!! 

 おのれ、魔王め!! 村の人たちをよくも無残に殺してくれたな!!」

「ぷッ」

 

 憎しみを滾らせるクレアを、砂嵐の中心に存在する災厄の王は嘲笑った。

 見た目だけなら、その姿は二人と大して変わらない。

 魔王、そう称される存在なのに、人間そっくりだった。

 竜のような、頭部の一対のツノを除いて。

 

「お前、それで誰に成りすましてるつもりなの? 

 まあいいや。聞きたいことは一つだけ。

 ──お前は姉か、妹か?」

「この世から消え去れッ、魔王!!」

「だからさぁ」

 

 勇猛に魔王に挑んだクレアは、木っ端のようにあしらわれた。

 そして、魔王の矮躯がクレアの頭を踏みにじる。戦いにすらならなかった。

 

「聞いてんじゃん、姉か妹かって。

 双子なんだろ、あんたら。こっちは遊びじゃないんだ。

 質問に答えるなら、あんたらどちらかは見逃してやってもいい」

「わ、私が、姉だ!! 

 姉のクラリスだッ!! 妹に手を出させはしないッ!!」

「そうかぁ、じゃあお前はハズレかな」

「────え?」

 

 頭を踏みにじられたクレアの表情が凍り付く。

 

「主上の唯一恐れる魂の持ち主は必ず双子の弟か妹として産まれる。

 それを殺すのが我ら魔王一族の赴任先の一番最初の仕事。

 よかったな、お前は見逃してやるよ」

 

 クレアの頭にのしかかった、万力のような足がどけられる。

 

 そして、魔王の視線がゆらりと武器庫に向けられる。

 のぞき窓から、クラリスの眼が合った。

 ゆっくりと、魔王は笑みを浮かべた。

 

 そして、彼女の死の一歩目を、クレアがその足に抱き着いて阻止した。

 

「ご、ごめんなさいッ、うそつきました!! 

 私が、私が妹ですッ、だから、だから、お姉ちゃんだけは」

「……最初からそう言えよ」

 

 ぶちりと、右腕が引きちぎられる音。

 妹の叫び。血の匂い。

 

「クレア!! クレアぁ!!」

 

 クラリスは扉を叩き割ろうとする指の爪が剥がれ、血で濡れても、頑丈な扉の封印は解けない。

 

「お……お願いします、ねえちゃん、おねえちゃんだけは」

「言ったじゃん、お前の姉なんてどうでもいいハズレなんだって」

 

 もはや出血が酷く、まともな意識も残っていない少女は、うわ言のように姉の無事を願った。

 

「それじゃ、はい。仕事完了」

 

 果物が踏みつぶすされるように、真っ赤な血の花が魔王の足元に咲いた。

 

「それにしても、この展開ってまるで前に遊んだ古典のゲームの序盤みたいじゃん♪ 

 きゃはは!! 帰ったら部下たちに自慢しちゃお!!」

 

 砂嵐が消える。災厄の王が、去った。

 

 村の生き残りは、クラリス一人だった。

 

「魔王ッ、魔王!! 魔王おおぉおおおお!!」

 

 砂嵐が去った後、そこには何も残らなかった。

 村の生き残りは、クラリスただ一人。

 彼女は、魂が砕け散る感覚の中で誓った。もうひとつの半身を失ったからだ。

 

 この怨敵の顔、その嘲笑、そのすべてをぶち壊す為に地獄の底まで追いかけて殺してやる、と。

 

 

 

 §§§

 

 

「──そして私は、魔王を倒すと言う志を同じくする博士に拾われ、十年間魔王を倒す為に徹底的に鍛え抜かれました。そして、機が熟したと判断され、先日この聖鎧を与えられ魔王ローティとの決戦に挑んだと言うわけです……」

「(この女勝手に長々と語りだしたぞ……)」

「先日は仕留め損ねたが、今日こそは我が魔剣“グラムゼット”にて貴様を屠ってくれる!!」

 

 彼女の回顧録を律儀に聞き終えたレイジたちに、クラリスと名乗った自称勇者はその刃の切っ先を向けた。

 

「……なあ、クラリスさんよ。話を聞いてくれるか」

「はい、何でしょう!!」

 

 素直か、とレイジは内心で呆れた。

 

「はッ、そう言えばあなたは先ほど、あの暴漢と勇敢に戦っていた御方!!

 まさか、魔王の手先だったんですか!?」

「違う、話を聞け!!」

「いいえ、貴方はきっと見た目の幼さに騙されているんです!!

 貴方も見たでしょう、あの暴漢を弄びながら殺した、その化け物の本性を!!」

「……」

 

 目の前の思い込みの激しい女の言い分は、さりとてレイジも頭から無視は出来なかった。

 

 辻褄は合うのだ。つい先ほどローティが見せたデタラメな暴力性と、クラリスとやらが語った妹への残酷な仕打ち。

 ローティは間違いなく、戦闘に特化し、殺戮を娯楽とする怪物である。レイジも心のどこかで、そう確信してしまっていた。

 

「クラリスさんよ、落ち着いて聞いてくれ」

「何がですか!!」

「ローティは、全ての記憶を失っている」

 

 レイジの言葉に、クラリスは「んん?」と剣を下ろし、数秒ほど考え込んだ。

 そして、頭の上に電球のホログラムでも点灯したかのような、晴れやかな笑みを浮かべた。

 

「やっぱりあなたは騙されているんですね!!」

「だから違うっての!!」

「いいですか、魔王ローティは残虐で、傲慢で、邪悪そのものです。

 人を人と思わない、幼児の見た目をした怪物なんですよ」

 

 同じ話がループしている、とレイジは頭を抱えた。

 このクラリスと言う女は、あまりオツムの出来は良くないらしい、と。

 

「いいか、クラリスさんよ」

 

 レイジは噛んで含ませるように、疲労の滲む声で丁寧に訴えた。

 

「お前の知るローティは、残虐で傲慢で、邪悪な存在なのだろう?」

「ええ!! その通りです!!」

「じゃあこいつは何でお前に言われるがままで、何もしないんだ?」

「……?」

 

 レイジの言葉に、クラリスは小首を傾げた。

 彼女の単細胞な思考回路にも、レイジの言い分がようやく引っかかったのだろう。

 

「お、オカシイです!! 魔王ローティは、敵と見たら煽って弄んで踏みにじらないと気が済まない、最低最悪の性格をしています!!」

「だろう? だから、こいつは記憶を失っているんだって!!」

 

 レイジはバイクの荷台でボケーッとしているローティを示してそう言った。

 

「んん? んんん? んんんんんん????」

 

 クラリスは こんらん している!!

 

「そんな、馬鹿な!!」

 

 ようやく思考ルーチンを整理し、現状をアップデートしたらしいクラリスが叫んだ。

 

「嘘だ、私を弄ぶために、騙しているんですね!!」

「結局そこに戻るのかよ!!」

 

 レイジが盛大な徒労感に肩を落とした、その時だった。

 

「ん、んん」

 

 ローティが、ぶるり、と身震いをした。

 あ、とレイジとクラリスの声が揃った。

 

「う、ううッ、えぐッ、うえぇぇん!!」

 

 突如として、ローティが顔をくしゃくしゃにして泣きだした。

 赤ん坊が泣くときは、大抵数通りのパターンが決まっている。

 お腹が空いた。眠い。抱っこしてほしい。

 

 そして──おむつが濡れて不快な時だ。

 

 じょろじょろ、とレイジのバイクの格子状のバックパックの網目から、黄金色の液体が車体の側面を伝い落ち、アスファルトにシミを作った。

 

「お、俺の、バイク……」

「そんな、嘘です……」

 

 レイジとクラリスは、各々別々の理由で絶望し、途方に暮れることになるのだった。

 

 

 

 §§§

 

 

 レイジはその日の残りの依頼は全てキャンセルしてくれ、とシマにメッセージを送って、帰路についた。

 

 自称勇者のクラリスとはその場で別れた。少し考えを整理したい、と言って、雨合羽を引きずりながらとぼとぼと去って行った。

 

「にぃに、レイジ!!」

 

 不快感に耐えかねたのか、ローティはレイジが買い与えたホットパンツとショーツを脱ぎ捨てていた。

 バイクで移動中に道路へ投げ捨てていなかったのは奇跡と言うほかない。そして、この周辺が人気の全くない廃墟のビル群であったことも、レイジにとっては幸いだった。

 

 拠点に到着するや否や、レイジは下半身丸出しのローティと、物理的に汚染(意味深)された布きれを危険物のように回収し、防弾ドアの奥へと駆け込んだ。

 

「もしかして、俺が風呂に入れるの……?」

 

 玄関口で彼女を下ろし、本日何度目か分からない深い絶望を抱きながら、レイジは天井を仰いだ。

 だが、放っておくわけにもいかない。彼は全てを諦め、レザージャケットを脱ぎ捨てると、ローティの小さな手を引いてシャワールームへと連れ込んだ。

 

 脱衣所で上半身も脱がせれば、ロリコン垂涎もののツルペタうすほそボディが露わになる。

 華奢な骨格に、チョコレート色の滑らかな肌。先ほど軍用サイボーグを素手で解体した怪物とは到底思えない、折れそうなほど幼い肉体だ。

 幸いレイジにはその気は無いので、シャワーでローティを洗ってやることにした。

 

 飲用の水ではないとは言え、これはかなりの贅沢だ。

 レイジは報酬を目的として仕事をしていないが、それでもそれなりの蓄えがあった。

 スラム育ちからすれば、裏稼業とはいえ彼はかなりの成功者の部類だった。

 

「きゃはは!! みず!! Water!!」

「こら、暴れるな、滑るだろ!!」

 

 シャワーから流れる温水に、ローティは大はしゃぎだった。

 瑞々しい幼い肢体に沿って温水が滴り落ちる。

 

 まったく揺れる要素のない起伏の薄い身体を弾ませながら、ぴょんぴょんと喜ぶローティ。

 

 何で俺はこんなことを、と世の理不尽を嘆きながらスポンジに洗剤を付けて、はしゃぐローティの肩を掴んでその身体を洗い始めた。

 身長約135㎝前後の、無駄な毛が一切ない子供特有のボディをスポンジでくまなく洗うと、シャンプーでその銀糸のような短い髪の毛を泡立てる。

 

 レイジとしては全く琴線に触れない体型だったが、努めて無感情に、犬を洗うよような気分でローティの身体を洗った。

 彼はどちらかというと、あのクラリスの方が好みの体型をしていた。

 

 

 レイジ・キサラギ、26歳。見た目だけなら自分より半分くらいの年齢の幼児に欲情するほど終わってはいなかった。その上で、精神年齢は赤ん坊同然だ。

 

 シャワーを終えたレイジは、ローティに替えの着替えが一切無いことに気づいた。仕方ないので自身の古いTシャツをワンピースのようにぶかぶかの状態でローティに着せることになった。

 裸にTシャツ一枚の女子と言う、世間一般の男性が羨むシチュエーションだが、レイジの心は一ミリも動かなかった。ショート動画によくある、ワンコにシャツを着せている気分だった。

 

 それを終えると、レイジは台所の隅にあるクッキングマシンの前に立っていた。

 

 それは、旧世紀の遺物のような無骨な四角い箱型の家電だ。外装の強化プラスチックは経年劣化で黄ばんでいた。

 レイジが電源を入れると、ヴィィィン!! という耳障りなモーター音と共に、くたびれた緑色のインジケーターが点灯した。

 

 この時代、本物の肉や野菜は一部の富裕層しか口にできない高級品である。スラムやレイジのような日陰者の主食は、もっぱらこうした機械による合成食品だった。

 

 それでもちゃんとした“食品”にありつけるだけ、まだマシだった。

 政府の政策のしわ寄せは下に来ているが、金銭で食品を安定的に購入できるようになったからだ。

 

 レイジの子供時代は違った。カビの生えた栄養ブロック一つを巡って殺し合いが起きるのが、スラムの日常だった。

 水槽の濾過水や排泄物を再利用した水をすするスラムの人間を、富裕層は『小便飲み』と嘲笑っていたものだ。

 それが今では、曲がりなりにも贅沢に温水シャワーを使える生活を手にしている。治安自体は悪化の一途を辿っているものの、レイジは今の腐敗した政府に対して、そこまで強い悪感情を抱いてはいなかった。

 

 レイジは側面のスロットを開け、弾倉でも装填するかのように、安価な完全栄養食が詰め込まれたレンガ状のブロックを無造作に放り込んだ。

 指でタッチパネルを操作し、プリセットされているメニューの中から適当に“合成食・ビーフシチュー風味”を選択して、抽出ボタンを叩く。

 

 ガガガ、ギュルルルッ。

 

 機械内部でブロックが粉砕され、熱湯と合成調味料がプリンターのように射出・混合される。すぐに排気ダクトから、ケミカルで嘘くさい肉の匂いが部屋中に漂い始めた。

 数十秒後、チンという気の抜けた電子音と共に、取り出し口のトレイに今日の夕食が吐き出された。

 

 見た目は茶色くドロドロとしたペースト状の何かだ。

 だが味は、まあ食える、という程度には調整されており、生存の為の栄養補給には過不足無いと評判だった。

 

「ほら、食え。……一応、熱いから気をつけろよ」

 

 レイジはプラスチックのスプーンを添え、ソファに座るローティの前にトレイを置いた。

 

「あぐっ!」

 

 だが忠告など聞く耳を持たないローティは、スプーンなど見向きもせず、犬のようにトレイへ直接顔を突っ込んだ。

 熱がる素振りも一切見せず、ペーストで口の周りをべとべとに汚しながら、バクバクと猛烈な勢いで合成シチューを平らげていく。

 

「ローティ!! こうだ、こうやって食べるんだ!!」

 

 レイジはローティがほぼ本能で動いていることを失念していた。

 慌てて彼女の肩を掴んで顔を起こさせると、自らスプーンの柄を握り、掬って口に運ぶ動作を示して見せる。

 

 口の周りを合成シチューだらけにしてきょとんとしていたローティだったが、すぐにレイジの意図を理解した。

 いや、単に自分が気に入っている相手の真似をしたかっただけなのかもしれない。赤ん坊は他者の真似をすることで学習する生き物だ。

 

 ローティは残り少ない合成シチューを、見よう見真似のぎこちない手つきでスプーンを使い、食べきった。

 

「ああもう、こんなにして……」

 

 使い古された布巾を持ってきて、レイジはローティの口元を優しくと拭いてやる。

 すると、布巾に付着した合成シチューの匂いに釣られたのか、ローティはその布巾ごとぱくりと口に入れようとした。

 

「あ、こら、意地汚いから止めろ!!」

 

 そんなこんなで気苦労で戦闘よりも遥かに疲れる夕食を終え、二人は部屋に置かれているベッドに移動した。

 

 レイジのベッドは、安眠や癒やしを求めるような代物ではない。軍用の野戦コットをベースに、高反発の防ダニ・ウレタンマットを敷き詰めただけの無骨なシロモノだ。

 シーツ代わりにかけられているのは、保温性と防刃性に優れたダークグレーの合成繊維ブランケット。

 ただ寝る為だけの無機質な、そんな場所だった。

 

「にぃに、にぃに、レイジ!!」

 

 だが、そんな冷たく飾り気のない寝床に放り込まれても、ローティは少しも嫌がる素振りを見せない。むしろ、広々としたウレタンマットの感触が気に入ったのか、嬉しそうにその上を転げ回っている。

 はぁ、とレイジは嘆息した。

 

「頼むから、すぐに寝てくれよ……」

 

 二人は一緒にベッドに横になる。

 ローティはレイジにしがみついて、意外なほど早く眠りに就いた。

 

「にぃに……」

 

 俺はお前の兄貴じゃない、と否定の言葉を口にするのももう億劫だった。

 レイジはこの日の疲れから、目を閉じて眠気に身を委ねた。

 

 

 

 翌日。レイジは澄んだ排気音を響かせながら、配達のために愛車のバイクを乗り回していた。

 報復代行などの血生臭い裏稼業ではなく、純粋な表向きの運送業務の方だ。

 

 ローティは何とか自室に置いてくることに成功した。

 ネットで拾ってきた著作権切れの魔法少女モノのアニメを見せて、釘付けにすることに成功したのだ。

 ただ、彼女は魔法少女の活躍よりも、悪役の登場やその悪行にキャッキャしていたのが気がかりだったが……。

 

 二件ほど荷物の配達を終えたレイジは、旧渋谷地区の再開発エリアにある緑豊かな公園でバイクを停車させた。

 路肩の自販機にデバイスをかざし、電子マネーでよく冷えたニューコーラを購入する。

 

 この辺りは富裕層向けの学校が近くにあり、警察の目も行き届いたかなり治安のいい住宅街だった。

 スラムの喧騒や、鉄と血の匂いを忘れさせてくれるこの閑静な雰囲気が、レイジは昔から好きだった。

 

 ヘルメットを脱ぎ、そうしてニューコーラを呷っていると。

 

「やーい、スラムの小便飲み!!」

「人間のゴミがこんなところに来てんじゃねえよ!!」

 

 公園の遊具の方から、そんな子供の声が聞こえた。

 

「おい、なにやってんだガキども」

「うわッ、ドブネズミの仲間が出て来たぞ!!」

「逃げろ──!!」

 

 レイジが顔をしかめ、様子を見るためにそちらへ近づくと、クソガキどもは蜘蛛の子を散らすように慌てて逃げ出して行った。

 

「おい、大丈夫……、あ」

「あ、ありがとうございます……あ」

 

 砂場にあるドーム型の遊具の下。

 そこでクソガキどもに石を投げられ、イジメられていたのは、なんと、昨日レイジが遭遇した自称勇者のクラリスだった。

 彼女はどこから拾ってきたのか、立派な段ボール箱をソシャゲのキャラが付けてるような露出度の高い鎧の上に巻きつけ、悲壮な顔で口からタンポポの葉っぱをはみ出させていた。

 

「ど、どうも」

「あッ、こちらこそ……」

 

 気まずい沈黙と、生暖かい風が二人の間を吹き抜ける。

 これが二人の、二度目の邂逅だった。

 

 

 

 

 





とりあえず、三人の主要人物が出そろうところまで書けました。
リメイク前とあまりにも作風が違うから、やっぱりリメイク前からあまり人が来てくれないのかな、とちょっと不安でもあります。

でもリメイク前も四話くらいまでは全然だったので、こちらも期待したいところです。
でも掲示板モノと、ちゃんとした小説はカロリーが違うので……。

高評価や感想で、作者を応援して頂ければ幸いです。

ではまた、次回!!
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