羽ばたけない   作:しきょーかい

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久しぶりに心が折れたので初投稿です。

世界は輝いて見えるだろう。
それは貴方の人生が、世界と比べてくすんでいるから。



芋虫

 

 

 深い深い血溜まりの穴。狂った世界の始まりの地。

 複数の出口があるが、どれも狂った世界に落ちるだけだ。何故か?全ては繋がっているからだ。

 

 何度この場に来たかは覚えていない。死んでも死んでも蘇り、このクソったれな世界で目が覚める。

 悪夢なら早く醒めてしまえ。しかし、アリスを置いていくわけには行かない。

 ただ、精神だけが摩耗していく。死ぬ度に何かを失い、強くなっていく。

 

 少し休んでもいいんじゃないか?そんな考えが現れると、すぐさま脳を支配した。

 狂鳥の声でもここまで染み入りはしない。余程疲れていたのだろうと、どこか他人事のように思いながら扉を開いた。

 

「鬟滉コ九?驍ェ鬲斐□繧医▲」

 

 何を言っているか分からない兎を殺して、処方薬を飲んだ。

 狂っていないと少しも楽しめやしない地獄。悪夢であっても夢ならば、少しは優しくしてほしかった。

 

 『私をお飲み(Drink me)』そう書かれた瓶を手に取り、中身を一思いに飲み干す。

 この道から出るのは何時ぶりだろうか。

 ここ最近はラドヴィッジ市街に向かうため兎を狩るか、昇降機から胡椒を使ってキャロル川に行く道を通っていたので、よく覚えていない。

 徐々に小さくなっていく体を動かし、壊れた壁の穴に入る。

 少しの浮遊感。

 

 

 

———

 

 

 

 流れる血に身を委ね、体が元の大きさに戻る頃には終着点に辿り着くだろう。

 血涙の池。誰のかも分からない血が辺りを埋め尽くし、下へと流れ落ちている。

 ここには愚鳥がいる。だが、今回会いに行く相手の"友人"である以上、黒い欲望は抑える必要があった。

 

 呑気に堂々(ドードー)巡りをしている動物たちを見下して、胞子の森へと向かう。

 篝火に火を灯し、目の前に見える幻影(アリス)を無視して奥へと進んだ。

 いつもなら偽物と分かっていても飛び掛かっただろう。だが、今はその気力もないほど疲れていた。

 自分でも異常だと思うほどには、疲れていた。

 

 道中の茸を撃ち殺し、脇見に逸れる。中央に看板の置かれた十字路、あともう少しだ。

 正解の道順は覚えている。駆け抜けて、広場に出た。

 茸に囲まれた広場の中央、一際大きい茸の上から自分を見下ろす一匹の芋虫。

 血文字に書かれた『ヤク(ちゅう)』とは、随分上手いことを書くものだと感心した記憶がある。

 ただ静かに、独りで吸っていたのであろう彼女———シーシャは、こちらに気がつくと言った。

 

「———ふぅ、あんたが誰かは知らないし、何の目的でここに来たかも知らないが……ここには何も無い。

 すぅー……。だから、さっさと帰ったほうがいい。」

 

そうか。

 

 一度頷いて、つまらなそうに薄い煙を吐くシーシャに近づいた。

 彼女は目を見開いて、慌てず、焦りもせず、ただ驚いたようだった。

 

「聞こえなかったのか?いや、聞こえた上で無視か。言葉を知らない、余程の阿呆か?」

 

 失礼な言葉が飛んできたが、無視して歩き続け、彼女が座る茸とは別のものをよじ登る。

 

「……殺しに来たのか?はっ、特に未練もない、永い生に今更しがみつきはせん。」

 

 確かに、どす黒い欲望は叫んでいる。これほど無防備な肉体だ。殺してそのソウルを奪うか、あるいはその異形の身体を組み敷いて犯してしまえ、と。

 だが、欲を満たしたところでこの疲れが消えるわけでもないのだから、別に殺しはしない。

 よじ登っている自分は、彼女にどんな目で見られているのだろうか。

 

 規則的な呼吸音を背に、傘に手をかけ、腕の力で無理やり身体を引きずる。

 丈夫な茸はちょっとやそっとでは折れやしない。その証拠に、多少揺れただけで壊れそうになかった。

 まだシーシャよりも低い位置にいるが、十分手が届く位置のため問題ない。

 

「さっさと殺してしまえ、どうせわしの事など、誰も———」

 

一緒に吸わせてほしい。できれば、君と同じ物を。

 

「覚えてはくれないのだか……は?」

 

 狂った者を見る目だった。

 自分も狂って、君も狂って、世界も狂っている。たとえ夢だとしても全部狂っているのなら、いっそ楽しむくらいの気持ちでなければ不死人の心は死んでいくばかりだ。

 ずっと見つめていると、彼女のほうが折れた。ポイ、と上から煙管と、紙袋が降ってくる。

 

「吸えないのなら二度と来るな。そして……はぁ、吸い終わったなら帰れ。」

 

 ゆっくりと体の向きを変え、そっぽを向いた彼女の方を向きながら用意をする。

 紙袋の中身をこぼさないよう、そっと、丁寧に火皿に詰めた。

 火をくれないかと尋ねると、背を向けたままマッチを投げてくれた。勿論、火を点けるために使う方のマッチであり、間違っても使えば気が狂う方のマッチ()ではない。

 懐かしく、幸せだったと信じたい記憶を忘れるために火をつけた。

 

 煙が漂ってから、そっと吸う。

 

辛い。

 

甘い。

 

苦い。

 

 一息で味覚がイカれて、視界が歪む。

 チカチカと点滅する光があちこちに見えて、一つになろうと集まっていく。

 薄暗い森の中だというのに、太陽を直視したときと同じような痛みが走った。

 

煙を吐く。

 

 先程までの感覚が嘘のように消えて、焦らされているときと同じような、ジリジリとした快感が襲ってきた。もっと、もっと吸いたい。

 

 更に一吸い。

 先程とは違い、体が温かくなる。段々と熱は高まっていき、暑くなり、熱くなって、これ以上はマズイと煙を吐き出した。

 

 過去に吸ったものは、ここまで強烈だっただろうか。

 咳き込もうとした体を、意志で押さえつけてもう一度吸おうとした。だが、吸ってみても何も起こらない。よく見れば、煙管の先には何も残っていなかった。

 

「そろそろか、どれ……。」

 

 そっぽを向いたときと同じように、ゆっくりとこちらを向くシーシャ。

 片手に煙管を持ち、無事に腰掛けたままの自分を見ると再び驚いたように、目を見開いた。

 

「……本当に吸ったのか?」

 

 信じられないのか、そんな質問までしてくる。

 彼女が火をつけても、吸わなければ燃え尽きるのに時間がかかることを知らないはずがない。

 もしかしたら、本当に驚くほどの劇物だったのかもしれない。

 煙管を返そうとすると、断られたため懐にしまい込む。

 

「吸い終わったなら、すぅー……もう行け。」

 

 またゆっくりと、背を向けていく彼女の言葉に従って飛び降りる。

 このくらいならチェシャ猫の指輪がなくても問題ないだろう。

 

 

 

———

 

 

 

 そして図書室の夢で目が覚めた。

 どれだけ強くなっても、落下には弱いままらしい。

 苛立ちを抑えるため、地下室に向かった。深層に眠る魔導書を見つけられたのなら。この苛立ちも、狂った世界も、行き詰まった現状も少しはマシになると信じて。

 

 





未来を望むのなら、貴方は過去に居なければならない。
進み続ける世界では、未来は過ぎ去っていくから。
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