羽ばたけない   作:しきょーかい

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愛を求めて。
愛に狂って。
愛に死のう。
愛に死ね。

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成虫

 

 

 

「———様、また(・・)あの場所へ向かわれるのですか?」

 

 図書室の夢。何処にでも繋がっていて、何処からも繋がることができない場所。

 その主である白兎のノーデが進言するように尋ねてきた。

 今まではどこに行こうと、気ままに遊んでいようと何も言わなかったノーデがだ。

 …彼女なら、何をしているか把握していてもおかしくはない。

 

「最近の———様は、前と比べ目に光を宿しています。かつての絶望しきった、心が折れる寸前の———様を知っている身からすれば、喜ぶべきことなのでしょう。」

 

 そこで一度、呼吸を挟んで止めた。喜ぶべきことではないと、そう言うかのように。

 赤い、両目が光った。……ような気がした。

 

「一度()を知れば、それなしでは耐えられません。人間だろうと、神だろうと、———様も、例外ではないのです。」

 

…何が言いたい?

 

「私は、———様が再び絶望し、心が折れるのを見たくありません。」

 

それならば、君が共に来れば良かった。そうすれば、ここまで心が磨り減ることもなかった。

だけどそうはならなかったのだ。君はあの狂った世界(ワンダーランド)に来れず、私はただ一人で彷徨うしかなかった。

 

「…それは———いえ、申し訳、ありません。」

 

君が謝る必要はないだろう。君もまた、私と同じ歯車なのだから。

 

「そう、ですね。」

 

たとえ私が壊れたとしても、舞台の幕は上がる。壊れた人形は作り直される。

そこに私の意志が入り込む余地は、きっとないのだろう。

いずれ来る終幕に、私がいるのかどうかも分からない。

 

しかし、彼女との一時は、僅かながらも延命になった。

彼女が人ならざる化物でも、頭が狂い散らかした狂人でも、どこまでも不完全な私でも……確かに、人で在れた。

そしてノーデ、君は一つ勘違いをしている。

 

「……なんでしょうか。」

 

私は希望を見ていない、抱いてもいない。

この地獄に来た時から、それはずっと変わらない。

これは既に絶望することが分かっている者の、ただの空元気だ。

 

 

 

———

 

 

 

「うぁ、うぁう……ひっく…ううっ…うっ…。どこ、どこぉ…?」

 

 胞子の森、シーシャのいる広場に辿り着くと嗚咽混じりの声が聞こえた。

 彼女は泣きじゃくり、必死にないものを探そうとして、こちらに気付いた。

 

「あっ、待って……っ、見ないでっ……違う、こんなんじゃないの…っ……おねがい……。 もう…どっかいって……っ。」

 

 さっと茸を登り、彼女のそばに立つ。

 怯えて逃げようとする彼女の姿に、同情、憐憫、様々な感情が湧き出る。勿論、芋虫が逃げられるわけがない。

 

「こ、こないで…!」

 

 涙に鼻水、涎に塗れた顔を守ろうとする細い腕を払い、押さえつけた。

 

「っ、むぐっ!」

 

 ある物を彼女の口に含ませた。

 拒もうとする動きを制して、そのまま固定する。

 

「あ、あぁ……。」

 

 抵抗を止めた彼女は、含ませたそれ(煙管)を咥えて離さない。

 もとより、彼女の物だった。暴れる心配もなくなったため、掴んでいた腕を離した。

 赤子が母の乳を吸うように、夢中で吸い続けるのを眺めていた。

 

「どうして、わしに構う。どうして、側に居てくれる。あんたなら、一思いに犯せる、殺せる相手だぞ。」

 

犯す必要も、殺す必要もない。更に答えるとするのなら

……情け、なのだろう。

 

 どう言い繕ったところで、自分のとっている行動は偽善に過ぎない。

 なんなら、偽善ですらないのだろう。愛している間は、彼女は救われるから。

 直にくる寿命に怯え、いずれ来る狂鳥の叫びに狂うことを恐れ、喜びを知らず死ぬ彼女。

 

 愛せば、自分だけでなく相手も不幸になる。だから彼女を愛さないよう、適度な距離をとった。

 

 全部詭弁だ。

 結局のところ、自分が愛しただけ大きくなる哀しみが怖くて、中途半端になってしまった。

 

「……すぅー……ぷはぁ。もう、分かった、大丈夫だ。」

 

 まだ目が腫れているが、落ち着いたシーシャは押し付けるように煙管を渡した。

 震える手でシーシャ(水タバコ)の用意をして、まだ煙も出ていないのに吸い口を咥える。

 

「……もしわしが頼むなら———あんたは抱いてくれるのか?」

 

……。

 

 沈黙が答えだった。これ以上を望みたくなかった。

 彼女が何か言って、自分に言い訳したくなかった。

 

「なぁ、頼む。情けでいい、愛さなくていい。一度でいいから、抱いてくれ。

 蝶になれない私を、忘れないで、あんたの世界に刻んでくれ。」

 

 彼女は上手く、自分の罪悪感につけ込んだ。

 誰も救われないし、報われない。これはそういう物語。

 一度だけと、そう言ったところで何度も何度も繰り返すのだろう。たった一瞬の快楽に溺れて、代償として永遠の苦しみに囚われる。

 ノーデは分かっていたのだろう。自分もまた、分かっている。

 

 彼女はどう足掻いても幸せになれない。狂死するか、魔獣化するか、監禁されるか。

 狂死する寸前の彼女が監禁される事を望んでいても、監禁された時の彼女は望んでいなかった。

 

 どう行動しても、罪悪感は巡り廻って苦しみと共に追いつく。

 だけど今だけは……この温もりに沈むことを許してほしい。

 

 誰に対してかは分からない。ただ請うた。

 願いなど届かない狂気の世界(ワンダーランド)と知っていても、請わずにはいられなかった。

 





2100万年の命に終止符を。
今の姿は、愛し合ったときの姿とは程遠い。いや、本当は近いのだろう。
どれだけ残酷な頼み事か分からないはずがないだろうに、彼女は分かっていて頼んだ。
悲しみに暮れるには、怒りが湧いている。

愛銃を取り出した。

蝶になるべくして生まれた芋虫は、蝶になることはできない。蝶になることを望まない。
空を飛べば狂鳥に喰われると知っているから、不完全な姿で空を仰ぐのだ。

結果として、望みは叶って、願いは叶わない。
今日もまた、狂って苦しみ続けよう。このクソッタレの世界(ワンダーランド)で。
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