超かぐや姫R! ~彩葉が二周目チートで超ハッピーエンドに至る話~ 作:そうすけVR
1 一周目、一年後
プロローグ
アパートの真隣にある電柱の前で立ち尽くしたまま、三十分ほどが過ぎていた。
五分ほど前、月を横切る流れ星が見えた。
あの時の私が、「か、金……」と祈った、流れ星。
(もうすぐだ)
光が遠くに見えた。
電線を伝って、こちらへ向かって走る、紫、赤、水色、黄色、が入り混じった火花。
落雷のような閃光と音。続けて、電柱がゲーミング色に輝く。
肩から学生鞄が外れて地面に落ちた。気にならなかった。
一歩、二歩、電柱に歩み寄る。
すっ、と、電柱に線が走る。扉が浮かび上がる。
竹のような取っ手が形成され、ゆっくりと開いていく。雅な音楽が流れる。
そして、
中には、眼を閉じた赤ん坊の姿があった。
(……ッ!!)
唇を噛みしめる。おそるおそる、その赤ん坊を両手で取り上げる。
柔らかい。温かい。いい匂い。
かぐやの体温を感じるのは、10年ぶりだ。
あの時「彩葉……大好き」の言葉と共に、私にもたれかかったかぐやの重み、かぐやの熱。二人の、最後の夜。
小さな瞼が開く。その瞳に私が映る。小さな口元にふんわりとした笑みが浮かぶ。
駄目だ。泣きそうだ。
腕の中の――
(私のかぐや)
私は、赤ん坊のかぐやを抱いて、部屋へと走った。
1 一周目、一年後
「ねえヤチヨ。ex-otogibanashiの二番、いい加減、まだ出来ないの?」
「そうだねえ。出来ないねえ」
正直に答える気が無い時にいつも浮かべるアセットの笑顔で、ヤチヨは言った。
私は心の中で、ふうっ、とため息をつく。
あれから、あの、かぐや卒業ライブから、一年が過ぎていた。
(かぐやが卒業して、ツクヨミからいなくなって、これからのいろPのパートナーは私、ってヤチヨが発表した時は、何かと物議を醸されたりしたな……)
ミニライブ終わりの反省会、手伝ってくれた芦花や真実はログアウトして、今はヤチヨと二人っきり(FUSHIもいるけど)。
ドットの荒い松明が燃えている。伽藍を模した、見晴らしのいいクッションを敷き詰めた部屋。かぐやが好きそうな部屋。
今日も盛り上がったし、トラブルも発生しなかった。次回の予定を打ち合わせるなかで、ex-otogibanashiの話が出た。私が書こうか? って聞いたけど、この曲は、今はこれでいいの、としかヤチヨは言わなかった。
大学入試は乗り切ったものの、私の未来のロードマップは遠大だ。大学の課題は忙しいし、将来――義体制作――を見据えて目を付けた研究室にも出入りしている。そんな中で時間をやりくりしての「いろP」活動は忙しいけど、楽しんでやってる。
毎日は充実して、隣にはヤチヨがいて。でも、少しだけ、何か物足りなくて。
「ネムッテ、ネムッテ」
FUSHIが、ヤチヨの活動限界を告げる。じゃーねー、さらばーい、とヤチヨはあくびをしながら、ふわりと身をひるがえして消えた。
ついていこうとしたFUSHIに、私は話しかける。
「ねえFUSHI。聞きたいことあるんだけど」
「知らない」
FUSHIは基本そっけない。でも、それには理由があることを私は知っている。
「ねえFUSHI」
もう一度、眼を細めて、にじり寄りながら話す。
「ヤチヨは寝ちゃったよ。FUSHIが、何かをバラしてもバレないよ?」
にんまりと笑って言う。
逃げようとするFUSHIを掴む。
声のトーンを落とす。
「ex-otogibanashiの二番、本当はあるんじゃないの?」
◇ ◇ ◇
私はツクヨミからログアウトして、独りぼっちの広いタワマンの一室で、現実に戻った。
かぐやが月に帰ってから一年。
まだあちこちに、一緒に暮らしていた頃のかぐやの記憶が残っている。
本当は、もう引き払おうと思っていた。でも出来なかった。手放すなんて出来なかった。
(信楽焼のたぬき、翼を広げたトーテムポール、ガチャガチャの空カプセル)
(かぐや手書きのかんたんチャーシューレシピ、開けっ放しのキッチンのシンク)
(犬DOGEのプログラムが削除された携帯ゲーム機)
(捨てられずに使わずに配置はそのままの調味料、並べて置かれた持ち主のいないマグカップ)
今でも布団で寝ていると、潜り込んできたかぐやのシャンプーの匂いがする。そんな気がする。
シャワーを浴びて、炭酸水のペットボトルを開ける。
時計を見る。午前一時。
データのファイル名には「(未完成)ファーストテイク.mp3」と書かれてあった。
私は深呼吸して、そのファイルをダブルクリックした。
――今は昔 誰もが知る物語
この曲は今、ライブでは、スクリーンに映したかぐやの録画と、ヤチヨのデュエットで披露している。いつも、少しだけ悲しくなる。
だけど、これはヤチヨのソロだ。レアアイテムゲットだ。
私はしばし、ヤチヨの歌に酔いしれる。
何回、ライブでこの歌を聴いただろう。何回心震わせただろう。何回勇気を貰っただろう。
――名まえ呼んで
――私は誰
ここからだ。
知らない展開が始まる。
――8000年分お願いがあるんだ いいかな
FUSHIを脅して、なだめすかして、粘って、泣き落として、ようやく8MBほどの音源データを転送してもらった。
絶対に秘密にする、もしヤチヨに感づかれても、絶対にFUSHIの名まえは出さない、そう約束して。
かわりに、ちょっとした交換条件を出されてしまったけど。
――思いっきりぎゅっと そう もっとぎゅっとして
ええと、これはあれですか。おねだりですか。
これ私にですよね。私に言ってますよね。
顔が熱くなる。
なんなのよ。二番、もうあるじゃないのよ。なによ。なによこのお願いは。恥ずかしいじゃないのよ。
こんなの、公開告白だ。これはライブで歌えない。分かる。
――めちゃくちゃ笑ってるのに 涙止まんない
そうか。
コラボライブだ。
コラボライブで、私たち三人で見た風景だこれは。
視界のすべて、ぐるりと360度が観客とスピーカーに囲まれて、銀河の中にいるみたいなペンライトと降り注ぐ光の中のステージ。
緊張で震える指。全身を包む優しいメロディー。
無敵で、怖いものなしで、自然体だったかぐや。
そして、笑いながら、涙を浮かべていたヤチヨ。
そうか。あの時の気持ちを、幸せな気持ちを、ヤチヨは二番にしたんだ。
――明くる日も明くる日も明くる日も
曲調が変わる。不穏になる。
ヤチヨの8000年の孤独が、私のなかに流れ込んでくる。
大丈夫。いろいろあったけど、こうやって、私たちは、ハッピーエン
――死にたくって
ひゅっ、と喉が鳴った。
心臓をわしづかみにされたみたいな痛みが、胸に走った。
私は、震える指で、再生を停止させた。もう一度、その音源を聞くことは出来なかった。
窓の外から差し込む、少し欠けた月の明かりがリビングを照らしている。月を見上げて、私は泣いた。
(今もまた同じ輪廻を巡ってる。私たちはその輪から外れる事はできない)
青い光を呆然と見上げる。あの光の先には、今もかぐやがいる。
朝が来るまで、私は身じろぎも出来なかった。
◇ ◇ ◇
私の最終目標は、かぐやを「本当の意味での人間」にすることだ。
生体材料——脳神経接続——感覚フィードバック——
(分かってる)
とんでもない量のブレイクスルーを起こす必要がある。
(分かってる)
人間の寿命は有限だ。
(分かってる)
実現には、どれだけの時間が必要なのか、今は見当もつかない。……分かってる。
でも、気がついた。気づいてしまった。
かぐやはヤチヨ。
2人は同一人物。
本当にそうだろうか。
未来の進路を見据え、お兄ちゃんのコネもフル活用して、複数のラボに出入りしている。一秒も無駄には出来ない。
並行して、ツクヨミでは「いろP」として楽曲制作やライブ活動も続けている。さすがにキャパオーバーだ。超無理限界ギリだ。
「——そんなわけない」
ヤチヨは、以前、こう言ってた。
(そういう運命なら、もちろんヤチヨは従うよー)
諦観めいた、その言葉。苦しんで傷ついて、いつしか受け入れることしか出来なくなった痛み。
(でも、私は——)
でも私は、受け入れて、覚悟するなんて出来ない。
かぐやを本当の意味で人間にする。
それが、私の幸せ。
そう思っていた。
じゃあ、ヤチヨは? かぐやは?
それが、ヤチヨにとって、かぐやにとって、一番の幸せ?
私は欲張りだ。
だから、私だけが幸せじゃあ、ダメなんだ。
「ははっ、出来るの彩葉? 無茶苦茶だよそれって」
自分で自分に問いかける。キリキリと噛みしめた奥歯が鳴る。
月人にも出来たんだ。私にだって出来る。
ヤチヨの過去。
かぐやの未来。
その、8000年の運命を、私は——
(義体開発だけじゃ、ダメなんだ)
ハッピーエンドのその先、超ハッピーエンドの実現に、必要なオーパーツ。
それは、
——タイムトラベル