超かぐや姫R! ~彩葉が二周目チートで超ハッピーエンドに至る話~ 作:そうすけVR
7月12日。午前4時。私は前日から眠れなかった。
そりゃそうだ。
なんたって、十年ぶりの再会なんだから。
彩葉17は……寝てるみたい。
ここ一か月は、彩葉の肉体にはきちんと一日7時間の睡眠を確保するようにしている(今日は私が起きてしまってるけど)。バイトも辞めて、高校にもきちんと通いつつ、自宅では私とマンツーマンで勉強させている。最近の彩葉の学習状況は、もう高校3年の範囲まで終わっていて、受験対策に入っている。東大模試ならB判定くらいは取れる。本人はまだ、進路に迷いがあるみたいだけど。
朝が来た。
(……おはよ。早いね)
彩葉17も目覚めたようだ。私は、まあね、くらいの軽い返事をして、朝食の準備に取り掛かった。
ご飯、生卵、納豆、キノコと大根の味噌汁、リンゴ半分にヨーグルト、無塩トマトジュース。
生活を見直した結果、彩葉の体力はみるみる回復した。若いってすごい。寝起きの洗顔で肌が水はじくよ。
高校では、私はうつらうつらしていた。授業は彩葉17に任せた。
「今日は普通彩葉だねー」
「いつも私は普通だよ」
「どこがだよー」
芦花と真実とのやりとりを、(私、またなんかやっちゃいました?)と思いながら聞いていた。
(彩葉さん?)
彩葉が私に思念で問いかけてくる。私は心の冷や汗を流しながら、寝たふりを続けた。
「あのさ……ちょっと気になったんだけど、さっき私のこと、普通彩葉、って言ってたよね?」
「言ったねえ」
「私、なんかやらかした?」
「武蔵川高校、酒寄伝説その七――『彩葉姐さんの課外授業』ね」
「なにそれ!?」
顔色を変えた私に、芦花がジト目で睨んでくる。
「彩葉、本当に覚えてないの? 夢遊病みたいになってる? ちゃんと体調管理するって約束したよね?」
「いやーごめんごめん。ええと、なんか、受験勉強にハマっちゃってさ。最近は、夜更かし……しちゃってたかも」
彩葉17はとっさに誤魔化してる。ちな、勉強してるのは本当。
「もう受験モードに入ってるの? ちなみに進捗は――?」
「もうすぐ終わりそう」
「受験勉強が!?」
がたん、と立ち上がる真実。
「だから、今後は睡眠時間は確保できる」
ハンパねえな……と呟く真実。
(彩葉さん――寝てる、のかな?)
(……)
「この前さ、自習あったじゃん?」
真実が、話し始める。
「? 自習があったのね」
(覚えてないな。彩葉さんが受け持ってた時かな)
「で、クラスの男子が、彩葉に分からないところを聞いた訳」
「うんうん」
(彩葉さん、高校の授業なんて余裕だろうし)
「したら、周囲の子も、それ私も分からない、みたいなことを言い出したんで、彩葉が教壇に立って、特別授業しだしたの」
「なにやってんだ私……」
(ノリノリで講義かましてる彩葉さんが目に浮かぶ。案外、教え上手だし)
「それが、すごく分かり易い、って評判になって」
「雲行きが怪しくなってきたぞ」
「先生と交渉して、放課後の教室使用の許可貰ってきた、って」
「やりたい放題かよ」
「自主勉強会が定期開催されるように」
「夜に緊急会議だな。昼間寝てる場合じゃなかった」
「酒寄彩葉は、黒縁の伊達眼鏡を装着。白衣を羽織ってのテンション高い授業に、女子生徒ファンが更に急増することになったとさ」
ため息が漏れる。
「で、付いた二つ名が『彩葉姐さん』」
「なんで!?」
「先生が、『そうか……僕じゃなくて、酒寄さんの方が分かり易いまであるのか……』って落ち込んでた」
(先生ごめん)
少年少女がちょっとしたところでつまずいてるの、見過ごせなかったんだよねー
(彩葉さん)
あ、寝たふりがバレた
(――帰ってから、詳しく話を聞きますね)
(……はい)
放課後。
そわそわそわ。
「彩葉ー、明日から三連休じゃん? 前に言ってた――」
そわそわそわ。
「ごめん。急用があるんだ」
まだ時間はある。だけど、居ても立っても居られなくて、私は教室を飛び出した。
帰宅の途上、手にしたスマホ画面を音楽プレイヤーに切り替える。ヤチヨのアルバムから『Remember』を選ぶ。
――この頃は、素直に聴いてたな。
前の時は、バイト帰りだった。午後10時過ぎてた筈だ。
私はアパートの自室に戻り、部屋を整える。あれこれ準備をしているうちに、午後9時になった。
(流れ星、見えるかな)
じっとしていることが出来なくて、私は制服姿のまま外に出た。どっちだったっけ。
近所をふらふら徘徊し、ぐるぐる歩いているうちに、アパートの前まで帰って来た。
あの電柱の前だ。
空を見上げる。すっかり夜だ。
(部屋に入らないの?)
(ここで待ってる)
なんだか緊張してきた。
◇ ◇ ◇
アパートの真隣にある電柱の前で立ち尽くしたまま、三十分ほどが過ぎていた。
五分ほど前、月を横切る流れ星が見えた。
あの時の私が、「か、金……」と祈った、流れ星。
(もうすぐだ)
光が遠くに見えた。
電線を伝って、こちらへ向かって走る、紫、赤、水色、黄色、が入り混じった火花。
落雷のような閃光と音。続けて、電柱がゲーミング色に輝く。
肩から学生鞄が外れて地面に落ちた。気にならなかった。
一歩、二歩、電柱に歩み寄る。
すっ、と、電柱に線が走る。扉が浮かび上がる。
竹のような取っ手が形成され、ゆっくりと開いていく。雅な音楽が流れる。
そして、
中には、眼を閉じた赤ん坊の姿があった。
(……ッ!!)
唇を噛みしめる。おそるおそる、その赤ん坊を両手で取り上げる。
柔らかい。温かい。いい匂い。
かぐやの体温を感じるのは、10年ぶりだ。
あの時「彩葉……大好き」の言葉と共に、私にもたれかかったかぐやの重み、かぐやの熱。二人の、最後の夜。
小さな瞼が開く。その瞳に私が映る。小さな口元にふんわりとした笑みが浮かぶ。
駄目だ。泣きそうだ。
腕の中の――
(私のかぐや)
私は、赤ん坊のかぐやを抱いて、部屋へと走った。
◇ ◇ ◇
暗くなった部屋の電気をつける。
昨日の夜から、準備は万端だった。
用意しておいたミルクを人肌に温めると、かぐやはそれを元気いっぱいに飲んだ。おむつをはかせている間に、すやすやと寝息を立て始めた。
私はそっと、かぐやをベビーベッドに寝かせた。
(へえ、この子がかぐやちゃん? 可愛いね。……ええと、大丈夫?)
私は涙をボロボロ流した。ベビーベッドのヘリを掴み、おごぐぇああああああ、と声を殺して号泣した。
(かぐやかぐやかぐやかぐやかぐやかぐやかぐやかぐやかぐやかぐやかぐやぁぁぁぁぁぁぁ)
(え? 彩葉さんどうしたの?)
(ぴぎぁぁぁぁかぐやぁぁぁぁぁぁかぐやぁぁぁぁぁぁぁぁ)
(うわっ!)
(逢いだがっだ、ずっど逢いだがっだぁぁぁぁぁ)
特上の愛情の感情が、彩葉さんから濁流のように流れ込んでくる。
(落ち着いて! 溺れる! 彩葉さん落ち着いて!!!)
(かぐやぁぁぁぁぁぁかぐやぁぁぁぁぁぁぁぁ)
「落ち着けバカ!!」
彩葉17が叫んだ。
(ぴ?)
きょとんとした表情になる彩葉。一人二役。
「いい? 彩葉さん。落ち着け。深呼吸しろ。すーはーすーはー」
(彩葉17が深呼吸してる)
「いいから落ち着いて。はい、一緒に、すーはーすーはー」
「すーはーすーはー」
5分ほど、呼吸を整え続けた。
「そんな横で泣かれたら、かぐやちゃんが起きちゃうでしょ? ほら見て、ぐっすり眠ってる」
2人で騒いでいたはずなのに、かぐやは我関せずとばかり、幸せそうな笑顔のまま寝ている。
「そうだねぇぇぇ、かわいいねぇぇぇ、かぐやかわいいねぇぇぇ」
顔の筋肉が緩む。きっと今、すごくだらしない表情をしている。
(彩葉さん、夜だから、静かにしようね?)
(……はい)
「そうだ!」
私はばっ、と立ち上がり、スマホを手にする。
「この貴重な赤ちゃんかぐやを記録しておかないと!」
連射モードで角度を変えながら、無限に激写する。動画も撮る。
(……別にいいけど)
「あ、あと、赤ちゃんかぐやを吸っておかないと」
(吸う?)
かぐやの髪に顔をうずめて、深呼吸する。
「すーはーすーはー」
なんというアロマセラピー。このままだと、整ってしまう――
(なんだか、全体的に気持ち悪いんですけど?)
「じゃあ、もう今日は寝ようかな」
(彩葉さんに聞きたいこと、たくさんあるんですけど?)
「赤ちゃんかぐやと添い寝――ぐへへ……」
(ダメだこいつ)
その時、かぐやが七色に光り、少し大きくなった。
「うぉっ、成長するところ、初めて見た」
赤ちゃんから、赤さんになった。
おむつSが小さくなったので、おむつMに取り換える。ちゃんと、優しく伸び縮みする高級おむつを使ってたから、かぐやは苦しくない筈。
(どうして冷静なの? どうしてそんなに準備出来てるの? 赤ちゃん、ずっとウチで育てるの?)
「あ、かぐやが来てから説明しようと思ってたんだけど、この連休中に、かぐや、10才くらいまで成長するから安心して」
(なんで!?)
「竹取物語知らない?」
(知らない訳ないでしょう! それと成長することと何の関係が!?)
「だって、かぐやは、月から来たかぐや姫だから」
(未来から来た私の次は、月から来たかぐや姫!? なにこのSF空間)
「はい、もう寝まーす! ……そうだ!」
私は立ち上がり、スマホを手にする。
赤さんかぐやを、連射モードで角度を変えながら、無限に激写する。動画も撮る。
(もう好きにして……)
前の日からずっと寝てなかったせいもあるのだろう。充分にかぐやを満喫した私は、深く熟睡した。
◇ ◇ ◇
――翌日
以前は、ベビー用品の専門店が開店するのを待って、買い出しツアーをしてたんだけど、今回はゆっくりだ。
貴重な子育て期間だからね。じっくり楽しまないと。
べろべろべろばー
かぐやがキャッキャッと笑う。
彩葉の顔、おもちろいでちゅねーー
(あのさー、かぐやちゃんの相手するのもいいけどさー)
あ、ごめんごめん。この連休で、勉強もちゃんと進めないとね。
かぐやが部屋をハイハイする中、彩葉の勉強見たりして過ごした。
もうお座りできるようになったかぐやは、タブレットに表示された動画を高速でスワイプして、笑いながら見ている。
こうやって言葉覚えてたんだ。きたない言葉の動画とかは再生できないように、キッズモードにしておくか。
(こんなので覚えられるの?)
かぐやも天才だからね。
尚、赤さんかぐやは、キッズモードを楽々突破していたことに後で気づいた。
――連休二日目
(そういえばさ)
うん
(課外授業の話)
ああ……あれね
所長とかやってるとさー、所員って、クセの強い人ばかりじゃん? いろんな個性や能力があるし、何を分かってないのか、どこでつまずいてるのか、どう育成するのか、そーゆーの、だいたい分かるようになるんだ
(聞き捨てならないワードが出てきたぞ)
十年後、月読ミライ技術研究所の所長やってるんだよね
(それ初めて聞いた。……彩葉さんって、すごい人だったんだ)
見直した? 惚れ直した?
(……バカばっかり言ってる変態じゃなかったんだ――)
だんだん、遠慮なくなってきてない?
ま、進路はさ、彩葉がじっくり考えて決めたらいいと思うよ
理系でも文系でも、やりようはあるし
あ、そうだそうだ
私は、彩葉とアカウントを分けたノートパソコンを引っ張ってきて、自分のメールアプリを開く。
これ、東大の認知システム工学系の教授とのやり取り。君の入学を楽しみにしてるって。今度、研究室に遊びに来るといいですよ、だって。気に入られちゃった
(すっご……。でも私、まだ理系に進むって決めてないよ?)
こういうのは、決め打ちしないで数を打った方がいいのよ。9割は無駄になると思ってていいよ
(そういうものなの?)
そういうものなの
――あと、進路問題は別として、基礎研究理論は頭に入ってるから、大学入学したら即ブーストかけないと、十年後に間に合わなくなるんだよね。
所長就任してからだと、遅いんだ。
恩師にも、汗かいて貰わないと。
(なんか、不穏なワードが流れてきたぞ)
かぐやは、私の一人二役のやり取りを不思議そうな表情で見ていた。
◇ ◇ ◇
今日もいい子のかぐやは、今はスヤスヤと眠っている。
(そもそもさ、どうして、そんなにかぐやちゃんに入れ込んでるの?)
なんでだろ? そうだなー
「酒寄家の血統の女性には、ある弱点があるの」
(弱点――、そんなものが?)
うん。
「酒寄家女性の弱点――それは、垂れ目に弱い!」
(垂れ目?)
そう!!
私は、父の顔を思い出してみた。
(……そうかな……そうかも)
「だからきっと、母さんもかぐやを気に入ると思う。かぐやは垂れ目カワイイカワイイだから」
(そうはならんだろ)
パンケーキを、作り置き用に焼いてみる。
これだけは、十年たっても上達しなかったなー。
もはや、このほろ苦さが懐かしの味になってしまってる。
――そして、連休三日目の夕方。
今日で三連休も終了。
楽しかったかぐやの幼年期も終わり。
最終日は、もう夕方から寝る。
(そうなんですか?)
夜中にかぐやは、10才くらいまで成長して、意思疎通が図れるようになるんだ。
(なんですぐでかくなんの怖)
かぐやお気に入りの、黒のロンTワンピと冷凍オムライスも用意済み。明日は、午前2時起きだよ!!
(話聞いてないな)
目を閉じる前、私は、あの日――卒業ライブから、今日までのことを、映画のダイジェストのように思い出していた。
これまで10年間、準備をしてきた。
準備を積み重ねてきた。
いよいよだ。
それでは、じゃあ、
――もう一度、物語を始めよう
◇ ◇ ◇
(幕間)夢十夜
こんな夢を見た。
私は、37才になっていた。
最近、十年前のことをぼんやりと思い出すことがある。
過去を改変するための施策――時間跳躍実験は、うまく行った、筈だ。
それを見送った私は、変わらない今日を生きている。
過去の改変と、未来での再起。どっちが実現可能性が高いかな。
いや、どっちも実現させるかな。私なら。
当時の私は、そんなことを思ってた。
こっちの私は、実現寸前だよ。そっちの私はどう?
研究所の所員数は二百人を超えた。
今や、私の二つ名は「立川の女帝」「月の女狐」。
設立時からの通称だった月技研よりも、いつしか『酒寄ラボ』の名の方が通るようになっていた。
今、目の前には、かぐやとヤチヨの特徴を併せ持った義体が寝かされている。
この器の形が、一番適合した。
外見を、どちらか一方に決める必要なんてなかったんだ。
かぐやとして過ごした時間も、ヤチヨとして生きた8000年も、どちらかを削って、器に合わせる必要はない。
器の方が、その人のすべてを受け入れればいい。
私の選択したルート――それが正しいのかどうか、私にも分からない。
十年前に飛んだ私とは違う道で。
観測できない過去を信じながら、それでも、自分の手で届く未来を積み上げて。
「最終実験、開始します」
彼女が目覚めた時、どちらの名で呼ばれたいか、最初に聞こうと思った。
(追記)
「今日はヤチヨの気分~~」
「はいはい」
「でも一緒に寝る時は、かぐやって呼んで」
「欲張りだなあ」
「彩葉にだけは言われたくないなー」
結局、そういうことになった。