世界にあなたはもう一人   作:ザワザワする人

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初めましてはあの場所で

風を、浴びていた。

 

学校の屋上で街の風景を一望しながら。

 

屋上に来たのに、特に理由は無かった。

 

ただ何となくだった。

 

高校の入学式から早一ヶ月が経とうとしている。

 

(早いな〜)

 

春の陽光に照らされながらそんな事を考える。

 

ポカポカとした光は楽観的な思考へと導いていく。

 

(桜羽さんと、二階堂さんの家に行かなきゃなのに……)

 

係決めで委員長に抜擢されてしまった彼は、ここ一ヶ月学校に来ていない二人の家に教育費請求の封筒を届けに行かなければいけなかった。

 

(……眠いな〜……明日でもいいか)

 

そう決めて、眠りにつこうとすると階段を上がる音が聞こえてきた。

 

カンカンカンとリズムよく二つの音が鳴る。

 

どうやら誰かが来たようだ。

 

眠っているところを見られるのも恥ずかしいと思い、彼は入れ替わるように下に向かおうと階段に向けて歩き出した。

 

「ヒロちゃん、なんで屋上に行くの?」

 

「何となくだ。それに、エマだって着いてきてるじゃないか」

 

「それは……学校が…まだちょっと怖くて……」

 

「そんな事だと思ったよ。屋上で風でも浴びよう」

 

「う、うん!」

 

二人分の声が聞こえてきた。

 

彼が扉へたどり着く前に、やって来た二人が扉を開けた。

 

二人は高校一年生つまり、同級生の制服を着ていた。

 

「え………」

 

白髪の、毛先がピンクの女子が声を漏らす。

 

その顔には、隠しきれていない恐怖が募っていた。

 

(怖がらせちゃった……のかな?)

 

二人の少女から見たら、彼は屋上で二人を待っていたように受け取れる。

 

「僕は降りますね」

 

少しの罪悪感から、彼はすぐにこの場を去ろうとした。

 

(ヒロ……そんな名前の同級生いたっけ……)

 

頭に同級生の名前を思い浮かべながら、二人の横を通り過ぎようとすると。

 

ガシッ

 

長い黒髪の女の子から、腕を掴まれた。

 

「待て」

 

(……へ?)

 

顔を振り向かせ、彼女の顔を見ると。

 

信じられないものを見ているような表情だった。

 

(……そんな顔しなくても……)

 

「君は……誰だ!」

 

黒髪の少女は鬼気迫る表情で声を荒らげる。

 

彼は驚きながらも、正直に自分の名を一言一句違える事なく答える。

 

「月代……月代ユキです」

 

□

 

(こいつは……何を言っている)

 

目の前にいる月代ユキと名乗る少年を前に、私は困惑していた。

 

ユキはあの日、世界中にばらまいた魔女因子を取り込み、槍に貫かれ死亡した。

 

それは私の目の前で起こった出来事だ。

 

なのにこの少年は。

 

ユキと同じ、新雪のような色の髪と瞳孔を持つ少年は。

 

自分を月代ユキと名乗った。

 

なにかのイタズラだろうか。

 

あの中の誰かから聞いたのだろうか。

 

一番可能性が高いのはココか。

 

そんな考え達が、ただグルグルと頭を回る。

 

「誰から……その名を聞いた」

 

相手の襟を両手で掴む。

 

何が起こっているのか分からない様子だった。

 

「……沢渡ココか?」

 

「だ、誰……その人」

 

とぼける相手を見て、腸が煮えくり返る。

 

(ユキの名を……)

 

拳を強く握り、振りかぶる。

 

(虚仮(コケ)にするな!)

 

腕を振り下ろそうとしたが、途中で拳は止まった。

 

後ろから、エマが私に抱きついていた。

 

「だ、ダメだよ!ヒロちゃん!」

 

「エマ!離せ!こいつが……何を言ってるのか分からないのか!?」

 

「この人は!ほんとに月代ユキなんだよ!!」

 

「一体何を…」

 

「これ見て!!」

 

エマは私と彼の間に挟まり、何かを私の目の前に突き出した。

 

それは、生徒証明書の様だった。

 

眼の前の彼に似た顔写真の横に確かに"月代ユキ"と書かれていた。

 

(本当に……月代ユキなのか……)

 

エマを挟んで、奥で彼がゴホゴホと咳き込んでいた。

 

(わ、私は……なんて事を……)

 

初対面の相手に、激昂し、胸ぐらを掴み、暴力をふりかけた。

 

(そんなのは…【正しくない】……)

 

「あぁ!思い出した!」

 

私が逡巡していると、蹲った彼は大声を出した。

 

「桜羽エマさんと、二階堂ヒロさんだ!」

 

「え?……う、うん。僕が桜羽エマだよ」

 

エマは驚いた様子だった。

 

彼は彼のバッグを漁り始め、そこからプリントの山を取り出した。

 

(何を……)

 

彼はそれを二つに分けてエマと私にそれぞれ差し出した。

 

一番上に置かれた紙を見ると、"入学案内書"と書かれていた。

 

「これ、二人のプリントだから」

 

私はエマを待って入学式から一ヶ月ほど学校に行っていなかった。

 

そして今日、明日からの登校に備えて事前に学校を見ておこうとなり、学校に来ていた。

 

私はプリントを受け取り、パラパラとめくっていく。

 

学校からの連絡から、おそらく授業で扱ったプリントまで。

 

それぞれがファイルで分けられ、纏められていた。

 

「あ、ありがとうね!ユキくん!」

 

「ほ、本当に申し訳ない!何から何まで……君に迷惑をかけて!」

 

「ん?何が?」

 

キョトンと彼は首を傾げる。

 

そんな動作もどこかユキに似ていた。

 

「何って……君は、怖くないのか?」

 

「さっきのこと?」

 

「あぁ……私達は初対面だ。君はいきなり胸ぐらを掴まれ、殴られかけたんだぞ?」

 

「ヒロちゃん……」

 

「私は罰せられるべきだ……。どんな罰でも潔く受けいれる……」

 

彼は少しも考えずに答えた。

 

「なにかあ(・)っ(・)た(・)んでしょ?」

 

彼の目は真っ直ぐ私とエマを見据えていた。

 

「僕の名前?がトラウマを刺激しちゃったみたいだし……悪いのはどっちかと言うと僕じゃない?」

 

どこまでも自分を卑下する彼は、少し昔のエマに似ていた。

 

いや。

 

似ているだけではなかった。

 

彼はきっと、自分が誰かを傷つけることを、ひどく恐れている。

 

そんな気がした。

 

「二人には、あんまり関わらないようにするから。今日はごめんね」

 

彼はそう言って立ち去ろうとした。

 

「ちょっと待って!」

 

エマは、声を荒らげた。

 

私はエマが何を言おうとしているのか一言一句分かっていた。

 

だから、エマを止めなかった。

 

「僕たち、友達になれないかな!」

 

春の陽光が、私達を照らし。

 

生暖かい風が、ほとんど散っていった桜を連れてきた。

 

 

 

□

 

 

 

ユキくんは僕の提案を快く受け入れてくれた。

 

彼の外見はとてもユキちゃんに似ていたし、名前も一緒だった。

 

中身も、時々ユキちゃんを思わせたりした。

 

僕達が驚いた理由について、彼は全く聞いてこなかった。

 

察してくれているのだろう。

 

(優しいな……)

 

男性との関わりなんて父以外に殆ど無かったエマにとって、それは酷くあたたかいものだった。

 

初めて連絡先でグループというものを作った。

 

それがなんだか友情の証拠に見えて、エマはスマホの画面を見る度に笑みをこぼした。

 

その笑みを見て、ヒロとユキくんも笑みをこぼすのだった。

 

 

 

□

 

 

 

そのまま、僕達は三人で帰ることになった。

 

ユキくんの家も僕達の近くのようで、登下校のほとんどは一緒に行けそうだった。

 

「エマ達は明日から学校来るの?」

 

「うん。そうしよっかなって思ってたんだ」

 

「……………」

 

ヒロちゃんはなにか考え事をしている様子だった。

 

「ヒロちゃん?どうしたの?」

 

「あ、あぁ、すまない。聞いていなかった」

 

「珍しいね。ヒロちゃんがぼーっとしてるなんて」

 

「まぁ………な」

 

何処か心ここに在らずといった様子のヒロちゃんを見て、ユキくんが声をあげる。

 

「気にしなくていいよ、ヒロ」

 

「……っ!」

 

(そっか……ヒロちゃんは気にかけてるんだ)

 

正しくない行いをした自分と、その矛先を向けてしまった相手と親しくする事を。

 

ヒロちゃんは、きっとまだ自分を許せていない。

 

「すまない……頭では分かってるんだが…」

 

「分かってないでしょ?」

 

ユキくんは、少し困ったように笑った。

 

「ヒロの【正しさ】に……どうこう言えるほど僕も立派じゃないけどさ」

 

そこで、ユキくんは一度言葉を止めた。

 

握りしめられた手が、ほんの少し震えていた。

 

僕はそれを見て、胸の奥がきゅっとなる。

 

ユキくんは怖がっている。

 

ヒロちゃんのことを怖がっているわけじゃない。

 

たぶん、誰かに近づくことを。

 

自分の言葉で、相手の中に踏み込むことを。

 

それでも、ユキくんは逃げなかった。

 

「僕は、ヒロと友達になりたいよ?」

 

その声は、いつもより少しだけ小さかった。

 

けれど、真っ直ぐだった。

 

ヒロちゃんは何も言わなかった。

 

ただ、ユキくんの手を見ていた。

 

震えている手。

 

それでも、差し出そうとしている手。

 

ヒロちゃんはゆっくりと歩き出した。

 

そうしてユキくんの前に立ち塞がる。

 

真っ直ぐに、彼を見つめながら。

 

雪をすくい上げるみたいに優しく、抱きしめた。

 

「君は……馬鹿だ。大馬鹿だ」

 

「……そっか」

 

ユキくんは、それだけ言って目を閉じた。

 

それ以上、言葉は無かった。

 

たぶん、今のヒロちゃんに必要だったのは謝罪ではなくて。

 

ユキくんに必要だったのも、許しの言葉ではなくて。

 

ただ、拒まれなかったという事実だったのだと思う。

 

数分経って、ヒロちゃんが離れた。

 

その顔はなんだか真っ赤だった。

 

「ヒロちゃん?顔が赤いよ?」

 

「な、なんでもない。わ、私はもう帰るから」

 

ヒロちゃんは足早に歩いていってしまった。

 

僕とユキくんはその場に取り残されてしまった。

 

「あれは……もう大丈夫かな?」

 

ユキくんが聞いてきた。

 

「うん。大丈夫だよ。ヒロちゃんはああいう人だから」

 

「それよりエマ、言わなくていいの?」

 

「何を?」

 

「ええと……」

 

「え!?な、なに!?」

 

そう言うとユキくんは両手で輪っかを作り、口の前に持ってきた。

 

できるだけ、大きい声を出せるように。

 

「ヒロ!!」

 

数メートル先のヒロちゃんがビクッと跳ねる。

 

「また明日!!」

 

それはどうしようもないほど僕とヒロちゃんの心を動かした。

 

月代ユキが、そう言っている。

 

まるで昔に戻ったみたいで。

 

でも、今、ユキちゃんは居なくて。

 

けど、ユキくんが居た。

 

そんな奇(・)跡(・)を改めて実感させられて。

 

僕は涙を袖で拭って、ユキくんの真似をする。

 

「ヒロちゃん!また明日!」

 

遠くでヒロちゃんは心底驚いたような顔をして。

 

「また明日!」

 

滅多に見せない満面の笑みでそう言った。

 

 

 

 

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