舞台は、新造された船の上。
舵輪を取る操舵士が意気揚々と告げる。
「さあ、ご命令を!どこへだってお連れしまさぁ!」
和服に刀を下げたサムライは静かに答える。
「東に見える小島まで頼む」
無数のカバンとポーチを下げたシーフは落ち着きなく、その中を探っていた。
「なんか飲み物、飲み物……ポーションばっかやな?」
サムライはシーフに歩み寄り、彼の手元を覗き込んだ。
「なにを探している?せっかくの船出なんだ、もっと格好を付けたらどうだ」
「ちょいと、やってみたいことがあってな?ああこれでええやろ、余っとるし」
シーフが取り出したのは、空色の液体が入った小瓶。いわゆるポーションと呼ばれるアイテムの一つだ。
「船の進水式には、シャンパンなんかの瓶を投げてかち割るっつーゲン担ぎがあんのや。きちんと割れんと、その船はひどい目に合うってジンクスもな」
そう言いながら、シーフは小瓶を船の床に軽く投げた。小瓶はゴトと音を立てたが、ヒビ一つ入らずに転がっていく。
「あかんわ、んー結構丈夫なんやな」
転がるポーションの瓶を足で押さえて、サムライが問う。
「よく分からんが、これを船にぶつけて割ればいいんだな?」
そしてサムライは刀を握るかのようにポーションの瓶口を持ち直し、腕を振りかぶった。
「そうやけど、お前って確か攻撃力がえらい高かったやろ?あんま思い切りやったら……」
と、シーフが語りかけるのも待たず、轟音と共に甲板に大穴が空いた。
「いや加減しいー!」
木片が飛び散る中、サムライは腕を組んで破壊の跡を見下ろした。
「ふん。こんな小瓶にも船にも、俺のライバルは務まらん」
「何を言うとんねん!」
その時、船の下から甲高い声が鳴り渡る。
「うひゃあ〜!」
真っ先に反応したのは操舵士だった。
「お客さん以外に誰かいるんですかい!?密航者かもしれねぇ、あっしが見てきやす!」
船室への階段を降りていく操舵士を見送った二人。
シーフはこっそりとウィンドウを開き、ゲーム内のデータを確認した。
「あーあー、思い切り壊してもて……あれ、この船データ上やとペットモンスターと同じ扱いなんやな」
演技の抜けた声でサムライも反応する。
「ん、そうなのか?乗れるペットもいるから、そのデカい版ってワケか」
そのやり取りが終わってすぐに、操舵士が戻った。小脇にはローブを着込んだ少女を抱えている。
「ネズミが入り込んでやしたぜ!きっとお尋ね者か密航者だ、どうしやす?」
その言葉に、気怠げに息を吐くサムライ。
「操舵士さん、手を離してやれ。そして一応訊いておこう、お前は何者だ?」
サムライの問いかけを受けて解放されたローブの少女は、左手を広げて顔にかざしてから話し出す。
「一人の旅人、とでも答えておこうかな。ボクの本当の使命は、誰にも明かすことはできない……」
シーフもそのセリフを聞いて、困り笑いを浮かべながら手を広げた。
「やっぱそんな感じかい。まあ、これも何かの縁や。目的地はそこの小島やけど、着いて来てもええで」
「フッ……後悔するなよ?」
意味深な声色とポージングを崩さないローブの少女に、二人は目を見合わせる。
「じゃあ放り出すか」
「せやな」
「ええっ!?ボク泳げないんだけど!?」
そんなやり取りの最中、グラリと船が揺れる。
「高波か!?お客さん、掴まってな!」
操舵士は慌てて舵輪の元へ戻るが、間もなく揺れは収まった。
しかし、辺りの景色は明らかに変わっていく。
「こりゃあ……船が、浮いとるんか!?」
船底が水を切る音が次第に小さくなり、消えた。
辺りに広がる風景から次第に海が目減りし、空が広がっていく。
「な、なぜこの船が空を飛ぶ!?飛空艇とかではなかったよな!?」
「へ、へぇ、この船はただの帆船でさぁ!」
とっくに船は海面から遠く離れ、大海原を見下ろす形となった。
一行は呆然と立ちすくむが、やがてサムライが口を開く。
「とりあえず、密航者は放り出すか」
「せやな」
「ええっ!?待って待って、この高さから放り出すの!?溺れる間もなく水面で即死だよ!?」
シーフは慌てる少女に手を振りながら、船の縁まで歩くと下を覗き込んだ。
「じょうだんじょうだん。しかし、どないしよな。あそこまで降りれるやろか……お?」
シーフは目的地の小島から、何かがこちらへ近付いて来るのに気が付いた。
それは海蛇のように空を泳ぐ、一頭の龍。銀色の鱗と髭がが風に揺れながらキラキラとなびいていた。
その背には、異国情緒溢れる衣装を纏った二人の女性がしがみついている。
「落下死はヤダ、落下死はヤダ、落下死はヤダぁ〜!」
「あはは、すごく速いです〜!」
そう叫ぶ二人を乗せた龍は一気に船の上空まで舞い上がると、風を受けて張り詰めた帆に衝突した。
そのまま轟音を立てて甲板に墜落する二人と一頭。
「ぐはっ……ヒーラーちゃん、回復お願い……」
「はい〜!」
落下ダメージでボロボロの長身の美女は、無傷のヒーラーと呼ばれた娘の魔法を受けながら身なりを整える。
やがて腕を組み、一息に宣言した。
「我は、秘宝の守護者なり!」
「切り替えすごいなあ」
シーフのボヤきも意に介さずに、守護者は言葉を並べる。
「この島に眠る大いなる力を、封印せし者……!」
「その島からだいぶ離れとるけど」
しかしそのツッコミを聞くやいなや、守護者はサムライ達を指差して地団駄を踏んだ。
「先に空を飛び始めたのはそっちでしょ!?こっちはペットに浮遊ポーション使って何とか話の筋を合わせてるんだからね!?」
「ポーション?そういえば、あの時投げたポーションは……もしや」
顎に手を当てて考え込むサムライの傍ら、ヒーラーは手を上げて自己紹介する。
「あ、私は島のヒーラーヒロインで〜す!守護者様、私がお守りしますねっ!」
「敵側がヒーラー連れて来るなや!」
今度はサムライがツッコミに反論する。
「別にそんなルールは無いだろう?俺のライバルになれるならなんでもいいさ」
「いや、こう、暗黙の了解ってモンが」
そんな問答の最中、一同の上空から咆哮が響いた。
全員が空を仰ぐと、目に映ったのは龍が喉元を膨らませてこちらを睨む姿。
「やばっ!皆避けて〜!」
守護者が叫んだ次の瞬間、龍の口から放たれた高圧の水流で船体にまたも大穴が空いた。
守護者はヒーラーのバリアに守られて無事だったが、船はバランスを崩して大きく傾く。
「まずい、皆何かに掴まれ!」
結果それぞれがマストやロープに身を寄せて、船から滑り落ちまいと奮闘することとなった。
ローブの少女と操舵士はちゃっかり船室へ逃げ込んで安全を確保していたが。
船のハンドレールに抱きついて耐える守護者とヒーラーの声が辺りに響く。
「やっぱり落下死だけはイヤ〜!助けて〜!」
「ちゃんと私に掴まっててください、守護者様〜!」
それを聞き流して、サムライは傍で腹這いになって傾斜に耐えるシーフに耳打ちした。
「確認したいことがある、持っているアイテムを見せてくれ。それと、回復ポーションがいくつか欲しい。くれ」
「なんやこんな時に!?勝手にせい!」
シーフのカバンを、サムライは突き刺した刀を支えにしながらいじくり回す。
「さっきのと同じやつは……これか」
お目当ての空色の液体が入った小瓶に触れ、アイテムの説明文を一読する。
そこにはこう記されていた。
『浮遊ポーション:対象に浮遊状態を付与する。すでに浮遊状態の対象の浮遊状態を解除する』
サムライは一瞬口角を上げて、今度は緑色の液体が入った小瓶をありったけ手に取った。
「やはりな。だったら……はぁっ!」
そして間髪入れずに船に叩き付ける。今度は船は壊れずに、瓶だけが割れるように加減して。
「回復ポーション全部捨てよった!?お前何がしたいねん!」
シーフの抗議にサムライは向き直り、説明する。
「この船が突然浮いたのは、さっきゲン担ぎに割った浮遊効果付与のポーションの効果がこの船に付与されたということだ。つまり回復ポーションをこの船に染み込ませれば」
ゆっくりと、船の傾きが戻る。それだけでなく、船体の破損もみるみるうちに塞がり、ついに新品同様の姿が蘇った。
「壊れた船のダメージは回復する!」
「そんなアホな!?」
驚きながらも立ち上がるシーフと、したり顔で刀に手を掛けるサムライ。
何とか甲板へよじ登って復帰した守護者が、息を整えながら彼らに歩み寄る。
「はぁっ、舞台を、整えて、くれた、ようだな」
ヒーラーもその肩を持ちながら、明るく語った。
「これで気兼ねなくバトルできますね!ペットの龍さんはおとなしくさせておいたので安心してください!」
その言葉通り、二人の乗って来た龍はいつの間にやら動索用のロープで雁字搦めにされ、甲板に転がっていた。
「哀れなやっちゃな……」
ローブの少女も船室へのドアから顔を出して、舞台へと昇る。
「見届けさせて貰うとしよう……伝説の終焉を」
一同を見渡して、守護者が笑う。
「役者は揃った、ということか。しかしどいつも、随分と傷付いているな」
「一番ボロボロなんお前や」
やはりシーフのボヤきを無視して、守護者は語る。
「さあ、回復してやろう!」
その言葉と共に、守護者はヒーラーにウインクを送った。
「はーい!」
ヒーラーを中心に、温かな光が船の上を満たす。
その場のプレイヤー達全員のHPが全快したことを、軽快なサウンドエフェクトが告げた。
「全力でかかってくるがいい!」
抜刀するサムライの隣で、シーフもポーチのボタンを外す。
「そんならこっちも正々堂々、全力投球や!」
その中から今度は紫色の液体が入った小瓶を取り出した。
「毒のポーションを喰らえや〜!」
「思い切り変化球の戦法じゃないか!」
「ナイスツッコミや!」
サムライのツッコミに小躍りしながら、ポイポイと瓶を投げまくるシーフ。
その多くは目標を外れて船の甲板で割れたが、一つは守護者に、一つはローブの少女に当たった。
毒に苦しむ守護者。
「ぎゃあああ!毒でやられるのはいやぁ!」
毒に苦しむローブの少女。
「うわあああ!ボクだっていやだぁ!」
しかし慌てた様子で口を開いたのはサムライだった。
「おい、さっきの説明を聴いてたよな!?毒のポーションも、船に当たったら」
彼が最後まで言い終わるのを待たず、再び船が傾き出す。
「それみろ!くそっ、さっさと決着を付ける!必殺、秘剣大地えぐり零式!」
守護者目掛けて、甲板を破壊しながら衝撃波が飛ぶ。
「お前こそ船へのダメージ考えろや!」
守護者は思わず目を瞑ったが、衝突する寸前で衝撃波がかき消される。
ヒーラーの発するバリアが防いだのだった。
「まずは守護者様の懐刀である、私がお相手致します!」
自信満々に前に出るヒーラーを見て、守護者が青ざめながら叫ぶ。
「待って待って待って!サムライさんとヒーラーちゃんがぶつかり合うのはまずいから!」
しかし悪化する船の傾きに阻まれ、マストにしがみつくしかできない守護者。
対してサムライは刀、ヒーラーはバリアを支えにしながら相対する。
「ほう……やはりお前が、俺のライバルとなるか」
「守護者様は、私がお守りします!」
その張り詰めた空気を破ったのは、今まで舞台袖に隠れていた操舵士だった。
「この船はもうダメでっせ!お客さん達、脱出しやしょう!」
呆気にとられる二人。サムライは微かに笑うと、構えを解いた。
「確かにそのようだ。戦うのはまたの機会としよう」
「ええっ!?でも脱出って、どうやって?」
ヒーラーの問いかけに、サムライは笑みを深める。
「飛べるやつならここにいるだろう?」
と、刀を振るうサムライ。その先には守護者達が乗ってきた龍。
ヒーラーが瞬き一つする間に、辺りにはロープの切れ端が散乱し、龍はその身体を大きく伸ばしていた。
操舵士が慄きながらも声を上げる。
「ひやぁ、いよいよ船を繋ぎ止めていたロープまで切れやした!もう保ちません!」
「あ、すまんそれは俺が切ったかも」
そんなやり取りの中で、一番に龍に乗り込んだのはローブの少女だった。
「乗るならとっととしろ!ボクの従える龍は気が短いんだからな……ハッハッハ!」
その言葉に口を挟む者はおらず、サムライとシーフ、操舵士はあっさりと龍の背に乗り込んだ。
残ったのは、守護者とヒーラー。
「その龍は全員が乗れる程丈夫ではない。我はこの船に残ろう。お主も、今まで大義であったな……さらばだ」
「そんな……でしたら、私もご一緒します!最期まで一緒ですよ、守護者様っ!」
シーフはそのやり取りを眺めながら、ポケットの中に手を入れる。
そして一つだけ残っていた、瓶入りのポーションを握り締めて呟いた。
「この浮遊ポーションを使えば、どっちかは助けられるんやろうけど……この空気の中でそれを言うたら、ワシが一番浮いてまうさかいな」
ローブの少女の操縦に従い、龍は船から離れて行く。
「さらばだ、勇気ある者達よ。秘宝は、お主らのものだ!」
その叫びと共に、船は水面へと沈んで行った。
「秘宝を託し、沈み行く船に残るか……フフ、カッコいい……」
「長年のパートナーと添い遂げる……フフ、これぞヒロインですね……」
そう、満足気な二人を道連れにして。
一方、龍の背に乗った四人。
「龍の操縦まではしたことがねぇんで、お嬢さんに任せますよ!」
と、手を振る操舵士にのせられて、ローブの少女は縦横無尽に龍を操っていた。
堪らずサムライが釘を刺す。
「おい、目的地はそこの小島だからな、ちゃんと降りろよ!」
が、ローブの少女は聞く耳を持たない。
「そう言わずにさ、楽しんでよ!自分じゃ捕まえられなくてさ、憧れてたんだ〜ドラゴンに乗るの!」
言いながら龍のステータス表示を見たローブの少女が、はたと気付く。
「あっ、でもこの子もHPがあとちょっとじゃん。シーフさん、何か回復アイテム持ってるでしょ、ちょーだい!」
「ああ、それがさっき回復ポーションは使い切ってしもて、アイテムはあとこれしか」
と、シーフがポケットから小瓶を取り出してしまったのが運の尽き。
「ありがとっ!さ、飲んでね〜」
「あっ!待てや、それだけはアカン!そのポーションは……」
シーフが制するも、時すでに遅し。ローブの少女が差し出したポーションの中身を、龍は一息に飲み干した。
浮遊ポーションの効果は、浮遊の付与、あるいは解除。
つまり守護者によって先んじてポーションを与えられて付与された浮遊状態は、解除されることとなり。
龍とそれに乗った一行は、重力に従って加速する。
「てことは、また全滅オチか〜い!」
「ここまでとはな……まだ見ぬライバルよ、すまぬ!」
「フッ……所詮借り物の力など、こんなものか……でも楽しかった!」
「短い船旅でしたが、あっしも満足です!皆様、またお会いしましょう!」
その操舵士の言葉を最後に、一行は海の藻屑となった。
***
『THE PLAY IS OVER』
「……どうしてまたこうなるんだ」
舞台を降り、髪を掻き上げるのはサムライを演じた青年。
その言葉とは裏腹に声色は明るく、顔には笑みが浮かんでいる。
「いつになったらもっと王道の、ギリギリで高め合うバトルが味わえるんだよ?」
口では不満をこぼしつつも、スマートフォンのゲーム連携アプリに表示されたフレンド達に感謝のメッセージを投稿していた。
程なくして、重なる通知音。彼はそれを見て、また笑顔を浮かべた。
「まあ、お互い様だな。そのうち俺好みの展開やライバルに行き当たる時だってあるだろ」
理想のクライマックスを思い描きながら、青年はベッドに大の字になった。
次の開演は、遠くない。