仮面ライダーディケイド×ホロライブ×MCU ―世界を繋ぐ仮面の旅人― 作:十六夜 蓮
カバー株式会社のビルは、先ほどのイマジン襲撃によって、一部の壁が大きく破壊されていた。
建物の内外では社員たちが慌ただしく動き回り、警備員やマネージャーたちも対応に追われている。
「これ、どうするの……?」
シオンが崩れた壁を見上げ、不安そうに呟いた。
蓮は苦々しい表情を浮かべる。
「これからシオンのスケジュール調整に、イマジンが壊した事務所の修繕依頼。それから警察への説明、配信の延期調整、スタッフの安全確認……」
指折り数えながら、蓮はニック・フューリーへ視線を向けた。
「ホロライブは今、かなり忙しいんです。正直、あなたの相手をしている余裕はありません」
フューリーは表情一つ変えずに答えた。
「お前が、ある依頼を引き受けるなら、そのすべてをS.H.I.E.L.D.が請け負う」
蓮の目が細くなる。
「……すべて?」
「事務所の修繕、警備の強化、外部への情報統制、関係者の安全確保。必要ならば資金も人員も用意する」
シオンが蓮の隣で小さく呟いた。
「急に怪しい……」
蓮も同じ気持ちだった。
条件が良すぎる話には、必ず裏がある。
それは怪人が相手でも、政府機関が相手でも変わらない。
蓮は少し考えた後、ビルの入口へ向かって歩き始めた。
「立ち話も何ですから、こちらへ」
フューリーは何も言わず、その後へ続く。
シオンも当然のようについてきた。
「シオンも行く」
「いや、シオンは外で待っていて」
「え、何で?」
「今回は、少し込み入った話になるから」
「だから行くんじゃん」
シオンの気持ちは分かる。
これ以上、蓮から何かを隠されたくないのだろう。
だが、これから交わされる話は、ホロライブの一タレントである紫咲シオンを巻き込むには、あまりにも危険すぎる可能性があった。
蓮はビル内の廊下を進み、防音性能の高い会議室の前で足を止めた。
「シオンは外で待っていて」
「待って、蓮」
「すぐに終わるよ」
「絶対そういう時、すぐに終わらないじゃん!」
蓮はシオンの目を真っすぐ見つめた。
「お願い」
静かな声だった。
シオンはなおも言い返そうとしたが、蓮の表情を見て言葉を飲み込む。
「……後で全部話してよ」
「話せる範囲で」
「全部」
「……努力する」
「それ、話さないやつじゃん」
蓮は困ったように苦笑し、会議室の中へ入った。
扉が閉まり、シオンの姿が見えなくなる。
蓮は一度深く息を吐き、フューリーへ向き直った。
防音室の中は静かだった。
外で続いている混乱も、この場所まではほとんど聞こえてこない。
蓮は椅子へ座ることなく、フューリーを見据えた。
「それで、僕に何の用ですか?」
フューリーは懐から数枚の書類を取り出し、会議用のテーブルへ置いた。
蓮はそれを手に取る。
書かれているのは英語だった。
しかし、蓮は問題なく内容を読み進める。
S.H.I.E.L.D.の機密文書。
研究施設の記録。
特殊なエネルギー反応の観測データ。
そして、一枚の写真。
そこには、青い光を放つ立方体が写っていた。
蓮は表情を変えないまま、資料をめくる。
「これは?」
フューリーが蓮を見た。
「お前なら分かるんじゃないのか?」
「英語なら普通に読めますけど、そういう意味ではありませんよね」
蓮は写真を指先で軽く叩いた。
「キャプテン・アメリカと共に、北極海から引き揚げられた四次元キューブ」
フューリーの片目が僅かに細くなった。
「やはり、知っていたか」
「資料で読んだだけです。S.H.I.E.L.D.が保管している正体不明のエネルギー物質」
蓮は改めて写真を見た。
「正式名称はテッセラクト。ほぼ無限に近いエネルギーを持っているとされる、謎の立方体」
そして、書類から顔を上げる。
「それが、どうかしたんですか?」
フューリーは短く答えた。
「盗まれた」
蓮の動きが止まった。
「……は?」
思わず素の声が漏れる。
「今、何と言いました?」
「盗まれたと言った」
「S.H.I.E.L.D.が保管していた四次元キューブが?」
「そうだ」
「使い方次第では、世界を滅ぼしかねないエネルギー物質を?」
「そうだ」
蓮は額へ手を当てた。
「……管理体制、どうなってるんですか」
「文句は後で聞く」
「今言わせてください。かなりの大問題ですよ、それ」
フューリーは表情を崩さない。
「だから、ここへ来た」
蓮は資料をさらにめくった。
「犯人は?」
「別の宇宙から来た男だ」
「別の宇宙……」
その言葉を聞いた瞬間、蓮の表情が変わった。
マルチバース。
門矢士からディケイドの力を託されて以来、蓮にとってその言葉は、ただの空想ではなくなっていた。
「名前は?」
「ロキ」
蓮はページをめくる手を止めた。
「ロキ……資料で読んだことがあります。ソーの関係者ですよね?」
「弟らしい」
「らしいって……」
「神を自称する連中の家族事情に、詳しくなる趣味はない」
「僕もないです」
蓮は一度、資料を閉じた。
「そのロキが、四次元キューブを持ち出した。それで、あなたは僕に取り戻してほしいと」
「そうだ」
「S.H.I.E.L.D.には、兵士もエージェントもいるでしょう」
「相手は通常の人間ではない」
フューリーは蓮の持つ書類を指さした。
「さらに、キューブが発したエネルギー反応は、お前が扱う仮面ライダーの力と一部が酷似している」
蓮の目が鋭くなる。
「似ている?」
「正確には、世界同士が干渉する際に発生する反応だ」
フューリーは淡々と続けた。
「門矢士、デンライナー、ミラーワールド、イマジン。そして、ここ最近東京で確認されている異常存在」
蓮は僅かに息を呑んだ。
「すべてが、同じ方向を向いている」
「……世界が混ざり始めている」
「そうだ」
蓮は沈黙した。
今朝、ミラーワールドからミラーモンスターが現れた。
その後、イマジンがシオンを狙い、彼女の過去を破壊しようとした。
そして今度は、S.H.I.E.L.D.が保管していた四次元キューブが、別の宇宙から来たロキに奪われた。
偶然と呼ぶには、あまりにも出来すぎている。
フューリーは蓮を見据えた。
「紫咲蓮。お前に、四次元キューブの奪還を依頼する」
蓮はしばらく、手元の資料を見つめていた。
やがて、僅かに笑う。
「今まで色々な怪人と戦ってきましたけど」
資料をテーブルへ戻す。
「宇宙人は初めてです」
「神を自称する宇宙人だ」
「もっと面倒じゃないですか」
「その通りだ」
「そこは否定してほしかった」
蓮は椅子へ腰を下ろし、背もたれへ体を預けた。
疲れていた。
今日一日だけで、どれだけのことが起こったのか。
思い返すことすら嫌になる。
だが、この依頼を断れる状況ではないことも理解していた。
四次元キューブが悪用されれば、被害はホロライブ事務所の壁一枚では済まない。
東京。
日本。
地球。
あるいは、それ以上の範囲にまで影響が及ぶ可能性がある。
フューリーは続けた。
「この依頼を引き受けるなら、ホロライブへの支援は一時的なものではなく、継続して行う」
蓮の視線が動く。
「継続?」
「警備、人員、設備、情報統制、医療支援。怪人や異常存在がカバーを狙う限り、S.H.I.E.L.D.は対応する」
「随分と太っ腹ですね」
「必要な投資だ」
「投資ですか」
「お前は、単独で怪人へ対抗できる貴重な戦力だ」
フューリーはそこで一度言葉を区切った。
「さらに、ホロライブのタレントたちにも、何らかの適性が存在する可能性が高い」
蓮の表情が、一瞬で険しくなる。
「タレントたちを兵士にするつもりなら、お断りします」
「今すぐ、そのつもりはない」
「今すぐ?」
「未来は、状況次第だ」
蓮は椅子から立ち上がった。
防音室の空気が、一気に重くなる。
「それなら、やはり断ります」
フューリーは、立ち上がった蓮を見上げた。
「早まるな」
「僕はホロライブのマネージャーです」
蓮ははっきりと言い切った。
「あの人たちを戦場へ送るために、ここにいるわけじゃない」
「だからこそ、お前に頼んでいる」
蓮は黙った。
フューリーは続ける。
「お前が動かなければ、S.H.I.E.L.D.は別の手段を取る」
蓮の眉が僅かに動いた。
「だが、それはお前にとって望ましい形にはならないだろう」
「脅しですか?」
「現実の話だ」
蓮はフューリーを睨みつけた。
しかし、フューリーは全く怯まない。
「俺は地球を守るために動く。お前はホロライブを守るために動く」
鋭い片目が、蓮を真っすぐ捉える。
「目的は違う。だが、今は利害が一致している」
「……」
「どうする。引き受けるのか?」
長い沈黙が流れた。
蓮は会議室の扉へ一度目を向ける。
その向こうには、シオンがいる。
今朝まで、蓮が仮面ライダーであることすら知らなかった姉。
突然怪人に狙われ、時間を巡る事件へ巻き込まれた。
それでも、蓮を一人で戦わせないと言ってくれた姉。
そして、このビルの中には、ほかにも大勢の人間がいる。
タレント。
社員。
マネージャー。
制作スタッフ。
警備員。
清掃員。
そして、彼らを待つ家族。
ホロライブという場所は、配信画面の中だけで成り立っているわけではない。
多くの人間が関わり、それぞれの生活と未来が存在している。
怪人がその場所を狙うのなら、守らなければならない。
蓮は静かに口を開いた。
「条件があります」
フューリーは、待っていたように頷いた。
「言え」
「理由は分かりませんが、怪人たちはホロライブを狙い始めている」
蓮は扉の向こうにいるシオンを意識しながら続ける。
「シオンだけじゃない。今後、ほかのタレントやスタッフも巻き込まれる可能性があります」
「そうだろうな」
「だから、みんなを守ってほしい」
フューリーの片目が僅かに細くなる。
「カバーに関わる人間全員を、可能な限り護衛できる体制を作ってください」
「全員か?」
「タレント、社員、マネージャー、スタッフ。可能なら、その家族も」
フューリーは暫く沈黙した。
蓮は言葉を続ける。
「あなたが言ったんです。支援すると」
「言った」
「なら、それが僕の条件です」
フューリーは腕を組んだ。
「分かった」
蓮は僅かに目を見開いた。
「……随分と早いですね」
「必要な要求だ。拒む理由はない」
「それなら――」
「ただし、問題がある」
蓮の表情が変わる。
フューリーは淡々と言った。
「カバーの関係者は数百人規模だ。さらに家族まで含めれば、対象者は大幅に増える」
「それでも、やってもらわないと困ります」
「S.H.I.E.L.D.であっても、全員を個別に常時護衛することは難しい」
「では、どうするんですか?」
「全員へ目が届く場所へ、移動してもらう」
蓮は眉をひそめた。
「どこへ?」
フューリーは迷いなく答える。
「お前と共に来てもらう」
「……は?」
蓮は思わず聞き返した。
「今、何と言いました?」
「お前と一緒に来てもらうと言った」
「誰が?」
「カバーの関係者だ」
「どこへ?」
「S.H.I.E.L.D.の管理下にある、安全施設へ」
蓮は額へ手を当てた。
「ちょっと待ってください。ホロライブ全体を移動させるつもりですか?」
「全員とは言わない。だが少なくとも、今日以降、怪人の標的になる可能性が高い人物には移動してもらう」
「配信は? 収録は? 案件は?」
「必要な環境は用意する」
「そういう問題だけじゃないんですよ」
蓮は困惑を隠せないまま、声を上げた。
「ホロライブは軍事組織じゃありません。突然『安全施設へ移動してください』と言われて、簡単に動ける場所じゃないんです」
「怪人に襲撃され、壁を破壊された事務所で活動を続ける方が危険だ」
正論だった。
蓮は言葉を返せなかった。
フューリーはさらに一枚の書類を取り出し、蓮の前へ置いた。
そこには、とある施設の概要が記されている。
広大な敷地。
複数の居住区。
医療設備。
通信設備。
訓練施設。
地下格納庫。
そして、S.H.I.E.L.D.が誇る防衛システム。
「一時的な避難先だ」
フューリーは施設の資料を指し示した。
「表向きは、大型合同企画と設備改修に伴う、滞在型収録施設として扱う」
蓮は書類へ目を通した。
「……根回しが早すぎませんか?」
「こういう時のための組織だ」
「本当に面倒な組織ですね」
「褒め言葉として受け取っておく」
「褒めていません」
蓮は深く息を吐いた。
この提案には、危険もある。
S.H.I.E.L.D.の管理下へ入れば、ホロライブは確実に世界規模の異常へ巻き込まれることになる。
だが、現在の事務所に残れば、怪人から直接狙われ続ける可能性が高い。
どちらを選んでも、完全に安全とは言えない。
蓮は、扉の向こうで待つシオンのことを考えた。
彼女はきっと怒るだろう。
また勝手に決めるなと、言うに違いない。
それでも、守るためには動かなければならなかった。
「……カバー側への説明は?」
「俺がする」
「絶対、圧力で押し切るつもりでしょう」
「必要ならな」
「やめてください。余計に混乱します」
蓮は施設の資料を手に取った。
「まずは代表と幹部へ話を通す必要があります。タレントたちにも説明しなければならない」
そして、資料からフューリーへ目を向ける。
「ただし、仮面ライダーやS.H.I.E.L.D.について、どこまで話すのかは慎重に決めるべきです」
「お前が説明するのか?」
「僕が話した方が、まだ受け入れてもらいやすいと思います」
「ならば任せる」
「勝手に決めないでください」
蓮はそう言いながらも、完全に拒絶はしなかった。
フューリーは、それを見逃さない。
「依頼を受けるんだな?」
蓮は目を閉じた。
四次元キューブ。
ロキ。
S.H.I.E.L.D.
ホロライブの護衛。
次々と現れる怪人。
そして、まだ自らの運命を知らない、仮面ライダーの適合者たち。
すべてが一つの大きな流れへ繋がり始めている。
蓮はゆっくりと目を開いた。
「四次元キューブの奪還は、引き受けます」
フューリーは頷いた。
「賢明な判断だ」
「ただし」
蓮は強い口調で言った。
「ホロライブの人たちを、戦力や駒として扱ったら――」
防音室の空気が張り詰める。
「その時は、あなたたちとも戦います」
フューリーは何も言わず、蓮をじっと見つめた。
やがて、その口元が僅かに動く。
「覚えておこう」
蓮は手にしていた書類をテーブルへ置いた。
「では、まずシオンへ説明してきます」
「彼女には、どこまで話すつもりだ?」
「全部です」
フューリーの眉が僅かに動いた。
「口外禁止と言ったはずだ」
「もう無理ですよ」
蓮は会議室の扉へ歩いていく。
「シオンは当事者です。僕の家族で、今日の事件の被害者でもあります」
扉へ手をかける。
「ここでまた隠し事をしたら、今度こそ本気で怒られます」
「姉が怖いのか?」
蓮は扉の前で立ち止まり、少しだけ苦笑した。
「ロキより怖いかもしれません」
そう言って、蓮は会議室の扉を開けた。
廊下では、シオンが腕を組んで待っていた。
見るからに機嫌が悪い。
「遅い」
「ごめん」
「それで、何の話だったの?」
蓮はシオンを見つめた。
少し前まで、何も知らなかった姉。
けれど、もうシオンを何も知らない日常へ戻すことはできない。
蓮は静かに口を開いた。
「世界が、少しまずいことになってる」
シオンは眉をひそめた。
「……少し?」
蓮は困ったように笑う。
「かなり」
その後ろから、フューリーが会議室を出てきた。
黒い眼帯の男は、蓮とシオンを見て告げる。
「説明の時間だ」
シオンは蓮を睨んだ。
「今度は隠したら、絶対に許さないから」
蓮は真剣な表情で頷く。
「うん。全部話す」
その日、ホロライブ事務所は、怪人に襲撃されただけでは終わらなかった。
S.H.I.E.L.D.が保管していた四次元キューブが奪われた。
別の宇宙から来たロキが動き出した。
S.H.I.E.L.D.がホロライブへ接触した。
そして紫咲蓮は、世界規模の戦いへ足を踏み入れることになった。
だが、蓮が最初に守ろうとしたものは、世界ではない。
目の前にいる姉。
そして、自分にとって大切な居場所。
ホロライブだった。