仮面ライダーディケイド×ホロライブ×MCU ―世界を繋ぐ仮面の旅人― 作:十六夜 蓮
マネージャー室は、瞬く間に慌ただしさを増していた。
「タレントの所在確認!」
「今日出社しているメンバーは誰!?」
「スケジュール表を開いて!」
「家族への連絡用テンプレート、誰か作ってください!」
「パスポートを持っていない人もいるんじゃないですか!?」
「配信中の人は止める? 止めない?」
「まずは安全確認が先です!」
ほんの少し前まで呆然としていたマネージャーたちは、我に返ったように自分のデスクへ戻った。
パソコンを開き、スマートフォンを手に取る。
室内には、キーボードを叩く音と通話の声が一斉に響き始めた。
蓮も自分のデスクへ腰を下ろし、シオンのスケジュールを表示する。
「今日の配信とレッスンは中止。明日以降の案件は……全部調整が必要か」
内容を声に出して確認しながら、社内の共有シートへ入力していく。
その横では、シオンがキャリーケースを持ったまま、明らかに不機嫌そうな顔をしていた。
「蓮」
「何?」
「これ、本当に行くの?」
「行くよ」
「今から?」
「僕は先にアメリカへ向かわないといけない」
シオンの眉がぴくりと動いた。
「……は?」
「四次元キューブの件があるから。フューリーと一緒に先行する」
「シオンは?」
「シオンは引っ越しの準備。カバー側の移動準備が整ったら、S.H.I.E.L.D.の護衛付きで――」
「蓮」
シオンの声が低くなった。
蓮はキーボードを打つ手を止める。
「何?」
「また一人で行くつもり?」
蓮は困ったように笑った。
「今回は仕事だから」
「仮面ライダーの仕事でしょ」
「……うん」
シオンは不満そうに頬を膨らませた。
「さっき、もう隠し事はしないって言ったばかりじゃん」
「隠さないよ。でも、シオンたちには移動の準備が必要だし、今すぐ危険な場所へ連れていくわけにはいかない」
「むぅ……」
シオンは納得していない。
けれど、蓮が本気で自分を守ろうとしていることも分かっていた。
しばらく蓮を睨んでいたが、やがて諦めたように小さく息を吐く。
「……帰ってきたら、説明追加だからね」
「うん」
「あと、アメリカのネット回線もちゃんと確認して」
「最優先で確認するよ」
「ゲームができなかったら怒る」
「分かった」
蓮はスマートフォンを取り出し、シオンへメッセージを送信した。
『引っ越しの準備よろしく。必要な物は多めに。ゲーム機も忘れずに』
直後、シオンのスマートフォンが鳴る。
画面を確認したシオンは、僅かに目を細めた。
「ゲーム機も忘れずに、って……分かってるし」
「一応ね」
「馬鹿蓮」
そう言いながらも、シオンの表情は少しだけ柔らかくなっていた。
蓮は席から立ち上がり、ライドブッカーを手に取る。
「それじゃあ、行ってくる」
「怪我しないで」
「できるだけ」
「できるだけじゃなくて、しないで」
蓮は少しだけ笑った。
「分かった。怪我はしない」
シオンはまだ不満そうだったが、それ以上は何も言わなかった。
◇
蓮がマネージャー室を出ると、廊下にはすでに複数のS.H.I.E.L.D.関係者が入り込んでいた。
黒いスーツを着たエージェント。
大型機材を運び込む作業員。
建物の警備範囲や避難経路を確認する者。
カバーの社員たちは困惑しながらも、彼らの動きの速さに圧倒されていた。
ビルの外へ出ると、入口前に黒塗りの車が停まっている。
その横では、ニック・フューリーが腕を組みながら蓮を待っていた。
「遅いぞ」
「こちらは会社の引っ越し準備まで押しつけられているんですけど」
「お前が出した条件だ」
「そうですけど、実際に始まると規模がおかしいんですよ」
「世界を守るための移動だ。普通の引っ越しと一緒にするな」
「ホロライブ側からすれば、普通の引っ越しでも十分に大事件です」
フューリーは黒い車のドアを開けた。
「行くぞ」
「はいはい」
蓮は返事をしたものの、車には乗らなかった。
代わりに、自分のバイクへ向かって歩き出す。
フューリーの片目が鋭く細められた。
「おい」
「何ですか?」
「車に乗れ」
「嫌です。僕はバイクで行きます」
「成田空港まで走るつもりか?」
「そうですよ。こっちの方が気楽なので」
フューリーは呆れたように蓮を見た。
「お前は、本当に面倒な男だな」
「あなたにだけは言われたくありません」
蓮はヘルメットを被り、バイクへ跨がった。
キーを回すと、エンジンが低い音を響かせる。
フューリーは一度だけ深いため息をついたが、それ以上は何も言わず、黒い車へ乗り込んだ。
黒塗りの車が先行し、その後方を蓮のバイクが追う。
東京の市街地を抜け、高速道路へ入った。
強い風が全身へ当たる。
蓮はヘルメットの中で、静かに息を吐いた。
ミラーモンスター。
イマジン。
シオンの初配信が行われた過去。
そして今度は、四次元キューブとロキ。
朝、寝坊したシオンを事務所まで送った時には、まさかこれほどの一日になるとは思ってもいなかった。
「……本当に、まだ午前中なんだよな」
蓮は思わず呟いた。
◇
成田空港へ到着した頃には、すでにS.H.I.E.L.D.側の準備はすべて整っていた。
一般の利用客が立ち入る搭乗口とは異なる、関係者専用の区画。
その先に待機していたのは、通常の旅客機ではなかった。
黒く鋭い機体。
翼には複数の噴射口があり、機体の各所に軍用兵器を思わせる装備が確認できる。
クインジェット。
S.H.I.E.L.D.が運用する、高性能航空機だった。
蓮がバイクを停めると、待機していた作業員が近づいてきた。
「バイクはこちらでお預かりします」
「傷をつけないでくださいね」
「もちろんです」
「本当に?」
「厳重に保管します」
蓮は少し名残惜しそうに、自分のバイクへ目を向けた。
何度もシオンを乗せて走ったバイク。
今日も一日の始まりは、このバイクで事務所へ向かうことだった。
それを預けて日本を離れるというのは、どこか不思議な気分だった。
背後から、フューリーの声が聞こえる。
「バイクよりも地球の心配をしろ」
「地球も心配していますよ。でも、バイクも大事です」
「さっさと乗れ」
蓮は肩をすくめ、クインジェットの機内へ乗り込んだ。
内部は広く、余計な装飾は存在しない。
並べられた座席。
複数のモニター。
高度な通信設備。
壁に設置された武器の収納区画。
旅客機というより、完全な軍用機だった。
蓮は座席へ腰を下ろし、ライドブッカーを膝の上へ置く。
フューリーが向かい側の席へ座った。
クインジェットのハッチが閉じられ、機体がゆっくりと移動を始める。
蓮は窓の外を眺めながら尋ねた。
「それで、四次元キューブをどうやって捜すんですか?」
「すでに解析チームが動いている」
「仮面ライダーの力でも、キューブの位置までは分かりませんよ」
蓮はライドブッカーを軽く持ち上げる。
「ディケイドは便利ですが、探知機ではないので」
「最初から期待していない」
「それはそれで腹が立つな……」
フューリーは手元の端末を操作した。
「エージェント・ロマノフが、ブルース・バナー博士を連れてくる」
蓮は少し考える。
「バナー博士……」
数秒後、記憶を辿るように「ああ」と声を漏らした。
「以前、カバーへ短期間だけ入社していた人ですね」
フューリーの手が止まった。
「……何?」
「確か、技術協力か何かで短期間在籍していたでしょう」
蓮は当時のことを思い出しながら話す。
「物腰が柔らかくて、ものすごく頭がよくて、でも社員証の写真だけは妙に疲れていた人です」
フューリーは目を細めた。
「ブルース・バナーが、カバーにいたのか?」
「短い期間だけですけどね。配信システムか、モーションキャプチャー関係の相談だったと思います」
「なぜ、それを報告しなかった?」
「当時はあなたと知り合いではありませんでしたから」
「……」
「それに、まさか緑色の巨人になる人だとは思わないでしょう」
フューリーは低く唸るように言った。
「この世界は、本当に面倒だな」
「それ、あなたが言います?」
その時、クインジェットが滑走路へ進入した。
エンジン音が一気に高まり、機体が加速する。
強い重力によって、蓮の体が座席へ押しつけられた。
次の瞬間、クインジェットは空へ舞い上がる。
成田空港が小さくなっていく。
日本の街並みが、次第に遠ざかっていった。
蓮は窓の外を見つめる。
「シオン、まだ怒ってるだろうな……」
フューリーが答えた。
「怒っているんじゃない。心配しているだけだ」
「分かってます」
「ならば、戻ればいい」
「戻れるなら戻りたいですよ」
蓮は軽く息を吐いた。
「でも、四次元キューブを放置したら、シオンたちだって危険です」
視線を窓の外へ戻す。
「だから、行くしかない」
「その判断ができるなら十分だ」
蓮はフューリーへ視線を向けた。
「ほかの戦力は?」
「キャプテンについては、コールソンが呼びに行っている」
「キャプテン・アメリカ?」
「そうだ」
蓮は僅かに目を見開いた。
資料や映像でしか見たことのない伝説の兵士。
第二次世界大戦を戦った英雄。
キャプテン・アメリカ。
「本当に、氷の中から見つけていたんですね」
「すでに目を覚ましている。まだ現代社会には慣れていないが、戦力としては申し分ない」
「ちゃんと精神的なケアをしてくださいよ」
蓮は呆れたように眉を下げる。
「突然七十年後の世界で目覚めて、すぐに戦えなんて、かなり酷い話ですからね」
「必要な時代に、必要な兵士が戻ってきただけだ」
「そういうところですよ」
フューリーは蓮の指摘を無視した。
「それと、最も面倒な男にも声をかけてある」
蓮はすぐに察した。
「ああ、スタークですね」
「トニー・スタークだ」
「自称、天才、億万長者、プレイボーイ、慈善家」
「本人が聞けば喜ぶだろうな」
「自分で言いそうですからね」
蓮は背もたれへ体を預けた。
「キャプテン、バナー博士、スターク。そこへS.H.I.E.L.D.と僕ですか」
僅かに遠い目をする。
「なかなか濃いメンバーですね」
「まだ増える」
「増やさないでほしい」
「必要なら、ソーも来る」
「弟が地球で問題を起こしているんですから、来るでしょうね」
蓮は深いため息をついた。
「それで、このクインジェットはどこへ向かっているんですか?」
フューリーは短く答えた。
「ヘリキャリアだ」
「ヘリキャリア?」
「S.H.I.E.L.D.が運用する空中司令基地だ。そこならば、敵も容易には近づけない」
蓮は一瞬だけ真顔になった。
「空中にあるんですか?」
「そうだ」
「巨大な空母が飛ぶんですか?」
「そうだ」
「それ、敵から見たら逆に目立ちません?」
「ステルス機能がある」
「便利ですね」
「S.H.I.E.L.D.だからな」
蓮は窓の外に広がる雲を眺めた。
「まあ、鏡の中からモンスターが出てこなければ、安全かもしれませんね」
フューリーが蓮を見る。
「鏡?」
「ミラーワールドです」
蓮は当然のように説明を始める。
「鏡やガラスなどの反射面から、モンスターが出入りできる世界が存在するんですよ」
「……今すぐ、艦内にある鏡をすべて撤去させる」
「本当にやるんですか?」
「必要な対策だ」
「洗面所はどうするんですか?」
「監視を置く」
「最悪の光景になりますよ」
フューリーは本気で端末へ何かを入力し始めた。
蓮は頭を抱える。
「半分くらい冗談だったんですけど……」
「俺は冗談で安全対策を変更しない」
「でしょうね」
クインジェットは、雲の上を進み続けた。
やがて前方に、巨大な影が見え始める。
海の上。
雲の切れ間。
そこには、途方もない大きさの空母が存在していた。
現在は海面に浮かんでいる。
しかし、その艦体が通常の空母とは異なることは、遠目からでも明らかだった。
クインジェットが近づくにつれ、その全貌がはっきりと見えてくる。
広大な滑走路。
巨大な管制塔。
甲板に並ぶ無数の航空機。
そして、艦体の各所に格納された、巨大なローター機構。
蓮は窓へ顔を近づけ、思わず呟いた。
「……本当に、これが飛ぶんだ」
フューリーは座席から立ち上がった。
「ようこそ、ヘリキャリアへ」
クインジェットが着艦態勢へ入る。
蓮はライドブッカーを手に取り、窓の外に広がる巨大空母を見つめた。
ここから先は、もうホロライブ事務所の中だけで完結する戦いではない。
世界を守る英雄たち。
宇宙から現れた神。
奪われた四次元キューブ。
そして、世界を渡る仮面ライダー。
蓮は小さく息を吐いた。
「シオンに説明することが、また増えたな……」
クインジェットが、ヘリキャリアの甲板へ着地する。
新たな戦いの舞台へ。
紫咲蓮は、今まさに足を踏み入れようとしていた。