仮面ライダーディケイド×ホロライブ×MCU ―世界を繋ぐ仮面の旅人― 作:十六夜 蓮
ヘリキャリア内部の研究室には、青白い光が満ちていた。
中央の作業台には、シュツットガルトでロキから回収された杖が固定されている。
杖の先端には、青く輝く宝石のような物体が埋め込まれていた。
その光は、四次元キューブが放つものとよく似ている。
いや。
ただ似ているだけではなかった。
モニターへ表示された複数の波形を見比べ、バナー博士が眉をひそめる。
「……セルヴィグ博士が残した、キューブの観測データと同じだ」
こよりも別の端末を覗き込み、興奮したように目を輝かせた。
「エネルギー反応のパターンが一致しています!」
画面へ表示された二つの波形を重ねる。
「位相に僅かなずれはありますけど、根本的には同系統の反応です!」
トニーは作業台へ片肘をつき、固定された杖を見下ろした。
「つまり、ロキ君は四次元キューブと同じ系列のおもちゃを持っていたわけだ」
「おもちゃって呼べる規模ではないと思いますけどね……」
こよりが苦笑する。
バナーは画面へ流れ続ける数値を見ながら、ゆっくりと息を吐いた。
「ただ、これを完全に解析するには時間がかかる」
「どのくらいですか?」
「演算だけでも、数週間は必要になるかもしれない」
「数週間!?」
こよりが顔をしかめた。
「そんなに待っていたら、ロキがゲートを開いちゃいますよ!」
「だから今は、完全な解析を目指すべきじゃない」
バナーは杖とキューブの反応を比較する画面を表示させる。
「四次元キューブの捜索へ使えそうな特徴だけを抜き出す。必要なのは、杖の正体そのものではなく、キューブへ繋がる手掛かりだからね」
トニーが軽く指を鳴らした。
「いい判断だ」
それから、バナーとこよりを交互に見る。
「この仕事が終わったら、二人ともスターク・タワーを見学しに来るといい」
こよりの耳が、ぴくりと動いた。
「スターク・タワー!」
「上層部の十フロアは、ほとんど研究施設だ」
トニーは得意げに胸を張る。
「科学者にとっては、夢の国だぞ」
「夢の国ですね!」
こよりは一切迷わず即答した。
蓮がこの場にいたならば、間違いなく嫌そうな顔をしていたであろう勢いだった。
こよりは期待に満ちた表情で、両手を握り締める。
「スターク・エキスポにも行ってみたかったんですけど、うちの総帥の掃除とか、ライブとか、色々忙しくて時間が取れなかったんですよ!」
トニーは首を傾げた。
「総帥の掃除?」
「うちの総帥、放っておくと掃除をサボるんです」
「なるほど」
トニーは真剣な表情で頷く。
「世界は広いな」
バナーが二人の会話を聞き、小さく笑った。
「僕も、ニューヨークへ行ったことはあるよ」
トニーが振り返る。
「へえ。観光か?」
バナーは僅かに目を逸らした。
「いや……ビルを壊してしまってね」
研究室の空気が、一瞬だけ止まった。
こよりは引きつった笑みを浮かべる。
「……えっと、事故ですか?」
バナーも曖昧に笑った。
「まあ、事故のようなものかな」
トニーはまったく気にした様子もなく、バナーの肩を軽く叩いた。
「安心しろ。スターク・タワーなら、ストレスのない最高の研究環境を約束する」
トニーは笑顔で言い切った。
「驚かせるようなドッキリもなしだ」
そう告げた直後、バナーの横腹を指先で突いた。
「わっ!」
バナーが本気で驚いた声を上げる。
こよりも反射的に肩を跳ねさせた。
「ちょ、ちょっと、スタークさん!?」
トニーは平然としていた。
「ほら、何も起きなかった」
「いや、今のは普通に怖いですって!」
こよりは苦笑しながらも、僅かに顔を青ざめさせていた。
バナーの内側にいる存在を知っていれば、当然の反応だった。
ちょうどその時、研究室の扉が開いた。
中へ入ってきたスティーブが、その光景を見て表情を険しくする。
「スターク」
トニーが振り返った。
「おっと。先生が来た」
スティーブは真っすぐトニーの前まで歩いてきた。
「君は正気なのか?」
「僕の頭は、いつでも冴えている」
「今、君はバナー博士を故意に刺激した」
スティーブの声は低かった。
「この艦にいる全員の命を危険へ晒して、何が楽しい?」
トニーは悪びれることなく肩をすくめる。
「本当に危険なのか、確認しただけだ」
「それ自体を危険な行為と言うんだ」
スティーブはバナーへ向き直った。
「博士、すまない。彼の代わりに謝る」
バナーは困ったように笑った。
「横腹を突かれた程度なら平気だよ」
自分の腹部へ手を当てる。
「その程度で変身するようなら、そもそも僕はここへ来ていない」
「それでも、君へするべき行為ではない」
スティーブはそう言うと、再びトニーを睨んだ。
トニーは椅子へ腰を下ろし、何も問題などないという顔で端末を操作し始める。
「そんなに緊張するな、キャプテン。もう少しゆったり構えろ」
「自分の仕事をしろ」
「しているさ」
「僕には、そうは見えない」
「それは、君が僕の仕事へついてこられていないだけだ」
トニーは端末へ複数のウィンドウを表示させた。
ロキの杖が放つエネルギー反応。
セルヴィグ博士の研究資料。
四次元キューブのエネルギー抽出理論。
そして、その中にはS.H.I.E.L.D.の内部データと思われるものまで混ざっていた。
横から画面を覗き込んだこよりが、目を丸くする。
「……あれ?」
モニターの隅に表示された機密指定の記号を指さす。
「これ、S.H.I.E.L.D.の機密領域じゃないですか?」
「そうだよ」
「見てもいいんですか?」
「よくないから面白い」
「うわぁ……」
こよりは僅かに身を引いた。
しかし、表示されているデータの内容には、明らかに興味を引かれている。
スティーブは険しい表情のまま尋ねた。
「スターク。何をしている?」
トニーは画面から目を離さず答える。
「そもそも、なぜフューリーは四次元キューブを研究していた?」
その言葉を境に、研究室の空気が変わった。
バナーの指が止まる。
こよりも笑みを消し、目を細めた。
トニーは椅子を回し、スティーブへ顔を向ける。
「キューブには、ほぼ無限のエネルギーがある」
両手を広げた。
「素晴らしい。夢のクリーンエネルギーだ」
だが、その声から次第に軽さが消えていく。
「それを研究していたのは、エネルギー企業でも大学でもない。スターク社でもなかった」
モニターへ表示されたS.H.I.E.L.D.の紋章を指さす。
「世界最大級の諜報組織だ」
スティーブは答えなかった。
トニーは椅子から立ち上がる。
「何か裏がある。そう思わないか?」
「今は、四次元キューブを見つけることが先だ」
「そのキューブが、何のために研究されていたのかも知らずに?」
トニーは今度はバナーへ視線を向けた。
「バナー博士も、同じ疑問を持っている」
バナーは困ったように目を逸らした。
「僕は、自分の仕事を終わらせたいだけだよ」
だが、その声には、何かを隠しているような響きがあった。
こよりは、それを聞き逃さなかった。
「博士。何か気になることがあるんですか?」
バナーは暫く答えを迷った。
やがて、ロキの杖へ目を向けながら口を開く。
「……ロキが言っていたんだ」
「何を?」
「『全人類を照らし、暖める』と」
バナーの表情が僅かに曇る。
「四次元キューブを、単なるエネルギー源として使うことを馬鹿にするような言い方だった」
トニーの表情が変わった。
バナーは続ける。
「あれは、君のタワーを指していたんじゃないのか?」
「スターク・タワー?」
こよりが呟く。
バナーは頷いた。
「世界中へクリーンエネルギーを供給する構想」
「ロキは、スターク・タワーのことを知っていた……?」
「その可能性はある」
スティーブがトニーを見た。
「あの、品のないニューヨークのビルか」
トニーの眉が、ぴくりと動く。
「……品がない?」
「目立ちすぎる」
「それを言うなら、象徴的だと言ってくれ」
「君らしい建物ではある」
「それは褒めているのか?」
「事実を言っただけだ」
トニーは不満そうにスティーブを見た。
しかし、スティーブは構わず続ける。
「あのビルは、アーク・リアクターを動力源にしているんだろう?」
こよりは手元の資料を開きながら答えた。
「スターク・タワーに設置された大型アーク・リアクターは、まだ完全稼働前の試験段階だと資料にありました」
ページをめくる。
「でも、かなり高密度のエネルギーを扱える設備のはずです」
トニーは感心したように、こよりを見る。
「よく調べているな、ピンクの科学者」
「さっきから、その呼び方は何なんですか!?」
「嫌か?」
こよりは僅かに悔しそうな顔をした。
「ちょっと嬉しいのが悔しいです!」
トニーは小さく笑った。
だが、すぐに真剣な表情へ戻る。
「僕はクリーンエネルギーを開発している」
スターク社の技術資料をモニターへ表示させる。
「スターク社は、その分野で最先端にいる」
続いて、S.H.I.E.L.D.の機密データへ視線を移す。
「それなのに、フューリーは僕をキューブの研究計画へ参加させなかった」
こよりも静かな声で言う。
「……こよりも、おかしいと思います」
「何が?」
「ゲートやキューブの理論を解析できる人材が必要だったなら、もっと外部の科学者を集めるべきでした」
S.H.I.E.L.D.の研究記録へ目を通す。
「でも、S.H.I.E.L.D.は研究そのものを隠していた」
トニーが頷いた。
「その通り」
モニターを指先で軽く叩く。
「そもそも、なぜS.H.I.E.L.D.がエネルギービジネスを始めた?」
スティーブは答えなかった。
トニーは自分の端末を持ち上げる。
「実は、ジャーヴィスにS.H.I.E.L.D.の機密データを探らせている」
スティーブの表情が、一段と険しくなった。
「あと数時間もあれば、フューリーが何を企んでいるのか分かるはずだ」
「君は、味方のシステムへ侵入しているのか?」
「味方が隠し事をしているなら、調べるのが礼儀だ」
「違う」
スティーブは一歩前へ出た。
「それは、ただの不信だ」
「不信を抱くには、十分な理由がある」
二人の距離が僅かに縮まる。
スティーブはトニーを真っすぐ見据えた。
「ロキは、我々の感情を煽ろうとしている」
ラボの中央に置かれた杖へ視線を向ける。
「こちらが互いを疑い、仲間割れを起こせば、奴の思うつぼだ」
トニーは軽く笑った。
「仲間割れ?」
スティーブへ顔を近づける。
「僕はまだ、君たちと仲間になった覚えはないけどね」
「我々には使命がある」
スティーブは力強く言い切った。
「四次元キューブを取り戻し、ロキを止めることだ」
「美しい言葉だ」
トニーは皮肉な笑みを浮かべる。
「募集用のポスターに使える」
スティーブの瞳に、怒りが宿った。
「茶化すな」
研究室の空気が張り詰める。
こよりは思わず小さく息を呑んだ。
バナーは作業の手を止め、黙って二人の様子を見つめている。
スティーブは静かに、しかし強い声で続けた。
「世界の危機より、自分のやり方を貫くことの方が大事なのか?」
トニーの表情が僅かに変わる。
「君より年下の蓮が戦っている」
その名前に、こよりが僅かに目を伏せた。
紫咲蓮。
ホロライブのマネージャー。
紫咲シオンの弟。
そして、仮面ライダーディケイド。
今まで何事もないように事務所で働いていた青年が、誰にも正体を明かさず、怪人たちと戦い続けていた。
「彼は、日本でたった一人で戦っていた」
スティーブは言葉を続ける。
「正体を隠し、誰にも知られないまま、多くの人間を守ってきた」
トニーは黙っている。
「彼のためにも、我々は使命を果たすべきだ」
暫くの沈黙が流れた。
だが、トニーは次の瞬間、鼻で笑うように言った。
「その蓮君の上にいるフューリーが、隠し事だらけでも?」
スティーブの動きが止まる。
トニーは畳みかけるように続けた。
「何かがおかしいと思わないのか?」
モニターへ表示されたデータを順番に指さしていく。
「四次元キューブの極秘研究」
「セルヴィグの計画」
「ロキが知っていた、スターク・タワーのエネルギー」
最後に、S.H.I.E.L.D.の紋章へ指を向ける。
「フューリーは、僕たちに何を隠している?」
スティーブは、一瞬だけ考え込んだ。
本当に僅かな時間だった。
それでも、その瞳に迷いが生まれたことは確かだった。
こよりも、その沈黙に気づく。
「キャプテン……」
スティーブはすぐに表情を戻した。
「キューブを見つけろ」
低く、押し殺すような声だった。
「今は、それが最優先だ」
それだけを告げ、スティーブは研究室を出ていった。
扉が閉まる。
室内には、重い沈黙だけが残された。
トニーは小さく肩をすくめる。
「怒らせたかな」
こよりが呆れたように答える。
「だいぶ怒ってましたよ」
バナーは静かに端末へ向き直った。
「だが、スタークの疑問は間違っていない」
こよりもモニターへ目を戻す。
S.H.I.E.L.D.の機密領域。
四次元キューブの研究。
セルヴィグ博士。
ロキの計画。
そして、スターク・タワー。
すべてが、どこかで繋がっている。
そんな予感があった。
トニーは再び端末の操作を始める。
「では、科学チーム」
画面へ複数の解析データを表示させる。
「四次元キューブを見つけて、ついでにフューリーの隠し事も暴こう」
こよりは僅かに迷った。
S.H.I.E.L.D.の機密へ勝手に踏み込むことが、正しい行為だとは言い切れない。
だが、このまま何も知らずにいることにも危険を感じていた。
やがて、こよりは小さく頷く。
「……分かりました」
トニーが笑みを浮かべる。
こよりはすぐに付け加えた。
「ただし、蓮に怒られたら、スタークさんも一緒に怒られてくださいね」
「蓮君は、そんなに怖いのか?」
「シオン先輩の弟ですから」
「なるほど」
トニーは納得したように頷く。
「姉弟揃って怖いわけだ」
バナーが小さく笑った。
しかし、その笑いは長く続かなかった。
研究室の片隅で。
固定されたロキの杖が、静かに青い光を放っていた。
その輝きは、誰にも気づかれないほど微かなものだった。
だが、確かに。
そこにいる者たちの心の奥を、優しく撫でるように揺らめいていた。
不信。
怒り。
焦り。
恐怖。
普段ならば抑えられる感情が、少しずつ膨らんでいく。
ロキが望むものが。
目には見えない形で、ヘリキャリアの中へ広がり始めていた。