仮面ライダーディケイド×ホロライブ×MCU ―世界を繋ぐ仮面の旅人― 作:十六夜 蓮
ホロライブ事務所の中は、朝から慌ただしかった。
廊下を行き交うスタッフの足音。
打ち合わせへ向かう社員たちの声。
モニターには配信スケジュールや案件資料が並び、あちこちのデスクからキーボードを叩く音が響いている。
その中を、紫咲蓮は少し息を切らしながら歩いていた。
ミラーワールドでの戦闘。
女性の救出。
そして、変身解除。
そこから何食わぬ顔で事務所へ戻ってくるのは、思っていた以上に難しかった。
「あ、蓮さん」
他のタレントを担当しているマネージャーが、資料を抱えたまま声をかけてきた。
「遅かったですね」
蓮は一瞬だけ固まった。
まさか、ミラーワールドで怪物と戦っていました、などと言えるはずがない。
蓮は一つ咳払いをすると、いつもの調子で答えた。
「どこかの自称ハーバード大学卒で、自称スターク社の研修を受けた魔女っ娘コスプレに、夜中までゲームへ付き合わされて寝坊しました」
「……ああ」
マネージャーは何かを察したように苦笑した。
「紫咲さんですね」
「本人は『シオン悪くないもん』って言い張ると思います」
「言いそうですね」
二人は軽く笑い合った。
だが、すぐに仕事の空気へ戻る。
シオンはホロライブの中では、毎日配信や長時間配信をするタイプではない。
その分、案件やレッスン、収録などの予定は比較的管理しやすかった。
しかし、全員がそうとは限らない。
少し離れた席では、白上フブキの担当マネージャーが、片手にエナジードリンクを持ちながら高速でキーボードを叩いていた。
その隣では、博衣こよりの担当マネージャーが目元に疲労を滲ませながら、配信予定表と収録予定表を照らし合わせている。
「昨日の配信、何時間でしたっけ……」
「聞かないでください。心が折れます」
「エナドリ、追加いります?」
「ください」
その会話を聞いた蓮は、心の中でそっと手を合わせた。
ホロライブのマネージャーという仕事は、華やかな世界を支える裏方だ。
だが、その現場は決して楽ではない。
人気タレントの予定管理。
配信トラブルへの対応。
案件内容の確認。
収録への同行。
グッズの監修。
そして時には、本人のメンタルケアまで求められる。
さらに蓮の場合は、もう一つ仕事があった。
世界を破壊するかもしれない力を持つ仮面ライダーとして、怪人たちと戦うこと。
「……普通、兼業するものじゃないよな」
蓮は小さく呟いた。
その時、近くにいた社員がスマートフォンを片手に声を上げた。
「ねえ、これ見て」
「何ですか?」
何人かのスタッフが、その画面を覗き込む。
蓮も何気なく視線を向けた。
スマートフォンには、ニュース記事が表示されていた。
映っているのは、ぼやけた監視カメラの映像。
夜の街。
逃げ惑う人々。
そして、その奥に映る異形の影。
記事の見出しには、こう書かれていた。
『都内各地で謎の怪物目撃情報 未確認生命体か』
「未確認生命体だって」
社員の一人が眉をひそめる。
「これ、仮面ライダーに出てきたグロンギとかワームに似てません?」
「いやいや、そんなわけないじゃん」
別の社員が笑いながら答えた。
「仮面ライダーはテレビの中の話だよ」
「でもさ、最近のアメリカじゃ、空飛ぶ鉄のスーツとか緑の巨人とか、雷の神様とかが普通にニュースになってるじゃないですか」
「それはそれ。これはこれ」
「本当に怪物が出てきたらどうするんですか?」
「その時は、アイアンマンがやっつけてくれるよ」
冗談交じりの笑い声が広がった。
だが、蓮だけは笑えなかった。
グロンギ。
ワーム。
ミラーモンスター。
テレビの中にしか存在しないはずだった怪物たち。
しかし今朝、蓮は実際にミラーワールドへ入った。
モンスターに襲われていた女性を救出し、龍騎の力を使って戦った。
つまり、世界はすでに変わり始めている。
仮面ライダーの世界までもが、この世界へ少しずつ混ざり始めているのだ。
「……まずいな」
蓮はスマートフォンの画面から目を逸らした。
もし怪人たちがホロライブのタレントを狙うようになれば、ただの警備やスケジュール管理では済まない。
その時、自分一人で全員を守り切れるのか。
蓮には、まだその答えが出せなかった。
その頃。
東京の住宅街に建つ、古びたアパートの一室。
昼間だというのに、部屋のカーテンは閉め切られていた。
光がほとんど差し込まない薄暗い部屋の中で、一人の男が座っている。
部屋の壁一面には、紫咲シオンの写真が貼られていた。
配信のスクリーンショット。
ライブの写真。
グッズの画像。
雑誌の切り抜き。
インターネットから印刷した写真。
壁も、机も、棚も、すべてが紫咲シオンで埋め尽くされている。
男はモニターに映るシオンの姿を見つめながら、荒い呼吸を繰り返していた。
「シオンちゃん……」
男の手が、写真の一枚へ触れる。
「会いたいなぁ……シオンちゃんに……」
その声に込められていたのは、純粋な憧れではなかった。
暗く、重く、歪んだ執着。
決して届かないはずの距離を、力ずくで縮めようとする欲望だった。
「なんで会えないんだよ……僕はこんなに好きなのに……」
男は爪を噛んだ。
机の上には、開いたままのノートパソコン。
画面には、シオンの配信アーカイブが映っている。
その横には、イベント会場の地図。
事務所周辺について書かれたメモ。
過去の出演スケジュールをまとめた紙。
明らかに、普通のファンの範囲を超えていた。
「シオンちゃんに会いたい……話したい……僕だけを見てほしい……」
その時だった。
部屋の中に、低い声が響いた。
「――お前の望みを言え」
男の体が跳ねた。
「誰だ!?」
男は勢いよく振り返る。
部屋の隅。
そこでは、砂のような粒子が渦を巻いていた。
サラサラと床へ落ちる砂が、次第に一つの形を作っていく。
頭。
腕。
胴体。
だが、現れたものは人間ではなかった。
崩れ落ちる砂の中から姿を現したのは、異形の怪人だった。
「な、なんだよ……お前……」
男が後ずさる。
怪人は、男を見下ろした。
「お前の望みを言え」
「望み……?」
「どんな望みも叶えてやる」
怪人の声は低く、甘く、耳の奥へ入り込んでくるようだった。
「お前が払う代償は、一つだけだ」
男は震えていた。
だが、恐怖よりも先に、欲望が勝った。
「なんでも……なのか?」
「なんでもだ」
怪人は静かに答えた。
男の目が大きく見開かれる。
その瞬間、彼の中で何かが壊れた。
常識。
理性。
罪悪感。
そんなものは、最初からほとんど残っていなかったのかもしれない。
男は、壁に貼られたシオンの写真を見た。
そして、笑った。
「紫咲シオンちゃんに……会いたい」
怪人の目が怪しく光る。
「契約成立だ」
次の瞬間、怪人の体が砂のように崩れた。
上半身と下半身がバラバラになり、部屋の中を暴れるように回転する。
男は悲鳴を上げることすらできず、その光景を見つめていた。
砂が渦を巻き、怪人の上半身と下半身が再び合体する。
完全な姿となった怪人は、窓へ向かって歩き始めた。
「お、おい……シオンちゃんに会わせてくれるんだよな?」
男は期待に満ちた目で尋ねた。
だが、怪人は振り返らない。
「お前の望みは聞いた」
「じゃあ……!」
「叶えてやる」
怪人は窓を突き破った。
ガラスが砕け散り、砂の怪人はアパートの外へ飛び出す。
下の通りを歩いていた住人たちが、悲鳴を上げた。
怪人は地面へ着地すると、迷うことなく走り出す。
その向かう先は、ホロライブ事務所。
紫咲シオンがいる場所だった。
部屋に残された男は、割れた窓の前まで這うように近づいた。
遠ざかっていく怪人の影を見つめながら、口元を歪ませる。
「会える……」
男は荒い呼吸を繰り返した。
「シオンちゃんに……会える……!」
その背後では、壁一面に貼られたシオンの写真が、破れたカーテンから差し込む光を受けて揺れていた。
だが、その光景は、決して愛などではない。
怪物を呼び寄せた、歪んだ願いの証だった。
第2話をお読みいただき、ありがとうございます。
新たな怪人と、紫咲シオンへ向けられた歪んだ願い。
次回、蓮はホロライブ事務所へ迫る脅威に立ち向かいます。