仮面ライダーディケイド×ホロライブ×MCU ―世界を繋ぐ仮面の旅人― 作:十六夜 蓮
第三エンジン区画。
耳を塞ぎたくなるような轟音が、絶え間なく鳴り響いていた。
停止寸前だった巨大なローターは、内部へ侵入したアイアンマンがスラスターの推力で無理やり回転を補助しているおかげで、少しずつ動きを取り戻している。
だが、回転はまだ不安定だった。
速度が上がっては落ち、重い金属音と共に何度も停止しかけている。
第三エンジンの外部メンテナンスデッキ。
仮面ライダーカブトへ変身した獅白ぼたんは、足場の外側へ立っていた。
激しい風が赤い装甲を叩きつける。
眼下には雲と、遥か遠くに見える地上。
一歩でも足を滑らせれば、そのまま空へ投げ出される高さだった。
カブトはローターを見ながら通信を繋いだ。
「トニー、大丈夫?」
ローター内部から、トニーの声が返ってくる。
『大丈夫かと聞かれれば、かなり大丈夫ではない』
スラスターの噴射音が、通信へ混ざる。
『もう少し回転速度を上げる。そっちの制御パネルはどうなっている?』
「こよりが確認してる」
カブトから少し離れた制御区画では、こよりがパネルへしがみつくようにして数値を確認していた。
ハザードフォームを使った影響は、まだ完全には抜けていない。
足元は僅かにふらついている。
それでも、画面へ向けられた目だけは鋭かった。
その隣では、スティーブが赤い緊急制動レバーの前で待機している。
こよりは次々と更新される数値を読み上げた。
「ローター回転数、上昇中!」
パネルの一部が赤く点滅する。
「でも、まだ安定域には入っていません! スタークさん、あと少しです!」
『了解、ピンクの科学者』
トニーはローターを押し続けながら答える。
『こっちは命懸けで巨大な扇風機を回している』
「言い方!」
こよりが思わず声を上げた。
ぼたんも苦笑しかける。
だが、その時。
轟音と強風の向こうから、足音が聞こえた。
一歩。
また一歩。
重く、規則正しい足音。
カブトはすぐに振り返った。
メンテナンスデッキへ続く通路に、一人の男が立っている。
「……キャプテン?」
そこにいたのは、スティーブ・ロジャースだった。
同じ顔。
同じ体格。
同じS.H.I.E.L.D.の制服。
手にしている盾まで、先ほどから制御パネルの前にいるスティーブのものと酷似している。
だが。
ぼたんの本能が告げていた。
目の前の男は、スティーブ・ロジャースではない。
「何?」
こよりも振り返る。
偽物と、隣に立っている本物のスティーブを交互に見た。
「えっ……キャプテンが二人!?」
本物のスティーブも、盾を構えながら偽物を睨む。
「何だ、あれは」
偽物のスティーブは何も答えなかった。
ただ、ゆっくりと一歩前へ進む。
その口元が、不自然に歪んだ。
人間ではあり得ないほど大きく裂けていく。
こよりの顔が青ざめた。
「まさか……」
カブトも低い声で呟く。
「擬態か」
偽物の皮膚へ、無数の亀裂が走った。
次の瞬間。
バキバキバキッ!
スティーブの姿を形作っていた外殻が、内側から弾け飛んだ。
人間の姿が崩れ落ち、その中から異形の怪人が現れる。
緑色を帯びた硬質な外骨格。
鋭く伸びた両腕。
昆虫を思わせる頭部。
人間へ擬態し、獲物の中へ潜り込む怪物。
ワーム。
スティーブは盾を正面へ構える。
「こんな怪人までいるのか」
カブトはカブトゼクターへ手を添えた。
「いるんだよね」
ワームの動きを注意深く観察する。
「しかも、かなり面倒な種類」
ワームが低く唸った。
「ギギギ……」
外骨格の表面が、僅かに波打つ。
脱皮を終えたワームの姿が、一瞬だけ揺らいだ。
ぼたんは即座に叫ぶ。
「二人とも、離れて!」
次の瞬間。
ワームの姿が消えた。
人間の視覚では追えないほどの超高速移動。
クロックアップ。
ワームは足場を蹴り、制御パネルへ向かって走り出していた。
カブトも即座に腰へ手を伸ばす。
「クロックアップ」
《CLOCK UP》
カブトの姿も、その場から掻き消えた。
こよりとスティーブの目には、二体が同時に消えたようにしか見えない。
しかし、次の瞬間。
周囲の至るところで、激しい衝撃が弾け始めた。
ガンッ!
カブトとワームの拳がぶつかる。
ドゴッ!
外壁が見えない何かによって陥没する。
バキィッ!
金属製の足場へ火花が散り、手すりが折れ曲がった。
二体は、通常の時間から切り離された超高速の世界で戦っている。
「見えない……!」
こよりは制御パネルへ掴まりながら、周囲で発生する衝撃を目で追おうとした。
だが、確認できるのは結果だけだった。
火花が散る。
床がへこむ。
突然、強風の流れが乱れる。
スティーブも盾を構えたまま、目を細める。
「これが、カブトの戦いか」
第三エンジンの外部足場は狭い。
ローターから吹きつける強風に加え、ヘリキャリアそのものが傾いている。
超高速で移動するカブトとワームが一度でも足場へ衝突すれば、周囲にいる人間まで外へ弾き出される危険があった。
再び、見えない戦闘の衝撃が足元で炸裂する。
「ぐっ……!」
スティーブの体が揺れた。
その直後。
カブトとワームが激突した余波が、制御区画の足場を直撃する。
ドォン!
「っ!」
スティーブの体が、後方へ大きく弾かれた。
「キャプテン!」
こよりが叫ぶ。
スティーブの足が、メンテナンスデッキの縁から外れた。
体が強風に煽られ、ヘリキャリアの外へ投げ出される。
スティーブは咄嗟に片手を伸ばした。
辛うじて足場の縁を掴む。
だが、体のほとんどは空中へ放り出されていた。
こよりは反射的に駆け寄り、スティーブの手首を掴んだ。
「っ……!」
細い両腕へ、強烈な重量がかかる。
スティーブは超人血清によって鍛え抜かれた大柄な男性。
さらに、盾や装備の重さまで加わっている。
加えて、吹き荒れる強風とヘリキャリアの傾斜。
こよりの体まで、足場の外へ引きずられ始めた。
「重っ……!」
両足を踏ん張る。
だが、靴底が金属の床を少しずつ滑っていく。
スティーブは空いている手を伸ばし、足場の縁を掴もうとした。
「離すな!」
「離しませんよぉ!」
こよりは歯を食いしばり、両腕へ力を込める。
「でも、キャプテン重すぎます!」
「すまない!」
通信から、トニーの切迫した声が飛んできた。
『キャプテン! レバーの準備はできているか!?』
スティーブは足場へぶら下がったまま叫び返す。
「一分待ってくれ!」
『一分は長い!』
ローター内部から、激しい衝突音が響く。
『僕は今、巨大なミキサーの中にいるんだぞ!』
「こちらも空から落ちかけている!」
『なら、お互い最悪だな!』
「比較している場合か!」
こよりは必死にスティーブの体を引き上げようとする。
「キャプテン、もう少しです!」
スティーブも腕へ力を込めた。
空いている手で足場の縁を掴み直す。
こよりが後ろへ体重をかけ、スティーブも自力で体を持ち上げた。
「せーの!」
二人の力で、ようやくスティーブの上半身が足場へ戻る。
そのまま床を転がり、完全にメンテナンスデッキへ復帰した。
こよりは、その場へ座り込みそうになった。
「はぁ……はぁ……」
荒い息を吐きながら、自分の腕を見る。
「危なかった……!」
「助かった、こより」
「次からは落ちないでくださいね……!」
その瞬間。
二人のすぐ近くで、再び見えない衝撃が炸裂した。
ガンッ!
火花が激しく散る。
超高速の世界で、ワームがこよりへ向かおうとしていた。
カブトは何度も進路へ割り込み、その攻撃を防いでいる。
だが、狭い足場とローターの強風によって、思うように動けない。
決定打を入れられないまま、戦闘だけが続いていた。
スティーブは立ち上がり、盾を構える。
見えない。
通常の視力では、カブトとワームの姿を追うことはできない。
だが、完全に手掛かりがないわけではなかった。
風の流れ。
足場へ散る火花。
金属板のへこみ。
衝撃音の間隔。
そして、カブトが攻撃を受け、僅かに姿勢を崩した位置。
スティーブは長年の戦場経験だけを頼りに、超高速の戦闘の流れを読む。
ワームはカブトの攻撃を弾いた。
そのまま、こよりへ向かう。
ならば、次に通る場所は一つ。
「そこだ!」
スティーブは盾を投げ放った。
円形の盾が高速で回転しながら、強風を切り裂いて飛んでいく。
こよりの目には、何もない空間へ盾を投げたように見えた。
だが。
ガンッ!
鈍い衝突音が響く。
盾は、超高速の世界にいたワームの胸部へ正確に命中していた。
「ギッ!?」
ワームの姿が、一瞬だけ空中へ浮かび上がる。
クロックアップの速度が乱れたことで、その外骨格が通常の時間にも僅かに見えた。
ぼたんは、その隙を見逃さない。
「ナイス、キャプテン」
カブトはワームの懐へ踏み込んだ。
腹部へ強烈な拳を叩き込む。
ドゴッ!
ワームの体が、金属製の足場へ転がった。
その頃。
ローター内部では、アイアンマンが必死にスラスターを噴射していた。
『よし……』
トニーは内壁へ足を押しつける。
『回れ……回れ……!』
ローターの回転速度が、少しずつ上がっていく。
当初はアイアンマンの推力によって動かされていた。
だが、やがてエンジンが自らの力でローターを回し始める。
トニーのスラスターを上回るほどの速度へ達していった。
『おっと』
トニーの声から、僅かに余裕が消える。
『これは……少しまずいな』
加速したローターが生み出す猛烈な風圧。
アイアンマンの体が、内部へ巻き込まれ始めた。
「ぐっ!」
装甲が内壁へ叩きつけられる。
激しい火花が散った。
『キャプテン!』
トニーが通信へ叫ぶ。
『そろそろ助けてくれ!』
スティーブはすぐに立ち上がった。
足場へ戻ってきた盾を拾い、赤いレバーへ向かって走る。
「今だな!」
『今だ!』
スティーブは両手で赤いレバーを掴んだ。
全体重をかけて、一気に下へ引き倒す。
ガコンッ!
制御装置が作動する。
ローターへ緊急制動がかかり、回転が一瞬だけ鈍った。
内部のブレードの間に、僅かな隙間が生まれる。
アイアンマンは、その瞬間にスラスターを最大出力で噴射した。
『うおおおおっ!?』
回転するブレードの間を抜け、下へ落ちるようにして脱出する。
装甲が足場の下を掠めた。
数センチずれていれば、ブレードへ巻き込まれていた。
アイアンマンはヘリキャリアの外へ抜けると、すぐに姿勢を立て直した。
カブトが戦いながら、僅かにそちらへ視線を向ける。
「生きてる?」
空中からトニーの声が返る。
『たぶんな』
自分の装甲へついた無数の傷を見る。
『後でS.H.I.E.L.D.へ、スーツの塗装代を請求する』
こよりが制御パネルを確認しながら叫ぶ。
「今は生きてるだけで十分です!」
ローターは安定した速度へ入り、巨大な羽根が力強く回転し始めた。
エンジンの駆動音が正常なものへ変わっていく。
こよりは画面へ表示された数値を確認し、通信へ報告した。
「第三エンジン、再起動!」
緑色の表示が増えていく。
「出力、安定域へ移行しました!」
艦内通信から、明るい報告が流れる。
『第三エンジン、出力回復!』
『姿勢制御、回復を確認!』
ヘリキャリアの傾斜が、少しずつ緩やかになり始めた。
だが、まだすべてが終わったわけではない。
《CLOCK OVER》
カブトゼクターから音声が響く。
時間の流れが、本来の速度へ戻った。
ワームは足場の上へ倒れていた。
外骨格の一部が砕け、何度も立ち上がろうとしている。
「ギ……ギギ……!」
ぼたんは、ゆっくりとワームへ近づいた。
カブトゼクターの上部へ手を添える。
《ONE》
電子音と共に、一つ目のスイッチを押す。
一歩前へ進む。
《TWO》
二つ目のスイッチ。
さらに一歩。
《THREE》
三つ目のスイッチを押した。
カブトはワームの正面へ立つ。
ワームはよろめきながらも体を起こし、最後の力を振り絞って飛びかかろうとした。
ぼたんはゼクターホーンを一度倒す。
《RIDER KICK》
「ライダーキック」
静かに告げる。
ゼクターホーンを元の位置へ戻した。
カブトの右脚へ、青白いエネルギーが集中していく。
ワームが奇声を上げながら迫る。
「ギャアアアッ!」
ぼたんは慌てることなく、僅かに体を捻った。
そして、流れるような回し蹴りを放つ。
「はっ!」
カブトの右脚が、ワームの胸部へ正確に命中した。
青白いエネルギーが、外骨格の内側へ一気に流れ込む。
ワームの体が硬直した。
「ギャアアアアアアッ!」
ぼたんは蹴りを振り抜くと、ワームへ背を向けた。
次の瞬間。
ドォォン!
ワームの体が爆発した。
炎と黒煙がメンテナンスデッキへ広がり、足場全体を大きく揺らす。
こよりは慌ててスティーブの背後へ隠れた。
「うわっ!」
スティーブは盾を構え、爆風と飛来する破片を防ぐ。
炎の中から、カブトがゆっくりと振り返った。
「終わり」
そこへアイアンマンが空中から戻り、メンテナンスデッキへ着地する。
「いいね」
トニーはワームが爆発した場所を見る。
「超高速で動いて、最後は回し蹴り」
カブトへ顔を向けた。
「単純だが、美しい」
ぼたんは変身を解かず、軽く肩をすくめる。
「でしょ?」
こよりは呼吸を整えながら、制御パネルを再確認した。
「第三エンジン、安定しています!」
回転数。
温度。
電圧。
すべてが正常値へ戻りつつある。
「これで、ヘリキャリアの墜落はかなり抑えられるはずです!」
スティーブは力強く頷いた。
「よくやった」
「ありがとうございます」
こよりは少し照れたように笑う。
続けて、スティーブの盾へ視線を向けた。
「でも、キャプテンもすごかったです」
「何がだ?」
「クロックアップ中のワームへ盾を当てるなんて、普通じゃできませんよ」
スティーブは真剣な表情で答えた。
「姿が見えなくても、戦いの流れは読める」
トニーが横から口を挟む。
「七十年前の人間にしては器用だな」
スティーブはトニーへ視線を向けた。
「君も、ローターへ巻き込まれずに済んで何よりだ」
「正確には、巻き込まれかけたけどね」
「次は、もう少し安全な方法を考えろ」
「安全な方法があるなら、最初から使っている」
こよりは二人の会話を聞きながら、小さくため息をついた。
「エンジン直った瞬間に、またケンカしないでくださいね……」
カブトは通信回線を開く。
「蓮、聞こえる?」
少しの雑音の後、ディケイドの声が返ってきた。
『ぼたん! そっちはどうなった?』
「第三エンジン、復旧したよ」
ローターへ視線を向ける。
「ついでに、キャプテンへ擬態していたワームも撃破」
『ワームまでいたの!?』
「いた」
カブトはこよりを見る。
「こよりも無事」
こよりは通信機へ顔を近づけた。
「無事です!」
声を張り上げる。
「でも、二度とクロックアップ搬送はされたくありません!」
ぼたんが軽く笑う。
「慣れれば楽しいよ」
「慣れる前に内臓が迷子になります!」
通信の向こうから、蓮が小さく笑った気配がした。
『それはちょっと分かる』
「分かるんですか!?」
『僕も初めてクロックアップを使った時、感覚がおかしくなったから』
「使う側と運ばれる側では、絶対に違いますよ!」
短いやり取りの後、蓮の声が真剣なものへ変わる。
『でも、まだ終わってない』
スティーブたちの表情が引き締まった。
『ロキが動いた可能性がある』
スティーブが通信へ尋ねる。
「ロキは、まだ拘束区画にいるのか?」
『ソーが確認へ向かった』
通信へ激しい雑音が入る。
『でも、さっきから連絡がつかない』
トニーはヘリキャリアの外へ視線を向けた。
「こちらはエンジンを直した」
スーツのシステムを確認し、両手のリパルサーを起動する。
「次は神様兄弟のケンカか」
ぼたんはカブトゼクターへ手を添えた。
「まだ行けるよ」
こよりも疲れた体を起こし、力強く頷く。
「こよりも行けます」
一度だけハザードトリガーを見て、すぐに視線を逸らす。
「……ハザードフォームは、もう使いませんけど」
「それがいい」
スティーブは落ちていた盾を拾い、背負い直した。
「急ごう」
第三エンジンは回復した。
ヘリキャリアは墜落を免れ、まだ空へ留まっている。
しかし、ロキの策略は終わっていない。
そして、彼が収容されていた拘束区画では。
すでに次の悲劇が始まろうとしていた。