仮面ライダーディケイド×ホロライブ×MCU ―世界を繋ぐ仮面の旅人―   作:十六夜 蓮

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第5話 時をかける列車

 

 

薄暗いアパートの一室。

 

壁一面に貼られた紫咲シオンの写真が、割れた窓から吹き込む風を受けて揺れていた。

 

その部屋の中央で、一人の男が荒い呼吸を繰り返している。

 

「ほ、本当に……」

 

男の目は、異様なほど血走っていた。

 

「本当にシオンちゃんを連れてきたの……?」

 

砂の怪人――イマジンは、窓際に立ったまま低く笑う。

 

「ああ。もちろんだ」

 

そう答えると、イマジンは抱えていたシオンを乱暴に部屋の中へ放り投げた。

 

「きゃっ!」

 

シオンは床の上を転がり、小さな悲鳴を上げる。

 

両腕は縄で縛られており、うまく立ち上がることができない。

 

自分が置かれた状況を理解しきれず、その顔には恐怖と混乱が浮かんでいた。

 

「な、何なの、ここ……。あんた、誰……?」

 

男はその声を聞いた瞬間、恍惚とした表情を浮かべた。

 

「本物だ……」

 

震える声を漏らしながら、シオンへ一歩近づく。

 

「本物のシオンちゃんだ……」

 

床に座り込んだまま、シオンは必死に後ずさった。

 

「近づかないで……!」

 

「可愛いなぁ……。画面で見るより、ずっと……」

 

男の手が、シオンへ向かって伸びる。

 

その瞬間、男の背後からイマジンの声が響いた。

 

「契約成立だ」

 

男の動きが止まる。

 

「もらうぞ。お前の時間を」

 

「……は?」

 

男はゆっくりと振り返った。

 

「ちょっと待てよ。今、いいところなんだ。邪魔しないでくれよ」

 

イマジンは、何の感情も宿していない目で男を見つめた。

 

「お前の望みは叶えた」

 

「いや、まだだろ! 僕はシオンちゃんと――」

 

男の言葉は、最後まで続かなかった。

 

イマジンの手が、男の頭を鷲掴みにした。

 

「え……?」

 

次の瞬間、男の全身が眩い光に包まれる。

 

その頭部から体が二つに割れるように開き、露わになった内側へ、イマジンの体が砂となって飛び込んでいく。

 

「ひっ……!」

 

シオンは息を呑んだ。

 

怪人の姿が、男の体内へ完全に消える。

 

二つに開いていた体は、何事もなかったかのように元へ戻った。

 

そして男は、糸が切れた人形のように床へ倒れ込んだ。

 

部屋に静寂が戻る。

 

壁一面に貼られたシオンの写真。

 

床に倒れた男。

 

そして、両腕を縛られたまま座り込むシオン。

 

「な、何……今の……」

 

シオンは震える声で呟いた。

 

「何がどうなってるの……?」

 

その時だった。

 

部屋の外から、激しく階段を駆け上がる足音が聞こえてきた。

 

足音は部屋の前で止まり――次の瞬間、玄関の扉が勢いよく蹴り飛ばされた。

 

バァンッ!

 

破壊された扉が部屋の内側へ倒れ込む。

 

その向こうに、紫咲蓮が立っていた。

 

肩で息をしている。

 

服は所々破れ、顔や体には戦闘で負った傷が残っていた。

 

それでも、蓮の目は真っすぐシオンだけを見つめていた。

 

「シオン!」

 

シオンの目に、僅かな光が戻る。

 

「蓮……!」

 

蓮はすぐに駆け寄り、シオンの前へ膝をついた。

 

「大丈夫!?」

 

「縛られてるけど……大丈夫。たぶん」

 

「よかった……」

 

蓮は安堵の息を吐きながら、シオンの両腕を縛っていた縄を解いていく。

 

自由になったシオンは、すぐに蓮の袖を強く掴んだ。

 

「蓮、あの怪物……!」

 

「イマジンは?」

 

蓮が部屋の中を見回す。

 

だが、そこに怪人の姿はなかった。

 

シオンは震える指で、床に倒れている男を指さした。

 

「そいつの中に入った……」

 

「やっぱりか」

 

蓮の表情が険しくなる。

 

ライドブッカーを開き、中から一枚のチケットを取り出した。

 

それは、普通の切符とは少し違っていた。

 

薄い光を帯びた表面には、まだ何も記されていない。

 

蓮は倒れている男へ近づくと、そのチケットを男の頭の近くへかざした。

 

すると、何も書かれていなかった表面に、黒い文字が浮かび上がる。

 

『2018年8月17日』

 

同時に、チケットの中へイマジンの姿が薄く映し出された。

 

まるで、怪人が向かった過去への道筋を示しているかのようだった。

 

シオンは目を見開いた。

 

「な、何それ……?」

 

蓮はチケットを見つめたまま答える。

 

「イマジンだよ」

 

「イマジン……?」

 

「人間と契約して、その人間の望みを叶える怪人。でも、本当の目的は願いを叶えることじゃない」

 

蓮はチケットを強く握りしめた。

 

「契約者の記憶を使って過去へ飛び、その時代を滅茶苦茶にする。時間そのものを壊す怪人だ」

 

シオンは言葉を失った。

 

蓮は、浮かび上がった日付を見つめる。

 

「あのイマジンは、2018年8月17日を壊すつもりだ」

 

「その日付……」

 

チケットを見たシオンの顔色が変わった。

 

「待って……その日って……」

 

「知ってるの?」

 

シオンは小さく頷いた。

 

「シオンの……初配信の日だよ」

 

蓮の表情が、一瞬だけ固まった。

 

紫咲シオンにとって、初配信は単なる過去の一日ではない。

 

ホロライブのタレントとして活動を始めた日。

 

現在の紫咲シオンへと繋がる、すべての始まりの日だ。

 

そこを破壊されれば、何が起こるか分からない。

 

初配信が行われなかったことになるかもしれない。

 

ホロライブへ所属した事実そのものが変わってしまうかもしれない。

 

最悪の場合、今ここにいる紫咲シオンという存在自体が、消えてしまう可能性すらある。

 

「……まずいな」

 

蓮は低く呟いた。

 

シオンが蓮の腕を掴む。

 

「どうするの?」

 

「過去へ行かないと」

 

「過去って……どうやって行くのよ!?」

 

当然の反応だった。

 

時間を越えるなど、あまりにも現実離れしている。

 

怪人に襲われ、本物の仮面ライダーを目にした後でも、簡単に受け入れられる話ではなかった。

 

しかし、蓮は慌てることなく腕時計へ目を落とした。

 

「そろそろかな」

 

「そろそろって、何が?」

 

シオンもつられるように時計を見る。

 

「今、十一時十分だけど……」

 

秒針が静かに進んでいく。

 

蓮は立ち上がると、部屋の奥にある古びた襖へ歩み寄った。

 

アパートの一室には不釣り合いな、和室へ繋がる襖。

 

シオンは困惑しながら、その背中を見つめた。

 

「ちょっと、蓮? 何して――」

 

腕時計の表示が変わる。

 

午前十一時十一分十一秒。

 

蓮は小さく笑った。

 

「グッドタイミング」

 

そう言って、襖を開いた。

 

その向こうに、隣の部屋など存在しなかった。

 

広がっていたのは、どこまでも続く広大な砂漠。

 

グランドキャニオンを思わせる、赤茶けた大地。

 

雲一つない青空。

 

遠くには、巨大な岩山が並んでいる。

 

そして、空間そのものが静かに揺らいでいるような、現実とは異なる気配。

 

シオンはぽかんと口を開けた。

 

「……は?」

 

遠くから、汽笛の音が聞こえた。

 

ポォォォォォ――。

 

砂漠の彼方から、一本の列車が走ってくる。

 

線路など、どこにも存在しない。

 

それにもかかわらず、黒と赤を基調とした巨大な列車は、砂煙を巻き上げながら真っすぐこちらへ近づいてきた。

 

どこか異様でありながら、同時に威厳すら感じさせる姿だった。

 

列車は蓮とシオンの目の前で、ゆっくりと停止する。

 

扉が開いた。

 

そこから飛び出してきたのは、赤い鬼を思わせる怪人だった。

 

「おい、蓮!」

 

赤い怪人は、姿を現すなり大声で叫んだ。

 

「イマジン退治は俺たちに任せろって、いつも言ってんだろうが!」

 

蓮は困ったように眉を下げた。

 

「状況が状況だったし、仕方ないだろ」

 

「仕方ないで事務所の壁をぶっ壊して、時間の事件にまで発展させてんじゃねぇ!」

 

「壁を壊したのは僕じゃなくてイマジンだよ」

 

「うるせぇ! だいたいお前、電王に変身して『俺、参上!』だけ使って滑ったらしいじゃねぇか!」

 

蓮の表情が固まった。

 

「……どうして知ってるの?」

 

「こっちは時をかける列車だぞ! そのくらい、だいたい分かるんだよ!」

 

「そんな便利な理由で片づけないでほしいな……」

 

シオンは、二人の顔を交互に見つめた。

 

赤い怪人。

 

その怪人と、まるで知人のように話している蓮。

 

襖の向こうに広がる砂漠。

 

そして、目の前に停車した巨大な列車。

 

理解が追いつくはずもなかった。

 

「あ、あの……」

 

シオンは恐る恐る蓮の袖を引っ張った。

 

「この電車は……?」

 

蓮はシオンへ振り返った。

 

「時をかける列車」

 

そして、目の前に停まっている列車を見上げる。

 

「デンライナーだよ」

 

赤い怪人――モモタロスは、シオンを見てにやりと笑った。

 

「おう。嬢ちゃんが紫咲シオンか」

 

「しゃ、喋った……」

 

「喋るに決まってんだろ! 俺をそこら辺の怪人と一緒にすんな!」

 

「いや、見た目は普通に怪人なんだけど……」

 

「なんだとぉ!?」

 

モモタロスがシオンへ詰め寄ろうとするが、蓮がその間へ割って入った。

 

「モモタロス。今は喧嘩している場合じゃない」

 

「ああ? 分かってるよ」

 

モモタロスは不満そうに鼻を鳴らした。

 

「イマジンが飛んだのは、2018年8月17日だな」

 

「うん。シオンの初配信の日だ」

 

その言葉を聞いたモモタロスの表情が、僅かに真剣なものへ変わった。

 

「へぇ。そいつは大事な日じゃねぇか」

 

シオンは、両手を強く握りしめる。

 

「……壊されたら、どうなるの?」

 

蓮はすぐには答えなかった。

 

代わりに、モモタロスが低い声で告げる。

 

「過去が変われば、今も変わる」

 

「今も……?」

 

「お前が初配信をできなかったことになるかもしれねぇ。ホロライブへ入っていないことになるかもしれねぇ」

 

「そんな……」

 

「最悪の場合、ここにいるお前自身が消える可能性だってある」

 

シオンの顔から、再び血の気が引いた。

 

蓮は静かにシオンの肩へ手を置く。

 

「大丈夫。そんなことにはさせない」

 

「蓮……」

 

「僕が必ず止める」

 

モモタロスは腕を組み、感心したように笑った。

 

「言うじゃねぇか。なら急ぐぞ。過去で暴れられる前にぶっ潰す!」

 

蓮は頷いた。

 

「シオンは、ここで待っていて」

 

「は?」

 

シオンは即座に声を上げた。

 

「何言ってんの。シオンも行く」

 

「危険だ」

 

「危険なのは分かってる!」

 

シオンは、蓮を真っすぐ睨みつけた。

 

その目には、まだ恐怖が残っている。

 

だが、それ以上に強い意志が宿っていた。

 

「その日って、シオンの初配信の日なんでしょ?」

 

「そうだけど……」

 

「シオンにとって、大事な日なんでしょ? だったら、シオンも自分の目で見届ける」

 

「でも――」

 

「蓮だけに背負わせない」

 

その言葉に、蓮は何も言えなくなった。

 

つい先ほどまで恐怖に震えていた姉が、今は真っすぐ自分を見つめている。

 

普段はわがままで、自由で、夜中までゲームをして寝坊するような姉。

 

けれど、紫咲シオンは決して弱いだけの人間ではない。

 

蓮は諦めたように、小さく息を吐いた。

 

「……分かった。でも、絶対に僕から離れないで」

 

「うん」

 

「危ないと思ったら、すぐに逃げること」

 

「分かった」

 

「あと、モモタロスを煽らない」

 

「それは状況による」

 

「そこも約束してほしいんだけど」

 

モモタロスが声を上げる。

 

「おい! 俺を何だと思ってんだ!」

 

シオンは僅かに緊張が解けたのか、小さく笑った。

 

「うるさい赤鬼」

 

「誰が赤鬼だ!」

 

蓮は額へ手を当てた。

 

「……先が思いやられる」

 

その時、デンライナーの車内から別の声が聞こえてきた。

 

「モモタロス、早く乗ってください。出発しますよ」

 

「分かってるよ!」

 

モモタロスは蓮たちへ向かって親指を立てた。

 

「ほら、乗れ! 過去へ行くぞ!」

 

蓮はシオンの手を取った。

 

シオンは一瞬、自分の手を握る蓮へ目を向ける。

 

その手は、僅かに震えていた。

 

蓮も怖いのだと、シオンは初めて気づいた。

 

姉を失うかもしれない恐怖。

 

過去を守れないかもしれない不安。

 

それでも、蓮はシオンを守るため、前へ進もうとしている。

 

シオンはその手を強く握り返した。

 

「行こう、蓮」

 

蓮は頷く。

 

「うん」

 

二人は手を繋いだまま、デンライナーへ乗り込んだ。

 

扉が閉まる。

 

汽笛が鳴り響く。

 

時をかける列車は砂煙を巻き上げながら、広大な砂漠の中を走り始めた。

 

向かう先は、2018年8月17日。

 

紫咲シオンのすべてが始まった日。

 

そして、イマジンが破壊しようとしている過去だった。

 

 

 

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