仮面ライダーディケイド×ホロライブ×MCU ―世界を繋ぐ仮面の旅人― 作:十六夜 蓮
第9話 黒い眼帯の男
デンライナーの客室は、現在へ戻る途中も騒がしかった。
窓の外には、時間の砂漠が流れている。
赤茶けた大地と、どこまでも続く青空。
普通に生きていれば、一生目にすることなどない景色を前にして、シオンはしばらく黙っていた。
けれど、その静寂が続いたのは数分だけだった。
「で」
モモタロスが腕を組み、シオンの前へ立つ。
「シオンとか言ったか」
「『とか』じゃなくて、紫咲シオン」
「細けぇな」
「細かくない」
モモタロスはシオンを上から下まで眺めると、にやりと笑った。
「お前、電王になる気はあるか?」
「あるわけないでしょ」
即答だった。
モモタロスの動きが止まる。
「早ぇよ!」
「だって、ないもん!」
シオンは腕を組み、ぷいっと顔を背けた。
「正直、蓮にも仮面ライダーなんてやめてほしいくらいだし」
蓮は困ったように笑った。
「シオン……」
「だって、そうでしょ!」
シオンは蓮へ向き直った。
先ほどまでの怒りとは違う。
その声には、隠しきれない不安が混じっていた。
「あんた、あんな怪人といつも戦ってたの?」
蓮は少し考えてから答える。
「まあ……一日に三体くらい」
「多い!」
シオンの叫び声が客室中に響き渡った。
モモタロスが楽しそうに笑う。
「ははっ! こいつにしちゃ、少ねぇ日だな!」
「笑い事じゃないんだけど!?」
シオンは蓮の前まで歩み寄った。
そして、先ほどよりも小さな声で言う。
「お願いだから、危ないことしないでよ」
その言葉を受け、蓮は僅かに目を伏せた。
シオンが怒るのは当然だった。
今まで何も知らされないまま、突然怪人に襲われた。
弟が仮面ライダーだったことを知り、時間を超えて過去にまで行った。
文句を言われても仕方がない。
けれど、蓮は簡単に「やめる」とは言えなかった。
「……これは、誰かがやらないといけないことだから」
「それ、蓮じゃないと駄目なの?」
シオンの問いに、蓮はすぐには答えなかった。
暫く沈黙した後、窓の外へ視線を向ける。
「たぶん、今は僕にしかできない」
シオンは何も言えなくなった。
蓮の声は穏やかだった。
それでも、その奥には揺るがない決意がある。
昔からそうだった。
蓮は普段、あまり強い口調でものを言わない。
シオンに振り回されても、文句を言いながら最後には付き合ってくれる。
けれど、一度決めた時の蓮は頑固だった。
「それに、もうアメリカも目をつけてる」
「アメリカ?」
シオンが眉をひそめる。
「何それ」
蓮は少しだけ困ったように笑った。
「この前、シオンがダンスレッスンをしている時に、S.H.I.E.L.D.のニック・フューリーって人が来たんだ」
「シールド? ニック……?」
「ニック・フューリー」
「誰?」
「黒い眼帯をつけた、ものすごく面倒くさそうな人」
「説明がほとんど悪口なんだけど」
蓮は否定しなかった。
「その人から、ある計画について話をされた」
シオンは目を細めた。
「何の計画?」
「それは……」
蓮は一度、口を閉ざした。
脳裏に、フューリーの姿が浮かぶ。
片目を覆う黒い眼帯。
相手の内心まで見透かすような鋭い視線。
そして、あの低い声。
――この話は口外するな。誰にもだ。
蓮は小さく息を吐いた。
「フューリーから、口外禁止と言われてる」
「シオンにも?」
「うん」
「姉なのに?」
「姉でも」
シオンは不満そうに頬を膨らませた。
「何それ。感じ悪い」
「まあ、シオンに迷惑はかけないよ」
「もう十分かかってるけど?」
「……それは、ごめん」
蓮が素直に謝ると、シオンは僅かに言葉を詰まらせた。
怒りたい。
今まで黙っていたことを、もっと責めたい。
けれど、蓮が自分を守るために戦っていたことも知ってしまった。
だからこそ、余計に心配だった。
モモタロスが面倒そうに頭を掻いた。
「ああ、湿っぽいな。とにかく、仮面ライダーになる気がねぇなら、それでもいい」
「最初からないって言ってるでしょ」
「けどな、いざって時に逃げられるくらいには鍛えておけよ」
「赤鬼に言われなくても逃げるし」
「赤鬼じゃねぇ! モモタロスだ!」
「はいはい、モモ赤鬼」
「混ぜるんじゃねぇ!」
蓮は二人のやり取りを見て、僅かに笑った。
その時、車内アナウンスが流れる。
『まもなく、現在の時間に到着いたします』
窓の外に広がる砂漠が、ゆっくりと歪み始めた。
時間の流れが変わり、景色が眩い光に包まれていく。
シオンは反射的に蓮の袖を掴んだ。
「戻るの?」
「うん。現在へ戻る」
「ちゃんと戻れるんでしょうね?」
「デンライナーだから大丈夫だよ」
モモタロスが自信満々に胸を張る。
「任せておけ! 時を走る列車だからな!」
「赤鬼が運転してるわけじゃないでしょ」
「細けぇこと言うんじゃねぇ!」
デンライナーが大きく揺れた。
そして、次の瞬間。
窓の外に、現在の東京の街並みが広がった。
カバー株式会社のビル。
怪人によって破壊された壁。
建物の外へ避難しているスタッフたち。
遠くからは、警察車両や救急車のサイレンが聞こえていた。
デンライナーは人目につきにくい場所へ、静かに停車する。
扉が開いた。
蓮とシオンは、デンライナーから現在の東京へ降り立った。
現実の空気が二人を包む。
つい先ほどまで時間の砂漠にいたことが、まるで夢だったかのようだ。
シオンはカバー株式会社のビルを見上げた。
「……戻ってきたんだ」
「うん」
蓮は周囲を見回した。
ひとまず、時間の改変は起きていない。
シオンは消えていない。
ホロライブも存在している。
イマジンは倒した。
過去は守られた。
だが、蓮の胸には、すべてが終わったという実感がなかった。
むしろ、本当の戦いはここから始まる。
そんな予感がしていた。
シオンは蓮の隣へ並ぶと、小さな声で言った。
「別に、人を助けることはすごいことだと思うよ」
蓮はシオンを見る。
「うん」
「蓮が誰かを守ろうとしてることも、分かった」
「……ありがとう」
「でも、やっぱり心配」
その言葉は、蓮が思っていた以上に真っすぐ胸へ突き刺さった。
シオンは、いつものように強がってはいない。
本当に弟を心配している顔だった。
蓮は少しだけ笑い、片手を握り締める。
「まあ、ものすごく頑張れば何とかなるよ」
「それ、一番信用できないやつなんだけど」
「大丈夫。今までも何とかなってるし」
「それは結果論でしょ!」
シオンが蓮へ詰め寄ろうとした、その時だった。
一台の黒い車が、ゆっくりと二人の前へ現れた。
高級感のある黒塗りの車。
窓には濃い色がついており、車内の様子は見えない。
周囲の空気まで変えるような、ただならぬ雰囲気。
それを見た瞬間、蓮の表情が変わった。
「……シオン」
「何?」
「こっちから帰ろうか」
蓮は何食わぬ顔でシオンの手を引き、反対方向へ歩き出そうとした。
しかし、その前に車のドアが開いた。
「俺の車を見て、すぐに逃げようとするとはいい度胸だな」
低い声が響く。
蓮の足が止まった。
「……顔は見てません。車しか見てません」
「屁理屈を言うな」
車から一人の男が降りてきた。
黒いロングコート。
鋭い片目。
そして、もう片方の目を覆う黒い眼帯。
そこに立っているだけで、周囲の空気が重くなるような威圧感を持つ男だった。
シオンはその姿を見て、蓮の後ろへ半歩下がった。
「蓮……この人は?」
蓮は小さくため息をつく。
「……面倒事は嫌なんですけど」
男は鋭い視線を蓮へ向けた。
「お前自身が、面倒事を呼び込んでいるんだろう」
「いや、今日は完全にイマジン側が原因です」
「同じことだ」
「全然違うと思いますけど」
蓮は諦めたように肩を落とした。
シオンは男と蓮を交互に見る。
「だから、この人は誰なの?」
蓮はシオンにだけ聞こえる声で答えた。
「さっき話した人」
「さっき?」
「S.H.I.E.L.D.の人」
シオンの目が大きく見開かれる。
蓮は黒い眼帯の男へ視線を戻し、はっきりと告げた。
「ニック・フューリーだよ。この人が」
フューリーはシオンを一瞥した後、再び蓮へ視線を向けた。
「紫咲蓮。随分と派手にやったな」
「こちらとしては、できるだけ地味に終わらせたつもりです」
「事務所の壁に穴を開け、怪人を追って過去へ飛び、時間を修復して戻ってきた人間が言う台詞ではない」
シオンが蓮を見る。
「……やっぱり、壁を壊したんだ」
「僕だけじゃないよ」
「でも壊したんだ」
「……一部分は」
フューリーは呆れたように息を吐き、黒い車へ視線を向けた。
「乗れ」
蓮は即座に首を横へ振った。
「嫌です」
「質問ではない」
「僕、勤務中なんですけど」
「その勤務先が今、怪人に襲撃された。関係者として事情を聞く必要がある」
シオンが小さく呟く。
「警察みたい……」
フューリーは、その言葉を聞き逃さなかった。
「警察より面倒だと思ってくれて構わない」
「うわ、最悪……」
シオンは素直に顔をしかめた。
蓮はシオンを庇うように、一歩前へ出る。
「シオンは関係ありません」
フューリーの片目が鋭く細められた。
「本当にそう思っているのか?」
蓮は答えなかった。
フューリーは淡々と続ける。
「イマジンは彼女を狙った。彼女の初配信が行われた過去へ飛び、時間を破壊しようとした。そして、お前はデンライナーを使って時間を修復した」
シオンは驚き、フューリーを見つめた。
「どうして、そこまで知ってるの……?」
フューリーは当然のように答える。
「知らないと思ったのか?」
蓮は小さく舌打ちした。
「相変わらず、監視が趣味なんですね」
「趣味ではない。仕事だ」
「こちらからすれば同じです」
フューリーは蓮の軽口を無視した。
「話がある」
「僕はありません」
「お前の意思は聞いていない」
フューリーは黒い車のドアを指し示す。
「これは、お前だけの問題ではない」
蓮の表情から、僅かに軽さが消えた。
「……どういう意味ですか?」
フューリーは鋭い片目で、蓮を真っすぐ見つめた。
「この星を守るための話だ」