――オスカー・ワイルド
「来年の夏は向日葵畑に行こうよ」
夏も終わりに差し掛かった頃、箱庭学園の時計塔地下に新設されたばかりのビオトープを眺めながら
「一学期終わってから忙しくて夏らしいことなんにもできなかったから、ね?」
言いながら小首を傾げてこちらをじっと見詰めてくる。
刀理の言う通り、僕たちは夏休み目前に
人為的に天才を創り出すことを至上の目的としているフラスコ計画に夏休みなんてものはない。夏休み期間の大半を時計塔の地下研究施設で過ごして計画を回した。特に、現時点でのフラスコ計画最高傑作こと刀理は、計画におけるモルモットからブレーンまで多岐に渡る役割を
けれども恨み辛みや弱音は一切吐かず、ただひたすらに淡々とやるべきことをやっていた。できるからやっているだけだと宣っていた。
多忙を極めた夏休みを終えて新学期が始まると、刀理が一時的に任されていたフラスコ計画の統括が別の人物に変わったと聞かされた。晴れて統括の任から解放された刀理は、それまで自重していた分を取り戻すかのように僕のもとへ殺されに来るようになった。
入学式で初めて会ったときから、この殺されたがりの他殺志願は変わらない。どういうわけか――恐らく理事長あたりから聞いたのだろうが――僕の殺人衝動を知ってわざわざ待ち伏せしてまで殺される程度には
だから何度殺しても飽きることなくやって来る刀理に殺してくれとせがまれるのはいつものことなのだけれど、頻度がいつもの比ではなかった。相当我慢していたらしい。
それが落ち着いたのはつい最近で、刀を鞘にしまいながら僕は冒頭の問いに対する答えを考えていた。
向日葵畑といえば小学校の学級庭園規模のものしか見たことがない。
「どうして向日葵畑なんだい?」
海でもプールでもお祭りでもなく向日葵畑。確かにあの黄色は夏らしいといえば夏らしいけれど。なんの気なしの質問に、ああ、それはねと刀理が弾むような声を出した。
もしかして、と目配せするとにっこり笑ってこう続ける。
「向日葵畑で死んでみたい」
……それを夏らしいことだと思う人間は、いくら箱庭学園が広いとはいえ刀理だけだろう。
予想通りといえば予想通り。花を愛でるより花に囲まれて死ぬほうがよっぽど刀理らしい。
いつだったか、百合の花で埋め尽くしたビニールハウスで眠ればそのまま死ねるらしいと知ったときには「でもそれじゃあ安らか過ぎてつまらない」と言っていたのだけれど。
「きっと綺麗だよ」
それは向日葵畑を指す言葉か、それともきみの死に様を指す言葉か。
「……いいよ、行こう」
ところで、向日葵畑に合う死因ってなんだと思う?
向日葵の黄色と空の青が揃ってる折角のシチュエーションだから、赤を足すような死因がいいと僕は思う。