高校が夏休みということは中学校も夏休み期間に突入しているわけで、いつもなら日中は誰もいない我が家もこの時期ばかりはそうもいかない。私はかれこれ数年前から、保護した縁で鰐塚の名字を分け与えた女の子――
さてと、そろそろ行かなきゃ集合時間に遅れちゃう。
「ねえ処理ちゃん、今日の晩ご飯は何がいい?」
廊下に続くドアに手を掛けながら言う。
今日はお見舞いもいつもより少し早めに切り上げて、食材を買って帰って来よう。
「そうでありますな……」
処理ちゃんは、今しがた手入れを終えたばかりの拳銃を口に咥えながら思案する。いつも思うけどそれちょっとひやひやするんだよね。安全装置があるから大丈夫なんだろうけど。
「この前作ってくれた豚肉のピリ辛炒めをもう一度食べたいであります」
「うん、わかった。帰りにスーパー寄ってくるね」
「買い出しでしたら、必要なものを教えてもらえれば自分が行きます」
「いいの? じゃあお願いしようかな。あとでメールするね」
行ってくるねと手を振ってからドアを開けた。出したままになっていたサンダルを履いて、それから家を出る前に鏡で全身をチェックする。うん、寝癖もないし大丈夫。
外は今日も眩しいくらいの快晴だ。
集合場所の時計塔地下八階、大舞台に到着した私を待っていたのは、ステージのど真ん中からこちらを見下ろすめだかちゃんだった。
……いやはや、ジャージ姿でも様になるね。そのまま即興劇でも始めるんじゃないかってくらい凛とした佇まいだ。ステージ上には黒神くんたちもいるのに、まるで独擅場。
端っこの通路を通って上手側からステージを見上げた。
「おはよう」
「うむ、おはよう。鰐塚三年生、貴様も上がってくるがよい」
そう言ってめだかちゃんが手を差し伸べてくる。普通にステージサイドを通って行こうと思っていたから、その手を取るか逡巡してしまった。手を貸してもらえれば難なく上がれるけれど生憎今日もワンピース。少しばかりはしたないかなあ、なんて迷った末、手を取った。ありふれた女の子の細腕にしか見えないのにどこにそんな力があるのだろう。めだかちゃんは想像よりもたやすく私を引き上げた。世界が一段高くなる。
舞台の上は思いのほか広くて、なぜだか急に自分の存在がちっぽけなもののように感じた。ああ、ひと思いにここから突き落として殺してほしい。めだかちゃんにはできない相談だ。もし私が故意に落ちようとしたら間違いなく助けるだろうし、異常性を考慮するとこの子に私の他殺志願は見せるべきじゃない。もしめだかちゃんが他殺志願を完成させてしまったら、私は黒神くんに怒られるどころか呪われる。難儀だな。
ややあってから、掴んだままだった手を離した。
「……ありがとう」
「礼には及ばない。今日もよろしく頼む」
「んー……うん、よろしく」
めだかちゃんと私はつくづく相性が悪い。多分、関わることがお互いにとって不利益だ。きっと黒神くんに頼まれなければ、あの日以来関わることなく過ごしただろう。
純粋培養の天才に人工養殖の天才が何かを教えるだなんて、そんなこと
だって、私にできたんだからめだかちゃんにできないわけがない。
はあ、それじゃあ今日もめだかちゃんの前で死んだり生き返ったりしないように頑張ろう。
「宗像くーん……」
あの後、区切りのいいところまで付き合ってからお見舞いを理由にめだかちゃんを言いくるめ、道すがら処理ちゃんに買い物リストをメールしつつ宗像くんの病室までやって来た。
病室のドアを開けてその姿を確認した途端に、腹の底から欲望が迫り上がってきた。
宗像くんに殺されたい。手段は問わないけど手早いのがいい!
「何も訊かずに殺してほしいんだけど……いい?」
心配そうな視線には気づかないふりをして言う。
いつもなら、こういうとき絶対に「何かあった?」って訊いてくれるから先手を打った。
「……わかった」
宗像くんは頷きながら、いつも通りにS&Wマグナム44を構える。
ところで病院で銃声ってまずくない? ……まあいっか!
諸々の言い訳は宗像くんに考えてもらおうと決めた瞬間に、なんとも鮮やかな手際で私の心臓が撃ち抜かれた。