天星少女ノ魔女裁判 作:【総当たり】の魔法
【魔法】少女たち
ラウンジはシンと静まり返った。
皆、告げられた真実を咀嚼するので精一杯だった。
私だって例外ではない。
(外に、出られない? 一生……?)
到底受け入れ難い真実だ。
残してきた家族や友人の顔が浮かんでは消えていく。
それら全てを忘れて生きていくことなど、できそうにない。
しかし……。
(この非現実的な現実が実現してしまっている。普通の力じゃあり得ない……)
この現実が何より強い証明だ。
私たちはこの場所へ拉致され、看守という恐ろしい存在すら目の当たりにしている。
国家のような強力な後ろ盾があるか、それとも強力で不可思議な力が作用したのか、それは分からないが……。
少なくとも個人では到底敵わないような力が働いているのは確かだ。
それを掻い潜って……元の場所に戻ることが、果たしてできるのだろうか。
心を絶望が覆い始める。
ゴクチューが恐ろしい魔王にすら見えた。
「……認められないわ」
不意に、少女の中の一人が声をあげて前に出た。
それは水色のマフラーをした少女。
冬樹トワだった。
「そんな結末を、受け入れるワケにはいかない」
そう言うとトワは、ラウンジに飾ってあった花瓶を手に取った。そしてそれをテーブルに叩きつけて割ってしまう。
それも唐突だが、さらに驚くべきことが起こる。
「水が……?」
花瓶の中には水が溜まっていたようだ。しかし花瓶が割れても水が飛び散ることはしなかった。むしろ固まるようにその場に留まって……。
「凍っている……」
水は白い煙を上げて凍りついていた。鋭い刃となったそれを手に掴み、トワは走った。──看守に向かって。
「待て!」
「きゃあっ!」
私の制止の声も虚しく、あっという間に惨劇は引き起こされた。
駆け出したトワは、その勢いのままに看守目掛けて氷の刃を突きつけた。
透明な刃は看守の身体に深々と突き刺さり、その刀身を血に染める。
「い、いきなり何すんねん!?」
「こんなものがトリックだと、証明してやる」
トワは冷たい目で看守を見下ろしながら言った。
「私たちにこんな結末しか待っていないなんて、許さない。否定してやる。絶対に……!」
トワはそのまま氷の刃を何度も何度も看守へと突き立てた。
その姿は尋常ではない。瞳はあくまで冷たいが、憎悪が渦巻いている。
(なんだ、明らかにおかしい……!)
トワという少女の人となりは全く知らない。しかし急にこんな風に豹変してしまうものだろうか。
私が違和感を覚えている、その最中だった。
「!! う、動いた!?」
「そんな……死んでない、っていうの?」
トワに滅多刺しにされていた看守。それが何事もなかったかのように身を起こした。
その身体は氷の刃で穴だらけになっているが、それが身動きに支障をきたしているようには見えない。それどころか、いくつかの穴はすでに塞がっていた。
「は──?」
トワも手を止める。何が起こっているか分からないのだろう。呆然として起き上がる看守を見上げていた。
そして、看守は腕が変形した鎌を──
「──くっ!!」
私は咄嗟に手を伸ばした。そして固まったトワの身体を押し出した。
「えっ」
「っ!!」
鎌が振り下ろされる。鋭いそれはいとも簡単に私の服を切り裂いた。
「きゃああぁぁーっ!!」
「天野さん!!」
少女たちから悲鳴が上がる。だが、彼女たちが予想したほどの惨劇は起きていない。
「だ、大丈夫だ……袖が落ちただけだ」
私はひらひらと短くなった片袖を振ってみせる。運のいいことに、鎌が振り下ろされたのは私の肉が入っていない部分だった。
もし数センチズレていたらと思うと……想像したくないな。
しかし安心はできない。看守は完全に身を起こし、その長い首で私とトワを睥睨していた。
そしてその手の鎌を、もう一度──
「……ストップ」
振り下ろすことなく、ピタリと動きを止めた。
制止の言葉を口にしたのはゴクチューだった。
「いきなり殺しちゃうのは流石に可哀想だからね。初回は見逃してあげるよ」
ふぅ、と息を吐く。
どうやら命拾いしたようだ。
「……でもこれで分かったかな。なれはてが不死身の化け物であること。そして看守としてマインドコントロールされていることが」
「……ああ、身に染みてな」
看守──なれはてが尋常の手段では殺せないこと。
そしてゴクチューの完全な管理下にあるということが。
「そして、もう一つ判明したことがあるね」
「? それは?」
「まだ説明していなかった、魔女のもう一つの特性だよ」
そう言ってゴクチューはその短い手で指し示す。
座り込んで茫然自失としている、トワを。
「魔女になりつつある者は、殺人衝動を引き起こす」
「!!」
「殺意や妄想に取り憑かれて、気に入らない相手を殺そうとするんだ。ホント、怖いよね」
ゴクチューは小さな手で肩を竦める仕草をした。
先ほどのトワの事件を思い返す。
明らかに尋常ではない様子だった。憎しみに染まり、それ以外の何も考えられていないような……しかしゴクチューの言葉が真実だと思えば合点がいく。
それが意味するところは、つまり。
「え、じゃあ、冬樹さんって……」
「魔女になりかけてるってことじゃないの……!」
少女たちがザワつく。その視線は一斉にトワに注がれていた。
殺人衝動に取り憑かれたトワの姿。それは何よりも雄弁にゴクチューの語ったことが真実だと物語っていた。
怯えた視線に囲まれたトワは、震えながら立ち上がって首を横に振る。
「ち、違う……私はっ」
「ひっ、近づかないでよ、魔女!」
ヨロヨロと歩き出した彼女へ拒絶の言葉を投げつけるのはメリーベルだ。
しかし他の少女たちの表情を見れば、全員同じような意見であることは明白だった。
トワへ向けられる少女たちの視線は、すでに看守へ向けられるものと同質に成り果てていた。
「ま、魔女裁判するんでしょ、だったら早くソイツを処刑しなさいよ!」
「──待て、それは早計だ」
だが、メリーベルから出た過激な意見には流石に賛同できない。
トワを背に庇い、メリーベルとの間に割り込む。
「貴女……!」
「な、何よ。魔女の味方すんの!?」
「まだ魔女と決まったワケではない。ゴクチューが言っていただろう。『魔女に
なりつつある者。それが意味するところはつまり、完全に魔女にはなっていないということだ。
私はゴクチューへと振り返る。
「そういうことじゃないか?」
「……うん、そうだね。その子はまだ魔女とは言い切れないかな。キミたちが望むなら、開廷してもいいけど……」
「……私たちで処刑台に送れ、ってことか?」
ドミニカの確認するような言葉に、ゴクチューは頷く。
「うん。当然だよ。キミたちのための裁判だからね」
「……そうか」
「うぅ……」
処刑台に送るということは、心情的にはほとんど自分で手を下すに等しい。
流石に自分たちの手でそれをする覚悟はまだないのだろう。その一言で少女たちは尻込んでしまう。
メリーベルも不服そうにはしていたが、一旦は矛を収めたようだった。口を噤む。
「でも、遅かれ早かれかな。ストレスで魔女化が進行して、殺人事件は毎回起きてしまうから」
殺人事件。ゴクチューの呟いた言葉が脳に染み込んでくる。
この中の少女たちが、殺人を犯すということか?
だが、トワの姿を見ていれば、冗談と笑い飛ばすことはできない。
少女たちがお互いを見つめる目に疑心暗鬼が混ざり始める。
私はこのままではいけないと、あえて声を張り上げた。
「だが、まだ起きていない。そして、起こさせるつもりもない!」
私はゴクチューへ向けて宣言した。
「魔女裁判など不要だ! 私たちは殺し合いなどしない!」
「……うん。そう思うことは自由かな。ボクたち管理側としても、面倒ごとは起こらないに越したことはないしね」
そう言って、ピョンと小さな足で跳躍しゴクチューは看守の肩に飛び乗った。
「じゃあ、説明はここまでで。後はスマホの中に入っているアプリで規則を確認してね。じゃ」
私たちの命運など心底興味がないという風に。
気さくに手を振って、化け物たちはラウンジから出ていった。
残された少女たちは、しばらく無言でお互いを見つめ合っていた。
私も、どうするべきかしばし逡巡する。
(……少なくとも、真正面から勝つのは無理だろうな)
短くなった方の袖を見つめて思案する。
看守は不死身だ。そしてゴクチューはそんな看守に守られている。
トワがあれだけ滅多刺しにして死ななかったのだ。それを超える攻撃手段など、ちょっと思い付かない。
13人の少女全員の力を結集しても、管理側に勝つビジョンは見えなかった。
……しばらくは、大人しく従うしか、ない。
「……みんな、聞いてくれ」
私は全員の注目を集めた。
先ほどの自己紹介や今まで誰も声を上げなかったことから、他の13人の中にまとめ役ができる少女はいないと判断した。なので私が務めることにする。
「あの看守には勝てそうにない。なので、当面は奴らに従おうと思う。異論はあると思うが……」
「……チッ」
私がそう提案すると、案の定不服そうな顔を浮かべる少女たちがいた。リュシアやメリーベル、強気な少女たちだ。
しかしハルルやスピカといった、大人しそうな少女たちはほっと息をついている。看守に立ち向かうことが恐ろしかったのだろう。
「しかし、反攻の時は今じゃない。まだ私たちの状況がどういうものか分からないし……しばらくは雌伏に甘んじて、この場所を調査しよう。どうだろうか」
「あーしはええと思うでー」
真っ先に賛成してくれたのはレッキスだった。
頭の後ろで手を組み、どこか呑気そうに頷いている。
「あんなおっかない看守さんに逆らうなんて勘弁やからなー」
「そうだな。しばらくは大人しくしよう」
「うんうん」
『あ、それなら』
電子音声が響く。手を挙げたのはスマホを手にしたビビィだった。
『ゴクチューの最後に言った通り、スマホの中にルールが書かれたアプリが入ってたよ。【魔女図鑑】ってのがそれ』
そう言われて、少女たちは自分のスマホをめいめいに確認する。
魔女図鑑と書かれたアプリをタップすると、さまざまな情報を見ることができた。
私たち【囚人】の名簿。牢屋敷の規則。時間割に……。
「……魔女裁判」
ゴクチューの語った魔女裁判についても書かれていた。
私はそれから目を逸らし、スマホの時計で現在時刻を確認する。
「規則では監房にいなければいけない時間になっているな……」
時刻は11時を少し過ぎた頃。規則では10時から12時は監房の中で過ごすように書かれている。
初日だから特別なのだろうか。しかし、逆らって益があるとも思えない。
「一旦部屋に戻るべきだと思うが、どうだろうか」
私は少女たちに提案した。異論がある者は特にいないようだった。
「ではみんな、自分の監房へと戻ってくれ」
「りょーかい! ほいならー」
「ケロー……」
「……えらいことになったなぁ」
「ユーリカ、立てる?」
「ありがとうございます、ハジメさん」
「行くわよ、メイド!」
「は、はいぃ……」
少女たちはゾロゾロと自分たちの房へと帰っていく。
私も続こうとしたが、一人だけ動こうとしない少女がいたので立ち止まる。
「……キミも戻った方がいい」
それは先ほど惨劇を引き起こしかけた少女、トワだった。
一旦は場を収めたが、やはり恐怖があるのだろう。全員から距離を置かれた彼女は一人取り残されていた。
トワが険しい表情で私を見つめる。
「……どうして私を助けたの」
「理由なんてない。誰かを助けるのは当然のことだ」
そう答えると、トワの視線はより鋭くなった。
「助けてなんて、頼んでいない」
「……しかし、あのままだとキミは斬り殺されていたと思うが」
突き放すような物言いに、眉根を寄せる。
恩を着せたいワケではないが、私が助けなければ彼女は看守によって真っ二つにされていただろう。
しかしトワはその事実すらも拒絶するかのように首を振った。
「関係ない。……もう二度と、あんな真似はしないで」
それだけ言って、トワはすれ違うようにラウンジを出て行った。
地下へと消えていく背中を見つめながら、私は呟く。
「……前途多難だな」
それから自分の監房へと戻った私はスマホのアプリを開いた。
確認するのは当然、魔女図鑑のアプリだ。
「規則はよく確認しないとな……」
この監獄生活で差し当たっての脅威はやはり看守だ。奴に斬り殺されないようにするためにも、規則はできる限り遵守しないと。
規則には以下のことが書かれていた。
Ⅰ.生活規則
【監房滞在】
・囚人は自由時間以外、定められた囚人番号の監房に滞在すること。
・自由時間外に監房外で発見された場合、即座に懲罰房へ移送される。
【監視体制】
・看守が常に巡回しており、違反行為を確認された囚人は懲罰房へ送致される。
【衣服の処理】
・囚人の衣服は毎日、シャワールーム内にあるダストシュートへ破棄すること。
・焼却炉は毎週月曜日15時に稼働し、廃棄物を処理する。
【体調不良・怪我時の対応】
・拘束時間であっても、体調不良や怪我が生じた場合は医務室で休むことが認められる。
・介助の付き添いは一人まで許可する。
【食事の時間】
・食事は1日3回。各自由時間内に食堂でとる。
・食事時間を過ぎると食事権を失う。
【就寝規則】
・夜10時から朝6時まで監房内で就寝しなければならない。
・消灯後、囚人同士で会話した場合も懲罰対象となる。
Ⅱ.見張り巡回
【定期巡回】
・見張りは全エリアを常時巡回している。
・巡回スケジュールは囚人に告知されない。
【発見された場合の罰則】
・自由時間外での外出:懲罰房2日間
・看守に対する対抗:暴力行為があった場合、即座に処刑される。
Ⅲ.自由時間の規則
【自由時間の範囲】
・囚人は出入り可能なエリアで自由に過ごすことが出来る。
・許可されたエリアを越えた場合、違反とみなされる。
【許可されない行動】
・集団抗議。
・脱走の準備。
「……ここまでは、厳しかったり妙に緩かったりもするが普通の囚人規則だな」
基本的には当たり前のルールが書かれている。気になるのは衣服を毎回処理しなければならないことか。衛生面か何かの配慮なのか……?
問題は次の項目だ。
「……【魔女裁判】」
魔女図鑑には、そのルールについても書かれていた。
Ⅳ.魔女裁判
【裁判の開廷条件】
・殺人が起こった場合、危険な魔女を処刑するための魔女裁判を行う。
・囚人同士で議論・投票を行い、魔女と判断された者は即時処刑される。
【裁判の終了条件】
・裁判が開かれた場合、牢屋敷内の者は指定された時間内に犯人が誰であるか議論する。
・多数決で最も多い票を得たものは〈魔女〉と認定され、処刑される。
・時間内である限り、議論を望む者がいる場合は裁判を続行する。
【捜査の条件】
・死体が発見された場合、裁判時間までのあいだ自由に〈捜査〉することが許可される。
・自由時間外や拘束期間中であっても、死体が発見された場合は勾留・拘束を解除し、各自の捜査が認められる。
・緊急時や証拠隠滅のおそれがある場合、管理者の判断により、裁判開始までの捜査時間内に最重要容疑者を拘束することがある。
【魔女を特定できなかった場合】
・魔女を特定できなかった場合、参加者全員を処刑する。
・ただし、全会一致で〈犯人が存在しない〉という結論になり、かつそれを証明する合理的な証拠があると管理者が認めた場合、裁判は中止される。
「魔女が特定できなかった場合は、全員死ぬ、か……」
つまり殺人が起こってしまったら確実に一人を処刑台に送らなければならない。この手で、誰かを……。
いや、その場合は真犯人だ。心を痛める必要なないのかもしれない。
もう一つ気になることがあった。
「管理者の判断により、最重要容疑者を拘束する可能性がある……か」
これはつまり、一番怪しい人間を牢屋の中にでも入れておく、ということだろうか。
確かに、見るからに返り血で血まみれの人間を平然と捜査に参加させようとは思えない。捜査にかこつけて証拠隠滅を図ろうとするかもしれない。その手の拘束を管理者側がやってくれるというのなら、こちらで見張りを立てておく手間などは省ける。
しかし管理者の判断というのが曖昧だ。管理者というのはあのゴクチューだろう。あのネズミがどう判断するのかが読めないというのが不安要素になる。
「……これはその時になってみないと分からない、か」
そしてルールの項目に最後に書かれていたのは時間割だった。
Ⅴ.時間割
6:00〜9:00
監房のロックが解除され、自由時間のため出入り可能。
ダイニングに朝食が用意されている。
10:00〜12:00
監房にて過ごす(看守が巡回し、管理チェックするために定期的に設けられる期間)。
12:00〜15:00
監房のロックが解除され、自由時間のため出入り可能。
ダイニングに昼食が用意されている。
15:00〜17:00
監房にて過ごす(看守が巡回し、管理チェックするために定期的に設けられる期間)。
17:00〜22:00
監房のロックが解除され、自由時間のため出入り可能。
ダイニングに夕食が用意されている。
シャワールームを使用可(この時間以外お湯は出ない)。
22:00〜翌6:00
外出禁止時間。
「……意外と自由時間は少ないな。囚人扱いである以上、仕方ない、か」
気分は良くないが、納得はできる。日常的に拷問だのをされないだけ、マシなのかもしれない。
溜息をついてスマホを閉じる。
「……これから一生、この中で生活……嫌だな」
ジメジメとした監房。見知らぬ少女たち。そして恐ろしき看守。
自由もなくこの牢屋敷の中でこれからの一生を遂げる……流石にそれは、御免被る。
「脱獄するしかない」
ゴクチューの口ぶりからして釈放の目はなさそうだ。だったら自力で脱出するしかない。
今はまだ情報が足りないが、この牢屋敷を調べれば抜け穴の一つや二つが見つかるだろう。そして全員を助け出す。
そのためには、今はおとなしく従ったフリをして、調査だな。
私は当面の目標を定め、ベッドの上で横になる。
しばらくそのまま待ってると、スマホに通知が届いた。
通知を開くとデフォルメされたゴクチューの顔アイコンと吹き出しが映る。
『食事の時間だよ。速やかに食堂に集合してね』
時刻は十二時。どうやら食事の時間などはこうやってゴクチューがアナウンスしてくれるようだ。親切だと感謝はしたくないが。
しかし食事か……そんな気分ではないな。
それでもいざという時に備えて食べておかねばならないだろう。私はこのまま転がっていたいと思う自分としばらく格闘して、気だるい身を起こして食堂へ向かう。
食堂は一階。先ほど全員が集合したラウンジの隣にある。
中に入ると他の少女が揃っていた。途中で誰にもすれ違わなかったのでもしかしたらと思ったが、私が最後だったようだ。
(意外とみんなお腹が減っているのかな)
食事はビュッフェ形式のようで、テーブルにいくつもの料理が並んでいる。
だが、どれも形容しがたい見た目だ。
「ドロドロの……スープか、これは? こっちの野菜は真っ黒で……パンはなんだこれ、石か?」
とても食欲をそそる見た目ではない。それでもこれしかないならと、私は料理を適当に盛り付けて席を探す。
席は決められていないようで、みんな自由に座っている。
「あ、あのっ! 天野さん!」
どこに座るか悩んでいると、手を挙げて私を呼ぶ声があった。
眼鏡をかけた文学少女、本条スピカだ。
「こ、こちらへどうぞ……!」
「ああ、ありがとう」
素直に礼を言って、勧められた席に座る。
するとスピカは頭を下げてきた。
「先ほどは、助けてくれてありがとうございます」
「ん? ああ、いや。礼を言われることじゃないさ」
さっきレッキスに降られた時に助け舟を出した時のことを言われているのだと気づき、首を横に振る。実際手間でもないし、全員の名前と顔を覚えられたのでむしろ得をした。
それでもスピカは私を真っ直ぐ見据えて言った。
「それでも、助かったので。お礼はちゃんとすべきだと思ったんです」
「……そうか。キミの助けになれたのならよかったよ」
私は小さく笑った。
素直な感謝の言葉はいつ受けてもいいものだな。
私の座った六人がけのテーブルの席は四つ埋まっていた。私はスピカの隣に腰を下ろしつつ、集った面々を見る。
スピカの隣にはビビィ。そして反対側の席に座っているのはハジメとユーリカだった。
『やほ、セイラン、だっけ』
「ああ、ビビィ。ランチは楽しんでいるか?」
『ちっとも』
マスクを下げた口元からうへぇ、と舌を出す。どうやらここの食事は見た目に違わず最悪なようだ。
いただきます、と手を合わせて私も食べてみる。……やはり、美味しくない。食感も酷いものだ。
「う……これを毎日か」
「はい……そのようです」
スピカも涙目になっている。さもありなん。
少女たちの姿を見渡すと、ほとんどが同じような表情をしていた。
例外は、二人。
「はぐ、あぐ、んぐ」
一人はリュシア。
孤立した席に座って山ほど盛られた料理を片っ端からかき込んでいる。フードファイターも真っ青な食べっぷりだ。ただ、その表情は喜悦に輝いているというワケではなく、義務的なものにも見える。
確かに食べないよりは食べた方がいいとは思うが……それにしてもよくあれだけ食べられるな。
もう一人は、同じテーブルにいた。
「ん〜! 独特な味わい!」
私と対角線に座る少女、ハジメだ。
彼女もまた料理を山盛りにしている。しかも、彼女の場合は美味しそうに舌鼓すら打っていた。
私は少し引きながら聞いた。
「よくこんなのを美味しいと食べられるな……」
「ん? まぁ、今までいろんなものを食べてきたからね」
「ふむ? グルメなのか?」
「んー、ちょっと違って……私は今までいろんなところを転々としてきたの」
食事の手を一旦止めて、ハジメは語ってくれた。
「養父母が俗に言う転勤族でね。外国に行くこともしょっちゅうあったんだ。だから、その土地ならではのものを結構食べてきたから、新しい味覚には慣れてるの」
「そういうことか……」
「うん。ここの食事はまぁまぁイケるよ。私的に一番やばかったのは北の方で飲んだトナカイの生き血かなぁー。塩分不足で飲まなきゃいけないんだけど、鉄臭くて本能的に飲み込めないってカンジでさ。むっちゃキツかったよ」
『うへぇ……聞いただけで吐きそう』
「はい……流石にそれは記憶したくないです」
スピカとビビィが嫌そうな顔で身を寄せ合っている。私も同じ気持ちだが。
そんなことを語った張本人は、隣のユーリカを見て首を傾げた。
「てか、私はユーリカの方が気になる。それで足りるの?」
山盛りのハジメとは対照的に、ユーリカのトレイに盛られた料理は少ない。と言うより、一品だけだ。
よりにもよって、形容しがたい色をしたドロドロのスープだけ。
「ええ、はい」
「もっと食べた方がいいよ」
「私も同意見だな。キツいかもしれんが、食べるに越したことはない」
確かにここの食事はまずいが、食べ物は食べ物だ。毒でもないようだし、食べられる時に食べた方がいい。
私とハジメがそう勧めると、ユーリカは困ったように眉根を下げた。
「ええと、それが難しい、と言いますか……」
「何か苦手なものでも?」
「苦手というか、食べられないんです」
「え?」
ユーリカは自分のお腹をさすりながら答えた。
「わたくし、その……昔の事故で、内臓をいくつか摘出しているんです。特に胃は全摘してしまっていて……だから、固形物は無理なんです」
さらりと告げられた事実に、私たちは絶句した。
内臓が? 足を悪くしているだけではないのか。そこまで重症だったとは。
「そ、それは……ごめん。私、無神経だったね」
「いいえ。知らないのですから無理はありません」
「その足も、か……?」
「はい。半身が麻痺していて、うまく動かせないんです。右手は大丈夫なのですが」
そう言われてみると、ユーリカは左手もあまり使っていなかった。どうやらかなり身体が不自由なようだ。
「そうだったんだ……うん。ユーリカ、困ったことがあったらなんでも言ってね。もう友だちなんだから!」
「ハジメさん……ありがとうございます」
ハジメに手を握られ、ユーリカは穏やかに微笑む。本人があまり気にしていないことが、幸いだろうか。
「でも、あまり気にしなくても大丈夫ですよ。──魔法の補助もありますし」
「……え」
あまりにもさらりと言われたので、一瞬気づくのが遅れた。
ユーリカは今、魔法と言ったか。
「ま、魔法、ですか……?」
『やっぱり、か』
ビビィが小さく頷く。そういえば、彼女はスマホから音声を出している。だが、何かを操作しているという風ではない。
自己紹介の時、彼女は言っていた。
『ミーの魔法は【機械操作】だから』
その言葉が本当だとすると……。
「魔法を持っているのか……? ここにいる、みんな?」
テーブルの面々の表情を見渡す。それぞれに驚愕はしているものの、理解が及んでいないという様子ではない。つまり、魔法の存在が御伽話ではないと知っている。
そしてそれは……【私も同じだ】。
「……魔法を持つ少女。それがここに集められた少女の共通点か」
ゴクチューは言っていた。魔女因子が多く検出された少女と。つまり魔法とは……。
『……ミーの魔法は先ほどにも言った通り【機械操作】だ』
「ビビィ?」
スマホから電子音声を流し、ビビィは続ける。
『触れた機械を操作できる。スマホならば画面を見ずともアプリを実行できる。今こうして喋っているみたいにな。電話することもできるぞ』
「……なぜ急に?」
『ミーの魔法は明らかだからな。隠しておいても意味がないと思ったのだ』
それは確かにそうだ。ビビィは今もスマホを操作せずに、手を添えただけでアプリを起動している。普通ではあり得ない光景。魔法の仕業であるのは明白だ。
『それに、疑心暗鬼を招くかもしれない。魔法の存在が確実ならば、明かしておいた方がいい』
……ビビィの意見には賛成だ。
魔法の情報は切り札になる。だから隠しておいた方がいい……という考えの少女もいるかもしれない。しかし情報が伏せられることで疑いの心が強まる可能性は高い。だったらオープンにしておいたほうが、身の安全に繋がる。
『というワケで、できればみんなにも魔法を明かしてほしい』
ビビィの提案に、私は──……