天星少女ノ魔女裁判   作:【総当たり】の魔法

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探索開始

「──ああ、賛成だ」

 

 ビビィの提案に、私は頷いた。

 私の目標はこの牢屋敷からの脱出。できれば全員揃っての生還だ。

 疑いあうことは本意ではない。だったら自分から情報を明かしてでも、疑心暗鬼の芽は潰しておきたい。

 

「はい、私も賛成です。分からないのは、怖い、ですから」

 

 スピカも賛成する。

 

「私も、うん。そうした方がいいと思う」

「わたくしも賛成です」

 

 ハジメとユーリカの二人も賛成してくれる。これでここにいるテーブルの面子は全員同意してくれた。

 

「よし。ではここの面々の魔法を共有しておこう」

『全員に聞くのはダメなのか? ちょうど今ならば全員揃っているだろう』

 

 ビビィが提案する。確かに、食堂には全員が集まっていた。一斉に聞くにはベストなタイミングと言える。

 しかし私は首を横に振った。

 

「……それはまだ早い気がする。まだお互いのことを碌に知らないし、協力してくれそうにない子もいるしな」

「う……ですね」

 

 怯えた表情でスピカが縮こまる。果たして頭に浮かんだのはメリーベルかリュシアかトワか。

 

「まずは賛同してくれた面子で明かし合おう。その後、会話の話題に混ぜるなどして聞き出す。理想は13人全員で共有することだな」

 

 段階を踏むべきだ。これまでの暮らしで魔法という超常現象をひけらかしてきたとは思えない。迫害を受けるかもしれないし、嘘つきと決めつけられるかもしれない。かく言う私も魔法を隠して生きてきた。

 それを碌に知らない相手に教えてくれるとは思えない。例えこちらが魔法を使えたとしても。

 だから、少しづつ聞き出して共有していく。まずはここにいる五人から教え合うべきだ。

 

 私の提案に、テーブルの少女たちは頷いてくれた。異論はないようだ。

 さて、では誰から魔法を明かすか。

 

「では私が……」

「あ、あのっ」

 

 ここはやはり音頭を取った私からと思い、魔法を開帳しようとしたが、それよりも先にスピカが手を上げた。

 

「わ、私からいいですか」

「構わないが……何か理由が?」

 

 スピカはオドオドと目線を彷徨わせながら答える。

 

「えと、その……私の魔法を伏せたままみんなの魔法を知るのは、フェアじゃないと思うんです」

「ふむ……?」

「……私の魔法は、【記録】です」

 

 そう言って、スピカはテーブルの上に本を置いた。

 革張りの装丁をした分厚い本だ。学校の図書室に置いてある百科事典を思い出す。ただし表紙には何も書かれていない。

 これはラウンジに集合した時からスピカがずっと抱えていた本だ。

 

 スピカが本を開く。中を見た私たちは目を見開いた。

 

「白紙……?」

 

 本の中には何も書かれていなかった。自由帳のように真っ白だ。

 

「本自体はなんでもないんですけど、白紙の方が都合がいいんです。こうするので」

 

 そう言ってスピカは本のページに触れた。すると驚くべきことが起こった。

 まるで見えない誰かが書き込んでいるかのように、字が浮かび上がってきたのだ。

 

「これは……!?」

 

 それだけじゃない。精緻なスケッチで人物の顔さえ浮かび上がってくる。写真のように精巧だ。

 その人物は、ビビィだった。

 

『ミーだ……』

「はい。話を聞いたのが光ケ坂さんだったので」

「どういうこと……いや、そういうことか」

 

 スピカの発言が分からなかったが、本に浮かび上がった文字を読むと理解できた。

 

 ──光ケ坂ビビィの魔法は【機械操作】。手に触れた機械を自由に操作する。スマホの場合は画面を開かずともアプリを操作可能。実際に使用したのは合成音声アプリ。

 

 そのページにはビビィの情報が書かれていた。

 

「これが私の魔法、【記録】です。私が見聞きした情報を紙に映し出します」

 

 確かに、これは記録としか言いようがない。浮かび上がるように書き込まれたことからも、これが魔法であることには疑いの余地はない。

 ……だが。

 

「えっと、これだけ?」

 

 ハジメが首を傾げる。

 

「これなら、普通に手で書いてもいいんじゃ……」

 

 そう、この効果なら普通に手で筆記した場合でも同じ効果が得られる。一瞬で書き込まれたので速記としては使えるだろうが、それ以上の効果があるとは思えなかった。

 ハッキリ言って、自分で書ければいらない魔法だ。

 

「い、いえ。そうじゃないんです。この記録は、【私よりも正確】なんです」

「? というと……」

「この欄を見てください」

 

 そう言ってスピカが指差した文字を覗き込む。

 そこには【身長:152cm】と書かれていた。

 

「身長?」

『えっ!? ミー、教えてないよ!?』

 

 ビビィが驚愕に目を見開く。

 

「はい。私も、見ただけで相手の身長が正確に測れる技能は持ってません。つまり見て得られる目測を、魔法が詳細に書き記したということです。私が忘れていることでも、魔法は鮮明に書き出してくれます」

「……本人が把握している以上に、詳細に書き出してくれるということか」

 

 確かに、本に書かれているビビィの似顔絵も写真のようにリアルな仕上がりだ。色すらついている。絵心があったとしてもここまで正確に描けるだろうか。

 スピカの魔法は、そういった細部までも詳細に書き出せるということか。

 

「その代わり、見聞きしたことしか書き出せません。創作とか、全く現実に存在しない嘘は書けないんです。例えばここに書かれたことを改竄したりとかはできません」

「見たまましか書けないということか。まさに【記録】だな」

 

 生きたデータベース、と言ったところか。

 ネット環境のないこの牢屋敷だと強力かもしれないな。

 

「……というワケなので、皆さんの魔法を知った場合、こうして記録されてしまいます。なので先にお話ししておきたかったんです」

「そういうことか」

 

 スピカは恐縮して縮こまっていた。そこまでする必要はないと思うが。

 だが確かに断っておかなければならないことではある。その上で、

 

「私は構わない。むしろ手間が省けた」

 

 こうして記録に残されれば誰でもスピカに聞くことで魔法の詳細を知ることができる。ある意味ではフェアだ。

 

 ハジメとユーリカの二人も頷いている。異議はなさそうだ。

 

「そうですか、よかったです……」

 

 ホッと胸を撫で下ろすスピカ。気にしていたのだろう。

 

「さて、次は私の番だな」

 

 スピカが明かしたのだ。私も言わなければ。

 

 私は席を立ち、食堂の中でも比較的開いた場所へ移動した。

 

「? セイランさん?」

「これが、私の魔法だ」

 

 そう告げて、私は一歩踏み出した。

 ──宙空へと。

 

「え!?」

「おおー」

 

 スピカの驚いた声とハジメの感嘆。二つを浴びながら私は地面から10cmほど浮いた空中に立つ。

 

「これが私の魔法、【空中歩行】だ」

 

 そのまま靴先でと足元を叩く。そこには何もないように見えるが、コンコンと硬質な音が響いた。

 

「私は空中を歩くことができるんだ」

「す、すごい魔法じゃないですか!」

「確かに、魔法らしい魔法だ」

「絵本の登場人物みたいです」

『オーソドックスなところキター!』

 

 四人からの絶賛の嵐。正直気持ちよくないと言えば嘘になる。

 空中歩行。まさに魔法の御業だ。これが私本人でなければ拍手したことだろう。

 しかし悲しいかな、これは私の魔法なので私はその欠点を知ってしまっている。

 

「残念だが、長くは続かない。気を抜くと……」

 

 足場から感触が消える。私の体は重力に引かれて落下し、床へと着地した。

 

「この通りだ。大した魔法ではない」

「それでもすごいですよ!」

『うむ。紛れもない超常現象』

 

 スピカとビビィが興奮した様子で詰め寄ってくる。何か、二人の琴線に触れるものがあったようだ。

 私は照れ臭くなってつい顔を逸らしてしまう。本当に、大した魔法ではないのだ。

 これ以上掘り返されたくなかったので、私は残りの二人へと水を向けた。

 

「では、次はどちらにする」

「あー……それなんだけどさ」

 

 ハジメはバツの悪そうな顔で頬を掻く。

 

「言っておいてなんだけど、ここじゃ実演は難しいかも」

「あ、ハジメさんもなんですか? 実はわたくしも……」

 

 ユーリカもおずおずと手を挙げた。

 

「そうなのか?」

「ちょっと場所が悪いかな。条件があって」

「わたくしは、ある道具が必要なのです。今、手元になくて」

「そうか……」

「あ、教えたくないってワケじゃないからね! 絶対後で見せるから。ね、ユーリカ」

「はい。絶対お見せします」

 

 二人とも、どうやらここで披露するには少し難のある魔法らしい。

 自分たちの魔法だけは秘匿して、私たちの情報だけを抜こうとする小狡い駆け引きにも見えないことはないが……二人の申し訳なさそうな表情からしてそれはなさそうだ。

 

「分かった、では後日に」

 

 そこで一旦、魔法の話は終わる。

 食事も終わったところだったので、みんなでごちそうさまをして、その場は解散となった。

 

 

 

 

 

 初日は突然こんな状況に落とされたショックもあって、それ以上に活動する気力も湧かなかった。

 なので次の日、目覚めてから改めて調査することにした。

 

「……あ、天野さん」

『む、来たか』

 

 朝食後、ラウンジに行ってみると昨日も話をしたスピカとビビィと邂逅した。

 

「ああ、おはよう、二人とも。ちょうどよかった」

「? ちょうどよかったとは……」

「この牢屋敷の調査をしたいんだ。そこでできれば、スピカについてきて欲しいんだ」

「私が、ですか?」

 

 自分を指差すスピカに私は深く頷く。

 

「ああ。スピカの記録の魔法があれば、後で全員にも共有できるだろう?」

 

 彼女の魔法ならば、本に書き出すことで全員が閲覧することができる。そうすれば、みんなの役に立つだろう。

 

「キミの力がぜひ必要なんだ。どうかな?」

「わ、私でお役に立てるのなら喜んで、天野さん!」

 

 スピカは最初驚いていたが、すぐにむん、と気合を入れる。

 私はクスリと微笑んで、彼女の緊張を解くことにする。

 

「セイラン、でいいよ。同い年だし、気楽に行こう」

『ミーもビビィでいいぞ』

「わ、分かりました。セイランさん、ビビィさん」

 

 素直ないい子だ。二人とも。

 まだ過ごした時間は少ないが、それでも守りたいと思う。そのためにも探索が必要だ。

 私たちは三人で探索を始めることにした。

 

 

 

 まずは近場から、ということで食堂に戻ってみる。

 食堂は一階、通路を挟んでラウンジの隣にある。

 広い空間には人数以上の席が並んでいる。調度品の古さもあってまるで高級なレストランのようだ。

 ただしビュッフェカウンターに並んだままの料理はどれもおどろおどろしい見た目をしている。

 

 起床から少し時間が経っているので、もうみんな朝食は食べ終えてしまったようだ。しかし食堂には二人の人間が残っていた。

 歌雅和メリーベルと灰司ハルルだ。

 

「二人とも、ここで何を?」

 

 私が聞くと、席に座ったメリーベルが振り返る。

 

「見て分からないのかしら。食後のティータイムよ」

 

 確かにメリーベルの手には湯気を立てるカップが握られている。ソーサーも上手く使っていて、その飲み姿は貴婦人のように様になっていた。

 

「紅茶か。まぁ食事の楽しみなどそのくらいしかないが……」

 

 私はチラリとハルルの方を見た。座っているメリーベルと違い、ハルルはお盆を手にテーブル脇に立っている。一緒に紅茶を楽しんでいるという風ではない。

 まるで本物の使用人のように扱われている。

 

「ハルル。キミが紅茶を淹れたのか?」

「は、はい。そうです」

「中々の腕前よ。実家の使用人に比べたらまだまだだけど」

 

 平然と言うメリーベルに、私は顔を顰めた。

 

「……ハルルは別にキミの使用人ではないだろう? だったらこんなことをさせられる謂れはないハズだ」

 

 私たちの衣装は自前のものではない。勝手に用意されたもののハズだ。それにメリーベルとハルルは知己である様子もなかった。二人の間に雇用関係があるワケがない。

 それでもメリーベルは不遜な態度を崩さない。

 

「メイドをメイドとして扱って何が悪いのかしら」

 

 そう言うメリーベルはハルルのことを顎で使うことに罪悪感を覚えている様子ではなかった。むしろ当然のことと捉えている。

 しかしそれはいただけない。ここに囚われた少女たちはみんな同じ境遇。平等なのだから。

 

「メリーベル、ハルルを解放しろ。キミに従う必要はないハズだ」

「ふん。そんなのあたしの勝手でしょう?」

 

 メリーベルはその赤い眼差しで私を睨む。大人しく言うことを聞くつもりはないようだ。

 私たちの間に漂う空気が張り詰める。スピカとビビィはそれを固唾を飲んで見ていた。

 

 その緊張に割り込んだのはハルルだった。

 

「や、やめてください、セイランさま!」

「ハルル?」

 

 ハルルはメリーベルと私の間に身体を割り込ませた。まるでメリーベルを背後に庇うように。

 

「拙は、拙は……自分で望んでやっているんです」

「それは……本当か?」

「はい。拙は自分の意思でお嬢さまに従っています」

 

 気弱なハルルの瞳には相変わらず怯えが浮かんでいたが、その気持ちは固いようだった。

 

「そうしないと、拙は、拙は……」

「……ハルル?」

 

 睨み合っていると、次第にハルルの瞳が潤み始める。これ以上粘ったら私が泣かせてしまいそうだ。

 

「……分かった。キミが望んでいるのなら、私も深入りはしない」

 

 私はため息をついて引き下がった。ここで彼女を悲しませるのは、それこそ本意ではない。

 ゴクチューは言った。ストレスで魔女化が加速すると。であるならば規律を正そうとして余計なプレッシャーをかけてしまっては本末転倒だ。

 私は二人の説得を諦め、踵を返して出口へと向かう。

 魔法について聞こうかとも考えたが、ハルルはともかくメリーベルは話すまい。

 

「だがほどほどにしろよ、メリーベル。ここはキミの屋敷ではない」

「ご忠告、痛みいるわ〜」

 

 メリーベルはそう言ってひらひらと気のなさそうに手を振る。これは聞かないな……。

 

 仕方なく、私たちは食堂を後にすることにした。

 出る前に一度だけ、中を振り返る。

 メリーベルとハルル。令嬢とメイド。偽りの主従は悔しいが中々様になっている気がした。

 

 

 

 

 

 階段が近かったので、私たちは二階に上がることにした。

 マップで確認すると生活空間が纏まっていた一階とは違い、二階は娯楽的な用途をした部屋が多い。

 私たちはその一つ、これから少女たちが憩いの場としてもっとも多用するであろう部屋、娯楽室を調べることとした。

 

「結構広いな」

『色々ある……けど、テレビゲームは流石にないかー』

 

 娯楽室は広く、様々なものが置いてあった。

 スクリーンに8ミリフィルム。ビリヤード台にチェステーブル。なるほど、娯楽室の名に相応しく、暇潰しの手段には事欠かなそうだ。

 ビビィはテレビゲームが存在しないことに落胆している。機械操作の魔法を持つ彼女は、その印象に違わず現代っ子なのだろう。

 

「お、団体さんいらっしゃーい」

「レッキス」

 

 娯楽室にいたのはバニーガールの少女、幸村レッキスだった。彼女はテーブルの上にいくつかのアナログゲームを広げているようだった。

 

「遊んでいたのか?」

「せや。あーし、ゲーム大好きっ子やねん。特にギャンブルとか」

「……見た目通りか」

 

 バニーガールの衣装に相応しい。

 あるいは、着せられた衣装は私たちのパーソナルからデザインされたのだろうか。スピカやビビィに至っては魔法と密接に関わっているようにすら感じる。

 

「ギャンブルと言っても、私たちの年齢ではまだ何もできないだろ」

「せやねん。せやから早く大人になってカジノとか出入りしたいわー。ルーレットとかポーカーとか大好きやねんけど」

「……参考までに聞くが、好きな戦術などはあるのか?」

「なんも考えずにオールイン!」

 

 間髪入れずに答えるレッキス。……コイツは野放しにしたらすぐに素寒貧になるな。

 

「あ、今、アホやろコイツと思ったやろ」

「う。しかし、運任せではすぐ破滅するだろう」

「ちっちっちっ。そうはいかんのや」

 

 レッキスは指を振ると、テーブルの上に広げたゲームの中からトランプを拾い上げた。

 

「実演したろ。ここに10枚のカードがありますと」

 

 そう言ってレッキスは手札として10枚を広げる。裏側を向けられて図柄は分からない。

 

「一枚はQでアタリ。それ以外はハズレ。さて、アタリを引く確率はどんくらいでしょう?」

「10分の1。10%だな」

 

 簡単な計算だ。アタリの確率は低い。

 

「ふっふっふー……ではお引になってくださいまし!」

「…………」

 

 言われた通りに引く。裏返して図柄を確認する。

 

「引いたのは──」

「おっと、言うまでもあらへんで! 引いたのはQやろ!」

 

 私の答えも聞かずにレッキスはビシリと指差す。

 自信満々に言うレッキスに疑問を抱いたのだろう。スピカが首を傾げる。

 

「なんで分かるんですか? まさかマジック?」

「ふふん。ちゃうで。ま、タネがあるっちゅーのは確かやけど……答えは、魔法や」

「魔法!?」

 

 レッキスは鼻の頭を擦りながら答える。

 

「せや。名付けて【運命変転】! 不運を幸運にひっくり返すことができるんや! ハズレを引く運命をひっくり返してアタリを引くように変える。それがあーしの魔法やねん!」

「す、すごい!」

「へへーん。これがあるならギャンブル勝ち放題や。ま、1日1回だけやけど」

 

 胸を逸らして自慢げに言うレッキス。それが本当なら、確かにすごい魔法だが……。

 

「レッキス」

「ん? どやセイラン。あーしの魔法に恐れをなしたんか?」

「残念だが、ハズレだ」

 

 私はトランプをピッと裏返す。書かれていた図柄は♣︎の3。Qではないのでハズレだ。

 

「……あれー!? なんでやー!」

『不発か?』

「いや、私が思うに……元々引いていたのでは?」

 

 思い当たる節を告げる。10分の1とはいえ、素で引く可能性は十分にある。

 レッキスは不運を幸運にひっくり返すと言った。ならば……。

 

「幸運を不運にひっくり返すことも可能だろう。元々Qを引いていたところに魔法を使った所為でハズレに変わったのではないか」

「そんなー! 1日1回だけやのにー!」

 

 ずでーっとレッキスがテーブルに倒れ伏す。御愁傷様だ。

 

「すごい魔法なのかもしれないが、使い所が難しいな」

 

 そして効果が実感しづらい。1日1回だとすると、どうしてもただの幸運である可能性が拭いきれない。

 嘘をついているようには見えないが、話半分に聞いておいた方がいいかもしれない。

 

「邪魔したな。あ、魔法を記録させてもらうが……」

「ええよええよー。どうせあーしの魔法は分かったところでどうにもできへんし」

 

 あっけからんとレッキスは言った。確かに、効果は不可避だ。対策をしたところで運気に作用するならどうにもならない。

 案外、くだらない効果の魔法の方が厄介だったりするのかもな……。

 

 その後私たちは、レッキスの広げているいくつかのゲームに関して説明を受けたりしてから娯楽室を後にした。

 

 

 

 

 次に訪れたのは同じ階にある図書室だった。

 

「うわぁ〜!」

 

 入るや否や、スピカが目を輝かせた。文学少女の衣装に違わず、本が好きなのだろう。

 室内にはいくつも並んだ本棚に本がぎっしりと詰まっている。図書館レベルとは言わないが、学校の図書室などよりも蔵書は多そうだ。

 一見は普通の図書室に見えるが、目を瞠る異常が一つだけあった。

 

「あれは、桜か?」

『満開だな』

 

 図書室の中央には桜の木が咲き誇っていた。閉め切った室内にも関わらず、元気そうに満開の花を咲かせている。

 通常あり得ない光景だ。

 

「これも魔法……なのか?」

 

 私とビビィが不思議な光景に首を傾げている一方で、スピカの興味は本だけに向かったのだろう。ささっと本棚に近づき、一冊を本を抜き取って広げる。

 ……が、すぐに落胆して肩を落とした。

 

「よ、読めません……」

 

 ズーンと音が聞こえそうなほどに沈んだスピカの肩越しに開かれたページを覗き込む。確かに中の言語は私たちにとって未知の言語で書かれていた。

 試しに他の本も確認してみるが、どの本も同じ言葉で書かれている。

 

「もしかして、ここにある本全部がそうか?」

「みたいだケロ〜」

 

 私たち以外の返事。振り返ると、読書スペースの椅子に座っている少女がいた。

 カエル尽くしの少女、喜多添ケロだ。

 

「ケロ。君もここの調査を」

「違うケロ。ケロは漫画が好きだから、何かないかと思って探しに来ただけだケロ。結果は期待外れだったケロ〜」

 

 ケロはスピカ同様に落胆しているようだ。もっとも、調査を目的とした私たちと違って完全に娯楽目的だが。

 

「そっちのお姉ちゃんも、漫画を探しに来たんじゃないケロ?」

「ん?」

 

 ケロが一点を指差す。そこにはもう一人の少女がいた。

 ドラゴンパーカーを着た目つきの鋭い少女、鱗堂リュシアだ。

 リュシアは私たちと目が合うと、気まずそうに逸らして舌打ちをした。

 

「チッ……」

「リュシア。キミも漫画を?」

「んなワケねーだろ。出口を探してたんだよ」

 

 リュシアは不機嫌そうに答えた。

 

「図書室とか、いかにも定番じゃねーか」

「それはゲームの話だと思うがな……」

 

 まぁ、ゲームのような体験であることに間違いはないが。

 私の指摘にリュシアはますます不機嫌になった。

 

「ウルセェよ」

「脱出が目的なら、協力しないか? 人手は多いに越したことがないだろう」

 

 説得のため歩み寄る。

 誘ってみるが、リュシアは首を横に振った。

 

「誰が。アタイはな、テメェらを信用してねぇんだ。人なんざいつ裏切るか分かったモンじゃねぇ」

「だが……」

「いらねぇっつってんだろ!!」

「っ!」

 

 拒絶するようにリュシアが手を振るう。いつもポケットにしまっているので気づかなかったが、彼女の爪はネイルがされているからか鋭く尖っていた。

 その爪の先が、私の頬を浅く裂いた。

 

「む……」

「セイランさん!」

「いや、大丈夫だ」

 

 悲鳴をあげるスピカを制しつつ触れてみると手にわずかに血がつく。この分だと血の筋が一本できているだけだろう。明日には治っている傷だ。

 

「平気だ。ただの事故……んっ!?」

 

 その時、驚くべきことが起こった。

 なんと、手の中の血痕がふわりと剥がれ、形を変えて舞い上がったのだ。

 血は蝶へと姿を変え、図書室の宙空へと飛んでいく。

 

「ちょうちょだー!」

「な、なんだよ、こりゃ」

 

 ケロとリュシアも目を丸くしている。どうやら彼女たちの魔法ではないようだ。

 

「ああ、それは牢屋敷に残った魔法だよ」

 

 その時聞こえたのは、私たちにとって忌まわしい声だった。

 顔を上げると、本棚の上に小さな影があった。

 牢屋敷の管理者である化け物ネズミ、ゴクチューだ。

 

「ゴクチュー。何の用だ」

「別になんでもないよ。管理者であるボクが見回りするのはそんなに変なことじゃないでしょう?」

 

 そう言ってゴクチューはトトトと本棚の縁を駆け降りて、私たちと目を合わせやすい棚まで降りてくる。本と本の隙間に腰掛けて、ゴクチューは私たちに語る。

 

「魔女候補の魔法は死んだら消えるとは限らないんだ。死んだ後も効果が残り続ける魔法がある。その一つが蝶の魔法で、一つはあそこの木にかかっている魔法だね」

 

 ゴクチューの語った言葉で私たちの疑問が氷解する。

 やはり木には何か魔法がかかっていたのか。それにこの蝶の魔法も。

 

「流れた血は全て蝶になる、ということか?」

「そうだね。綺麗でしょう?」

 

 無感情なゴクチューの言葉に同意はできない。確かに美しいかもしれないが、同時に酷く不気味だ。

 血が流れるということは、惨劇が起きたということ。その風景が美しく彩られたところで、気分の悪さが増すだけではないだろうか。

 私は大量の赤い蝶が舞っている光景を幻視し、嫌な想像を振り払うために首を振った。

 

 その時、一つ疑問が浮かんだ。

 

「……そういえば、看守の血は蝶にならなかったな」

「それは凍っていたからね。固まってれば蝶にはなれないよ」

「凍っていた?」

 

 確かに、トワは氷の刃を使っていた。

 やはり、氷を操る魔法ということだろうか……。

 

「……謝らねぇからな」

「ん? いや、先も言ったがただの事故だ」

 

 気付くと目の前のリュシアは少し気まずそうにしていた。頬の傷の件だろう。だが彼女が手を振ったのはただの牽制だ。近づきすぎた私が悪いだけである。

 そう素直に告げるとリュシアはますます眉間に皺を寄せ、踵を返して図書室の出口へと向かう。

 

「……そうかよ」

「リュシア。先程も言ったが協力する気は……」

「アタイの答えも同じだ」

 

 背を向けたままリュシアは答える。

 

「アタイは一人でやる。誰も信用しねェ」

「リュシア! ……行ってしまったか」

 

 リュシアはそのまま去ってしまった。魔法を聞こうかとも思ったが取り付く島もない。

 やはり気難しい子は聞き出すまで時間がかかりそうだ。

 

「ケロもどっか遊びに行こー」

 

 そう言ってケロもぴょんと席を立ち上がり、そのままぴょこぴょことどこかへ行ってしまう。

 

「あ……」

 

 また魔法を聞きそびれた。

 なんというか、自由人過ぎてこっちもこっちで困ったものだ。

 

『いつの間にかゴクチューもいなくなっているぞ』

「残されたのは読めない本だけですね……」

「……はぁ」

 

 結局、図書室で手に入ったのは血が蝶になるという情報だけだった。

 後、この牢屋敷にはマイペースな人間が多い、ということかな……。

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