転生したら聖園ミカだったけど、どう考えてもここはキヴォトスではない。   作:Othuyeg

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※OVA版の設定・独自解釈・独自設定を含んでいます。
※制圧戦のタイミングと、直後の多賀なつきのセリフ、日本支部壊滅時のギュオーのセリフから原作開始の時期を逆算しているので、誤りを含む可能性があります。


記録5 聖園(ミソノ)未花(ミカ)とD59

 アリゾナ本部の事件が起きてから、クロノスは(しば)してんやわんやであった。なにせ、メインサーバーが物理的にも電子的にも破壊されていたのだ。復旧に相当の時間がかかったのは想像に難くない。そして何より、行方知れずとなった最後の試作獣神将(プロト・ゾアロード)と、まるで最初から存在しなかったかのように忽然と姿を消した調整計画の副主任「ミカ・エインジェル」博士の存在。

 山村晋一郎とミカ・エインジェル、二人のブレインに加え、バックアップの無かった新しい研究データの大半を一夜にして失ったクロノス本部は、技術的後退を余儀なくされ、僅かだが『Xデー』の予定を遅らせざるを得なくなった。

 

 そして、5年後の日本。N県N市竹代町に、人知れず天使が降り立った。

 

 

 


 

 

 

 199X年5月Y日。その日は、5月にしてはいやに蒸し暑かった。

 

 「晶、生徒会の仕事終わったか? 一緒に帰ろうぜ」

 「哲郎さん。そうですね、帰りましょう」

 

 べっとりと纏わりつくような嫌な熱気に、俺も哲郎さんも――哲郎さんはガタイが良いので特に不快そうな顔で――うんざりしながら汗を拭っていた。

 ジリジリと肌を焼く西日を木々で上手いこと遮りながら、俺たちはだらだらと歩を進める。他愛のない世間話をしながらも、俺の頭の片隅には、昼間に感じたどうしても拭い去れない奇妙な「違和感」が居座り続けていた。

 

 「なぁ晶、そう言えばさ。昨日転校してきた聖園さん……聖園未花さん、だっけ? もう話したか? お前のクラスだったはずだよな」

 

 哲郎さんが、額の汗を制服の袖で拭いながら、どこかそわそわした様子で話を振ってきた。

 

 「あ……はい。話したっていうか、席が近いから挨拶されたくらいですけど……」

 

 聖園(みその)未花(みか)

 昨日、俺のクラスに編入してきたばかりの転校生。彼女の姿を脳裏に思い浮かべた瞬間、べったりとまとわりつくような夏の不快な暑さとは全く異なる、奇妙な冷気が背筋をすっと駆け抜けるような錯覚に陥る。

 

 彼女は、一言で表現するなら「完璧」だった。

 艶やかに整えられた、夜の闇をそのまま溶かし込んだような黒髪。陶器を思わせるほどに透き通った白い肌に、愛らしさを湛えながらも、どこか理知的な光を宿した整った顔立ち。物腰は柔らかく気さくで、帰国子女特有の少々浮世離れした雰囲気こそ漂わせていたものの、クラスの誰もが彼女に一瞬で魅了され、何ら不自然な壁を作ることもなく、あっという間に教室の中心に彼女を迎え入れていた。

 

 だが、俺だけが、どうしてもその「完璧さ」に対して、言葉にできない居心地の悪さを抱き続けていたのだ。

 

 昨日、彼女が教壇での挨拶を終えて、たまたま俺の席の横を通り過ぎた瞬間のことだ。ほんの一瞬だけ、ふと目が合った。

 彼女はこれ以上ないほど温和で、親しみやすい、お人形のような愛らしい笑みを俺に向けてくれた。しかし、彼女が俺から顔を逸らした時の、その瞳の奥を覗き込んだ瞬間、俺の全身の産毛が逆立ったのを覚えている。

 

 ……『深海』。あるいは、星すら見えない虚無の宇宙。

 

 そこに、人間としての感情の揺らぎや温かみが一切存在しない、冷徹極まりない「無機質さ」が潜んでいるような錯覚を覚えてしまった。

 まるで、極めて精巧に作られた人間そっくりの自動人形を間近で観察してしまったかのような、もしくは人間の皮を器用に被った「全く別の、計り知れない何か」と対峙してしまったかのような――そう、「不気味の谷」とかいうアレに似た違和感、あるいは警戒感が、胸の奥から消えてくれないのだ。

 

 「どうした、晶? ぼーっとして。さては、あの美少女転校生に一目惚れでもしたか? 瑞紀が居ながらよぉ、浮気か~? こいつめ」

 

 哲郎さんが、ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべながら俺の肩を小突いてくる。

 

 「ち、違いますよ哲郎さん! そういうんじゃなくて……」

 「はは、冗談だよ。でもまぁ、あんな非の打ち所がない美人が来りゃ、男なら誰だって意識するさ。お前はまあ、そんなに気の強いタイプでもないし、都会から来た綺麗な女の子に気圧されて緊張しちまっただけだろ」

 「……ええ、そうかもしれないですね」

 

 俺は力なく笑い、それ以上の追及を避けるようにして視線を足元に落とした。――そうだ、きっと気のせいだ。ただの過剰な妄想に過ぎない。自分にそう言い聞かせながら、「今日は沼の横を抜けて帰ろう」という哲郎さんに同意して、木々の間を抜けていった。

 ……まさか、その「気のせい」としか思えなかった本能の警鐘が、俺の平穏な日常を跡形もなく粉砕する非日常の予兆であるなどとは、この時の俺には知る由もなかった。

 

 

 


 

 

 

 「はぁっ、はっ、ふぅっ……ぐっ……!」

 

 成沢高校から数キロメートル離れた、竹代町の鬱蒼とした山林。生い茂る木々の隙間を、血塗れの男が這うようにして走り抜けていた。

 

 「まだ、まだ死ねん……! これを届けるまでは……」

 

 男の名……否、識別番号は『D59号』。秘密結社クロノスの日本支部から、文字通り命懸けで逃亡してきた「損種実験体(ロストナンバーズ)」であった。

 よたよたと走る彼の胸には、大きなボストンバッグが抱えられている。バッグの中身は、三基の『ユニット・G(ガイバー)』。日本支部が多数の獣化兵(ゾアノイド)を犠牲にして発掘した、降臨者の遺物。

 

 既にD59号の身体は限界を迎えつつあった。もとより未完成の調整技術によって生殖能力をなくした失敗作であり、寿命はわずか数週間も持たない。吐き出す呼吸は熱く、常に鉄の味が混ざり、視界は激痛で赤く明滅している。

 正史では、もっと余裕のありそうな様子だった彼が、こうなっている理由。それは、彼がユニットを盗み出すことができた理由でもあった。

 

 隠蔽能力(ステルス)』。のちに現れる超獣化兵(ハイパーゾアノイド)であるガシュタルやグシフォスのそれと類似した、しかし圧倒的に不完全なそれを、彼は偶発的に手に入れていた。グレゴールとラモチスのキメラのような、あるいはそれらのなりそこないのような姿の獣化形態で、不完全なステルス能力。アプトム、ソムルム、ダイムのように、損種実験体(ロストナンバーズ)として突然変異的な性質を持つこの世界のD59号は、文字通り命を削ることで、自らの存在を隠蔽し続けていた。

 彼は決して立ち止まるわけにはいかなかったから。

 

 「あいつに、巻島顎人に……! これ、を……」

 

 口の端から溢れる血を手の甲で拭うこともせず、彼は鬱蒼と生い茂る木々の隙間を、ひたすら前へと進む。クロノスという巨大な影に支配された彼の世界で、若き巻島顎人の野心だけが、自らに「自由」と「復讐」の機会を約束してくれた。あの冷徹な少年の瞳の中に宿る野心だけが、使い捨ての実験体に過ぎないD59号に、最後に人間としての意志を持たせたのだ。

 

 ――ガサリ。

 

 不意に、背後から不穏な草音が聞こえた。

 D59号の背筋に、冷たい戦慄が走る。彼の強化された聴覚が、確かに捉えていた。おそらく追っ手だ。日本支部が放った回収部隊の獣化兵たちの足音に違いない。

 

 「くそ……、ここまで、なのか……!」

 

 視界が赤く染まり、膝がガクガクと震える。ステルスの維持が切れかかり、彼の姿が周囲の景色から浮き上がり始める。ボストンバッグを抱きしめる腕の力も、急速に失われていく。

 息を切らしながら彼が木の幹に背を預けた、まさにその時であった。

 

 「見つけた……!」

 

 

 


 

 

 

 (……いや、ちょっと待って。無理だろこれ!!)

 

 認識干渉によって本来のド派手なピンク髪を、極めて平凡で地味な「黒髪」へと偽装した俺こと聖園未花は、生い茂る藪をかき分けながら、内心で激しいツッコミを連発していた。

 

 原作知識があるからって、実験体の彼が具体的にどの木の影を通って、どういうルートで逃走するかなんて、そんな詳細なデータが頭の中にあるわけがないのだ。大雑把に「成沢高校の近くの山あたり」という情報だけで、この蒸し暑い森の中を歩き回る羽目になった俺の身にもなってほしい。

 せっかく転校生としての「聖園未花」のポジションを確保し、ヘイローの出力も微弱に調整して「ちょっと不気味な美少女」くらいの絶妙なラインで潜伏していたのに、放課後早々にこんな泥臭い山狩りをするハメになるとは思わなかった。

 

 (どこだ……? もうすぐ原作第1話の自爆イベントが発生するはずなんだけど……)

 

 額ににじむ汗を拭いながら、俺は『ヘイロー』の超感度な生体感知能力をさらに鋭敏に研ぎ澄ます。すると、北西に数百メートルほど離れた斜面から、極めて不安定で、今にも消え入りそうな生体エネルギーを感じ取った。

 

 「見つけた……!」

 

 俺はすぐさま移動を開始した。ヘイローの認識干渉を維持し、周囲の風景に溶け込みながら、音もなく木々の間を跳ぶようにして進む。

 やがて、巨木の根元で激しく喘ぎ、血を吐きながらボストンバッグを抱きしめ、姿を歪ませている異形の男が視界に入った。姿がブレたり明滅したり歪んだりしているのはよく分からないが……間違いない、実験体だ。

 

 声をかけてユニットを回収するか、それとも原作通りに自爆するのを待って、飛散したユニットをコッソリ拾うべきか。彼が背を預けている木の陰から様子を伺い、逡巡したその瞬間、彼はうわ言のように呟き始めた。

 

 「後ろの、お前……もしかして、顎人の、使いか……?」

 「――えっ?」

 「約束、だ……。これを、あいつに……巻島顎人に、届け、クロノスを……倒す力を……」

 

 俺は素っ頓狂な悲鳴を上げそうになり、咄嗟に自分の口を手で塞いだ。

 いやいやいやいや、ちょっと待て! 巻島顎人だって!? 彼がなんで巻島顎人の名前を知ってるんだ!? 俺の記憶が確かなら、原作の漫画版において、彼はただクロノスからユニットを盗んで逃げた、顎人とは何の関係もない名もなき実験体だったはずだろ!?

 

 (嘘だろ……。これ、漫画版だと思ってたら、アニメ版やOVA版の設定も混ざってやがるのか!? そんなのわかるわけないだろ!!)

 

 各媒体の設定がちゃんぽんしているという、バグじみた現実に頭を抱えたくなった。だが、混乱する俺を置き去りにして、事態は悪い方向へと傾いていく。

 

 「そこまでだ、D59号(モルモット野郎)

 

 冷酷な、しかしどこか焦りを孕んだ声と共に、草むらを割って数体の男たちが姿を現した。クロノス日本支部の回収部隊たちだ。

 

 「それ以上動くな。大人しくユニットを返せば、これ以上苦しませずに殺してやる」

 「……く、くく……ハハハ……!」

 

 追い詰められたD59号は、自嘲的な、そして狂気に満ちた笑い声を上げた。その細い腕が、ボストンバッグのファスナーをこじ開け、中から円筒形の物体を掴み出す。おそらく爆弾だ。

 

 「渡す、ものか……! クロノスの、思い通りには……絶対に……!」

 「貴様! 何をする気だ!」

 「約束は……果たせなかったが……お前たちを、道連れにしてやる……!!」

 

 解けかけのステルス能力によって明滅していたD59号の体が露わになる。見るからに出来損ないの怪物と言った容貌の彼は、小型爆弾を左手に持ったまま、最後の力を振り絞ってグレゴールの首に掴みかかる。

 

 (ヤバい、本気で自爆する気だ!)

 

 俺は咄嗟に身を引き、ヘイローの出力を一瞬だけ解放して、自分の周囲に目に見えないサイコバリヤーを展開する。

 

 「止めろ! くっ、全員下がれ――!」

 

 回収部隊の悲鳴が響いた瞬間。

 

 ――ドガァァァァァァァァン!!!

 

 凄まじい大爆発が、静寂に包まれていた夕暮れの山林を揺るがした。

 炎と、爆風と、引き裂かれた木々の破片が嵐のように吹き荒れる。俺はバリヤーの陰で衝撃をやり過ごしながら、煙の向こうで、爆風に乗って三つの「何か」が、それぞれ異なる方向へと、まるで流れ星のように高速で弾け飛んでいくのを目撃した。

 

 (吹き飛んだか……! ユニットはどこ行った!?)

 

 立ち込める黒煙と、爆圧によって乱れた生体エネルギーの残滓のせいで、ヘイローの感知能力が一瞬狂わされる。

 俺は慌てて、煙の奥へと消えていったユニットを追いかけるべく、髪色の偽装も忘れて、炎上する森の中へと飛び出した。




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