二〇〇〇年。日高地方にある競走馬生産牧場の一つ、桜庭(さくらば)牧場に、ひとつの命が産声を上げた。
サクラバヒロインの二〇〇〇。
父は、ガラスの脚に悩まされながらも、三冠馬のライバルとして長距離レースを勝ち抜き、年度代表馬にまで登り詰めたサクラローレル。
母の父は、いつの時代であっても「最強のステイヤー(長距離馬)」として名が挙がる、名門・メジロ牧場の名優メジロマックイーン。
だが、その仔馬にとって、生まれた時代があまりにも悪かった。
父のサクラローレルがれっきとした名馬であることは疑いようもなかったが、当時の競馬界は、海外から押し寄せた血統の波に席巻されていたのである。
ローレルの同期であり、当時「最強」の名をほしいままにした三冠馬ナリタブライアン。
そしてローレルと並び「三強」の一角を担い、GⅠを四勝したマヤノトップガン。
彼らの父は、アメリカから輸入されたブライアンズタイムだった。
さらに繁殖牝馬(母馬)たちにも外国産馬が増え、フジキセキを筆頭とするサンデーサイレンス産駒が、瞬く間に競馬界を塗り替えようとしていた。
「黄金世代」と呼ばれた一九九八年のクラシック世代では、サンデーサイレンス産駒のスペシャルウィークが日本ダービーを制し、古馬になってからは春秋天皇賞を連覇、ジャパンカップでは並み居る凱旋門賞馬をも撃破した。
さらに同期には、エルコンドルパサーやグラスワンダーといった外国産馬(マル外)が日本のGⅠ戦線を席巻。
グラスワンダーはスペシャルウィークを二度にわたって破り、エルコンドルパサーはフランスの凱旋門賞で二着に好走するという快挙を成し遂げていた。
サクラバヒロインの二〇〇〇が生まれた二〇〇〇年は、テイエムオペラオーが年間無敗のグランドスラムを達成した年でもある。
その影で、同年のクラシック戦線はエアシャカールやアグネスフライトといった、サンデーサイレンス産駒たちが表彰台を独占していた。
一歳になり、セリ市や庭先取引に出される時期を迎えたが、世間はサンデーサイレンスを筆頭とする外国産の種牡馬たちに完全に魅了されていた。
追い打ちをかけるように、二〇〇一年からは外国産馬(マル外)のクラシック出走制限が大幅に緩和される。
ただでさえ「晩成のステイヤー血統」というだけで敬遠される時代。
純粋な国産馬同士の組み合わせであるサクラバヒロインの二〇〇〇は、箸にも棒にもかからぬまま、寂しく売り残されてしまった。
――――
ボク、サクラバドッポ。
売れ残っちゃったけれど、買い手がつかない「主取り」のまま、自分で走ってデビューすることになりました。
「よく眠れたかい、ドッポ」
最近はサンデーサイレンスの子どもたちや、外国から来たお馬さんが大人気。お父さんもお母さんも純粋な国産馬であるボクのような子は、あんまり期待されていないみたい。
だけど、美浦トレーニングセンターの一宮先生は、売れ残りのボクにもとっても優しくしてくれます。
「今日は藤沢さんのところの馬と併せ馬(あわせうま)だからな」
今日の練習相手は、お友達のロブロイ君です。
『よろしくね、ドッポ君』
『ロブロイ君、一緒に走ろうね!』
ボクたちの背中には、横乗さんとエビさんが乗っている。ウッドチップを踏みしめる乾いた音が響き、ボクたちは体を並べて走り出した。
「サクラローレルの子なのに、『サクラ』がつかない方のサクラだったっけ?」
「横乗さん、なんでそんなややこしいこと言うんですか。サクラローレルの子、でいいじゃないですか」
横乗さんは、ボクのお父さんに乗ったことがあるらしい。だからボクの走りを見て、「お父さんにそっくりだ」ってよく言ってくれる。
「……ダービーには、やっぱり間に合わないって本当かい?」
「まだ未勝利ですからね。晩成と言えば聞こえはいいですが……」
『あっ! 待って、ロブロイ君~!』
直線に入った瞬間、ロブロイ君の体が沈み込んだ。
彼はぐんぐんと加速して、あっという間にボクを置き去りにして走っていってしまった。
――――
東京競馬場で「青葉賞」が開催されるその日、ゼンノロブロイは日本ダービーの出走権を賭けて、ひのき舞台で戦っていた。
同じ日、サクラバドッポは遠く離れた新潟の地にいた。
新潟競馬場、三歳未勝利戦。芝・左回りの二四〇〇メートル。
ドッポの背に乗るのは、かつてツインターボやヒシアマゾンといった個性派の名馬たちとコンビを組んだ、ベテランの高舘(たかだて)騎手である。
『ここどこ? そんで、貴方はだれ……?』
初めての競馬場、初めて乗るおじさんに首をかしげているうちに、無情にもゲートが開いた。
スタート直後、案の定ドッポは後方に置かれ、なぜか外側へとふらふら走っていってしまう。
上空のカメラから見下ろせば、ひとかたまりになって進む馬群からぽつんと一頭だけ、大きく右側に離れて走るドッポの姿があった。
『えっほ、えっほ。あっちに行ったら怒られそうだから、外側を走らなきゃ』
「早く内に入れろ!」「なにしてんだ!」
馬券を握りしめた観客から悲鳴混じりの怒号が飛ぶ。しかし、ドッポはどこ吹く風で外ラチ(外側の柵)に近いところを走り続けた。
そして最終コーナー。大外から一気に前を「まくる」かと思われた瞬間、ドッポはコーナーをうまく曲がれず、そのままさらに外側へと飛んでいってしまった。
絶望的な遠回り。致命的なタイムロス。
誰もが「終わった」と思った。
だが、新潟の直線は日本一長い。
信じられないことに、大外に膨らんだまま直線に入ったドッポは、そこから猛烈な脚を使ってぐんぐんと加速し、何食わぬ顔で先頭争いに加わっていたのである。
「差せ! 差せぇ!」
「来い、来い、来い!!」
他馬を置き去りにした、大外一頭の一人旅。
他馬より何メートルも余計に走ったはずのそのレースを、力ずくで勝ちもぎ取ったのは、サクラバドッポだった。
――――
——種明かしをするとね。
ボク、短い距離を走るのがすっごく苦手なんだ。
だから、コースの外側を走ることで、ボクの中の距離をのばして、得意な長距離レースにしちゃっていたんだよね。
それに、外側ならだれもいないから邪魔にならないし。今回はロブ君(ロブロイ君)みたいに、びっくりするほど速い相手もいなかったから。
だが、実際のところ——サクラバドッポは、かつて大外から男馬たちをごぼう抜きにした名牝ヒシアマゾンを彷彿とさせる、強烈な「追い込み馬」としての才能を秘めていた。
これまでのレースでは、周囲のスピードについていこうと無理に前方に位置を取ろうとして、道中で無駄な脚(スタミナ)を使い、自滅していただけだったのだ。
サクラローレルから受け継いだ彼の本質は、走る距離が長くなればなるほど、じわじわとエンジンがかかって加速していく、驚異のロングスパート性能だった。
一宮調教師が、未勝利戦の中では異例とも言える長距離「芝二四〇〇メートル」を選択した理由。それこそが、この眠れる大器の適性を見抜いていたからに他ならなかった。
これはいずれ凱旋門賞を目指す一頭の競走馬の軌跡である。
名前サクラバドッポ(サクラバ冠+独歩)
牡馬
毛色 栗毛
父サクラローレル
母サクラバヒロイン(架空馬)
母父メジロマックイーン
00年生まれ
生産牧場桜庭牧場
馬主桜庭義人(桜庭牧場オーナー)
生産牧場時代庭先取引やセリを何度かしていたが売れ残りオーナーが自ら馬主になった