凄まじい蒸気と巻き上がる水。
周囲の氷塊はあっという間に溶けて無くなって、巻き上がった水は津波のように大きな波となる。
その中心には黒いロボット。
背中に搭載されたエンジンからはまるでそれが推進力と言わんばかりに炎が吹き上がり、同時に黒い煙を吐き出す。
『
オレンジ色の瞳はカメラのレンズのように縮小と拡大を繰り返して───
『
エンジンが大きく唸り、凄まじい勢いの炎と共にロボットは飛ぶ。
━━━━━
モモイと話した次の日、ヒマリから連絡が来た。
『今すぐミレニアムに来てください、先生!』
電話から聞こえるヒマリの声はかなり焦った様子で、何か異常事態が起こっている事は私にも分かる。
私はすぐにミレニアムに赴き、特異現象捜査部の扉を開くとヒマリとエイミの二人は深刻そうな表情でモニターに映るレーダーのようなものを見つめていた。
"どうしたの?ヒマリ"
「簡潔に説明します、鋼鉄大陸の跡地である氷海に異常なエネルギー反応がありました」
"異常なエネルギー反応……?"
嫌な汗が頬を伝う。
「先生、前にあそこに行った時の気温覚えてる?」
"えーっと……すごく寒かったのは覚えてるよ"
「あの氷海の平均温度は-15℃、冬場は-45℃にもなるそうです」
モニターに映る青いレーダーが気温などを表しているのだろう。
「では、現在はどれくらいの温度かというと───」
ヒマリがモニターを指でスッと動かし、画面が変わる。
鋼鉄大陸跡地 氷海
平均温度:26℃
最高温度:56℃
"!?"
「あの氷海で、異常なほどの熱エネルギーが持続的に起こっているのです」
「昨日の夜ドローンを送ってみたけど、急激な温度変化のせいでかなり濃い霧が発生してて何が起きてるか分からなかったんだよね」
「ですが一つだけ……ある映像と音声を記録しました」
ヒマリがキーボードをパチパチと入力すると、モニターの画面にドローンの映像らしきものが映る。
ゆっくりと飛行していたドローンの上空から何かの音が聞こえた。
パチン……キーン……
銃声……いや、破裂音に近い音だ。
同時に風を切る音も聞こえる。
"何かが飛んでるんだね?あの氷塊の空を"
「はい、先程音声やレーダーなどの情報を照らし合わせた結果、私はある結論に至りました」
「ソニックブーム───先生がおっしゃる通り氷海にいる『何か』が音速を超えて空を飛んでいるのです」
━━━━━
【ケイ、今何処にいますか?】
【今はゲーム開発部の部室にいますが……何かありましたか?】
【しばらくエイミと旅行に行ってきます、探さないでください】
【どうして家出をする子供のようなセリフを……】
「部長、ケイは?」
「『旅行に行く』と言っておきました」
「あくまで今回は調査目的、鋼鉄大陸の跡地を飛ぶ『何か』の正体を探り、対策を練る為に行くのです」
今回の調査にゲーム開発部の子達とケイは巻き込まない。
ヒマリと私が話し合って決めた事だ。
「必要であればあの子達に頼る事になるかもしれません…………ですが───」
"あまり、気が進まないね"
ヒマリのため息だけが少しだけ冷えた部屋に響く。
「ケイだけでも連れて行くべきなんじゃない?」
「必要であれば彼女を頼るかどうかの協議も進めるべきでしょう……ですがその前に私達でも出来る事をするべきです!」
「ミレニアムが誇る超天才清楚系病弱美少女ハッカーであり、『全知』の学位を持つ眉目秀麗な乙女であり、そしてミレニアムに咲く一輪の高嶺の花である『特異現象捜査部』部長のこの明星ヒマリがいる時点でこの調査……成功は約束されたも同然です!」
「相変わらず長いね」
最近聞かなかった凄まじく長い名乗りを聞き終わって、私は少し落ち着いた。
微笑みながらいつもの調子で───
"それじゃあ、行こうか"
━━━━━
ソニックブーム
音速を超えて何かが移動する際に発生する衝撃波、それが地上では雷や銃声に似た轟音を放つ現象。
ジェットエンジンなどの技術があるキヴォトスだが、ソニックブームが発生する事は中々無い。
ましてや意図的に引き起こせるのはそれほどの技術や資金、時間が必要だ。
ただ、実例はあった。
アリスとマルクトによる飛行戦。
互いが繰り出すミサイルや弾丸を避ける内に次第に二人は速度を増していき、その速度は一時的に音速を超えた。
その後アリスは機体であるアビ・エシュフは大破し、マルクトも敗北を喫する事になる。
現代のキヴォトスではそれほどまでに程遠い音速を超えるという事態。
しかし、ヒマリによるとその『何か』は音速を易々と超えた。
サイズがどれくらいなのかも、どれほどのエネルギーを発せられるのかも分からないが少なくとも周囲の気象をあっという間に変えられて、音速を超える速さを持つ力を持っている。
もしもそれが敵なら、私達はどうすればいいだろうか?
「先生、氷海に着きました」
「前より暖かいね」
輸送機のエンジンの振動が止まり、すぐに静かな空間になった。
前は室内でも防寒具を着ないといけないほど寒かったのに、今は少し長袖を着ているだけで問題ないほどの気温だ。
「まだ氷海全ての気候や環境は変えられていません、いくら熱があれどこの氷海の環境を変えるなら数日は必要でしょう」
"問題は……跡地"
ここから跡地までおよそ5km
窓越しに見える地平線からは溶けたであろう海が見える。
「跡地周囲の気温は防寒具が必要ない程の気温です、防寒具は脱いでも問題ないかと」
「私の場合水着だけど……」
「エイミは例外です」
以前の調査の時のように、エイミは水着を着ている。
風邪をひかないか心配……だが、この気温なら風邪をひく事も無いだろう。
「うー、これ本当に外に出て調査しないとダメ?」
「リオに生徒会長の仕事がある以上、私達がやるしかありません」
「トキは?」
「トキはどうやら任務のようでしばらく帰らない……とネルから聞きました」
リオは生徒会長に復帰し、トキも日常を過ごしている。
彼女達の日常を守る為にも私が何とかしなければならない。
━━━━━
───対象捕捉開始カラ13時間6分30秒
───不在、反応ナシ
───対象捕捉開始カラ13時間6分36秒
───不在、反応ナシ
───対象捕捉開始カラ………………
───反応アリ、有機生命体ノ反応ヲ捕捉
───『お姉様』トノ情報ヲ照合……
───不可
───対象トノ接触ヲ開始
━━━━━
「暑いし蒸れるし何も見えない……」
"もう少しで跡地だよ、頑張ろう"
跡地に近づいていくと、段々と気温が上がっていく。
最初は長袖だったのに、今は袖を捲って半袖だ。
「先生まで付いてくる事無かったのに」
"エイミ達が頑張ってる中、私だけ輸送機にいても仕方ないからね"
これは最初から私のポリシーだ。
どれだけ危険だろうと、生徒だけを危険な目に遭わせない。
例え自分が身代わりになっても、生徒を守らなければ。
『この三人で調査をするのも久しぶりですね』
「そういえばそうだね、最初は部長と私、先生だけだったんだっけ」
『懐かしいですね、あのエアコン争奪戦をしていた頃が最近のように思えます』
「まだ一年も経ってないけどね」
「今おばあちゃんと言いました?」
「それは誰も言ってないよ」
そんな無線機越しの談笑が行われていた時……地面が揺れ、バキバキと数メートル先の氷が割れてこちらに迫ってきている。
氷が割れる勢いは凄まじい、このままだと───
「先生!掴まって!」
エイミの手を掴んだ瞬間、手が引っこ抜ける勢いで引っ張られた。
「はぁっ、はぁっ……」
今までにないくらいに走って息を切らした頃、少しだけ沈んだ氷を踏む靴底に海水も伝う。
『二人共、大丈夫ですか?』
「先生も私も大丈夫、でもここから先に行くには船が必要かも」
跡地から2kmの地点で氷は割れていて、少なくとも徒歩での移動は不可能になった。
『まさかここまで環境が変化しているとは……』
「まさに特異現象だね」
あちこちで氷塊が崩れ落ちる音が聞こえる。
靴底が触れる水は氷が溶けた事による海面上昇を表しているのだろう。
『とにかくそこにいるのは危険です、いくら気温などが上昇しているといえどそこは元々氷海……先生が長時間浸かれば低体温症になります』
その言葉を聞いたエイミは違和感を抱いたような顔をして……海に触る。
違和感を抱いたような顔は確信に変わって、すぐに少しだけ不安そうな顔になった。
「いや───部長、逆だよ」
『逆?』
「この海、
『……はい?』
「まるで真夏のビーチみたいな温かさだよ、氷は冷たいのに海が温かくて……少し気味が悪い」
足元にある氷は溶けつつあるが確かに冷たく、海は暖かい。
矛盾した空間……異常ともいえる現象が現実に起きている。
『いえ、確かに記録では…………なるほど、謎が分かりました』
"どういう事?"
『恐らく海温調査記録用のロボットが破損しています、そのせいで正確なデータが取れない、つまり───』
『─────既に海底は凄まじい温度になっているはずです』
「……それ、ヤバくない?」
『マズイです、このまま原因を特定しないと氷海のみならずキヴォトス全土の環境が変化してしまいます』
「海面上昇から沿岸の都市や漁村は全滅、環境変化でホッキョクグマとかペンギンが絶滅しちゃうし結構ヤバいね」
沈黙が訪れた。
このまま逃げても、マズい。
戦っても……勝ち目があるかどうか。
"ヒマリ、その『何か』は今何処にいるの?"
『それが……私達がここに訪れてから反応が一切無くなっているのです』
「私達がここに来た事に気づいたんだろうね」
こうなったら『何か』を説得するか……倒すしかない。
懐のポケットの中に入っている
一つは少しだけ使い古したカード、細かい傷があったりしている。
もう一つは錆びていて、丁寧に扱わないとすぐにでも崩れそうなカード。
"もう一人の私が見ているからね"
かつての自分の言葉を噛み締める。
━━━━━
───対象トノ接触ヲ開始
───距離……12km
───スタンバイモードカラ高速パフォーマンスモードニ移行
───移行率……25%
───移行率……60%
───移行率……95%
───移行完了
─── Propositum #2 : Celeritatem soni frange
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