『……ッ!せんせ───』
ヒマリの叫び声が聞こえて、無線が途切れた。
音が聞こえる。
破裂音、そして空を切る音だ。
「ソニック……ブーム……」
『何か』がここに来ている。
音速を超えた速さで、私達の元に。
何かを察したような表情をしてエイミが私に振り向く。
「先生、ここは私が───」
"私が指揮するよ"
「ダメ、先生の事を守り切れる自信がない」
「エイミの身は私が守るから、大丈夫」
そうも言い合っている間に破裂音は大きくなる。
風を切る音も近づいてきて、同時にある匂いもした。
「…………煙?」
何かが焦げたような煙の匂い。
そうしてようやく見えた『何か』の姿。
『acquisitio scopi』
熱風と炎を氷に叩きつけながら、
『Salve』
「……?」
開口一言、黒いマルクトは微笑んで聞き慣れない言葉を発する。
気の所為かと思い、耳を傾けると─────
『Ignosce mihi quod tam subito rogo, sed nosti forte sororem tuam maiorem?』
「先生、何言ってるか分かる?」
"……分からないかも……"
やはり私達の言葉とは違う言葉で話しているらしい。
流暢に、それでいて揺らぎのない表情。
これがこの子の基礎言語なのだろうというのは何故かすぐ確信した。
『Iaponice hodierno loqui nequeo』
「敵意は無い……のかな?」
『Ad indicem datorum memoriae refer』
"マルクトそっくりだけど、本人じゃなさそうだね"
本当に何を言っているかは分からないが、とにかく今のところは敵意は無さそうだ。
ホッと安堵のため息を吐くと、彼女がまた話す。
『Secundum acta ultima, Izumimoto Eimi adhuc ut collaboratrix agnoscitur』
"今、エイミの名前言ってた?"
「確かに和泉元エイミって言ってたね、解析とかしてるのかな」
英語で話す時のように『和泉元エイミ』と話す彼女は目を閉じて、一瞬だけ眠ったような表情をして……目を開く。
何をしてるのかはまったく分からないが……これ以上何か起こるのを待っていても仕方ない。
私は黒いマルクトの前に立ち、問う。
"えっと、君の名前は?"
『───Atheus』
「あてうす……?」
アテウス。
彼女は確かにそう言った。
"それじゃあ日本語は喋れる?"
『……non habeo facultatem lingua moderna communicandi』
「無理みたいだね……というか、先生」
"どうしたの?"
「暑すぎるかも」
"それは……そうだね"
彼女のエンジンから放たれる炎は消えて───
『
━━━━━
「…………私の心配はどこに行ったのでしょうか!?」
キャンプ地にて、ヒマリはぷんすかと腕を振り上げつつ顔を真っ赤にして待っていた。
あの後、私達は敵意の無さそうなアテウスも連れてくる事にして解析や調査を進める事にした。
「でも良かったじゃん、敵意は無さそうだよ」
「確かにそうですがっ!…………はあ、エイミの言う通りアテウスに敵意が無くて良かったです」
"それよりもヒマリ、この子の話す言葉について何か知らない?"
『Akeboshi Himari……Refer ad tigillum』
「あ、また名前言った」
アテウスの言葉を聞いたヒマリは少し頷く。
「ふむ……恐らくですが、このアテウスが話している言語は古代語でしょう」
「大昔にキヴォトスで使われてた言語だよね」
「はい、辞書があれば解読は出来ますが……今は手元にありませんし辞書があったとしても───」
その時、アテウスの胸部から炎が吹き出る。
『Modus reimplendi』
「あっ、部長のタロットカード食べてる」
「はいっ!?や、やめてください!アテウス!ダメですよッ!それは食べ物じゃありま───アッッッッツ!?!?」
ムシャムシャとカードを食べるアテウスを止めようとしたヒマリが触れた時、すぐさま手を離して悶えた。
「さっきまですごい高温だったもんね」
「エイミ!止めてください!」
「えー……熱いし触りたくない……」
そうも言ってる間にカードは胸部のエンジン機構の中へ。
「ひいい……限定タロットカードが炎の中へ……!」
『Functio gustandi activata……insipida』
とりあえず彼女に可燃性のある物を近づけていけないという事が分かった。
「先生、古代語とか分かったりしない?」
"英語なら分かるんだけど……"
「とにかく!このアテウスが私達に危害を加える存在でない事が分かった以上、一度アテウスと共にミレニアムに戻り古代語の翻訳を進めましょう!」
「ねえ、部長、次は部長の防寒具食べてるけど……」
「アテウスッッッッ!!」
━━━━━
そして鋼鉄大陸も広く、そして美しかった。
先生達が、妹達が、このキヴォトスの人々がそれでも守り続けたもの。
そして、旅を続けて分かった事は……
『今、すぐ……』
ボタンを押して、白い紙コップに注がれる液体を見る。
純白な身体とは真反対の色をした黒茶色の液体だ、キヴォトスの人間はこの液体を好む人がいるらしい。
少しだけ暖かい紙コップを両手で握って、次は口に注ぐ。
苦味、酸味、ほんの少しだけの甘み。
機械の身体に満たされる暖かさは少しの寂しさを植え付けて……我はまたすぐに暖かさを注いだ。
『…………生きる意味……』
自動車の走る音、人々の声、野鳥の鳴き声……
鋼鉄大陸がこの世界を染めていたら聞こえなかった音。
妹達ならこの世界をなんと言うだろうか。
嘲笑か、驚愕か、それとも何も思わないのだろうか。
少なくとも我にはまだ理解が出来ないものが多い。
『世界はまだ長いですね』
━━━━━
「部長、急に慌ててどうしたの?」
アテウスの身体を色々と分析していたヒマリは突然慌てた様子で気温が書かれた大きなモニターを見る。
「この氷海の気温、おかしいとは思いませんか?」
「確かに暑いけど、それはアテウスがいるからじゃないの?」
「確かにアテウスが一因の面もあるでしょう……しかし今のアテウスは熱を放っていない、それに海からは離れています」
気温はどんどんと高くなっていっている。
「それなのに、
「何か別の理由があるって事?」
「そのはずです」
深刻そうな表情でヒマリは考え込むと、アテウスが喋った。
『Eadem etiam causa est cur id incepi, nonne』
「多分すごく大切な事言ってると思うんだけど何言ってるか分からないね」
「アテウスが原因でないとすると、他に熱を放っているものがあるかもしれません」
間違いなくアテウスはこの熱異常について何か知っている。
彼女の深刻そうな表情がそれを示していた。
───情報を伝える手段は、いくらでもあるはずだ。
"……そうだ、アテウス"
"今から言う質問に、はいかいいえで答えられる?"
「二択質問……なるほど、その手がありましたか」
『Ita vel Non』
「はいが『ita』でいいえが『Non』……だよね」
エイミの言葉にアテウスは頷く。
"君はこの熱異常の原因について知ってる?"
『ita』
"君がその原因を止める事は出来る?"
『…………ita』
"止めるのは簡単じゃない?"
『ita』
"エイミやヒマリの力が必要?"
『ita』
"……止める事によって、君が不利益を被る?"
『ita』
"不利益を被らない方法は……ある?"
『Non』
その時、アテウスはパソコンのモニターに何処からか取り出した端子を繋ぐ。
そしてモニターに文字が打ち込まれた。
『Etiam si tu, cui cura sororis meae commissa est, mihi dixeris ut faciam, faciam』
「……なるほど、PCに文字として入力するなら翻訳は容易…………」
ヒマリはすぐさまそのパソコンのキーボードを打ち込んで───翻訳が終わった。
『それでも、お姉様を託された貴方のお願いなら、私はやります』
─── Propositum #3 : Siste calorem
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