俺の緋の眼は曇らない 作:匿名
「目ェ開けろって言ってんだよえーっ」
脳みそに響く男の怒号。胸が悪くなる血の匂い。
最悪の目覚めだ。身体中が微妙に痛いし、なぜか全裸。
落とした視界に映る華奢な身体には…
胸に膨らみがあり、股間にあるはずのモノは無い。
悪夢か。
そう結論づけて目線を上げると、これまた酷く痛めつけられた様子の女性がいた。
ボンヤリと光る糸に巻かれ、固く目を閉じている。『目を開けろ』という声は、彼女への言葉か。
見渡せばここは森の中。何人もの黒服が、部族か何かの人間に詰め寄っている。死体も1つや2つではない。
「なんだぁ?」
見回していると、目の前に立つ黒服が俺の顔を覗いた。
「オイ! こいつ生きてるぞ」
愛とか平和とは無縁のような顔だった。
「見ろよお前。お前のガキが生き返ったんだよ」
黒服の口ぶりからして彼女は俺の母らしい。
が、見覚えは全くない。
「オイガキッ『お母さん』とでも言ってみろ」
喉が詰まって声が出ない。
声の代わりに、血痰が喉の奥から湧いてきた。
黒服が足を上げる。
一拍置いて、男の靴先が俺の腹にめり込んだ。
「う"っ」
その呻き声には、俺の喉からは間違っても出ないような可愛らしさが含まれていた。
きっと喉までも少女なのだ。
「今の聞いたか? もう1回目聞かせてやるよ。オラっ」
蹲る俺の腹にもう1発。さらにもう1発。
黒服は気持ち良さそうに足蹴にしてくるが…
大人の男に蹴られても不思議と効かない。手加減されているというより、俺の──少女の身体が強いという感覚。
改めて見ると、身体から立ち昇る湯気のような"パワー"が、黒服がコーヒーカップなら、俺は中火にかけてるヤカンくらい違った。
負ける気がしない。
爪と肉の間に深く針金を刺され、血のマニキュア状態となっている手を握る。
振るわれた足に拳を合わせてみると、枯れ枝をひしゃぐ音がした。
「う あ あ あ あ あ」
男が脛を押さえて地面を転がる。
女が細く目を開けた。
「パメラ!」
俺を見ると、目を見開いて叫ぶ。
木漏れ日の下、宝石よりも宝石めいた緋色の瞳に、涙が浮かんでいるのが見えた。
パン。
音と同時、彼女の頭から赤いドロドロが飛び出した。
そして彼女は、糸が切れたように地面に伏せた。
「どうか死なないで」
脳味噌を撒き散らして即死したはずの彼女が、そう言って頭を下げたような気がした。
えっ。
母親だったのかもしれない女性が目の前で死んで、しかしエモーショナルな気分にはならない。
現実感が無さすぎるというか…感情が、恐怖と困惑の2色に塗りつぶされている。
ふと見ると、足の折れた男が、地面にへたり込んだままこちらに銃口を向けていた。
引き金が引かれ、スローモーションで弾が飛ぶ。
俺に向かって真っ直ぐに。
避…無理!
受け止める。顔面で出来る!?
否。死。
身体が重い。動体視力に運動が追いつかない。
パン。
乾いた音が過ぎ去ると、熱さと耳鳴りが残された。
「ボケー! 頭は撃つなと言ったろうが」
パンパンパンと銃声が連続して、俺を撃った黒服も倒れる。
俺は、熱い目元を手で押さえていた。
泣いてる…?
液体が溢れてくる。
拭ってみると、手にはベッタリと赤い色。
避けようとした甲斐あって、銃創は右目を掠ってこめかみを僅かに抉るに留まった。
「足を狙え!」
やばい。本気でやばい。
目の前で撃たれた女が母親だろうとなんだろうと、最早どうでも良かった。
黒服に背を向けて森の奥へと逃──
頭上に影。世界が黒に覆われた。
狭くて広い暗黒の中。
浮いているような、落ちているような感覚。
「目は無事なんだろうな?」
黒の外から男の声。
「中で自分の目を潰されない限りは」
「馬鹿野郎! さっさと出して手錠をかけろよっ」
「こいつも俺と同じ能力者ですよ。警戒に値するぜ」
「チッ、流星街のゴミ共が甘ェ仕事しやがって…」
(ん? 流星街?)
「このガキ以外に能力者の生き残りは?」
「さあね…絶を使われたら、俺でも死体と区別できません」
絶って、ま…まさか…
ハンターハンターじゃん。
俺から出てる湯気は、オーラか。
「あーっ」
偉そうな男が声を張り上げる。
「オイお前らあっ、能力者の生き残りが混じってるかもしれねぇ。全員今すぐブチ殺せ!」
花火大会みたいに銃声が鳴り響く。
俺にも念能力が使えるっぽいが、これは…詰んでないか?
ここはハンターハンターの世界で、俺は旅団に壊滅させられたクルタ族の生き残り。そして現在進行型でマフィアが死体から目を抜いている。
俺を捕らえたのは、恐らく陰獣──梟の"不思議で便利な大風呂敷(ファンファンクロス)"だろう。あのノブナガさんですら自力では脱出できないクソ強能力の。
冷静に考えよう。パニックになっていいことなんてない。
俺は「ヒャッハー!」って突っ込む雑魚キャラではないのだ。
爪に刺された針金を抜きながら考える。
痛みは大して感じない。ただ、身体から針金が抜けていく感触に背筋が冷えるだけだ。
さて、ファンファンクロスに隙があるとすれば…
中の人間を殺せない(っぽい)こと、同時に2枚以上使えない(っぽい)こと、何かを収納するためには一度広げる(収納中のものがあれば出す)必要があること、だろうか。
梟は俺を捕まえたままだと能力が使えないはず。
ならば、そのうち俺を解放する。その瞬間が反撃のチャンス。
この針金が使えるかもしれない。
爪に刺されていた針金を、真っ直ぐに整える。
そして手のひらにセットして合掌。
イメージは呪術の"穿血"だ。オーラを噴射して針金を飛ばせる…はず。
放出系であれ。
合掌し、祈りながら、その時を待つ。
暗闇の中、待っていたのだが、どこかに連れて行かれるらしい。出される気配がないので空撃ちで練習してみると…
あっ、一発で成功したッ!
オーラの放出は、驚くほどうまくいった。
人間の身体が浮くかは怪しいが、針を飛ばすのには十分すぎる。
流石クルタ族。なんなら、この身体──パメラちゃん(推定)の死後の念とかでバフもかかっているかもしれない。
むしろ問題なのはオーラを出しすぎることか。
俺の身体は、発するオーラを外に漏らしてしまっている。原作で、ゴンキルが精孔をこじ開けられた時の状態と大体同じだろう。ゴンキルは即座に纏を成功させたが…
この調子だと解放された時にはオーラが枯渇しているなんてことになりかねないので、纏を試みる。
感覚的には、なんていうか…下品ですが…オシッコを止める感じで成功した。尿道括約筋に力を入れればオシッコが止まるように、オーラ括約筋(?)でオーラを止めるイメージ。
気を抜くとすぐに決壊する。
俺はまだ、赤ちゃんみたいだ。
…
……
………
圧迫感のあるコンクリート打ちっぱなしの壁に、冷たい床、奥に洗面台。壁際にシングルベッド。
窓は1つもなく、湿気た匂い。おそらく地下室だ。
唯一の出入口に、陰獣──梟が立つ。
風呂敷から解放された俺は、祈るように、許しを請うように合掌していた。
その手にオーラを集中させていることに、梟は気付いているのだろうか。
とりあえず…
「死ね!」
合わせた指先を梟の顔に向ける。
放ちたるは全開のオーラ。
掌中に隠した金属針が、空気を切り裂いて梟に迫る。
梟は咄嗟に風呂敷を翻す。
念で強化されているとはいえ、布1枚。プロハンターが凝で拳銃を受けて無傷で済まないなら、弾丸以上の鋭さを持つ針のショットガンで貫通することは容易…のはずだった。
チャラチャラと虚しい音が鳴る。
防がれた。
「やっぱタダのガキじゃねーな。警戒に値するぜ」
針は、その風呂敷を貫通するには小さすぎた。
"ファンファンクロス"は、包んだものを小さくするという特性を持って具現化された布。
元々小さなものならば、簡単に"包んだ"判定にして縮小することができるのだろう。
考えてみれば、陰獣は銃弾の飛び交うマフィアの戦場を戦い抜いてのし上がった能力者。飛び道具に強いというのは自然な話か。
「しゃあっ」
ならばと拳を振るう。
打撃なら風呂敷の上から通るはず。
渾身のパンチは風呂敷越しに、肘まで突き刺さった。
違う。風路敷は拳の衝撃を受け止めるのではなく、包み込みながら、軌道をヌルリと誘導している。
変形し、形を変えながら、俺の全身を包もうと…!
咄嗟に飛び退いた。
が、ファンファンクロスは最低でも乗用車を覆うくらいの大きさには変化できるわけで…4畳ほどしかない地下室に逃げ場など無い。
「怪我しないうちにやめときな。逃がしはしねーが、殺しもしねーよ」
どうする? ここをどう切り抜ける?
その時だった。
「力ずくでやめさせてみなよ♡」
──は? 誰の声だ?
「もしかしてできないのぉ? 大人のくせに♡ 意気地なし♡」
口を押さえる。
間違いなく、俺の口が動いていた。
挑発的に持ち上がった口角に手を当てたまま、梟の様子を窺う。
追撃は…無い。
「口だけじゃねーか」
サングラス越しのギョロ目が、痛々しいガキを見る目に変わった。
命拾いした…
警戒のレベルを下げた梟はベッドを指さす。
「そこに飯と服がある」
ベッドの上に菓子パンとペットボトルの水。そして蛍光色の洋服も。
何時間もの移動で腹は減っていたし、まさかこれが最後の晩餐なんてこともないだろう。
何らかの目的で生かしてくれるというのなら大歓迎だった。
血と泥に塗れたまま服を着て、モソモソとパンを食む。
「落ち着いたか?」
梟がドアにもたれたまま言う。
返事はしない。というかできない。
何か言えば、あの妙な言葉がまた口をついて出るだろう。
しかしなんだあの言葉は。
メスガキ。そうとしか言いようのない声色。
文字に起こしたら絶対『♡』が付くだろう。
生まれ的にはヒソカよりクラピカ寄りのはずなのに…
──クラピカと言えば、煽り屋である。
そして俺は、少女である。
煽り屋+少女=メスガキ…?
だから俺はメスガキになったのか!?
「半年後、新しい親が決まるまで、お前にはここで暮らしてもらう」
つまり、半年間の寝食は保証してくれるらしい。
もちろん嘘である可能性もゼロではないが、実際にパンと水は貰っている。
「親ァ…なにそれ? どうせ変態でしょ? 想像しただけでキモチわる〜い♡」
普通に喋ろうとしているのに、こうなってしまうらしい。
梟は呆れたようにドアを開け、部屋を出る前に振り返る。
「間違いなく元の親より金持ちだぜ。良い暮らしができるはずだ。だからまぁ、変な気は起こすなよ」
ふうん『自殺されたら困る』ということか。
もちろんしないよ。
半年後…それまでに、人買いの変態から逃げられるくらいには強くなってやろうじゃないか。
逃げさえできれば、金は天空闘技場で稼げる。
プロハンターになったっていい。288期…今から6年後のハンター試験はヌルゲーになるはずだし。
そうと決まれば…
──水見式をやります。
手元には、半分ほど水の入ったペットボトル。
念の修業は己の系統を知らないと始まらない。
両手でボトルを包み込み、精孔から溢れ出すオーラをそこに集める。
水がジワジワと増え、赤く濁った色を放ちはじめた。
唇を湿らせて味を確かめると、甘くなっている。
複数系統を示すタイプの特質系。
クラピカもそうだったな。
ということは、俺も緋の眼が発動しているのか?
今の俺は別に昂ってないが…
部屋の端、陶器の簡素な洗面台の上にある鏡に目を写す。
パッチリした目。主張の弱い鼻と口。柔らかくキメ細かな肌。減点方式なら高得点間違いなしのお顔。
拷問めいた傷のある首から下と違い、頭部は商品にするために傷付けなかったのだろう。
右のこめかみ以外は綺麗なものだ。
そんなことより、問題は目の色だ。
緋の眼は…発動してる。
緋の眼は死してその色を定着させるというのは、俺が憑依転生しても適用されるのか。
うわぁ…クルタ族だってバレやすいじゃん…
トラブルを予感しながら、パメラの口は不敵に笑っていた。
クルタ族はなぜ目の色が変わるのか考えた話↓
結論から言うと、体内で"水見式"に近い現象が起きてるんじゃないでしょうか。
体内の水分が緋色に変化することで、水分量が多く透明度の高い眼球で、その変化が観察されるみたいな感じに。
水の色を変えるのは放出系──オーラ別性格診断でも放出系は「"短気"で大雑把」とされていますが、これは緋の眼状態のクルタ族は理性を失うという設定と一致していると言えます。
そして、緋の眼を発動した状態では生来の得意系統とは別に放出系でもあるとしたら…
クラピカの場合、生来の系統が放出系とは対極に位置する具現化系であるため、緋の眼発動時には具現化系+放出系(全系統で140%)になります。
これは全系統100%と実質的に同じ意味でしょう。
ただし、私の考察には致命的な弱点がある。
船編でクラピカが水見式をやって放出+操作(+変化も?)という結果が出したことや。
クラピカの水見式が放出+具現化だったらもっと大声で「これが私の考察だ!(ドン)」って言えたんですけどね…
緋の眼状態になるだけで全系統100(140)%で使えるならエンペラータイムはなんなんだとも思われるかもしれませんが、私はあれを
『過去に修行したぶんの修得率も100(140)%だったものとして扱う』
能力と解釈しています。
"エンペラータイムが発動していないと性能が落ちる"ではなく
"エンペラータイムが発動していないとそもそも使えない"能力があるあたり、発動中の威力・精度が上がってるだけとは思えないので。
あとクラピカの能力が過去改変だったらエモい