田島波留宮殿は、朝からいつもより少しだけ落ち着かない空気に包まれていた。
廊下には新しい花が飾られ、金色の手すりは磨き直されている。
正面玄関から謁見の間まで敷かれた深紅の絨毯には、しわ一つなかった。
つばきは花瓶の位置をほんの少し右へ動かし、二歩下がって全体を確認した。
「うん。これなら大丈夫かな」
今日は外国から大切な客人が来る。
アララ王国の友好国の一つ、えげれす王国第三王女シャーロット。
外交と留学を兼ねた訪問で、しばらくアララ王国に滞在する予定だという。
年齢は八歳。
四か国語を話し、幼いながら外交の才に恵まれている。
たいへん記憶力もよく、公式の場では大人の外交官にも負けない。
朝の説明では、そう聞いていた。
「八歳で四か国語かあ」
つばきは花瓶の横へ置かれた小さな歓迎札を整えた。
「きっと、すごくしっかりしたお嬢様なんだろうなあ」
若王子殿下と二歳しか違わない。
けれどヤマトとは、ずいぶん違う人物のように思えた。
ヤマトも頭脳だけを見れば、世界最高峰どころの話ではない。
科学者としては大人も子どもも関係なく、誰も追いつけないほど先へ進んでいる。
その一方で、政務の書類を見ると窓から逃げる。
食事を忘れて研究を続ける。
実験が失敗すると壁がなくなる。
「……比べるものじゃないか」
つばきは小さく笑った。
それにしても、当のヤマトの姿がない。
今日は王族同士の正式な挨拶があるはずだった。
謁見の間で待っているよう、昨日から大臣に何度も言われていたはずだ。
「大臣閣下」
近くを通りかかった大臣へ、つばきは声をかけた。
「若王子殿下は、もう準備できてるんですか?」
「まだ研究室だ」
「まだ?」
「昨夜から出てこない」
「寝てないんですか?」
「おそらくな」
大臣は疲れたように目頭を押さえた。
「今朝、使いの者を送ったが『あと少しで完成する』と言って追い返された」
「その言葉、この前も聞きました」
「あのときは、あと少しが七時間だったな……」
「今日は間に合います?」
「間に合わせる」
大臣は静かに答えた。
言葉は穏やかだったが、目には強い意志がある。
「必要なら研究室から引きずり出す」
「私も手伝いますね」
「頼む」
つばきと大臣が、真剣な顔でうなずき合う。
その横を、歓迎用の花束を抱えたメイドが通り過ぎた。
国外から来る王女を迎える日とは思えない会話だった。
やがて正門の向こうから、馬車の列が見えた。
「到着されました!」
衛兵の声が響く。
宮殿の者たちが一斉に姿勢を正した。
つばきも玄関前へ並び、背筋を伸ばす。
えげれす王国の紋章を掲げた馬車が、赤い絨毯の前で止まった。
扉が開く。
最初に見えたのは、純白のレースパラソルとよく磨かれた白い靴だった。
続いて淡いピンク色のドレス。
最後に、金色の髪が日差しの中へ現れる。
いや違う。これは強い日差しではない。
彼女の見事な額から放たれる、威厳の輝きだ。
その美しい金髪によく映える左右へきれいに垂れた縦ロールと堂々とした額。
きっと本人は意識していないのだろう。
しかし、誰もが最初に目を奪われるのは、そこだった。
年齢はたしかに八歳ほどだが、その立ち姿には幼さより気品があった。
少女は足元を確かめながら馬車を降りると、宮殿を見上げた。
周囲を見回す視線にも、ほとんど迷いがない。
大臣が前へ進み、礼をする。
「アララ王国へようこそお越しくださいました」
「お招きにあずかり、光栄ですわ」
少女はドレスの裾を持ち、完璧な角度で頭を下げた。
「えげれす王国第三王女、シャーロット・ベルローズと申します」
はっきりとした日本語だった。
発音も自然で、少しも詰まらない。
つばきは思わず見入った。
すごく立派なお嬢様。
それが最初の印象だった。
立ち方も、声も、挨拶の仕方も、すべてがきちんとしている。
同じ王族でも、研究室から白衣のまま出てくるヤマトとはずいぶん違う。
シャーロットは歓迎の列へ視線を向けた。
その目が、つばきのところで止まる。
つばきも頭を下げた。
「お初にお目にかかりますシャーロット様。若王子殿下付き侍女の、つばきと申します」
「あなたが、つばきですのね」
「私をご存じなんですか?」
「滞在中、身の回りのお世話をしてくださる方のお名前は覚えてまいりました」
「すごいですね」
「王女として当然ですわ」
シャーロットはふふんと胸を張った。
少し誇らしげなところに、ようやく年齢らしさが見えた。
つばきは自然に笑みを浮かべる。
「今日からよろしくお願いします」
「ええ、よろしくお願いいたしますわ」
最初の挨拶を終え、シャーロットは大臣に案内されて宮殿へ入った。
廊下の装飾や天井画を眺めながら歩いていたが、歩調は崩さない。
つばきは数歩後ろからついていく。
シャーロットはときおり壁に飾られた機械や、不思議な形の照明へ視線を向けていた。
「こちらの宮殿は、ずいぶん変わった設備が多いのですわね」
「若王子殿下の発明品が、いろいろ置いてあるんです」
「あの光っている花瓶も?」
「夜になると勝手に歩きます」
シャーロットの足が一瞬止まった。
「なぜ花瓶が歩きますの?」
「日の当たる場所を探すためです」
「花がですの?」
「花瓶がです」
「花瓶が日の光を求める必要はありませんわ」
「若王子殿下も、あとで気づいたみたいです」
「作る前に気づくべきでは?」
「私もそう言いました」
シャーロットは歩きながら、少しだけ眉を寄せた。
「不思議な方ですのね」
「はい。すごく」
やがて一行は謁見の間へ到着した。
高い天井。
左右に並ぶ柱。
正面には王家の紋章。
その下に置かれた玉座だけが、空いていた。
シャーロットは立ち止まった。
「ヤマトレオン殿下は、どちらですの?」
大臣の顔がわずかに固くなる。
「若王子殿下は、もう少々お待ちください」
「まだいらしていないのですか?」
「すぐに参ります」
シャーロットは玉座の間にある大時計へ目を向けた。
「予定時刻は過ぎていますわね」
「承知しております」
「王族同士の正式な会合ですのよ?」
「おっしゃるとおりです」
「外交では、時間を守ることも礼儀の一つですわ」
「まったくそのとおりです」
大臣は反論しなかった。
反論できないのだろう。
つばきは心の中でヤマトへ呼びかけた。
早く来てください、若王子殿下。
せめて爆発する前に。
「ご到着をお知らせしてきましょうか?」
つばきが小声で尋ねると、大臣はうなずいた。
「頼む」
「では、私が」
つばきが扉へ向かおうとした、そのときだった。
遠くから低い音が響いた。
ごごごごご、と床が震える。
天井から細かなほこりが落ちた。
シャーロットが顔を上げる。
「今、何か音がしませんでしたの?」
「しましたね」
つばきが答えた直後。
ドゴーン!
宮殿全体が大きく揺れた。
窓が震え、柱に掛けられていた飾りが傾く。
シャーロットは驚きながら、近くの椅子へ手をついた。
「……何事ですの!?」
大臣は少しも慌てていなかった。
「いつものことです」
「今のが?」
「はい」
「爆発ですわよね?」
「おそらく」
「誰も避難しませんの?」
「この程度なら必要ありません」
「この程度!?」
謁見の間の外では、衛兵たちが普通に歩いていた。
メイドも落ちた飾りを拾い上げ、元の場所へ戻している。
誰一人として走らない。
つばきだけが扉の向こうをのぞいた。
「たぶん若王子殿下ですね」
「なぜそう落ち着いていられますの?」
「最近、少し慣れてきました」
「ちっとも慣れることではありませんわ!」
シャーロットの声が、謁見の間へよく響いた。
その数秒後。
廊下の向こうから、足音が聞こえてきた。
誰かが走ってくる。
「成功したのじゃ!」
ヤマトが勢いよく謁見の間へ飛び込んできた。
全身すすだらけ。
白衣は裾が破れ、袖から細い煙が上がっている。
髪はいつも以上に逆立ち、黒猫というより、雷を受けた黒い毛玉のようになっていた。
だが、顔には満面の笑み。
「でっひゃひゃひゃひゃ! ついに成功じゃ!」
つばきはヤマトの姿を上から下まで眺めた。
「失敗ですよね?」
「研究は成功じゃ!」
「白衣、燃えてますよ?」
「おっといかん、軽い発火じゃ」
パタパタと火を叩いて消そうとしながらヤマトは言う。
「軽い発火って何ですか」
つばきは近くにあった布で、ヤマトの袖をたたいた。
煙が消える。
ヤマトはそこで初めて、謁見の間にいる金髪の少女へ気づいた。
「おお。来ておったのか」
シャーロットは、あ然としてヤマトを見つめていた。
「こちらが……アララ王国の国王陛下?」
「そうじゃ」
ヤマトはすすだらけの顔で胸を張った。
「俺様がヤマトレオン・フォンド・アララ・オットット十三世じゃ!」
「聞いていた人物像と違いますわ」
「どんなふうに聞いておったんじゃ」
「世界最高の科学者で、国を導く天才王子と」
「合っておるではないか!」
「爆発で髪を逆立てて現れるとは聞いていません!」
「科学者なら普通じゃろ」
「普通ではありませんわ!」
「そうなのか?」
ヤマトがつばきを見る。
「さすがに一般的には普通じゃないですねぇ」
「つばきは細かいのう」
「今のどこが細かいんですか」
シャーロットは二人を交互に見た。
来訪前に思い描いていたアララ王国の王子は、もっと近寄りがたい人物だった。
年齢は十歳でも、世界を変える知性を持つ王族。
冷静で、理知的で、隙のない少年。
目の前にいるのは、髪から煙を上げたまま「成功じゃ」と笑っている男の子だった。
「それで、ヤマトレオン殿下」
「ヤマトでよいぞ」
「では、ヤマト殿下」
「なんじゃ」
「本日の会合の開始時刻を、どのようにお考えですの?」
「開始時刻?」
「すでに二十分過ぎていますわ」
「研究がもう少しで完成しそうだったからのう」
「国同士の約束より、研究を優先したのですか?」
「当然じゃ!」
大臣が静かに目を閉じた。
つばきは口元を引きつらせる。
シャーロットのこめかみがぴくりと動いた。
……額は微動だにしない。
「当然ではありませんわ!」
「研究は完成する瞬間が大切なんじゃ」
「外交も大切です!」
「俺様は今ここにおるじゃろ」
「遅れていらしたのです!」
「細かいのう」
「細かくありません!」
初対面とは思えないほど、シャーロットの声が大きくなる。
つばきは少し感心した。
ヤマトに向かって、ここまではっきり言える者は多くない。
相手が王族だからというのもあるだろうが、それだけではない。
この少女は、間違っていると思ったことをきちんと口にできるのだ。
ヤマトも怒ってはいなかった。
むしろ少し面白そうに、つり目を細めている。
「なかなか元気な王女じゃな」
「元気なのではなく、呆れているのですわ!」
「でっひゃひゃひゃひゃ!」
「なぜ笑いますの!」
そのとき、宮殿内に鋭い警報音が響いた。
『警告。第一研究室ニテ、重力異常ヲ検知』
つばきの笑顔が止まる。
大臣が研究室の方向を見た。
『超小型ブラックホールノ発生ヲ確認』
シャーロットの顔色が変わった。
「ブラックホール!?」
警報がもう一度鳴る。
『周辺物質ノ吸収ヲ開始シマシタ』
シャーロットはすぐに姿勢を正し、周囲を見回した。
「皆さま、避難を! 急いで宮殿の外へ!」
しかし衛兵たちは走らなかった。
大臣もその場に立ったまま。
メイドは傾いた花瓶を直している。
つばきは少し困った顔で、ヤマトを見た。
「若王子殿下。またですか?」
「またではない。今回が初めてじゃ」
「ブラックホールを作るのが?」
「家庭用は初めてじゃな」
「家庭用ブラックホールって何ですか」
「ごみを捨てるのに便利じゃろ」
「ごみ箱を使ってください」
シャーロットは信じられないものを見る目で二人を見ていた。
「家庭用ですって!?」
「超小型じゃから安全じゃ」
「ブラックホールに安全も何もありませんわ!」
「部屋の中に収まるよう調整しておる」
「暴走しているではありませんか!」
「少し出力が高かっただけじゃ」
「それを暴走と言うのです!」
研究室の方向から、紙の舞う音が聞こえてきた。
廊下へ一枚の書類が飛び出し、引っ張られるように研究室へ消える。
「大臣閣下」
つばきが尋ねる。
「今の書類は?」
「若王子殿下の未処理書類だ」
「全部あの部屋にありましたよね?」
「ある」
大臣の声が少しだけ低くなる。
「若王子殿下」
「なんじゃ」
「もしかして、政務の書類を消すために作ったのではありませんよね?」
ヤマトの目が泳いだ。
「家庭用ごみ処理装置じゃ」
「書類を入れました?」
「少し」
「未処理のものを?」
「紙は紙じゃろ」
「あとで全部書き直してもらいますからね」
「なぜじゃ!」
「決まってるでしょう!」
シャーロットは片手を額へ当てた。
「今は書類のお話をしている場合ではありませんわ! ブラックホールを止めなくては!」
「そうじゃった」
ヤマトは白衣の内側を探った。
小さなねじ。半分食べた菓子。
折りたたまれた設計図。
木製のこま。いくつかのガラス瓶。
「どれじゃったかのう」
「早くしてくださいませ!」
「慌てるでない」
「慌てますわよ!」
「これではない」
ヤマトは青い缶を取り出し、すぐに戻す。
「それは何ですか?」
つばきが聞く。
「時間停止スプレーじゃ」
「そんなものもあるんですか?」
「少しの間、吹きつけたものの時間を止める」
「それで止めればいいのでは?」
「犬には効かん」
「欠陥品じゃないですの!」
「しかも昨日で使用期限切れじゃ」
「二重にダメじゃないですか!」
「時間を止めるものにも期限があるんですね」
「ややこしいのう」
「ややこしくしたのは若王子殿下です」
ヤマトはさらに白衣を探る。
「おお、あった」
取り出したのは、ごく普通の殺虫剤にしか見えない銀色のスプレー缶だった。
側面に手書きで、
『ブラックホール停止用』
と書かれている。
シャーロットが目を見開いた。
「それで何をなさるおつもりですの?」
「ブラックホールを止める」
「スプレーで?」
「そうじゃ」
「そのようなもので止まるはずが」
「ちょっと待っておれ」
ヤマトは謁見の間を飛び出した。
つばきたちもあとを追う。
研究室へ近づくほど、紙の舞う量が増えていった。
廊下では書類や設計図が空中を飛び、開いた研究室の扉へ吸い込まれている。
椅子や机は動いていない。
床の工具も、その場に残っている。
紙だけが選ばれたように吸われていた。
シャーロットは扉の手前で足を止める。
「本当に紙だけですの?」
「紙ごみ専用じゃからな!」
「未処理書類まで吸ってますよ」
つばきが指さす。
「分類が甘かった」
「分類の問題じゃありません」
研究室の中央には、黒い球が浮かんでいた。
大きさはリンゴほど。
周囲の光が歪み、紙が次々とその中へ消えていく。
ヤマトはスプレー缶を構えた。
「見ておれ」
「近づいて大丈夫ですの!?」
「大丈夫じゃ」
「根拠は?」
「俺様が作った」
「一番不安な答えですわ!」
ヤマトはブラックホールへ向け、スプレーを噴射した。
シュー。
白い煙が黒い球を包む。
数秒後、ブラックホールは小さく震えた。
ぽん。
軽い音を立てて消える。
空中を舞っていた紙が、ばさばさと床へ落ちた。
警報が止まる。
『重力異常ノ消失ヲ確認』
研究室に静けさが戻った。
シャーロットは動かなかった。
床へ落ちた紙。
ヤマトの手にあるスプレー。
ブラックホールがあった空間。
順番に視線を移す。
「……ブラックホールを、スプレーで止めましたわ」
「はい」
つばきが答える。
「普通ですの?」
つばきは少し考えた。
「アララ王国では?」
「普通ではないですわ!」
シャーロットの叫びが研究室へ響いた。
「ブラックホールを家庭用にしません! 暴走しても皆さま逃げません! 停止用スプレーも作りませんわ!」
「停止用がないと危ないじゃろ」
「最初からブラックホールを作らなければいいのです!」
「便利じゃぞ?」
「便利さと危険が釣り合っていません!」
「紙はきれいになくなる」
「大切な書類までなくなりかけていましたわ!」
「それはあとで書き直せばよい」
「書き直すのは若王子殿下ですよ」
つばきがすぐに付け加える。
「嫌じゃ!」
「だめです」
「俺様は外交で忙しい!」
「先ほど外交より研究を優先したと言ってましたよね?」
「今は外交の気分じゃ!」
「都合がよすぎます」
シャーロットは、床一面に散らばった紙を見下ろした。
宮殿へ来て、まだ一時間もたっていない。
時間どおりに現れない国王。
宮殿を揺らす爆発。
家庭用ブラックホール。
それを止めるスプレー。
誰も慌てない家臣たち。
自分がこれまで学んできた外交知識の中に、対応方法は書かれていなかった。
「この国は何なんですの!」
シャーロットは両手を広げて叫んだ。
つばきはその横で、深くうなずいた。
「私も最初はそう思いました」
「今は思いませんの?」
「今もたまに思います」
「慣れてはいけませんわ!」
「そうですよねえ」
二人は同時にため息をついた。
初対面だった。
年齢も立場も違う。
育った国も違う。
それでも今だけは、まったく同じ気持ちだった。
ヤマトは二人の様子に気づかず、床へ落ちた部品を拾い上げた。
「そうじゃ」
その声に、つばきの肩がわずかに動く。
「新しい発明を思いついた」
つばきは嫌そうに振り返った。
「嫌な予感しかしません」
シャーロットもヤマトを見た。
「わたくしもですわ」
二人の声が、初めてぴたりと揃った。
つばきとシャーロットは互いの顔を見る。
一瞬の沈黙。
シャーロットが先に口を開いた。
「今、同じことを言いましたわね」
「言いましたね」
「気が合うということかしら」
「たぶん、若王子殿下に振り回される人は、みんな同じ気持ちになるんだと思います」
「どういう意味じゃ!」
ヤマトが不満そうに声を上げる。
つばきとシャーロットは、もう一度同時にため息をついた。
「それで、何を思いついたんです?」
「聞くのですか?」
シャーロットが驚く。
「聞かないと、勝手に作り始めますから」
「止めることはできませんの?」
「止めても作ります」
「どうすればよいのです?」
「被害を少なくする方向へ持っていきます」
「外交より難しそうですわ」
「慣れると少しだけわかりますよ」
「わたくしは慣れたくありませんわ!」
「俺様を無視するでない!」
ヤマトが二人の間へ入る。
「次の発明は、ブラックホール掃除機じゃ!」
「今のと何が違うんですか?」
「持ち運べる!」
「もっと危ないですわ!」
「出力は半分じゃぞ!」
「半分でもブラックホールです!」
「では四分の一」
「数の問題じゃありません!」
また声が揃った。
つばきは思わず笑う。
シャーロットも一瞬だけ驚いたあと、つられて口元を緩めた。
ヤマトは二人を交互に見る。
「なんじゃ。さっき会ったばかりなのに、もう仲良くなったのか?」
「仲良くなったわけではありませんわ」
「そうですよ。まだお会いしたばかりですから」
「なら、なぜ二人で俺様を責めるんじゃ」
「若王子殿下が責められることをするからです」
「ヤマト殿下が非常識だからですわ」
「また揃った!」
ヤマトは目を丸くした。
大臣は研究室の入口で、その様子を静かに見守っている。
えげれす王国第三王女の訪問初日。
正式な会合は遅れた。
宮殿は揺れた。
ブラックホールが発生した。
未処理書類が半分ほど消えた。
それでも、一つだけ予定になかった成果があった。
ヤマトに振り回される者が、また一人増えたことである。
「では、ブラックホール掃除機の試験を始めるぞ!」
「始めません!」
「始めませんわ!」
「でっひゃひゃひゃひゃ! 本当に息が合っておる!」
「笑ってる場合じゃありませんよ!」
「まず正式なご挨拶をやり直してくださいませ!」
「もう会ったからよいじゃろ」
「よくありません!」
「外交は礼儀が大切ですわ!」
「研究も大切じゃ!」
「「時間を守ってから言ってください(ですわ)!」」
「おぬしたち、急に仲良くなりすぎではないか!?」
研究室には、三人の声がいつまでも響いていた。
こうしてシャーロットの留学初日は、彼女が想像していたものとはまったく違う形で始まった。
アララ王国がどのような国なのか。
ヤマトレオンという少年が、どのような王なのか。
まだ半分も理解できていない。
けれど一つだけは、すでにわかっていた。
この国では、常識だけでは生きていけない。
そして幸いなことに、ため息を一緒についてくれる相手だけは、すぐに見つかったのだった。