バカ王子殿下!!   作:八束祐

6 / 7
この話含めて残り2話で終わる予定です。
それ以降は気が向いたら書きます。


強襲!!叔父上殿!!

 田島波留宮殿の午後は、珍しく平和だった。

 

 窓の外には青い空が広がり、庭園の木々は風に揺れている。

 遠くで鳥が鳴き、噴水の水音が静かに響いていた。

 

 爆発はない。警報もない。

 壁も床も、朝から一枚も壊れていない。

 

 つばきは紅茶を注ぎながら、この穏やかな時間が少しでも長く続けばいいと思っていた。

 

「どうぞ、シャーロット王女殿下」

 

「ありがとう、つばき」

 

 えげれす王国第三王女シャーロットは、背筋を伸ばしたままカップを受け取った。

 

 金髪の縦ロールも、額を見せた髪型も今日も完璧だった。

 淡い紫色のドレスにはしわ一つなく、八歳とは思えないほど優雅に椅子へ座っている。

 

 その向かいでは、大臣が静かに紅茶を飲んでいた。

 

 そしてテーブルの奥には、ヤマトがいた。

 正確には、ほとんど机へ寝そべっていた。

 

「若王子殿下」

 

「なんじゃ」

 

「お茶の時間くらい、ちゃんと座ってください」

 

「俺様は座っておる」

 

「半分くらい、机に乗ってますよ」

 

「座り方は人それぞれじゃ」

 

「王族としてのお行儀は一つですわ」

 

 シャーロットが即座に注意する。

 ヤマトは不満そうにつり目を細めた。

 

「シャーロットは細かいのう」

 

「細かくありません」

 

「つばきと同じことを言う」

 

「正しいことは何人が言っても同じですわ」

 

「俺様が二人に増えたみたいで嫌じゃ」

 

「どういう意味ですか?」

 

 つばきが尋ねる。

 

「俺様を注意する者が二人になったという意味じゃ」

 

「私は若王子殿下じゃありませんよ」

 

「わたくしもですわ」

 

「そういうことではない!」

 

 ヤマトは起き上がり、菓子皿からクッキーを二枚まとめて取った。

 シャーロットがじっと手元を見る。

 

「一枚ずつお取りなさいませ」

 

「俺様の宮殿じゃぞ」

 

「だからといって二枚同時に取っていい理由にはなりませんわ」

 

「つばきは三枚取ったことがあるぞ」

 

「若王子殿下に全部食べられそうだったからです」

 

「ならば俺様も食べられる前に取る」

 

「誰も取りませんって」

 

 つばきは笑いながら、ヤマトの前へ新しい紅茶を置いた。

 最近の三人は、こうして時々一緒にお茶を飲むようになっていた。

 

 最初こそシャーロットは、つばきを恋のライバルとして警戒していた。

 けれどヤマトに振り回されるうち、いつの間にか二人で同じため息をつくことが増えた。

 

 今ではつばきがケーキを作れば、シャーロットが飾りを手伝う。

 シャーロットがヤマトへ礼儀を教えようとすれば、つばきが逃げ道を塞ぐ。

 ヤマトにとっては、少しだけ居心地の悪いお茶会だった。

 

「ところで」

 

 シャーロットが紅茶を一口飲み、何気ない調子で尋ねた。

 

「ヤマト殿下にも、苦手な方はいらっしゃいますの?」

 

 ヤマトは一秒も考えなかった。

 

「叔父上」

 

 即答だった。

 

 つばきの手が止まった。

 大臣もカップから口を離す。

 シャーロットは目を瞬いた。

 

「叔父様?」

 

「うむ」

 

「若王子殿下にも、苦手な人がいるんですか?」

 

 つばきは純粋に驚いていた。

 ヤマトは大臣にも逆らう。

 外国の要人にも遠慮しない。

 研究が始まれば、警報にも爆発にもひるまない。

 姉のキクコだけには甘えるが、それは苦手というのとは違う。

 

「おる」

 

 ヤマトはもう一度、嫌そうに答えた。

 

「世界中で唯一、俺様が会いたくない人物じゃ」

 

「そこまでですの?」

 

「会えばわかる」

 

「どんな方なんです?」

 

 つばきが興味を示す。

 ヤマトはクッキーをかじりながら、視線をそらした。

 

「うるさくて、暑苦しくて、馴れ馴れしくて、俺様を子ども扱いする」

 

「最後の理由が一番大きそうですね」

 

「そんなことはない!」

 

「お名前は?」

 

 シャーロットが尋ねる。

 

「レイモンド」

 

 大臣が静かに説明を加えた。

 

「レイモンド・フォンド・アララ・オットット教授です」

 

「教授?」

 

「大学教授でもあります。専門は考古学です」

 

「王族でありながら、学者でもいらっしゃるのですか」

 

「世界的な考古学者だ」

 

 大臣は少しだけ誇らしそうだった。

 

「これまでに複数の古代文明を発見し、未解読文字を七種解読している。今年に入ってから三冊の著書を出版し、すべてが世界的なベストセラーになった」

 

「すごい方ではありませんか」

 

 シャーロットの目が輝く。

 

「昔から世界中を旅しておるだけじゃ」

 

 ヤマトは面白くなさそうだった。

 

「俺様なら未解読文字など一日で読める」

 

「それはそれですごいですけど」

 

「叔父上は、ただ危険な場所へ行くのが好きなだけじゃ」

 

「冒険家でもあるんですか?」

 

「世界的な冒険家としても知られている」

 

 大臣が答える。

 

「先月まで南方大陸の密林に入り、消えた古代都市を調査していた」

 

「先月まで?」

 

 つばきが首をかしげる。

 

「今はどちらに?」

 

 大臣が答える前に、窓の外から大きな歓声が聞こえてきた。

 つばきたちは一斉に庭園の向こうを見る。

 

 宮殿の正門前に、大勢の人々が集まっている。

 新聞記者に撮影機材を抱えた報道陣。

 テレビ中継の車両。

 空には報道用の小型飛行艇まで浮かんでいた。

 

「何ですの、あの人だかりは」

 

 シャーロットが立ち上がる。

 

 庭園の外では、記者たちが拡声器を持って次々と叫んでいた。

 

「レイモンド教授、ご帰国!」

 

「古代都市の発見について一言!」

 

「今年三冊目のベストセラーが発売初日に百万部を突破しました!」

 

「次の冒険先はどちらですか!」

 

 ヤマトの顔が引きつった。

 

「帰ってきたのか……」

 

 それまで机に寝そべっていた少年が、椅子へ深く座り直す。

 今にもどこかへ逃げ出しそうな顔だった。

 

「あ、まさか――」

 

 つばきが言おうとするより早く。

 

「叔父上じゃ」

 

 ヤマトは立ち上がる。

 

「俺様は大急ぎで研究室へ戻ることにするぞ」

 

「お茶はまだ途中ですよ」

 

「急用を思い出した」

 

「何ですの?」

 

「昨日作った機械が爆発する予定じゃ」

 

「爆発してから行けばいいですよ」

 

「そういう問題ではない!」

 

 ヤマトが部屋の出口へ向かう。

 しかし扉の前には、いつの間にか大臣が立っていた。

 

「どけ、大臣」

 

「レイモンド教授がお帰りです」

 

「俺様には関係ない」

 

「王家の一員として、お迎えください」

 

「嫌じゃ」

 

「だめです」

 

「俺様は王子じゃぞ!」

 

「王子だからです」

 

 ヤマトは別の出口を探す。

 つばきが窓の前へ移動する。

 

「窓からもだめですよ」

 

「なぜ先回りするんじゃ!」

 

「最近わかるようになってきました」

 

「成長せんでよいところばかり成長しおって!」

 

 外の歓声がさらに大きくなる。

 金色の飛行艇が宮殿前へゆっくり降りてきた。

 機体の側面には、世界各国の大学や博物館の紋章が並んでいる。

 

 扉が開いた。

 最初に長い脚が現れる。

 黒い革靴に深い赤色の長いコート。

 首元には白いスカーフ。

 最後に、大きなサングラスをかけた男性が姿を見せた。

 

 年齢は四十代後半。

 長身で、肩幅も広い。

 冒険帰りとは思えないほど身なりは整い、手を振る動作の一つにも妙な華やかさがあった。

 

 報道陣へ投げキスを送り、コートの裾を翻す。

 

「ただいま~♡」

 

 その一言で、宮殿の空気が変わった。

 

 正門に並んでいた衛兵たちは姿勢を正し、メイドたちは頬を赤くする。

 報道陣から歓声が上がった。

 

「レイモンド教授!」

 

「こちらを向いてください!」

 

「南方大陸の古代都市は、本当に黄金でできていたのですか!」

 

「その話はあとで記者会見を開くわね~♡」

 

 レイモンドはサングラスを少し下げ、記者たちへ片目をつむった。

 

「でも今は、かわいい甥っ子との再会が先よ♡」

 

 窓の内側で、ヤマトの顔がさらに嫌そうになった。

 

「帰る」

 

「ここが若王子殿下のお家ですよ」

 

「では別荘へ行く」

 

「お迎えくらいしてください」

 

「俺様はあの者の甥になった覚えはない!」

 

「血のつながりは、覚えているかどうかでは変わりませんわ」

 

 シャーロットが冷静に言った数分後。

 応接室の扉が勢いよく開いた。

 

「ヤマトちゃ~ん♡」

 

 レイモンドが両腕を広げて飛び込んでくる。

 ヤマトは椅子から飛び降り、反対側へ逃げた。

 

「来るな!」

 

「会いたかったわ~♡」

 

「俺様は会いたくなかった!」

 

「まあまあ。照れちゃって♡」

 

「照れておらん!」

 

 レイモンドは長い脚でテーブルを回り込み、逃げるヤマトを追いかける。

 ヤマトも椅子の間をすり抜け、窓際へ走った。

 

「つばき、止めろ!」

 

「私がですか!?」

 

「殿下付き侍女じゃろ!」

 

「こういうときだけ言いますよね!」

 

 つばきが迷っている間に、レイモンドがヤマトを捕まえた。

 

「ヤマトちゃ~ん♡」

 

 後ろから抱き上げ、そのまま頬ずりする。

 

「やめろ!」

 

「少し大きくなったわねえ」

 

「暑苦しい!」

 

「髪も相変わらずつんつんね♡」

 

「触るな!」

 

「かわいい八重歯も変わってないわ~♡」

 

「見るな!」

 

 ヤマトは手足をばたつかせる。

 しかしレイモンドは離さない。

 

 世界最高の科学者が、本気で困っていた。

 つばきは目を丸くする。

 

 いつもなら、ヤマトが誰かを振り回す側である。

 こんなふうに一方的に抱き上げられ、逃げられなくなっている姿は初めて見た。

 

「若王子殿下が、本気で困ってる……」

 

「本当に苦手なのですわね」

 

 シャーロットも驚いていた。

 

「叔父上! 早く下ろせ!」

 

「久しぶりなんだから、もう少し抱かせてちょうだい♡」

 

「嫌じゃ!」

 

「昔は叔父上、叔父上ってついてきたのに」

 

「昔の俺様は判断力がなかった!」

 

「三歳だったものねえ」

 

「その話をするな!」

 

 ヤマトの顔が赤くなる。

 レイモンドは満足するまで甥を抱き締めたあと、ようやく床へ下ろした。

 ヤマトはすぐに距離を取り、白衣のしわを直す。

 

「二度と触るな」

 

「はいはい♡」

 

「返事が軽い!」

 

「ところで、こちらのお嬢さんたちは?」

 

 レイモンドがサングラスを外す。

 切れ長の目が、つばきとシャーロットへ向けられた。

 視線そのものは鋭い。

 しかし口元には人好きのする笑みがある。

 つばきは慌てて姿勢を正した。

 

「若王子殿下付き侍女の、つばきと申します」

 

「まあ。あなたが噂のつばきちゃん?」

 

「噂?」

 

「実験に巻き込まれても、次の日には普通に働いている、とっても丈夫なメイドさん♡」

 

「どういう噂が広がってるんですか!?」

 

「世界は広いけど、あなたほど丈夫なメイドさんは珍しいわよ」

 

「褒められてます?」

 

「もちろん♡」

 

 レイモンドは続いてシャーロットへ向き直る。

 シャーロットはドレスの裾を持ち、完璧な礼をした。

 

「えげれす王国第三王女、シャーロット・ベルローズですわ。外交と留学を兼ね、現在こちらへ滞在しておりますの」

 

「まあまあ。しっかりしたお姫様ねえ♡」

 

「お初にお目にかかりますわ、レイモンド教授」

 

「私のことを知っているの?」

 

「考古学のご著書を何冊か拝読しています」

 

「あら、うれしい♡」

 

 レイモンドはシャーロットの前へかがむ。

 

「あとで署名を差し上げるわね」

 

「ありがとうございますわ」

 

「ヤマトちゃんより、ずっと礼儀正しいわ」

 

「俺様と比べるな!」

 

「比べるまでもありませんわ」

 

「シャーロットまで!」

 

 ヤマトは不満そうに頬をふくらませた。

 

「大臣」

 

 シャーロットが少し声を落とす。

 

「こちらの方が、ヤマト殿下の叔父様なのですか?」

 

「そのとおりです」

 

「先王陛下の弟君?」

 

「はい」

 

「では、王位継承権があるのでは?」

 

 つばきも気になったらしく、レイモンドを見る。

 

「そうですよね。若王子殿下より先に王位を継ぐ可能性もあったんじゃないですか?」

 

「ないわよ♡」

 

 レイモンドは軽く答えた。

 

「ない?」

 

「私は王位を継ぐ資格がないの」

 

 シャーロットは首をかしげた。

 

「資格とは?」

 

 大臣が少し咳払いをした。

 

「アララ王国の王位は男子が継承する。ただし、男子として生まれれば誰でもよいわけではない」

 

「ほかにも条件がありますの?」

 

「王家独自の古い儀式と、身体的な資格が必要となります」

 

 シャーロットは真剣に聞いている。

 つばきはよくわからない様子だった。

 

「身体的な資格って、何ですか?」

 

 ヤマトが面倒そうに答えた。

 

「宦官という言葉を知っておるか?」

 

 シャーロットが一瞬、目を見開いた。

 

「あ……」

 

 つばきだけが首をかしげる。

 

「かんがん?」

 

「つばきは知らなくてよい」

 

「気になりますよ」

 

「あとで本を読みなさいませ」

 

 シャーロットは少し頬を赤くして、つばきから目をそらした。

 レイモンドは楽しそうに笑う。

 

「それ以前に、私は王位継承のための儀式を受けていないのよ♡」

 

「どうしてですの?」

 

「世界を旅したかったから」

 

 レイモンドは迷いなく答えた。

 

「子どものころから、宮殿の外に何があるのか知りたかったの。砂漠の下に眠る都も、海の底の神殿も、誰も入ったことのない洞窟も、ぜんぶ自分の目で見たかった」

 

 窓の外へ視線を向ける。

 

「王になるより、ずっと面白そうだったのよ」

 

「逃げただけじゃ」

 

 ヤマトが横から口を挟む。

 

「失礼ねえ」

 

「面倒なことを兄上に押しつけて、世界中を遊び歩いたんじゃろ」

 

「研究と冒険よ♡」

 

「同じじゃ」

 

「ヤマトちゃんも、政務から逃げて研究室へ行くでしょう?」

 

「俺様の研究は国のためじゃ!」

 

「私の研究も人類のためよ」

 

「叔父上の場合は、自分が面白いからじゃろ!」

 

「ヤマトちゃんも同じでしょう?」

 

 ヤマトが黙った。

 つばきとシャーロットが同時にヤマトを見る。

 

「同じですね」

 

「同じですわね」

 

「違う!」

 

 ヤマトはすぐに否定した。

 

「俺様は叔父上ほど無責任ではない!」

 

「政務から逃げる方が何を言っていますの?」

 

「今日は逃げておらん!」

 

「午前中、窓から出ようとしてましたよね?」

 

「外の空気を確認しただけじゃ!」

 

 レイモンドは声を立てて笑った。

 

「あらあら、本当にポー兄そっくり♡」

 

 ヤマトの顔から表情が消えた。

 

「誰がじゃ」

 

「あなたが」

 

「俺様と父上は違う」

 

「そうかしら」

 

 レイモンドの笑みが、ほんの少しだけ穏やかになる。

 

「好奇心が強くて、何でも自分で確かめたがるところなんて、若いころのポー兄そのものよ」

 

「父上は賢王じゃ」

 

「若いころから賢王だったわけではないのよ♡」

 

「嘘をつくな」

 

「本当よ。昔は宮殿の屋根から飛び降りて、足をくじいたこともあるわ」

 

 大臣が静かに目をそらした。

 ヤマトがその動きを見逃さない。

 

「大臣」

 

「何でしょう」

 

「今、目をそらしたな」

 

「気のせいです」

 

「父上は本当に屋根から飛び降りたのか?」

 

「先王陛下の名誉に関わりますので、お答えできません」

 

「答えておるようなものじゃ!」

 

 レイモンドは楽しそうに肩を揺らした。

 

「ほら、本当でしょう♡」

 

「父上を勝手に変な人物にするな!」

 

「変ではないわよ。とっても面白い人だったの」

 

 その声には、懐かしさがにじんでいた。

 ヤマトは反論しようと口を開き、結局何も言わなかった。

 つばきはその横顔を見る。

 

 ヤマトは父を幼いころに亡くしている。

 

 先王について知っていることは多い。

 賢王とよばれ家族を大切にしたこと。

 敵には冷徹だったこと。

 

 けれど王になる前の父がどんなふうに笑い、どんな失敗をしたのかは、ほとんど知らないのかもしれない。

 

 レイモンドは、そんな昔を知る数少ない人物だった。

 

「そうそう」

 

 レイモンドが突然、両手を打ち合わせた。

 

「大事なことを忘れていたわ」

 

「なんじゃ」

 

「ヤマトちゃんへのお土産♡」

 

「いらん」

 

「古代文明の遺物よ」

 

 ヤマトの耳が動いたように見えた。

 

「どこの文明じゃ」

 

「南方大陸で見つけた、地下都市の石版」

 

「年代は?」

 

「推定一万二千年前」

 

「文字は?」

 

「未解読」

 

「材質は?」

 

「不明」

 

 ヤマトの目が輝き始める。

 つばきは、その変化を見逃さなかった。

 

「若王子殿下、興味津々じゃないですか」

 

「別に興味などない」

 

「質問が急に増えましたよ?」

 

「危険物かもしれんから確認しておるだけじゃ!」

 

「お土産をもらうんです?」

 

「仕方なく預かってやる」

 

 レイモンドは指を鳴らした。

 廊下から数人の職員が、巨大な石版を運び込んでくる。

 

 高さはヤマトの身長の二倍。

 表面には幾何学模様と、見たことのない文字が刻まれている。

 

 ところどころ青い鉱石が埋め込まれ、弱い光を放っていた。

 

「これよ♡」

 

 レイモンドは石版の横へ立つ。

 

「地下都市の中心に置かれていたの」

 

「どのような用途ですの?」

 

 シャーロットが尋ねる。

 

「わからないわ」

 

「調査していないんですか?」

 

 つばきも石版を見上げる。

 

「持ち帰るほうを優先したの♡」

 

「安全確認は?」

 

「してない♡」

 

 ヤマトがゆっくりレイモンドを見る。

 

「叔父上」

 

「なあに?」

 

「遺跡で動作確認はしたのか?」

 

「してないわよ♡」

 

「危険物の可能性は?」

 

「十分あるわね♡」

 

「よくそんなものを宮殿へ持ち込んだな!」

 

「あなたなら何とかできるでしょう?」

 

「俺様を何だと思っておる!」

 

「天才科学者♡」

 

 ヤマトは言葉に詰まった。

 否定できない褒め方をされ、困っている。

 

 つばきは小さく笑った。

 

「若王子殿下、人のこと言えませんよね?」

 

「そうじゃな」

 

 ヤマトは素直にうなずいた。

 一秒後、自分が何を言ったのか気づく。

 

「違う! 俺様は安全確認をする!」

 

「家庭用ブラックホールのとき、してませんでしたよ」

 

「一度の失敗をいつまでも言うな!」

 

「一度でしょうか」

 

 ヤマトは石版へ近づいた。

 

「どれ。見せてみろ」

 

「若王子殿下、触る前に調べたほうが」

 

「俺様なら見ればわかる」

 

「さっき安全確認をするって言ったばかりですよね?」

 

「見るのも確認じゃ」

 

 ヤマトは石版の中央へ手を置いた。

 青い鉱石が一斉に光る。

 

「え?」

 

 つばきが声を上げる。

 低い振動が床を伝った。

 石版の文字が一つずつ輝き、宮殿中へ不思議な音が響き始める。

 

『ヴァル・ネ・トーラレ。ゼグ・ラ・メーン』

 

 シャーロットが椅子から立ち上がる。

 

「古代語ですの?」

 

「そうみたいね♡」

 

 レイモンドは楽しそうだった。

 

『封印機構ノ解除ヲ確認』

 

 大臣の眉が動く。

 

「なぜ古代語のあとに日本語なのです」

 

「俺様が翻訳機能をつなげた」

 

「いつの間に!?」

 

「触った瞬間じゃ」

 

『警告。宮殿内ノ生命体ヲ選別中』

 

 赤い光が部屋中を走る。

 

 つばきの顔にシャーロットの額。

 大臣の頭にレイモンドのサングラス。

 そしてヤマトの白衣。

 

 順番に光がなぞっていく。

 

「選別とは、何を選んでいますの?」

 

「わからん」

 

「止めてくださいませ!」

 

「今調べておる!」

 

『選別完了。生贄候補、一名』

 

 全員が固まった。

 つばきが静かに尋ねる。

 

「誰ですか?」

 

 石版から一本の赤い光が伸びる。

 まっすぐレイモンドを指した。

 

「あら♡」

 

「叔父上!」

 

『派手ナ人物ヲ優先』

 

 ヤマトは数秒黙ったあと、腹を抱えて笑い始めた。

 

「でっひゃひゃひゃひゃ! 石版にも派手だと思われておるぞ!」

 

「笑ってる場合ですか!」

 

 つばきがヤマトの肩をつかむ。

 

 石版の下部が開き、黒い穴が現れた。

 室内の風が吸い込まれて、レイモンドの長いコートが穴の方向へなびく。

 

「まあまあ。ずいぶん積極的な遺物ねえ♡」

 

「叔父上、離れろ!」

 

「足が動かないのよ」

 

「なぜそんなに落ち着いておるんじゃ!」

 

「冒険家だから♡」

 

「答えになっておらん!」

 

 ヤマトは白衣のポケットへ両手を入れた。

 

 ねじに菓子。

 小型端末。

 ブラックホール停止スプレー。

 半重力靴下。

 

「ああでもない!こうでもない!」

 

 まるで日本製の青いロボタヌキの様だとつばきは思う

 

「早くしてください!」

 

「時間停止スプレーは?」

 

「使用期限が切れておる!」

 

「まだ持ち歩いてたんですか!?」

 

 シャーロットが石版の文字を見つめる。

 

「ヤマト殿下! 右下の文字が繰り返し点滅していますわ!」

 

「どれじゃ!」

 

「三角形のような文字です!」

 

 ヤマトが石版へ飛びつく。

 光る文字へ手を当てた。

 

「これは停止命令ではない。供物の変更じゃ!」

 

「変更できますの?」

 

「おそらくな!」

 

「何を供物にするんです?」

 

 ヤマトは周囲を見回した。

 テーブルの上にはクッキーが残っている。

 

「これじゃ!」

 

 皿ごと石版の穴へ投げ入れた。

 

『供物ヲ確認』

 

 吸引が止まる。

 

『砂糖含有量、良好』

 

 黒い穴がゆっくり閉じた。

 

『儀式ヲ終了シマス』

 

 石版の光が消える。

 宮殿へ静けさが戻りレイモンドの足も動くようになる。

 

「あらあら。助かったわ♡」

 

「クッキーで?」

 

 シャーロットは石版を見つめた。

 

「古代文明の儀式が、クッキーで止まりましたわ」

 

「甘いものが好きな文明だったんでしょうか」

 

 つばきが答える。

 

「俺様のクッキーを全部食いおって!」

 

「気にするところはそこですの!?」

 

「二枚ずつ取っておけばよかった!」

 

「そういう問題ではありません!」

 

 レイモンドは石版を軽く叩いた。

 

「興味深いわねえ。古代文明の食文化に関する大発見かもしれないわ♡」

 

「先に安全確認をしてください」

 

 つばきが言う。

 

「そうね。次からそうするわ♡」

 

「本当にします?」

 

「気が向いたらね」

 

 ヤマトが深くため息をつく。

 

「叔父上は昔から何も変わっておらんな」

 

「ヤマトちゃんもね♡」

 

「俺様は成長しておる!」

 

「危険な遺物へ何も考えず触ったでしょう?」

 

「俺様には止める自信があった!」

 

「私にもヤマトちゃんが止めてくれる自信があったわ♡」

 

「俺様を当てにするな!」

 

 シャーロットは二人を見比べた。

 危険だとわかっていないわけではない。

 けれど好奇心が勝つ。

 

 面白そうだと思えば触り、何か起きてから考える。

 根拠のない自信ではなく、自分なら何とかできるという、妙に強い確信を持っている。

 

「叔父様も、ヤマト殿下と同じですわね……」

 

 シャーロットがつぶやく。

 つばきも隣でうなずいた。

 

「ええ」

 

 二人は揃って、ヤマトとレイモンドを見る。

 

「「血筋ですね」」

 

「誰がじゃ!」

 

「失礼ねえ。私のほうがずっと落ち着いているわよ♡」

 

「どこがですか」

 

「服装?」

 

「見た目の話ではありませんわ!」

 

 レイモンドは楽しそうに笑う。

 

「ポー兄も、昔はこんなだったのよ♡」

 

 ヤマトの声が止まった。

 

「またその話か」

 

「本当よ」

 

 レイモンドは石版へ手を置き、懐かしそうに目を細める。

 

「ポー兄も若いころは、見たことのないものを放っておけなかった。父上に止められても遺跡へ入り、危険な機械を見つければ勝手に動かしていたわ」

 

「先王陛下が?」

 

 つばきが驚く。

 

「ええ。私より無茶をしたこともあったわよ」

 

「盛るな」

 

「盛ってないわ」

 

 レイモンドはヤマトを見る。

 

「あなたが研究室で目を輝かせているとき、たまにポー兄を思い出すの」

 

「俺様は父上とは違う」

 

「そうね。あなたはあなたよ」

 

 レイモンドの声から、ふざけた響きが少しだけ消えた。

 

「でも似ているところがあるのは、悪いことではないでしょう?」

 

 ヤマトは答えなかった。

 腕を組み、石版の文字を見つめている。

 

「父上は、この文字を読めたか?」

 

「さあ」

 

「遺物に触ったことは?」

 

「何度も」

 

「どんなものじゃ?」

 

「聞きたい?」

 

「別に」

 

「では話さなくてもいいわね」

 

「……少しくらいなら聞いてやる」

 

 レイモンドはにやりと笑った。

 

「かわいい♡」

 

「やはり話すな!」

 

「ヤマトちゃ~ん♡」

 

「抱きつくな!」

 

 レイモンドが両腕を広げる。

 ヤマトが逃げる。

 

 再び応接室を走り回る二人を、つばきとシャーロットは並んで眺めていた。

 

「本当に苦手なんですね」

 

「そのわりに、昔のお話は聞きたいみたいですわ」

 

「若王子殿下、お父さまのことを知りたいんだと思います」

 

「素直に尋ねればよいのに」

 

「家族のことになると不器用ですから」

 

「叔父様に対してもですの?」

 

「たぶん」

 

 ヤマトがテーブルの下へ逃げ込む。

 レイモンドが反対側からのぞき込む。

 

「出ていらっしゃい♡」

 

「嫌じゃ!」

 

「ポー兄が若いころ、巨大な鳥の卵を温めようとして宮殿を半分焼いた話をしてあげる」

 

「聞く!」

 

 ヤマトが勢いよく顔を出した。

 一秒後、しまったという顔になる。

 レイモンドは満面の笑みを浮かべた。

 

「やっぱり聞きたいのね♡」

 

「違う! 父上の名誉を守るため、叔父上の嘘を確認するだけじゃ!」

 

「はいはい」

 

「その話、私たちも聞いてよろしいですか?」

 

 つばきが手を挙げる。

 

「もちろん♡」

 

「わたくしも興味がありますわ」

 

「王女まで!」

 

「先王陛下の若いころについては、外交資料にもほとんど記録がありませんもの」

 

「皆でお茶を飲みながら話しましょうか♡」

 

「俺様のクッキーは石版が食べたぞ!」

 

「追加をご用意しますね」

 

 つばきは空になった皿を持ち上げた。

 

「今度は多めに」

 

「俺様が三枚ずつ取る!」

 

「一枚ずつですわ」

 

「またそれか!」

 

 シャーロットとつばきが同時に笑う。

 レイモンドも楽しそうに笑い、ヤマトの頭へ手を置いた。

 

「やめろ!」

 

「ヤマトちゃんは、いいお友達に恵まれたのねえ♡」

 

「こやつらは俺様の家臣と留学生じゃ!」

 

「そういうことにしておきましょうか」

 

「何じゃ、その言い方は!」

 

 つばきが新しい菓子を取りに部屋を出る。

 シャーロットはレイモンドの向かいへ座り、話を聞く準備を始めた。

 ヤマトは嫌そうな顔をしながらも、部屋を出ようとはしなかった。

 

 石版は部屋の隅で静かに光っている。

 大臣が念のため、その前へ新しいクッキーの皿を置いた。

 

「大臣、何をしておる」

 

「再起動した場合への備えです」

 

「そんなものでよいのか?」

 

「先ほど止まりましたので」

 

「うむ。合理的じゃな」

 

「ブラックホール停止スプレーと同じ考え方ですわ……」

 

 シャーロットが額へ手を当てる。

 レイモンドは大声で笑った。

 

「本当に面白い国よねえ♡」

 

「叔父上にだけは言われたくない!」

 

 田島波留宮殿には、その日もにぎやかな声が響いていた。

 

 翌朝。

 

 レイモンドは「次の遺跡が私を呼んでいるわ~♡」という意味の分からない言葉を残し、南方大陸へ向けて旅立っていった。

 帰り際もヤマトへ抱きつこうとして全力で逃げられ、最後まで「ヤマトちゃ~ん♡」という声だけが宮殿中へ響いていた。

 

 飛行艇が空の彼方へ消えるのを見届けると、ヤマトは大きく息を吐く。

 

「……やっと帰ったか」

 

「ずいぶん安心した顔ですね」

 

 つばきがくすりと笑う。

 

「叔父上がおると、俺様の調子が狂うんじゃ」

 

「でも、先王陛下のお話、楽しそうに聞いてましたよね」

 

「父上の名誉を守るためじゃ!」

 

「そういうことにしておきます」

 

 シャーロットとつばきが顔を見合わせ、小さく笑う。

 その様子を見ていた大臣は、静かにひとことだけつぶやいた。

 

「次は一年後くらいに帰ってきてくだされば十分ですな」

 

 その場にいた全員が、黙って深くうなずいたのだった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。