醜侠、奸臣賊徒と相対す   作:ぼっちクリフ

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奸臣の子孫、醜侠と出会う

その日の早朝、趙活は大門の掃除をしていた。

唐門の勢力は地に落ちており、外弟子は既に自分以外に居ない。大門の掃き掃除、朝食の準備、薪割りに水汲み、全て趙活の仕事だ。あくびを噛み殺しながら掃除をしていると、足音が聞こえ顔を上げた。見れば珍しい事に、旅装姿で大門前へ立つ人物がいる。唐門の山道は険しく、並大抵の者では登る前に諦めるか、登って来ても息絶え絶えになる。しかし目の前の人物は息も切らさず立ち姿も凛としていた。

 

 

「何用ですか、ここが唐門と知ってのお出ましか?」

 

 

趙活が声をかけると旅人は傘を取り一礼する。驚いた事に、旅人は女性だった。趙活よりも少し年上だろうか、スラリとした体躯に上品な雰囲気、まず美人と言ってよい顔立ちだった。唐門の客人として外堡に滞在する龍湘より可憐さでは一歩劣るが、その分落ち着きがあり冷たい印象を与える美貌と言うべきか。

 

 

「いかにも。掌門にお取次ぎ願いたい」

 

 

声は少し低く、よく通る。また仕草に庶民とは違う所作――そう、あの上官螢と同じ貴種の雰囲気を感じるものがある。一体何者なのか、訝し気に見つめる趙活の視線に気づいたのか、客人は続けて名乗った。

 

 

「私の名は秦碧玉。先の宰相、秦檜の玄孫にして今は江湖を旅する一人の侠客。唐門への入門を希望しております」

 

 

思わず取り落とした箒がカラン、と音を立てた。

 

 

 

唐門は上から下まで大騒ぎとなった。

入門希望者が来るのは喜ばしい。だが、それがよりにもよってあの奸臣秦檜の玄孫とは!

 

 

「今すぐ叩き殺せ!」

 

「首に縄をかけて大門に吊るし、広く天下の晒し者にすべきだ!」

 

 

血の気の多い者はそう叫び秦碧玉を殺せと主張した。だが、その数はそこまで多くはない。

 

 

「身一つで乗り込んで来た女をなぶり殺しになどすれば、唐門の恥である」

 

「丁重にお帰り願おう、火中の栗を拾う必要は無い」

 

 

多くの者はこのような意見だった。

入門したいならさせてやろう、などと言うものは皆無である。当然だ、何せあの奸臣秦檜の子孫などを入門させた日には唐門の名誉を大いに傷つける事間違いない。

唐門の大部分の意思は、彼女の入門に対し否定的だった。

 

 

 

夕刻になり趙活は鍛冶場の裏に薪を運んでいた。彼自身は秦碧玉の入門に対し何の意思も示しておらず、また同門の輩から聞かれる事も無かった。今日はちょうど薪を裏山から取って来て鍛冶場や厨房に配る日で、朝から大忙しだった。そんな彼に声をかける者もおらず、この件に関しては考える暇も無かった。

ようやく薪を配り終わり一息吐く。水を飲みながら趙活は朝会った秦碧玉の事を考えていた。

 

 

「奸臣秦檜の玄孫、か」

 

 

宋人で岳飛将軍の名を知らぬ者はおらず、また同じように奸臣秦檜の名前を知らぬ者もいない。先の宰相秦檜。金との屈辱的な和議を進め、邪魔になった岳飛将軍を謀殺した奸臣。その名を聞いて怒りを覚えない江湖の人間は居ないだろう。

趙活自身にも秦檜に対する強い怒りがある。あの時岳飛将軍が十二の金牌で進軍を留められなければ、今頃宋は失地を回復し金を中原の北へと追い払ってしまえたかもしれないのだから。

 

 

「……はぁ」

 

 

だが、趙活は何故かあの秦碧玉に対しての怒りや、鬱陶しさを感じられなかった。

美しさに心を奪われたとか、同情しているとか、そういう気持ちではない。だが、心の何処かに何かが引っ掛かる。彼女を見ていると、何かを思い出しそうになる。それが何か、今はまだ掴めない。けれど同門の師兄達や師弟達のように騒ぎ立てる気持ちにどうしてもなれなかった。

 

 

「あ、ここに居たッスか」

 

「四師兄?」

 

 

ひょっこりと鍛冶場の裏に顔を出す四師兄。

どうやら今は行商から帰ってきているようだ。

 

 

「掌門が正心堂でお呼びッス」

 

「掌門が?」

 

「例の奸臣の玄孫について、最終的な処遇を通達するらしいッスよ。僕と二師兄、三師兄、それに君が出席者ッス」

 

 

どうやら掌門は家族会議で最終的な意思を伝えるらしい。

趙活は重い足取りで正心堂へと向かった。

 

 

 

正心堂には既に他の面々が揃っていた。

正面に掌門、入り口側に秦碧玉。正面から左方に二師兄と三師兄。趙活と四師兄は右方へと並ぶ。

 

掌門が重々しく口を開いた。

 

 

「布衣はどうした?」

 

「四日前から姿が見えません」

 

 

二師兄の言葉を聞いた掌門のこめかみに血管が浮かぶ。ため息をひとつ吐くと掌門は秦碧玉へと向き直った。

 

 

「さて女侠、聞く所によると入門を希望しているそうだな」

 

「左様にございます、唐先輩」

 

「束脩は持ってきたのか?」

 

「はい、ここに」

 

 

秦碧玉は傍らの荷物を恭しく差し出す。

そこに入っているのは干し肉10組、上質の絹二反、それに銀子が少々。古式に則った謝礼であった。

 

 

(自分の持ってきた卵三個とは雲泥の差だな)

 

 

趙活が思わず自嘲しながら眺めていると、掌門は左右を見回した。

 

 

「皆、意見を」

 

「即刻追い出すべきでしょう。唐門が貴様を庇うべき理由が無い」

 

 

早速意見を出したのは二師兄だ。その冷たい視線と同じくらい冷たい音色の声色で彼女の退去を求めた。秦碧玉は何も言わず視線をわずかに下へと逸らした。

次に三師兄が声を上げた。

 

 

「恐れながら申し上げます。彼女が奸臣秦會の子孫である事、既に江湖に知れ渡っております。唐門が彼女を庇護すれば、正道六派だけでなく江湖全てを敵に回す事にもなりかねないかと」

 

「え、もうそんなに知れ渡ってるッスか?」

 

「ええ、今月の『江湖速報』に、彼女が奸臣秦會の子孫であるとの記述が」

 

「じゃあ僕も彼女の入門に反対ッス、割に合わないし商売に支障が出そうッスから」

 

 

二師兄、三師兄、四師兄すべてが反対に回った。残るは趙活である。

掌門が意見を求めるように趙活へと視線を向けるが、趙活はおどおどとしながらかろうじて声を出す。

 

 

「俺は、別に……その……」

 

 

歯切れの悪い言葉に掌門は嘆息した。どうやら彼女を庇う者は、この場に居ないらしい。

 

 

「恐れながら皆様に申し上げます」

 

 

声を出したのは秦碧玉自身だった。

 

 

「私の事で皆様の心を騒がせ、不穏をばら撒いている事を深くお詫び申し上げます。奸臣の穢れた血を持つこの身なれば、どのように処遇されようとも文句は申しませぬ」

 

「殊勝な心がけだな」

 

 

二師兄の嘲笑にも秦碧玉は反抗の態度を見せない。ただひたすら恐縮したように頭を下げ、視線を床に向けながら言葉を続ける。

 

 

「嬲り殺されても辱められても文句の言えぬ身なれど、こうして公正に判断の場を頂いた事に感謝致します。大変失礼いたしました」

 

 

趙活は深く頭を垂れて言葉を続ける秦碧玉の横顔を一瞬だけ見た。そして、ようやく理解した。

 

 

(ああ、そうか。彼女は俺と同じなんだな)

 

 

その顔にあったのは諦めと、そしてどうしようもない自身への嫌悪だった。

 

 

 

お前は何を期待していたのか

 

唐門がお前を受け入れてくれると思ったのか

 

そんな穢れた血(醜悪な顔)を持ったお前を誰が愛してくれる

 

夢など見ずに分際を弁え隅っこで小さくなって生きていけ

 

 

 

「恐れながら弟子趙活、掌門に意見を申し上げます!」

 

 

 

突然正心堂に響いた声に全員が驚愕して趙活の方を見る。

しかし趙活は構わず続けた。

 

 

「『窮鳥懐に入るは仁者の憫れむ所なり、いわんや死士存亡がかかるなれば』と申します。彼女を追い出すのが、果たして唐門の取るべき行動なのでしょうか!?」

 

 

困窮する鳥が懐に飛び込んでくれば、これを憫(あわ)れんで匿うのが人の道である、ましてやその人の生死が委ねられたならば理由を問わずに助けるのが仁者である。

趙活は『顔氏家訓』を引用し、他の三者の言葉に反対してみせたのだ。

 

突然秦碧玉を庇う趙活の真意を誰もが計りかねた。

一瞬の静寂の後、まず声を上げたのは三師兄だった。

 

 

「師弟、これは唐門だけの問題ではない、江湖全体の問題なのだ。彼女を受け入れるという事は……」

 

「江湖全体を敵に回す。師兄はそうおっしゃりたいのですか?」

 

「その通りだ」

 

「なるほど、師兄は江湖の有象無象を恐れるがゆえに彼女を受け入れるべきではない、そうおっしゃるのですね?」

 

「そ、そうは言って……」

 

「何だ凡愚、この女の色香に迷ったのか」

 

 

今度は吐き捨てるように言った二師兄に向き直る

 

 

「二師兄、二師兄も彼女の血が穢いゆえに入門を認めるべきではない、そうおっしゃるのですか?」

 

「貴様のようなお荷物を二人も三人も抱える必要はないと言っている」

 

「それはおかしいですね、彼女が荷物になると決まったわけではないでしょう?」

 

「その血が厄介事を運んで来ないとでも思っているのか!」

 

「では逆にお尋ねします。彼女の血が厄介な事を運んでくる故に入門を認めないなら、その血が福や名声を呼ぶ――例えば、岳飛将軍の子孫を名乗る者は無条件に唐門に受け入れると?」

 

「貴様……!」

 

 

岳飛の子孫を名乗る者を無条件に受け入れるなど出来る筈もない。江湖には岳飛将軍の子孫、縁のあった者を名乗る有象無象がごまんとおり、それらの大半は箸にも棒にも掛からぬ凡人でしかないのだ。とても全員を唐門に受け入れるなど出来ようはずもない。

 

やり取りを見ていた四師兄はため息を吐いた。激論を交わす趙活と二師兄、三師兄を眺める掌門の口角が僅かに上がっているのを見つけたからだ。

 

 

(掌門は師弟のこういう所が大好きッスからね……)

 

 

 

「もう良い、錚、趙活。わしの腹は決まった」

 

 

その一言で二人の議論がピタリと止まる。お互い不服そうながらも引き下がり、掌門の沙汰を待つ。

掌門は秦碧玉へと向き直るとゆっくりと告げた。

 

 

「秦碧玉、そなたの入門を認める。ただしまずは外弟子として、この唐門における様々な用をこなしてもらう。良いな?」

 

「え……」

 

 

秦碧玉は驚いて掌門を見つめる。受け入れて貰えるなどと思ってはいなかったのだろう、彼女は慌てて床に這いつくばり拝礼した。

 

 

「あ、ありがとうございます! この御恩を生涯忘れず、師と唐門の為にこの身を捧げる所存です!」

 

「うむ。趙活、この者をお前に預ける。唐門における生活を指導し外弟子の先輩として導くように」

 

「はっ……え?」

 

 

趙活は思わず素っ頓狂な声を出した。

 

つまり掌門は、この厄介な奸臣の玄孫はお前が責任をもって面倒を見ろ、と言っているのだ。

 

二師兄がざまあみろとばかりに嘲笑い、三師兄が胃のあたりを押さえ、四師兄がやれやれと肩を竦める。

 

 

「はぁ!?」

 

 

趙活の叫びが、この会議の終わりの合図となった。

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