醜侠、奸臣賊徒と相対す   作:ぼっちクリフ

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奸臣の子孫、唐門で暮らし始める

奸臣秦檜の子孫である秦碧玉、唐門へ入門す。

この一報は江湖を駆け巡り、心ある江湖の住人たちは皆唐門への怒りをあらわにした。特に元より唐門に対し良い印象を持っていなかった者の中には「唐門誅すべし!」と気概を上げる者もいた。ただ、次の噂が江湖に知れ渡ると状況は完全に逆転してしまった。

 

「唐老魔は奸臣秦檜の子孫をこの世のモノとも思えぬ醜悪な男に与えた。彼女はその男の元で夜な夜な慰みモノにされているそうだ」

 

「昼間は下女のように働かされ、夜は人間扱いすらさらないのか。いくら奸臣の玄孫とはいえ哀れなもんだな」

 

どうやら唐門の残虐非道さは噂以上らしい、まさか死ぬよりも酷い仕打ちを与えるとは。人々はそう噂して眉を顰め、しかし奸臣の子孫に対する仕打ちとあっては文句を言うわけにもいかず。徐々にこの話題を口に上らせる事はなくなっていった。

もちろん唐掌門はそのような噂などどこ吹く風であり、噂を聞いた唐門の兄弟達は爆笑し、ただ一人趙活だけが己に対する理不尽な風評に抗議したが誰も気にも留めなかった。

 

 

当の秦碧玉は噂を気にした様子もなく、趙活の指導の元で唐門の外弟子としての生活を始めていた。薪割り、水汲み、練武場の掃除、料理、全てに対しソツなくこなし、文句ひとつ言わない。流石に趙活ほど手際よく出来るわけではないが、辛い仕事に対して文句ひとつ言わず務める姿は門弟たちの評価を大きく変えた。そもそも彼女は先の宰相の子孫、すなわち貴種である。本来ならば江湖などという無頼たちの世界に居る方がおかしい人種なのだ。それが下働きのような事を命じられても必死にこなしているのだ。その姿は多くの者が彼女の事を見直すきっかけになった。

特にそれは女性門弟の間で顕著だった。秦碧玉が来て一番変わったのは、女弟子部屋の掃除と洗濯を彼女が担当するようになった事だ。流石にこの仕事だけは男である趙活が担当するわけにはいかず、女弟子たちの持ち回りとなっていた。それを秦碧玉が一身に引き受けるようになったおかげで女弟子たちの負担が減り、それが彼女を見直すきっかけとなった。最初は誰も関わろうとしなかった秦碧玉にも、二言三言なれど声をかける唐門弟子が増えていった。

 

とはいえそれで秦碧玉が唐門の生活を楽しんだり、弟子たちと仲良くなった様子は無い。彼女は終始無表情で、感情をあらわにしない。礼儀正しく、貴種である事を振りかざさず、馴れ馴れしくもせず。何処かに壁のようなものを作りながら、黙々と日々の雑事をこなしている。唐門の弟子達は彼女を見直したけれど、それで仲良くなったものはいない。声をかけ敬するが遠ざけ、対応は趙活に一任する。それが唐門弟子達の基本的な立ち位置であった。

 

 

「趙師兄、味付けはこれで良いでしょうか?」

 

「あぁ、問題ない」

 

 

厨房で鶏もも肉の煮込みの味をみながら趙活は頷いた。最初の頃は貴人の出身らしくやたら薄い味付けだったが、最近は慣れてきたのか濃い目の味付けになっている。鍋いっぱいの鶏もも肉を煮込みながらも、秦碧玉は汗ひとつかかず表情も変えない。

趙活は彼女が表情を変えた所をこの2カ月ほどで見た事が無い。あの時、掌門の前で頭を下げた時に見せた一瞬の表情、それ以外は努めて喜怒哀楽を出さずにいる。かといってぶっきらぼうだったり無礼である事はなく、礼儀正しくこちらの雑談にも普通の答えてくれる。趙活は彼女が一体何を考えているのか、今一つ図りかねていた。

 

 

「私はもうちょっと甘い味付けの方が良いわ」

 

「僕は辛い方が好みッスね」

 

 

いつの間にか台所に忍び込んでいた二人が口々に注文をつける。そして遠慮無しに鶏もも肉に手を伸ばそうとする葉雲裳の手を、趙活が掴んだ。

 

 

「勝手につまみ喰いしようとするんじゃない」

 

「あら趙お兄ちゃん心外よ。私は世間で噂の奸臣の子孫を手籠めにしようとする妖怪を見張りに来たの、この鶏もも肉はそのついでよ」

 

「とんでもない噂を助長するんじゃないよ!?」

 

「お兄ちゃんの変態、鬼畜~。良いのよ、このまま台所で不埒な事に及ぼうとしてたって外堡中に言い触らしても。嫌なら鶏もも肉を寄越しなさい、ってこと」

 

「兄の尊厳を鶏もも肉の取引材料にする気か!?」

 

「へっへっへ、混世魔王様、僕にも分け前が欲しいッス」

 

「くそっ、四師兄もそっち側かよ!?」

 

 

繰り広げられる漫才に、秦碧玉が少しだけ困ったように眉を顰め趙活の方を見る。この二人の相手をするだけ無駄だろう、趙活が彼女に合図すると、碧玉は鍋の中から小さめの鶏もも肉を三本取り出し一本ずつ強盗達の手に握らせた。

 

 

「ふふ、苦しゅうないぞ、趙お兄ちゃん、秦女侠」

 

「ごちそうになるっス」

 

「あ、ちょっと味付け変えた?」

 

「やれやれ……ん?」

 

 

おかしい、つまみ喰いが一人増えている。そう思って顔を上げると……

 

 

「って何で湘姉まで居るんだよ!?」

 

 

いつの間にかその場に居て鶏もも肉を頬張り始めた姉・龍湘にツッコミを入れる。秦碧玉は難しそうな顔をしながらも、対応を趙活に丸投げして料理に集中する事にしたのかそちらを見ようとしない。

龍湘はモグモグと鶏肉を頬張りながら悪びれもせず胸を張った。

 

 

「うん、今日の晩御飯が鶏もも肉だって聞いたから。急いで外堡から登って来たの」

 

「その熱意には敬意を表するよ」

 

 

この三人が居ては晩飯どころか、台所中の食糧が荒らされてしまう。

趙活は秦碧玉に料理を任せると三人を連れて外へと向かった。

 

 

 

四人だけになると早速四師兄が疑問をぶつけてきた。

 

「どうッスか、あの子」

 

「特に変わり無いよ、よく働くし文句も言わない」

 

「不思議ね、こんな風に扱われて何も言わずに従うなんて。まるで趙お兄ちゃんみたい」

 

「うん……」

 

 

最初は趙活もそう思っていた。彼女は自分と同じで、全てを諦めながらも居場所を探しているのだと。

だが、一緒に生活していくうちに何処か彼女には自分と違う「何か」があるのだと感じるようになってきた。それが何なのか、一言で言い表せば――

 

 

「危うい、かな」

 

「危うい?」

 

「うん、何処か危うさというか、儚さというか……」

 

「何ッスか、本気で惚れたッスか?」

 

「『この子は俺が守らなきゃ』ってこと? うわー、お兄ちゃん流石にそれは諦めた方が……」

 

「真面目な話だよ」

 

 

茶化す二人を窘めながらため息を吐く。その危うさの本質が分からなかったからだ。

 

 

「あ、思い出した」

 

 

それまで黙って鶏もも肉を頬張っていた龍湘が突如声を上げた。

 

 

「湘姉?」

 

「うん、どっかで見た気がしたんだよ、彼女。思い出したよ、旅に出る前に錦香宮で見かけたんだ」

 

 

 

龍湘が旅の準備をしていた頃、錦香宮の主である温夫人に目通りを願った女性が居た。その女性――秦碧玉は錦香宮の庇護と入門を求めていたらしい。

考えてみれば当然の事だ。錦香宮は全ての女性を庇護してくれる。もし秦碧玉が庇護を求めるなら、唐門よりも錦香宮の方が余程相応しい。また錦香宮の温夫人ならば、彼女が奸臣の玄孫である事など決して問題にしないだろう。どのような女性であろうと世間から庇護し、自立させる事こそが錦香宮の求める所なのだから。

 

 

「でもね、師匠は秦碧玉にある条件を出したらしいんだ」

 

「条件?」

 

「庇護はする。けれど武芸は教えない、そして秦碧玉も武の道を捨て去る事」

 

「それは……」

 

「師匠は無駄にそんな事を要求する人じゃない、きっと何か理由があったと思う」

 

 

余程武芸の見込みが無かったのか、それとも人を害する悪しき性を持っていると見られたのか。

龍湘にはそのどちらにも見えなかった。だから師匠である温夫人にそんな条件を出した理由を尋ねたところ、返ってきたのはこんな言葉だったという。

 

 

「聖人、()むを得ずして(これ)を用いる」

 

 

その一言で趙活は悟った。

彼女の危うさが、一体何なのかを。

 

 

 

「お疲れ様でした、趙師兄」

 

「お疲れ様」

 

 

夜、一日の仕事を終え一礼し寝所へ向かう秦碧玉の背中に対し、趙活は声をかけた。

 

 

「なぁ、秦師妹」

 

「――はい?」

 

 

無表情に振り返る彼女に、趙活は告げる。

 

 

「君は、死に場所を探しているのかい?」

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