(わたしはしあわせなはずなのに。なんで、しあわせじゃないのだろう)
その少女の頭には、幼い頃からそんな疑問が浮かび続けている。
少女は、国で二番目に力を持つ一族、とある大公の娘として生まれた。
人格者の父と母。優しい使用人達に、少し厳しいが、出来た時はとことん褒めてくれる専属の教師。
可愛らしい妹弟に、暑苦しいが紳士な兄。
幸福で優しい家に生まれた。
彼女が八歳の時。
王立学園の初等部に合格した記念として、父からは宝石を。母からは仔馬を。
妹と弟は協力して不格好だが美味しいケーキを。兄は、討伐した魔物の魔石から作ったアクセサリーを贈られた。
入学の一週間前。暖かい人々が集まった。彼女の父が信用する人間だけが集められ、小さくも賑やかなパーティが開かれた。
愛情、敬意、庇護、それに様々な物品。この世の、一般的に語られる幸せの全てが集まった空間で。
少女は。
(なんか、ちがう)
と感じた。何が、とは説明出来ない。
ただ、何も感じなかった。自分を撫でる知らぬ人、知らぬ国の貴重品、可愛らしい服装に優しい言葉。
けれど、それらに対して、笑ったほうが良いことは理解していた。だから、満面の笑みを浮かべて応対した。
そうすると人々は、まるで矢か魔法に撃ち抜かれたように目を見開き、その後口角を上げるのだ。
「まるで天使だ....」
「マクフィス公が羨ましい、こんなに素晴らしい子供を授かるなんて」
「来年はもっと大きな会場でするべきでしょうな」
「ふふ、褒めても何も出ぬよ」
それを、少女は、ただ、ぼーっと眺めていた。
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少女が、十二歳、中等部になる頃。彼女の名は、社交界のみならず庶民の間でも知られていた。
呼び方は人それぞれ。全てに共通するのは、おおよそ人間の少女に付けるには大仰な名であること。
曰く、王国の至宝。
曰く、人間に生まれてしまった天使。
曰く、神の御使い。
少し話を聞けば、いくらでも御大層な褒め言葉が出てくる。
十歳で熟練の魔術師を打ち倒し。十一で騎士団長に剣を手放させ。学問では、間違った教師を言い負かしたと。
大抵、噂というのは盛られ、尾鰭が付いているものだ。だが、この少女に関する逸話はほぼ全てが事実だった。
贈り物の量は日に日に増え。何処に居ても、何かをする度に褒め称えられる。
かといってそれに増長する事もなく、爵位や実力を鼻にかけずどんな人間にも優しく接する。
ある日。学園内で一目惚れした王太子、そして彼の強い要望を聞いた王家から、婚約の申し出が届けられた。
大公と王族。王国内で話題の少女と、当代一と名高い王太子。
周りは祝福した。彼女に関わる全ての人間が、「彼くらいしか『釣り合わない』」とさえ言い、それを否定する者も居ない程。
けれど彼女は、返事を聞かれる場----花束と書類さえ用意されていた----で、こう言った。
「嫌です」
と。父は困惑し、母は唖然とした。
二人がいくら理由を聞いても、『嫌』の一点張り。今まで、一度も我儘を言った事も無い出来た娘が。
普通の貴族ならば、怒りや叱咤を飛ばすかもしれない。だが、彼女の両親は『親』だった。『貴族』である以前に。
断りは極めて丁寧に、あらゆる美辞麗句に包まれて王家に届けられた。小さくない血の繋がりを持つ大公が礼儀を持って断れば、王家と言えども突き通せない。
少女自身は、ただ困惑していた。
別に、断る理由は無かった筈だ。時たま話しかけてきた王太子自体は決して悪い人間ではなく、むしろ善良で。
きっと了承の返事をすれば、家族も喜んで受け入れた。そのはずだった。
普通に考えたら、自分も、幸せになれる出来事の、筈だった。
なのに、なぜだか。王太子と同じ家に住む自分を想像して----人生で初めて、嘔吐した。胃の中の物を全て吐き出した気がした。
(なんでだろう。なんで)
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少女は十五歳になった。彼女の容姿の成長は留まることを知らず。
同級生のみならず、留学に来ていた他国の王族。獣人の大族長の息子。果てはエルダーエルフの教師に至るまで。
あらゆる人間の心を掴み続け、そして。
全ての求愛を断り、ただ、今日も天使の様に微笑んでいた。
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何故私は、誰も愛せないのだろう。
何故私は、こんなにも恵まれているのに、幸せを感じられないのだろう。
理解している。この世にある、様々な種類の幸福を、理由と共に。
そしてそのほぼ全てを、自分が享受している事に。
家族は優しく、友人は気安く、男性は甘く、誰も彼も敬意を私に。
なのに。
昔から、ずっと。
心の底から笑ったことなど、一度も無くて。
笑ったほうが良い場面だけが分かって。そして皆、作り笑いで嬉しそうな顔をする。
全て作り物なら。愛情だって作って、適当な、家の人間が喜ぶ選択をすればいい。適当な、求愛してきている人間を見繕えばいい。
けれど、それだけは、出来なかった。
男性と同じ家に住み、支え、そして夫婦としての『営み』を、なんて、考えただけで。死にたくなるほどの苦痛と嫌悪感が湧いてくる。
何故なのだろう。もしかして自分は、女性が好きなのかと考えた事もあった。だが違う。
『今の自分が知っている誰か』を愛するという事が、想像できない。そうするフリ、だけだとしても。
本気で不安になった時に、父と母に相談してみた事がある。
「実は、いつも作り笑いをしているのです」
「誰かを愛せる自信が無いのです」
「私は大丈夫なのでしょうか」と。
父と母は笑って、
「若者はそういうものだ」
「貴方はいつも、いつまでも自慢の娘なんですよ」
と返した。その後、思春期の子供はそういった不安を抱きがちなのだ、きっといつか貴方も....と、そういう話にされて終わった。
自分さえも愛されていない可能性を、考えもせず。
違うのです。そんな、
魂が叫ぶのです。
なのに、誰も愛せないのです。誰かを愛さねばならない事だけを何故か知っていて、なのに、誰かを愛そうとすると、愛したイメージを作るだけで、死にたくなるのです。
今も、辛いのです。完璧なのに、実際は、人でなしの、自分が。 助けてほしくて。
こんな時に、彼がいればきっと
彼?
ふと、頭の中のその言葉が、引っ掛かりました。
誰かは、分かりません。分かる筈がありません。誰かに頼ったことなど、弱みを見せたことなど、無いのに。
けど、確かにその彼は、居た気がしました。
昨日、目の前で、それなりに整った顔立ちを赤くして、私に告白をしたエルフの男性よりも。
何度も何度も求愛をしてくる王太子よりも、よっぽど。
私の心の中に、それは長く居た気がしました。
不安定な心の産物だ、と理性が叫びます。けど、絶対に違うと分かります。ただ理屈無くとも理解できます。
溢れ出ていた涙が。歪んでいた顔が。彼、と呟くだけで、和らいでいくのが自分でも不思議で、なのに納得できました。
「わたしは、かれを、あいしています」
本能で。勘で。私らしくないけどつぶやいてみました。なにか、違う気がしました。
「じゃあ....わたしは、きみが好きです?」
それも、違う気がしました。
手探りで、『彼』をイメージして、色々な言葉を吐くだけで、なんだか、凄く幸せでした。
「キミが、嫌いです........ぁ」
そう、そうだ。愛する想像なんて、吐き気がして、当たり前だったんだ。
ずっと、彼のことは、嫌いだった。隣に居てほしくて、それでも、嫌いな所ばかりの人だった。それが愛だった。
顔も声も経緯も何も思い出せない。けど、彼に向けていた奇妙で大きな感情だけは、思い出せる。
人生において、ずっと無かった、知らなかった『幸福』が、彼の存在だけで作られていく。
きっと傍から見ればこれは狂気で、納得の出来ない物だけど。
夜、初めて私は、ぐっすりと眠ることが出来ました。
そして、人生で初めて覚悟をして、本当の意味の使命を理解したんです。
彼と一緒に幸せになるぞ、って。例え何処に居ても、絶対に。
私の力は、その為に有るんだって。
少女
最近、笑顔がより素敵と話題に