タルキス王国公爵、アーダント・マクフィスは悩んでいた。
権力を。美しい妻を。民からの尊敬を。そして、愛する子供達に慕われていても、悩みはある。
むしろ、子供を愛するが故に、この悩みは発生していた。
長女、アーダント・セスティの様子が、心配だ。
元々、子供の頃から少し奇妙な子だった。あまりにも出来が良すぎる、という意味で。
欠点など一つも無かった。子供というのは大抵、何かしらの失敗をするものだ。だが、自分は一度も見たこともない。そして妻や使用人達から聞いたことも。
家庭教師を付けたが、二年で自分から離れてしまった。
理由を聞くとこう答えた。
「何故私より優秀な人間の教師をせねばならんのです」
と。国内最高の講師と名高い、長男の教育も任せた立派な男が。
不安要素が何もないことが、不安だった。子供でありながら何もかもをこなし続ける生き方が。
ただ、先月。初めて彼女が泣いている所を見た。そして、あろうことか相談----そう、娘が十五歳になって初めて『相談』を受けたのだ。
心の何処かに、僅かに嬉しさがあったかと聞かれれば、否定は出来ない。
愛についての、言ってしまえば非常に、少なくとも大人からすれば陳腐に聞こえてしまう質問をされて、心配と共に少しだけ安心した。この子も、人の子なのだと。
可能な限り考えて、妻とともに励ました。
それから、様子がおかしくなった。
何もない所で急に微笑み、また逆に顔つきが暗くなったり。
思春期というのはこういうものだろうか、と悩み。
わざわざ医者を呼び寄せて聞きもした。
そして自分が抱く心配というものは、大抵の場合妻も持っている。
「ねえ、あなた」
「なんだい、セシリア」
「....あの子、大丈夫かしら」
「医者は....大丈夫だと、言っていた」
「たった数日診ただけの、他人がね」
「専門家の他人だ」
「....私達には、何も出来ないのかしら」
何も言えなかった。娘は、誰が心配の言葉をかけても笑って受け流すだけで。
あの子に頼られたことが、人生で何度あっただろうか。
二人で深く溜息をついた。金も権力も愛情も解決させてくれない悩みに。
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ある日。執務中のアーダントの部屋に、珍しく妻が入ってきた。いつもはこの時間、庭の手入れでもしているのに。
「今、いいかしら」
「....僕が君の頼みを断った事があったかい?」
「そうね」
少し考える顔をしてから口を開いた。どうやら幾つかの不都合な出来事は思い出さないでいてくれたらしい。
「少し、提案があるの」
「聞こう」
「家族皆で、旅行に行かない?」
突飛だった。今の時期、確かに貴族の業務は減る。冬の終わり際は何故か野良の魔物も、管理すべき迷宮も落ち着くからだ。
視察という名目で軽く妻と二人で出ることはあったが、確かに家族全員、となると予定が合わずしたことはない。
悪くはないだろう、と思った。
ただ、妻の眼はあからさまにただ旅行を提案するだけの模様をしていない。
「....それは、いいだろう。あの
「で、だ。何処に行くつもりだ?」
「この街よ」
彼女から差し出された王国全体の地図で、赤インクを使ってある街に丸が描かれていた。
知ってはいる。
我が国の大貴族は幾つかの中小貴族を束ねる事によって間接的に領地を管理していて----この街は一応、自分の管轄内。
だが、何もない。治安も悪くないし、自然も近い。だがそれだけだ。建築も食事も、特に見所は無いはずだった。
此処に行くくらいなら、もっといい場所が幾らでもありそうに思える。
「なんでこんな場所に、って顔してるわね?」
「....王都の方がマシだろう、ここなら」
「確かにそうね、けど行きたい場所....お店?があるのよ」
続いて、彼女が新聞を広げる。またもや、赤い線が濃く引かれていた。
「奇跡のマッサージ師、難病を治療成功....?」
何処からどう見ても、ネタ切れの記者が頼りがちな飛ばし記事、に見えた。
素朴な笑顔の少年と、彼にハグをする女性。微笑ましい絵面だが、少なくとも奇跡を起こすような人間には両方とも見えなかった。
だが、そんな事はこの聡明な妻には分かっている筈だ。
「それがね?顔は隠れてるけどこの人、私の高等学園の友達なの。嘘をつくような人じゃないわ。セスティの調子がおかしい、って言ったら勧められたの」
「....」
正直に言えば、信じられなかった。人間は奇跡を信じたがる。特に弱っていると。
「信じなくても、別にいいわ。けどね、あの子にだってきっと....環境を変えて取る休息は、悪くないと思うの。ただのマッサージでも、悪くはないでしょう?」
「....セスティにはもう、言ったのか」
「ええ、凄い、見たこと無いくらいの笑顔だったわ。あの子も疲れてたんでしょうね。
断れるかしら?お、と、う、さ、ん?」
「そうか」
下二人は、きっと何処でも喜ぶ。あのバカ....長兄のアントは家族さえいれば満足するだろう。それにセスティも乗り気とくれば、家族思いの父親に拒否権は無かった。
もしあったとしても、使わないだろうが。
悪くないだろう。少なくともこの街は、書類としばらく向き合わなくても済むようには見えた。
マクフィス
家族思いのパパ。一番下の娘のために城を建てようとして止められた経験あり。
セシリア
スタイルの暴力。ボンッッッッッッキュッボンッッッッ