異世界でのΨ難   作:小魚猫

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第2話

とりあえず、周囲を見渡してみる。

頭上では、天を覆い隠すほど巨大な樹木が幾重にも枝を伸ばしていた。隙間から差し込む陽光はわずかで、昼間だというのに森の中はひどく薄暗い。湿った土の匂いと、むせ返るような草木の青臭さが鼻をつく。

視線を少し上に向けると、離れた場所で、人間の数十倍はありそうな羽音を響かせて飛び回る異形がいた。姿形はカブトムシに近いが、頭部から無数の触手が生えている。

…………おえっ。

虫は好きじゃない。いや、好きな人間なんてそうそういないだろう。ましてや、あのサイズだ。小さくても十分気持ち悪いというのに、巨大化すると別のベクトルで凶悪なグロテスクさを醸し出す。あれがこちらへ向かって飛んできたらと思うだけで鳥肌が立つ。もしゴキブリであのサイズが存在するなら、僕は今すぐこの世界ごと地球を破壊するだろう。

慌てて視線を足元へ逸らす。そこには、見たこともない色彩の植物が群生していた。紫色の花弁のように見えたものが、僕の足音に反応したのかゆっくりと閉じ、内側から肉食獣のような牙を覗かせる。

……植物、だよな?

 

嫌な予感しかしない。というか、この光景には妙な既視感があった。

(どこかで見たことがあるな……)

記憶の引き出しを探る。テレビのドキュメンタリーではない。図鑑でもない。ゲームのグラフィックでもない。

……漫画だ。それも、実家にある僕の部屋の、本棚の隅に転がっている毛色の違うジャンプ作品。

(いや、まさかな。)

そんな都合よく漫画の世界へ飛ばされるわけがない。そんなことが許されるなら、あの転移マシンは二次元オタクの夢を叶える魔法の装置に丸がわりしてしまう。そんなご都合主義展開が起きるわけがない。

そう自分に言い聞かせながら、僕は念のためテレパシーの有効範囲を広げることにした。

人がいれば、どれだけ離れていようとも思考のノイズですぐに判別できる。

半径数百メートル、数キロ、数十キロ──。耳を澄ませるように、全方位へ意識を集中させる。

…………。

何も、聞こえない。

いや、正確には「人間の声」が聞こえないのだ。代わりに脳内へ流れ込んできたのは、言語化すらされていない、どす黒く肥大化した衝動の嵐だった。

《食ウ》

《殺ス》

《排除》

《コロス》

断片的な本能の絶叫だけが、無数に頭へ直接流れ込んでくる。人間の理性的な思考は、ただの一つも混ざっていない。

……嫌な予感が、一気に加速した。

その時だった。足元の地面が、ぐらりと不自然に揺れる。地震かと思った。だが違う。揺れているのは地面そのものではなく、視界の開けた草原そのものだった。緑色の絨毯だと思っていた地面が一斉に盛り上がり、そこからワニを何倍も巨大化させたような、おぞましい顎が姿を現す。

……おっと。

危うくパックリいかれるところだった。全く、初見殺しもほどほどにしてほしい。まさか草原そのものが巨大生物だったとは恐れ入る。僕が並の人間だったら、今頃モザイクどころか、単行本でも黒塗りで修正されるレベルの惨状になっていたところだ。

生物の顎が僕のいた空間を噛み砕く寸前、数十メートル後方へ瞬間移動し、そのまま透明化する。

完全に姿を消した僕を見失ったのか、巨大生物はしばらく不機嫌そうに周囲を見回したあと、再び地面へと溶け込むように静かに姿を消した。

戦えない相手ではない。サイコキネシスで分子レベルまで分解してやってもいいが、戦う理由もメリットもない。コーヒーゼリーでもドロップするなら話は別だが。…………やっぱり遠慮しておこう。とにかく、面倒事は避けるに限る。

それに、こんな魔境に長居するのは得策じゃない。どうにかして人間の文明がある場所、せめてコンビニがあるような街まで辿り着かなければ。

 

 

 

 

…………。

いや、待て。さっきのテレパシーだ。僕は今、仮に日本全土を優にカバーできるほど広範囲を探った。それなのに、人間の思考はただの一つも聞こえなかった。

もしかして。

……この世界、本当に人間がいるのか?

それとも、僕が飛ばされた場所が「人間が絶対に立ち入ってはいけない領域」なだけか?

やれやれ。空助のやつ、帰ったら絶対にただじゃおかない。

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