第三格納庫は今日も修羅場 ―スーパーロボット大戦・整備班奮闘記― 作:TETORU
敵部隊の撤退が確認されてから、十二分。
第三格納庫の大型扉が開いた。
最初に帰還したのはνガンダムだった。
右肩の装甲は焼け、左腕には敵機のものらしいケーブルが絡みついている。背中のフィン・ファンネルは、出撃時より一本少なかった。
誘導員が発光棒を振る。
νガンダムは指定位置まで進み、膝をついた。
コックピットハッチが開き、アムロ・レイがワイヤーを伝って降りてくる。
その足が床に着く前に、アストナージが声を飛ばした。
「フィン・ファンネルの連続使用は禁止だと言ったはずだ!」
「連続では使っていない」
「一本なくなってるぞ!」
「敵艦の砲塔に突き刺した」
「ファンネルは投げ槍じゃない!」
アムロはヘルメットを外し、νガンダムを見上げた。
「戻ってこられただけでもいい」
「それはパイロットの台詞だ。整備員は戻ってきた後の話をしている」
アストナージは端末を操作し、機体から送られてきた記録を確認した。
眉間の皺が深くなる。
「左腕の駆動系、規定値を三割超えている。何を持ち上げた?」
「イングラム一号機」
格納庫の奥で、榊清太郎が振り返った。
「何だと?」
続いて入ってきたイングラム一号機は、腰部をνガンダム用の牽引ワイヤーで固定されていた。
右脚が膝から下ごとなくなっている。
コックピットから泉野明が顔を出した。
「すみませーん! 帰り道で足が取れました!」
「帰り道で足が取れる機械があるか!」
榊の怒声に、野明は肩を縮めた。
「戦っている時は付いてたんです!」
「それは見れば分かる!」
シバシゲオが一号機の下へ走り込み、断面を見上げた。
「班長、切断じゃありませんね。ボルトが全部抜けてます」
「全部?」
「全部です」
榊がゆっくりと野明を見上げる。
「泉」
「はい」
「出撃前に、脚部の異音はなかったか」
「少しだけ、カタカタいってました」
「なぜ言わなかった」
「いつもの音かなって」
榊は目を閉じた。
その横で、アストナージが小さく頷く。
「分かる」
「分かるな!」
榊は床に転がっていたナットを拾い、シゲに突きつけた。
「お前、出撃前に十回確認したと言ったな」
「給弾機構は十回確認しましたよ」
「脚は!」
「聞かれませんでした」
「整備員が政治家みたいな答えをするな!」
格納庫の警告灯が、再び黄色く点滅した。
次に帰ってきたのはランスロットだった。
着地した瞬間、右脚のランドスピナーが外れた。
車輪は床を転がり、νガンダムの足元に当たって止まった。
アストナージがそれを見下ろす。
「これは、いつもの音がしていたのか?」
セシル・クルーミーが額に手を当てた。
ロイド・アスプルンドは楽しそうに拍手した。
「見事な到着だね。格納庫に入るまでは保った」
榊がランドスピナーを拾い上げた。
「お前たちの整備基準は、敷地内で壊れれば成功なのか」
「合理的だろう?」
「一度、工場勤務を経験してこい」
ランスロットから降りた枢木スザクは、右腕を押さえていた。
セシルがすぐに駆け寄る。
「スザク君、怪我を?」
「少し捻っただけです」
ロイドはランスロットの操縦記録を開いた。
「機体の右腕も捻れているよ。操縦者と機体が同じ場所を負傷するなんて、仲が良いねえ」
「笑い事ではありません!」
セシルが叫ぶ。
スザクは申し訳なさそうに頭を下げた。
「敵機を投げた時に、少し負荷がかかりました」
「少し?」
ロイドが記録を拡大する。
「自重の四倍ある機体を、片腕で?」
「掴めそうだったので」
アストナージがアムロを見る。
「お前たち、操縦席に座ると重量という概念を忘れるのか?」
アムロは答えなかった。
否定できない時の顔だった。
格納庫内に、重い振動が響いた。
全員が扉の方を向く。
マジンガーZが、全身から白い蒸気を噴きながら入ってきた。
胸部装甲は赤熱し、頭部のホバーパイルダーから兜甲児が叫んでいる。
「冷却水! 冷却水を頼む!」
三人の博士が、機体の足元へ走った。
せわし博士が計器を確認し、声を裏返す。
「誰じゃ! 光子力エンジンに連邦軍の冷却材を入れたのは!」
格納庫の隅で、若い連邦整備兵が震えながら手を上げた。
「規格表では、耐熱性が最も高かったので……」
もりもり博士が配管を叩く。
「耐熱性だけで選ぶ奴があるか! 光子力反応液と混ざってゲル状になっとるぞ!」
のっそり博士が排出口から垂れた青い塊を棒でつついた。
「……きれいじゃのう」
「鑑賞するな!」
せわし博士が叫んだ。
兜甲児がコックピットから身を乗り出す。
「戦闘中、急に出力が上がったんだよ! いつもの二倍くらい!」
「それは冷却されていなかっただけじゃ!」
「でも敵は倒せたぜ!」
三博士と榊、アストナージが同時に甲児を睨んだ。
甲児は静かに座席へ戻った。
その時、格納庫の天井近くから何かが降ってきた。
赤い翼だった。
地面に突き刺さり、床材がめくれ上がる。
若い整備兵が端末を確認した。
「ゲッターロボ、帰還します!」
「どのゲッターだ!」
イアン・ヴァスティが叫ぶ。
「識別不能です!」
「そんな報告があるか!」
格納庫へ入ってきた機体を見て、全員が黙った。
上半身はゲッター1。
下半身はゲッター2。
背中にはゲッター3のキャタピラが、翼のように生えていた。
左腕だけが、見覚えのない巨大なドリルになっている。
神隼人がコックピットハッチを開いた。
「着地地点を空けろ。形状が安定していない」
「見れば分かる!」
イアンが叫ぶ。
流竜馬が隼人の後ろから顔を出した。
「途中までは普通だったんだけどな!」
「途中で何をした!」
「気合いを入れた!」
榊が工具を床に落とした。
「それは整備記録に書けん」
「書かなくていい。直せば動く」
隼人は当然のように言った。
アストナージがゲッターの脚部を見上げる。
装甲の隙間では、金属とも生物とも判別できない部品が、ゆっくりと脈打っていた。
「直すとは、元の形に戻すことか?」
「次に出撃できればいい」
「何形態で?」
「敵による」
「先に決めろ!」
背後で、柔らかな靴音がした。
リーロン・リットナーがゲッターの周囲を歩き、脈打つ部品を眺める。
「あら。随分と情熱的な機体ね」
イアンが振り返る。
「分かるのか?」
「分からないわ」
リーロンは笑顔で答えた。
「でも、分からない物を怖がっていたら、螺旋力を扱う技術者なんてやっていられないもの」
指先で部品に触れる。
部品がリーロンの指へ向かって伸びた。
リーロンは即座に手を引いた。
「ただし、これは嫌い」
全員が一歩下がった。
流竜馬だけが腕を組んで笑った。
「な? 元気だろ」
「機体の部品に元気という評価を使うな」
アストナージが言った。
奥の隔壁が開き、エヴァンゲリオン初号機が運び込まれてきた。
初号機は拘束台の上で沈黙していた。
右肩の装甲が砕け、紫色の皮膚が露出している。
赤木リツコと伊吹マヤが並んで端末を確認していた。
マヤが報告する。
「右肩部に裂傷。装甲板は全損しています。ただ、生体組織の再生が始まっています」
榊が露出した肉を見つめる。
「装甲を外せば勝手に直るのか」
「条件が揃えば」
「便利だな」
「痛覚もあります」
榊は初号機を見上げた。
数秒前まで浮かんでいた羨望が消えた。
「……便利ではないな」
リツコは静かに頷いた。
その横を、ノーマン・バーグが台車を押して通り過ぎた。
銀色のティーポットと、人数分のカップが載っている。
「皆様、ひとまず温かい物をどうぞ」
アストナージが目を丸くする。
「この状況で茶か?」
「この状況だからこそです」
ノーマンは落ち着いた手つきで紅茶を注ぐ。
「焦燥は工具を滑らせます。疲労は確認を省かせます。いずれも、巨大兵器の整備には好ましくありません」
榊は受け取ったカップを見つめた。
「まともなことを言う人間が来たな」
格納庫の入り口で、巨大な黒い足が止まった。
ビッグ・オーだった。
右腕が肩からなくなっている。
ノーマンはそちらを一瞥した。
「もっとも、私も他人事ではありませんが」
榊は紅茶を吹き出した。
「腕はどうした!」
ビッグ・オーの胸部通信機から、ロジャー・スミスの声が流れる。
『交渉に使った』
「腕を使う交渉があるか!」
『相手が合意した以上、交渉は成立している』
ノーマンは静かにカップを置いた。
「ミスター・ネゴシエーターの認識については、後ほど私から説明いたします」
「説明で腕が生えるなら頼む!」
格納庫の損害表示が更新された。
大破、四機。
中破、七機。
軽微な損傷、十二機。
分類不能、ゲッターロボ一機。
整備完了予定時刻の欄には、計算中という文字が点滅していた。
榊は格納庫を見渡した。
脚のないイングラム。
車輪のないランスロット。
腕のないビッグ・オー。
冷却材が固まったマジンガーZ。
形態の定まらないゲッターロボ。
勝手に傷が塞がっていくエヴァンゲリオン。
そして、失ったファンネルの代わりに敵艦の砲身を背負って帰ってきたνガンダム。
「よし」
榊は紅茶を飲み干した。
「まず、分類できる故障から片づけるぞ」
若い整備兵がおそるおそる尋ねる。
「分類できない方は、どうしますか」
榊はゲッターロボを見た。
部品がまた一つ、別の形へ変わった。
「見なかったことにする」
神隼人が腕を組む。
「賢明だ」
「お前が言うな!」
格納庫に怒声が響いた。
夜明けまで、あと二時間十三分。
整備終了までの時間は、依然として計算不能だった。