第三格納庫は今日も修羅場 ―スーパーロボット大戦・整備班奮闘記― 作:TETORU
小型未確認自己修復機は、艦内食堂から逃走した。
業務用炊飯器を取り込み、胴体を一回り大きくした機体は、四本の脚で通路を疾走している。
頭部には∀ガンダムに似た髭。
背中には小型フィン・ファンネル。
胸部には炊飯器の開閉ボタン。
走るたび、内部から炊き上がりを知らせる電子音が鳴った。
「待て!」
キッド・サルサミルが工具箱を抱え、先頭を走っていた。
「止まれ! 分解するだけだ!」
小型機は速度を上げた。
アストナージ・メドッソが後ろから叫ぶ。
「捕まえる前に分解を宣言する奴があるか!」
「安心させようと思って!」
「逆効果だ!」
榊清太郎、シバシゲオ、イアン・ヴァスティ、ノーマン・バーグが後に続く。
ノーマンだけは、なぜか空になった米袋を持っていた。
榊が尋ねる。
「それは何だ」
「誘引物です」
「餌で捕まえるつもりか」
「炊飯器を取り込んだ以上、米に反応する可能性がございます」
榊は数秒考えた。
「他の案よりは科学的だ」
小型機は角を曲がった。
その直後、甲高いブレーキ音が響く。
何か重い物が倒れる音。
整備員たちが角を曲がると、小型機は床へ押さえつけられていた。
青と白の大型ロボットが、片膝をついている。
胸部には警察の紋章。
デッカードだった。
「未確認機を確保した」
落ち着いた声が通路に響く。
デッカードの肩には、友永勇太が乗っていた。
「誰かのペットかと思ったけど、違うみたいだね」
小型機はデッカードの手の下で暴れている。
炊き上がり音を連続して鳴らした。
ノーマンが米袋を見せる。
動きが止まった。
「反応しましたね」
榊が言った。
「したな」
アストナージは小型機を見下ろした。
「食べるのか?」
ノーマンは首を横に振る。
「炊飯を希望しているのかもしれません」
「もっと分からなくなった」
デッカードは小型機を持ち上げた。
「この機体は、意思を持っている可能性がある」
キッドが目を輝かせる。
「やっぱりか! 分解すれば分かる!」
デッカードの目が光った。
「本人の同意を得ずに分解するのか?」
キッドの動きが止まった。
榊がゆっくりとデッカードを見る。
「今、本人と言ったか」
「自律的に危険を避け、外部からの刺激に反応している。意思が存在する可能性を無視すべきではない」
榊は小型機を見る。
小型機も榊を見た。
胸部のボタンが開いた。
中から、半分だけ炊けた米が落ちた。
「意思より先に、故障している」
榊が言った。
第三格納庫へ戻ると、見慣れないロボットたちが待っていた。
デッカードの後方には、勇者警察の仲間たち。
マクレーン。
パワージョー。
ダンプソン。
ドリルボーイ。
さらに別の区画には、GGGの勇者ロボ軍団が並んでいる。
氷竜。
炎竜。
ボルフォッグ。
マイク・サウンダース十三世。
格納庫の中央では、獅子王麗雄とスワン・ホワイトが、既存の設備を確認していた。
麗雄は大型整備架台を見上げる。
「これほど異なる機体が集まる格納庫とはな。技術者として、実に興味深い!」
榊が答える。
「興味を持つな。興味を持った奴から、余計な物を作り始める」
ロイド・アスプルンドが麗雄の横から顔を出す。
「失礼だね。完成すれば余計な物ではなくなるよ」
「お前はいつからそこにいた」
「勇者ロボットの超AIを見せてもらっていた」
榊の顔が険しくなる。
「勝手に開けたのか」
「開けてはいないよ」
ロイドはデッカードを見上げた。
「本人に質問した」
デッカードが答える。
「機密事項には答えていない」
「非常に口が堅い。優秀な警察官だ」
「お前が不審者として扱われているだけだ」
アストナージが言った。
麗雄は整備班へ向き直った。
「勇者ロボットたちは、高度な超AIによって人格を持っている。機体であると同時に、我々の仲間だ」
榊は腕を組んだ。
「部品交換をする時は、本人に許可を取るのか」
「当然だ」
格納庫が静かになった。
整備員たちは互いの顔を見る。
シゲが一号機を見上げた。
「俺たち、今まで一号機に聞いたことないですね」
榊が答える。
「一号機は喋らん」
野明がコックピットから顔を出す。
『私が代わりに聞きます!』
「お前の感想になるだろうが!」
イアンはガンダムエクシアを見た。
刹那が、機体の足元に立っている。
「刹那はガンダムの意見が分かると言い張るが」
刹那が振り返る。
「言い張っているのではない。俺はガンダムだ」
イアンは麗雄へ尋ねた。
「こういう場合は、どうすればいい」
麗雄は少し考えた。
「専門外だな」
赤木リツコが初号機の診断記録を持って現れた。
「人格を持つ機械なら、整備前の説明と同意は必要でしょうね」
榊が皮肉な目を向ける。
「エヴァには取っているのか」
「エヴァンゲリオンは、人間と同じ方法では意思確認ができないわ」
「都合の良い分類だな」
「こちらも好きで曖昧にしているわけではないの」
初号機の目が、かすかに光った。
リツコは見なかったことにした。
整備区画では、勇者ロボットたちの点検が始まった。
最初はデッカード。
胸部装甲を開き、内部フレームを検査する。
榊が端末を見ながら尋ねる。
「右肩に負荷が集中している。何か心当たりは」
デッカードは答えた。
「三日前、倒壊する建物を支えた」
「最大許容荷重を超えている」
「中に人がいた」
榊は口を閉じた。
アストナージが駆動部を確認する。
「異音はなかったか」
「わずかに感じたが、行動に支障はなかった」
榊の眉が上がる。
「支障がなければ報告しないのか」
「任務の続行を優先した」
榊はデッカードの胸部を見上げる。
「お前、泉と同じ種類だな」
野明が遠くから叫ぶ。
『どういう意味ですか!』
「異音を隠すなという意味だ!」
隣の区画では、氷竜と炎竜が点検を受けていた。
スワンが氷竜の左膝を調べる。
「膝部温度、正常。関節駆動も問題ありません」
炎竜が横から口を挟む。
「いや、こいつの左膝はおかしい」
氷竜が振り返る。
「問題ない」
「昨日から動きが硬い」
「気のせいだ」
「俺と合体する時、半拍遅れただろ」
「お前のタイミングが早かった」
「俺は正確だ!」
「お前は勢いだけで動く!」
炎竜の頭部から蒸気が上がった。
スワンが二人の間へ入る。
「喧嘩すると温度測定ができません!」
榊が少し離れた場所から眺めていた。
「機体同士で故障を指摘し合うのか」
麗雄は嬉しそうに頷く。
「互いの動作を知り尽くしているからな!」
「便利そうだ」
「そうだろう!」
氷竜と炎竜の言い争いが激しくなった。
「お前は冷却剤を使いすぎる!」
「お前が熱を出しすぎるからだ!」
「合体後の主導権を取りすぎだ!」
「判断が遅いお前が悪い!」
榊は評価を訂正した。
「面倒だな」
次はボルフォッグ。
イアンが診断端末を接続する。
「過去一週間の稼働記録を出してくれ」
「提出できません」
「故障履歴だけでいい」
「機密任務の情報が含まれています」
「では、該当部分を除いて」
「情報の欠落から任務内容を推測される可能性があります」
アストナージが腕を組んだ。
「整備できんぞ」
ボルフォッグは静かに答えた。
「任務遂行能力に問題はありません」
榊が口を挟む。
「それを決めるのは整備班だ」
「私の自己診断では、異常なしと表示されています」
榊は∀ガンダムを見た。
「自己診断を信用するな」
シド・ムンザが遠くで頷いた。
「よく分かってきたな」
マイク・サウンダース十三世の点検は、開始前から難航した。
マキナ・中島が音響装置を見て、目を輝かせている。
「この子、VF-19改とセッションできますよ!」
ヤン・ノイマンが即座に答える。
「させません」
マイクがギターを構えた。
「システムチェーンジ!」
「格納庫内で変形するな!」
ヤンの警告は遅かった。
マイクは演奏形態へ変形し、巨大スピーカーを展開した。
格納庫の反対側で、熱気バサラが反応する。
「いい音を持ってんじゃねえか!」
「お前も反応するな!」
榊が叫ぶ。
バサラがギターを鳴らす。
マイクが応える。
二機の間で、即興演奏が始まった。
VF-19改のスピーカーポッド。
マイク・サウンダースのサウンドシステム。
音圧で工具が震え、整備記録用の紙が空中へ舞った。
初号機のシンクロ率が二パーセント上昇。
フォールドクォーツが発光。
サイコフレームが共鳴。
マジンガーZの光子力エンジン出力が上昇。
ゲッターロボの分類不能部品が、再び脈打ち始める。
リツコが端末を見て叫ぶ。
「演奏を止めて!」
Dr.千葉が別の端末を掲げた。
「待ってください! 極めて貴重なデータです!」
麗雄も目を輝かせる。
「サウンドエネルギーと勇者ロボの共鳴か!」
せわし博士が走ってくる。
「光子力との関連も調べるぞ!」
榊は頭を抱えた。
「科学者が三人以上集まると、誰も止められん!」
さらに、格納庫の大型扉が開いた。
赤、青、白の列車型ロボットが入ってくる。
マイトガインだった。
「騒音苦情を受けて来た」
榊は目を見開く。
「お前も喋るのか」
「当然だ」
マイトガインは演奏中の二機を見た。
「公共空間における過剰な音響使用は、周囲の迷惑になる」
バサラがギターを鳴らした。
「歌を止める権利なんか、誰にもねえ!」
「他者の整備作業を妨害する権利もない」
格納庫が静かになった。
ヤンがマイトガインを見上げる。
「まともだ」
榊も頷く。
「ようやく、話の分かる機体が来た」
マイトガインは続けた。
「演奏するなら、私も参加する」
全員が黙った。
マイトガインの胸部から、専用の警笛音が鳴った。
バサラが笑う。
「いい音じゃねえか!」
マイクが腕を振り上げる。
「盛り上がってきたぜ!」
演奏が再開された。
榊は壁に手をついた。
「喋る機体の方が、話が通じない」
その頃。
格納庫の隅では、捕獲された小型自己修復機の診察が行われていた。
デッカードが隣へ座り、話しかける。
「君の名前は?」
小型機は電子音を鳴らした。
炊飯器の蓋が開く。
「コメ、タケタ」
全員が振り返った。
シゲが小型機へ駆け寄る。
「喋った!」
小型機はもう一度言った。
「コメ、タケタ」
ノーマンが中を確認する。
白米が、きれいに炊き上がっていた。
「成功しています」
榊が恐る恐る尋ねる。
「お前の名前は、コメタケタなのか」
小型機は首を傾げる。
「コメ、タケタ」
キッドが笑った。
「名前はコメタケタで決まりだな!」
「勝手に決めるな」
デッカードが小型機に尋ねる。
「コメタケタと呼ばれても構わないか?」
小型機は少し考えた。
「コメタケタ」
「同意した」
「本当か?」
榊は疑った。
だが、デッカードは真剣だった。
キッドが工具を持ち上げる。
「じゃあ、内部を調べようぜ!」
デッカードが止める。
「本人の同意を得てからだ」
キッドは小型機へ向き直る。
「少し開けてもいいか?」
小型機は後ずさる。
「コメ、タケナイ」
キッドの手が止まった。
榊は満足そうに腕を組む。
「拒否されたな」
「言葉の使い方が合ってるのか?」
「少なくとも、お前より意思表示は明確だ」
整備責任者たちは、再び会議室へ集められた。
議題。
人格を持つ機体の整備手順について。
正面スクリーンに、草案が表示される。
第一条。
整備前に、作業内容を本人へ説明する。
第二条。
記憶領域、人格回路、超AIに関わる作業には、本人の同意を得る。
第三条。
緊急時には、生命および人格の保全を優先する。
第四条。
機密保持を理由に故障記録を隠してはならない。
ボルフォッグが反対した。
第五条。
異音、違和感、軽微な動作遅延も報告する。
デッカードと氷竜が黙った。
第六条。
合体相手による故障の指摘を、私怨として無視してはならない。
炎竜が得意そうに氷竜を見る。
氷竜は視線を逸らした。
第七条。
格納庫内で無許可の演奏をしてはならない。
マイク・サウンダース、熱気バサラ、マイトガインが反対した。
第八条。
整備中の機体へ、許可なく別作品の装備を取り付けてはならない。
ロイド、マキナ、キッド、ウリバタケ、麗雄が反対した。
榊が机を叩く。
「なぜ整備責任者まで反対している!」
麗雄が堂々と答える。
「新たな可能性を否定することは、科学者としてできん!」
「本人の同意を取ればいい問題ではない!」
会議は二時間続いた。
最終的に、人格を持つ機体の整備手順は承認された。
ただし、適用対象をどこまで含めるかは保留となった。
勇者ロボット。
明確に対象。
トランスフォーマー。
明確に対象。
ガンダム。
機体による。
エヴァンゲリオン。
審議中。
ゲッターロボ。
意思確認を試みないこと。
マジンガーZ。
兜甲児の意見を機体の意見として扱わないこと。
イングラム一号機。
泉野明による代弁は参考情報とする。
∀ガンダム。
ナノマシンの意思と機体の意思を分けて考えること。
小型未確認自己修復炊飯機、コメタケタ。
本人の拒否により、内部調査禁止。
会議終了後。
第三格納庫の片隅に、小さな専用区画が作られた。
コメタケタはそこで、静かに米を炊いている。
ノーマンが味を確認し、頷いた。
「良い炊き上がりです」
コメタケタの目が光る。
「コメ、タケタ」
デッカードが微笑む。
「役に立てて嬉しいのだろう」
榊は炊き上がった米を一口食べた。
悔しいほど、美味かった。
「修理はできんが、廃棄もできんな」
キッドが尋ねる。
「じゃあ、正式配属?」
榊はしばらく考えた。
予定表の新しい欄へ書き込む。
所属。
第三格納庫炊事支援班。
機体名。
コメタケタ。
整備担当。
本人の希望により未定。
備考。
無断で分解しないこと。
米以外を取り込ませないこと。
ゲッター線へ近づけないこと。
ロイドへ近づけないこと。
キッドへ近づけないこと。
ウリバタケへ近づけないこと。
マキナへ近づけないこと。
麗雄が備考欄を見た。
「技術者を危険物のように扱うのはいかがなものかね」
榊は赤いペンを置いた。
「この格納庫において、技術者は最も再現性の高い災害だ」
誰も反論できなかった。
その背後では、氷竜が炎竜へ小声で話していた。
「……左膝に、少し違和感がある」
炎竜は得意げに笑った。
「だから言っただろう!」
榊が振り返る。
「すぐ整備区画へ来い!」
氷竜は姿勢を正した。
「了解した」
整備対象本人が故障を報告する。
格納庫の歴史において、それは革命的な進歩だった。
もっとも、その直後。
マイトガインが榊へ尋ねた。
「動輪剣にGN粒子を纏わせる改造について、本人として正式に希望したい」
榊は机へ額を打ちつけた。
同意制度は、整備員を守るためのものではなかった。