第三格納庫は今日も修羅場 ―スーパーロボット大戦・整備班奮闘記― 作:TETORU
第三格納庫に、新しい標識が設置された。
人格を持つ機体は、整備前に本人の同意を得ること。
その下には、榊清太郎による手書きの注意書きが追加されていた。
喋らない機体については、パイロットの代弁を鵜呑みにしないこと。
泉野明が標識を見上げる。
「どうして、そこだけ手書きなんですか?」
「お前がいるからだ」
「一号機だって、嫌な時は嫌って言いますよ」
「どうやって」
「動きで」
「それを操縦しているのは誰だ」
野明は少し考えた。
「私です」
「そういうことだ」
格納庫の隅では、コメタケタが朝食用の米を炊いている。
胸部の炊飯ランプが消え、蓋が開いた。
「コメ、タケタ」
ノーマン・バーグが炊き上がりを確認する。
「本日も良い出来です」
コメタケタは誇らしげに髭を持ち上げた。
その時、格納庫へ緊急着艦警報が響いた。
大型扉の向こうから、赤と白の機体が運び込まれてくる。
ゴッドガンダムだった。
左腕が力なく垂れ下がり、胸部装甲には大きな亀裂が走っている。
コックピットが開き、ドモン・カッシュが降りようとした。
足が床へ着いた瞬間、ドモンは左肩を押さえて膝をついた。
レイン・ミカムラが駆け寄る。
「ドモン!」
「俺は平気だ」
「平気な人は、降りただけで倒れないの!」
レインはドモンの左腕を取り、関節を確認する。
ドモンが顔をしかめた。
少し離れた場所で、ゴッドガンダムの左腕も軋んだ。
榊が機体とドモンを交互に見る。
「連動しているのか」
レインが答える。
「モビルトレースシステムは、パイロットの動きを機体へ直接反映します。機体からの衝撃も、ある程度パイロットへ返ってきます」
アストナージ・メドッソが眉を寄せる。
「機体の故障がパイロットの痛みとして分かるのか」
「逆もあります。パイロットの負傷や動作不良が、機体側の制御へ影響します」
榊はドモンを見る。
「では、どちらから直す」
レインは即答した。
「両方です」
赤木リツコが初号機の検査区画から現れた。
「人間の治療を先にするべきだわ。機体は停止させておけばいい」
榊が反論する。
「機体を先に固定しないと、関節の損傷が広がる」
「ドモンの肩が悪化する可能性もあるの」
「ゴッドガンダムの腕が落ちる可能性もある」
レインが二人の間へ入った。
「だから同時に診ます!」
レインは医療鞄をドモンの横へ置き、もう片方の手でゴッドガンダムの診断端末を接続した。
右目でドモンの筋肉反応を確認し、左目で機体の駆動データを見る。
榊は感心したように腕を組んだ。
「整備士と医者を兼任しているのか」
「ネオジャパンでは、私が両方やっています」
「便利な人材だな」
「寝る時間はありませんけどね」
アストナージが小さく頷いた。
「やはり、便利な役職ほど本人が損をする」
ドモンは治療を受けながら、ゴッドガンダムを見上げた。
「こいつの腕を先に直せ」
レインが包帯を強く締めた。
「痛っ!」
「患者が治療順を決めないで」
「ゴッドガンダムも傷ついている!」
「あなたの肩も傷ついています!」
「俺の身体は鍛えれば治る!」
「機体だって部品を交換すれば治るわよ!」
ゴッドガンダムの左腕から、大きな金属音が鳴った。
榊が言った。
「機体も反論しているように聞こえるな」
野明が嬉しそうに振り返る。
「ほら! 機体は動きで喋るんですよ!」
「お前は話へ入ってくるな!」
診断結果が表示された。
ゴッドガンダム。
左肩駆動軸、変形。
人工筋肉繊維、二十七パーセント断裂。
胸部エネルギー伝達回路、損傷。
ドモン・カッシュ。
左肩筋肉損傷。
肋骨二本に亀裂。
全身打撲。
レインがドモンを睨む。
「どこが平気なの」
「戦える」
「聞いていない」
「敵が来れば出る」
「ベッドへ行きなさい」
「ゴッドガンダムが――」
レインはドモンの耳元へ顔を寄せた。
「次に立ったら、麻酔を増やすわよ」
ドモンは黙って担架へ横になった。
榊は感心した。
「強いな」
アストナージも頷く。
「格闘家を一言で止めた」
リツコが眼鏡を直す。
「医療現場では普通よ」
「ネルフの普通を基準にするな」
ゴッドガンダムの修理が始まった直後、新たな搬入要請が届いた。
格納庫へ運び込まれたのは、人型の機体だった。
緑と白の装甲。
背中には大きなリフボード。
頭部の形はどこか生物的で、一般的なロボットとは違う柔らかな曲線を持っている。
ニルヴァーシュ typeZERO。
コックピットからレントン・サーストンとエウレカが降りてくる。
二人の後ろから、工具を抱えた老人が現れた。
アクセル・サーストンだった。
榊がニルヴァーシュを見上げる。
「損傷は」
アクセルが答える。
「右脚の反応が鈍い。リフの制御も不安定だ」
アストナージが診断端子を探す。
「接続口はどこだ」
アクセルはニルヴァーシュの脚部装甲を撫でた。
「この子は、普通の機械じゃない」
榊の動きが止まった。
「またか」
「中にはアーキタイプがある。機械の骨格を着せた、生きた存在だ」
榊は初号機を見る。
次にゴッドガンダムを見る。
そして、ニルヴァーシュを見る。
「今日は、そういう日か」
リツコが近づき、ニルヴァーシュを観察する。
「生体組織と機械の複合体?」
アクセルが頷く。
「人間の診断機器だけでも、機械の診断機器だけでも足りない」
レインがドモンを医務室へ送り出し、こちらへ歩いてくる。
「外傷はありますか」
エウレカがニルヴァーシュの脚へ触れた。
「痛がっている」
榊が尋ねる。
「どこが」
エウレカは目を閉じる。
「右脚。もっと奥。硬い物が挟まっている」
アストナージが装甲を外す。
内部には、人間の筋肉にも配線にも見える白い繊維が幾重にも走っていた。
その隙間へ、小さな金属片が食い込んでいる。
アクセルが息を吐く。
「戦闘中の破片だな」
榊は金属片を工具で摘み出した。
白い繊維が震え、ゆっくりと元の位置へ戻る。
エウレカが微笑んだ。
「楽になったって」
榊は工具を置いた。
「本人から直接、整備結果を聞けるのは便利だな」
野明が再び口を開く。
「一号機も――」
「お前を通すと直接ではない」
その時、格納庫の外から低い唸り声が響いた。
金属が床を踏みしめる音。
四足歩行の巨大な機械獣が、格納庫へ入ってくる。
青い装甲。
獅子の頭部。
背中には巨大なブレード。
ブレードライガーだった。
背中にはバン・フライハイト。
横を白衣の老人、ドクター・ディが歩いている。
さらに、小型の銀色生命体ジークが付き従っていた。
ブレードライガーは格納庫へ入った瞬間、足を止めた。
ゴッドガンダム。
ニルヴァーシュ。
初号機。
ゲッターロボ。
コメタケタ。
周囲を見渡し、警戒するように唸る。
榊が尋ねる。
「これは機体か」
ドクター・ディが答える。
「ゾイドじゃ」
「兵器か」
「金属生命体じゃ」
「動物か」
「機械でもあり、生物でもある」
榊は目を閉じた。
「分類表を持ってこい」
シゲが端末を確認する。
「生体兵器の欄でいいですか?」
ドクター・ディが首を振る。
「兵器と決めつけてはいかん。ゾイドには心がある」
「では、人格機体」
「人間と同じ人格ではない」
「動物」
「金属じゃ」
榊は端末をシゲへ返した。
「分類不能に入れろ」
格納庫の奥で、ゲッターロボの部品が脈打った。
アストナージが言う。
「分類不能同士を近づけるな」
ブレードライガーは右前脚をかばっていた。
バンが降り、脚部を確認する。
「走っている時、急に踏ん張れなくなった」
ドクター・ディが関節へ耳を当てる。
「駆動系ではなさそうじゃな」
榊も反対側から見る。
「足裏を上げさせろ」
バンがブレードライガーへ声をかける。
「少しだけ我慢してくれ」
ライガーが前脚を持ち上げた。
足裏には、敵機の装甲片が深く突き刺さっている。
シゲが笑った。
「何だ。釘を踏んだようなものじゃないですか」
ブレードライガーがシゲへ顔を近づけ、牙を見せた。
「すみません」
シゲは即座に謝った。
榊は大型工具で装甲片を抜く。
ブレードライガーの脚部が震えた。
バンが頭部を撫でる。
「もう少しだ」
装甲片が抜ける。
傷口から、青白い液体が流れた。
シゲが驚く。
「血が出た!」
ドクター・ディが液体を採取する。
「ゾイドの体液じゃ。冷却と栄養の両方を担っておる」
榊が工具を持ったまま固まった。
「栄養?」
「ゾイドコアを維持するために必要じゃ」
「燃料ではなく?」
「食事に近い」
アストナージが頭を抱える。
「兵器の補給表に、餌の項目を作るのか」
コメタケタが反応した。
「コメ?」
ブレードライガーがコメタケタを見る。
コメタケタは蓋を閉じ、ノーマンの後ろへ隠れた。
ノーマンが言う。
「米は差し上げられません」
誰も要求していなかった。
その日の午後。
第三格納庫には、臨時の合同診療所が設置された。
看板には、次の文字が書かれている。
機械科・生体機械科・金属生命体科・操縦者外来
受付担当は伊吹マヤ。
診察担当はレイン、リツコ、ドクター・ディ、アクセル。
整備担当は榊、アストナージ、イアン、シゲ。
待合区画には、機体とパイロットが並んでいた。
左肩を冷やしているドモン。
脚部を固定されたゴッドガンダム。
右脚を休ませるニルヴァーシュ。
足裏へ包帯のような装甲材を巻かれたブレードライガー。
左膝の診察を待つ氷竜。
何も異常がないと言い張るボルフォッグ。
マヤが受付表を読む。
「次の方、エヴァンゲリオン初号機」
リツコが顔を上げる。
「初号機は定期検査よ」
マヤが小声で答える。
「本人の同意確認は、どうしますか」
リツコは黙った。
初号機が拘束具の中で、わずかに頭を動かした。
榊が言う。
「嫌がっているように見えるが」
「あなたまで泉さんのようなことを言わないで」
野明が遠くから手を振る。
「仲間ですね!」
「違う」
受付表の次。
「ゲッターロボ」
全員が顔を上げた。
神隼人が壁にもたれていた。
「右腕の形状が安定しない」
榊が尋ねる。
「痛がっているのか」
「知らん」
「本人の同意は」
「取れると思うか」
ゲッターロボの右腕は、ドリル、斧、翼、巨大な手を順番に形成していた。
ドクター・ディが興味深そうに近づく。
「進化途中の金属生命体かのう」
隼人が即座に答える。
「同じにするな」
アクセルも観察する。
「アーキタイプとも違うな」
リツコが端末を向ける。
「細胞分裂に似た反応があるわ」
イアンが後ずさる。
「診察ではなく隔離しろ」
リーロンが笑顔で現れる。
「大丈夫よ。今日は機嫌が良さそう」
榊がゲッターの右腕を指さす。
巨大な口が形成され、周囲の空気を噛んでいる。
「どこを見て判断した」
「勘よ」
「技術者が勘を診断根拠に使うな!」
診療所は、開始から二時間で混乱した。
ドモンが病室を抜け出し、ゴッドガンダムの修理を手伝おうとする。
レインが捕まえる。
ブレードライガーが消毒液の匂いを嫌がり、整備台から降りようとする。
バンとシゲが押さえる。
ニルヴァーシュが、レントンとエウレカの口論に反応して心拍数を上げる。
アクセルが二人を外へ出す。
氷竜が左膝の診断中に炎竜と口論し、温度測定をやり直す。
ボルフォッグは機密を理由に問診へ答えない。
初号機は検査機器を一本握り潰す。
ゲッターロボは、診察台を食べた。
榊は待合区画の中央で叫んだ。
「患者は一機ずつ問題を起こせ!」
リツコが訂正する。
「患者とは限らないわ」
「この状況で呼び方を議論するな!」
その時、ゴッドガンダムの修理区画から警報が鳴った。
レインが振り返る。
「何?」
ゴッドガンダムの胸部亀裂から、黒い物質が伸びていた。
細い血管のような線が、装甲の表面へ広がっていく。
レインの表情が変わった。
「全員、離れて!」
黒い線は左肩へ到達し、断裂した人工筋肉へ入り込んだ。
損傷部が急速に再生する。
アストナージが息を呑む。
「自己修復?」
榊が叫ぶ。
「その言葉を使うな! ろくなことにならん!」
レインは診断端末を接続する。
表示された反応を見た瞬間、顔色を失った。
「DG細胞……!」
格納庫が静まり返る。
ドモンが病室から走ってきた。
「デビルガンダムの細胞だと!?」
「敵機の破片が胸部へ刺さった時に、侵入したのかもしれない」
黒い線は修復を続ける。
ゴッドガンダムの左腕が持ち上がった。
だが、元の形ではなかった。
装甲が肥大し、指先が鋭い爪へ変化している。
目が赤く光った。
ドモンが叫ぶ。
「ゴッドガンダム!」
機体の胸部から、低い振動が返る。
マヤが端末を見る。
「機体出力が上昇しています!」
リツコが言う。
「増殖、再生、進化。ナノマシンより悪いわね」
シド・ムンザが∀ガンダムの区画から走ってくる。
「ナノマシンを使って除去できるかもしれん!」
榊が即座に止めた。
「悪い物へ、別の悪い物をぶつけるな!」
「∀のナノマシンは正常な機体情報を与えれば制御できる!」
レインが首を振る。
「DG細胞は、周囲の機械を取り込みます。ナノマシンまで吸収されたら、さらに手に負えなくなる」
その言葉を聞いた全員が、格納庫の隅を見る。
コメタケタがいた。
小型自己修復機。
∀ガンダムのナノマシン。
ゲッター線。
各機体の部品。
業務用炊飯器。
それらが融合した存在。
コメタケタはゴッドガンダムを見上げた。
胸部の炊飯ランプが赤く点滅する。
「コメ、タケナイ」
ノーマンがコメタケタを抱き上げた。
「あなたは近づいてはいけません」
キッドが工具を構える。
「感染した部分を切り落とそう!」
レインが答える。
「拡散する可能性がある!」
イアンがGNソード用の整備工具を持ってくる。
「熱で焼き切れば」
「熱をエネルギーとして取り込むかもしれない!」
せわし博士が叫ぶ。
「光子力で浄化する!」
「浄化という言葉で兵器を撃つな!」
Dr.千葉が手を挙げる。
「歌エネルギーなら――」
リツコが睨む。
「黙っていて」
「まだ何も説明していません!」
「説明を聞く時間が惜しいの」
黒いDG細胞は、修理用の支持架台へ到達した。
架台が脈打ち、脚を生やす。
榊が目を見開く。
「整備台まで患者になるのか!」
架台は立ち上がろうとする。
シゲが大型レンチで脚を払った。
「寝てろ!」
架台が床へ倒れ、黒い触手を伸ばした。
ブレードライガーが唸り、触手を爪で踏みつける。
ニルヴァーシュも腕を伸ばし、エウレカを守るように立つ。
氷竜と炎竜が前へ出る。
「凍結させる!」
「焼却する!」
レインが叫ぶ。
「極端な温度変化は避けて! 細胞が飛散する!」
二機は同時に止まった。
炎竜が氷竜を見る。
「お前が凍らせろ」
氷竜が炎竜を見る。
「お前が焼け」
「今、避けろと言われただろう!」
「先に言ったのはお前だ!」
榊が怒鳴る。
「診療所で喧嘩をするな!」
DG細胞はゴッドガンダムの全身へ広がり始めている。
ドモンは包帯を巻いたまま、モビルトレースシステムの装着区画へ向かった。
レインが腕を掴む。
「何をする気?」
「俺が乗る」
「今のゴッドガンダムと接続したら、あなたまで侵食される!」
「俺の声なら届く」
「根拠は?」
ドモンはゴッドガンダムを見上げた。
「こいつは俺の相棒だ」
榊が小声で言う。
「機体との関係性確認が、初めて役に立つかもしれんな」
アストナージが答える。
「規則を作った時は、こんな使い方を想定していなかった」
「規則とは、だいたい想定外の時に試される」
ドモンはモビルトレーススーツを装着した。
レインも隣の診断席へ座る。
「接続時間は三十秒。危険な反応が出たら、私が切る」
「一分だ」
「三十秒」
「四十五秒」
「患者が交渉しないで」
「俺はパイロットだ」
「肋骨に亀裂のある患者よ」
「四十秒」
「三十秒」
ドモンは諦めた。
接続開始。
ドモンの身体へ、黒い線が浮かぶ。
左腕が震え、膝が折れそうになる。
ゴッドガンダムも同じ姿勢を取った。
「ゴッドガンダム!」
ドモンが叫ぶ。
「お前は、そんな物に負ける機体じゃない!」
DG細胞がさらに増殖する。
ゴッドガンダムの右腕が、ドモンの意思に逆らうように持ち上がる。
「俺たちは、何度も一緒に戦ってきた!」
黒い装甲が胸部を覆う。
「お前は破壊するための機体じゃない!」
ドモンの左肩から血が滲む。
レインが接続解除へ手を伸ばす。
「ドモン、もう限界よ!」
「まだだ!」
残り十秒。
ドモンは拳を握った。
「俺のこの手が!」
榊が即座に叫ぶ。
「格納庫内で必殺技を使うな!」
ドモンは一瞬、言葉に詰まった。
「今、重要なところだ!」
「重要でも駄目だ! 天井が抜ける!」
残り五秒。
ドモンは必殺技の口上を捨てた。
「戻ってこい、ゴッドガンダム!」
機体の目が光った。
赤ではない。
元の、穏やかな緑色。
ゴッドガンダムの右手が、自ら胸部の亀裂へ食い込む。
黒い装甲を掴み、引き剥がした。
DG細胞の塊が床へ落ちる。
レインが即座に接続を切った。
ドモンは倒れた。
ゴッドガンダムも膝をついた。
切り離されたDG細胞が、床の上で蠢く。
榊が叫ぶ。
「今だ! 隔離容器へ入れろ!」
整備員たちが耐熱容器を運ぶ。
だが、DG細胞は細い触手を伸ばし、最も近くにいた機体へ向かった。
コメタケタだった。
「逃げろ!」
キッドが叫ぶ。
コメタケタは逃げなかった。
胸部の蓋を開く。
内部から、高温の水蒸気が噴き出した。
DG細胞が怯む。
「コメ、タケル!」
コメタケタは炊飯器内部へDG細胞を吸い込んだ。
蓋を閉める。
炊飯ランプが点灯した。
全員が固まった。
榊が震える声で尋ねる。
「何を炊いている」
ノーマンも、さすがに答えなかった。
炊飯器の内部から、激しい衝撃音が鳴る。
コメタケタの身体が跳ねる。
黒い線が装甲へ浮かび、すぐに消える。
再び浮かび、また消える。
∀ガンダムのナノマシン。
ゲッター線。
DG細胞。
業務用炊飯器の高温高圧。
四つの技術体系が、コメタケタの内部で殴り合っていた。
シドが叫ぶ。
「蓋を開けろ!」
ノーマンが止める。
「炊飯中に蓋を開けてはいけません」
「今は料理ではない!」
「圧力が逃げれば、内容物が飛散します」
榊が頷いた。
「ノーマンが正しい。炊き上がるまで待て」
「何を根拠に!」
「炊飯器は、途中で開ける方が危険だ!」
全員がコメタケタを囲んだ。
残り時間。
十二分。
誰も動けなかった。
ドモンは担架の上からコメタケタを見る。
「頑張れ」
レインがドモンの傷を縫いながら言う。
「あなたは喋らないで」
「応援くらい――痛っ!」
「動かない」
残り五分。
コメタケタから黒い煙が上がる。
残り一分。
胸部装甲が赤く輝く。
残り十秒。
全員が後ずさる。
炊き上がり音が鳴った。
「コメ、タケタ」
ノーマンが慎重に蓋を開く。
内部には、黒く乾燥した小さな塊が残っていた。
DG細胞の反応はない。
マヤが測定器を向ける。
「活動停止しています」
レインも確認する。
「再生反応なし」
シドがナノマシンの状態を見る。
「コメタケタ本体も正常じゃ」
隼人がゲッター線反応を確認する。
「変化なし」
榊は黒い塊を見た。
「炊いたのか」
ノーマンが答える。
「蒸気、圧力、ナノマシンによる分解、ゲッター線による適応が同時に働いたのでしょう」
アストナージが言う。
「説明を聞いても、炊いたようにしか聞こえん」
コメタケタは満足そうに蓋を閉じた。
「コメ、タケタ」
榊が膝をつき、コメタケタと目線を合わせる。
「よくやった」
コメタケタの髭が上がる。
野明が一号機のコックピットから声を上げる。
「今、機体を褒めましたね!」
榊は立ち上がった。
「働きには対価が必要だ」
「一号機も褒めてあげてください!」
「話を広げるな!」
その日の夕方。
合同診療所の看板は撤去された。
代わりに、新しい部署が作られた。
第三格納庫・統合機体健康管理室
対象。
機械。
生体兵器。
金属生命体。
人格搭載機。
自己修復機。
分類不能機。
パイロット。
整備台。
担当責任者。
レイン・ミカムラ。
レインは書類を見つめた。
「どうして私なの?」
榊が答える。
「医者と整備士を兼任できるからだ」
「私の仕事が増えているわ」
アストナージが慰める。
「便利な人材とは、そういうものだ」
レインは二人を睨んだ。
「あなたたちも副責任者です」
榊とアストナージの顔が固まった。
その下へ、リツコ、アクセル、ドクター・ディ、イアンの名前も追加される。
診療対象一覧。
ゴッドガンダム。
ニルヴァーシュ。
ブレードライガー。
エヴァンゲリオン初号機。
勇者ロボット各機。
ゲッターロボ。
備考。
DG細胞を発見した場合、即座に隔離すること。
∀ガンダムのナノマシンを安易に使用しないこと。
ゲッター線を治療目的で使用しないこと。
炊飯器で処理しないこと。
最後の一文へ、榊が赤字で書き足した。
ただし、他に方法がない場合を除く。
コメタケタは健康管理室の横で、夕食用の米を炊いていた。
「コメ、タケタ」
ドモンが病室から抜け出し、茶碗を持って並んでいる。
レインが背後から現れた。
「ドモン」
「腹が減った」
「ベッドへ戻って」
「食事は治療に必要だ」
ノーマンが静かに茶碗へ米を盛った。
「その主張には合理性があります」
レインはノーマンを見た。
ノーマンは視線を逸らした。
ゴッドガンダムは修理区画で、静かに左手を開閉している。
ドモンも同じように左手を握った。
痛みは残っている。
だが、動く。
ゴッドガンダムの指が、ドモンへ応えるようにもう一度動いた。
榊はそれを見て、整備記録へ一文を書いた。
機体との関係性、良好。
書いた直後、榊は周囲を確認した。
野明には見られていなかった。
だが、一号機のカメラだけが、こちらを向いていた。