義務レットは自由に生きてみる   作:RGN

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俺は義務を捨てるぞォッ!!

 やった方がいい、と、やらなきゃいけない、に追われ続けて20と余年。

 遂に体をぶっ壊して親に無様な死に顔を晒すことになった俺に待ち受けていたのは、別世界での新たな義務と責務であった。

 

「ギムレット。お前はフェグズの末裔として、恥じることない働きをする義務がある」

 

 義務レットとは、実にふざけたネーミングである。

 この世界に神が存在するなら、きっとどこかで俺のことを指さして笑っているに違いない。

 そのくらいには、因果を感じる名前だった。

 

「返事はどうした」

「はい、母様」

「騎士団で返事は義務だ。分かるな?」

「はい、母様」

「では剣を振れ。日が暮れるまでだ」

「はい、母様」

 

 フェグズの家は代々優秀な騎士を輩出している家系らしい。

 父、祖父、叔父、大叔父は現在も現役の騎士であるらしく、兄も騎士見習いの従士として既に騎士団の庁舎に勤めているそうだ。

 で、だから俺にも騎士になれと、そういう話らしかった。

 

「剣を振り続けろ。心配するな、はしたないが、昼飯なら私が食わせてやろう」

「はい、母様」

「血豆が潰れたか、いいことだ」

「はい、母様」

「便意に気を取られる暇はないぞ。何、浄化魔法は便利なものだ。気にせず振り続けるがいい」

「はい、母様」

 

 母親の指導は厳しいなんてものじゃなかった。

 昭和脳どころの騒ぎではない。現地スパルタの人間だ。

 文字通り吐こうが血の小便を垂れ流そうが、鍛錬を止めることは許されなかった。

 雨の日だろうが雪の日だろうが嵐の日だろうが、ひたすら俺は鍛錬に打ち込まされた。

 

「何度言えばわかる? 持ち方はこうで、切り方はこうだ」

「はい、母様」

「詠唱と効果を叩き込め。一言一句漏らさずだ」

「はい、母様」

 

 朝と夜はマナー講義と魔法の修行。

 ここでも母の指導は厳しかった。

 剣の鍛錬の時ほどではなかったが、やはり俺に全く容赦してくれなかった。

 

「……才能あるな、お前」

「はい、母様」

 

 とは言え、魔法の講義だけはほんのちょっぴり楽しかった。

 俺には魔法の才能があるからだった。

 母親の鼻を明かせるのはこの時間ぐらいなものだし、何より出来ることが目に見えて増えることは実に面白かった。

 

 だがやはり、それ以外は全く楽しくなかった。

 苦痛だった。すぐにでも止めたいと何度も思った。

 

 だが俺は止められなかった。

 止めるのが怖かった。

 俺は今まで、ずっと流されるままに生きてきたからだ。

 

 前世からずっとそうだ。

 これをしろ、それをしろ、と言われるがままにやり続けていた典型的な指示待ち人間だった。

 それが平穏に生きるためには一番の方法だと思っていた。

 現実にはこうして死んで、生まれ変わった先でもまた死にかけているわけだが。

 

 しかし、このレールを外れて生きていける自信も無かった。

 

「お前はまだまだ未熟だ」

「はい、母様」

「私に剣で勝ったところで、騎士団でやっていけると思うな」

「はい、母様」

「お前は王に捧げる剣となる義務と責務がある。そしてそれは名誉なことだ。分かるな?」

「はい、母様」

「では無駄口を叩くな」

「はい、母様」

 

 母親の言葉は、俺にその不安をいっそう煽った。

 俺に剣やマナーの才能は無い。俺は弱い。しかし今の俺に価値があるのは俺が鍛錬を続けているから。鍛錬をやめれば、俺は一瞬でただの雑魚になる。この家にも騎士団にも居場所がなくなる。

 ネガティブな思考が、ひたすら俺に剣を振らせていた。

 

 そんなある日のことだった。

 俺が15歳になって騎士団入りを控えたその日、父と兄が帰って来て、言ったのだ。

 

「そろそろギムレットも騎士団入りだろう。どれ、今の実力を私に見せてくれ」

「では、相手は私がしましょう」

 

 兄が木剣を手に取り、俺の前に立った。

 隙だらけに見えた。何とも弱そうに見えた。

 きっと手加減してくれているのだろう、俺はそう考えて、兄に打ち込んだ。

 兄はあっさりと敗北した。

 

「……は?」

 

 弱すぎた。

 手ごたえが無さ過ぎた。

 俺の剣を打ち返すどころか、反応さえできていなかった。

 俺の剣は何に阻まれることも無く兄の体を捉え、吹き飛ばしていた。

 

「聞いていた通り、凄まじいな。どれ、私とも頼む」

 

 父も敗北した。

 やはり弱すぎた。

 俺の剣に反応は出来ていたが、対応は出来なかった。

 一合と撃ち合う事さえなく、剣の切先は父の喉元に添えられていた。

 

「……いやはや、末恐ろしい。まだ15でこれか、騎士団でも勝てる人間がいるかどうか分からんぞ。間違いなく、天才だな、この子は」

 

 俺は半ば茫然自失としていた。

 弱すぎる。あまりにも、弱すぎる。

 騎士団は、こんなものなのか?

 兄はともかく、父は未だ現役のはず……老いも、祖父や叔父に比べれば、そうでもないはずだ。

 それが何故、こんな無様を晒している?

 天才? 騎士団に勝てる人間がいるかどうか? 意味が分からない。

 俺は無才で、無才だから、あんなに頑張っていた、そのはずだ。

 では、何故?

 

「だろう。貴様やジークが三日と持たず逃げた鍛錬に10年以上打ち込んだのだからな。そいつは間違いなく国で最高の剣にして盾になるだろうよ」

 

 それはある意味で、完璧な解答だった。

 

 俺は強いのだそうだ。

 俺は天才なのだそうだ。

 俺はする必要が無かった努力を義務と勘違いし、続けていたそうだ。

 

 だらんと、剣を持った腕が弛緩する。

 何だろうか、この感情は。

 怒りではない、悲しみと言うわけでもないし、喜びと言うにも違う気がする。

 ただ……ただ、そう。

 色々なことが、どうでもよくなった。

 

「……もう、いいか」

 

 義務とか、責務とか。

 そう言う事ばっかりを追いかけて、追われて、そうやって生き続けることは、もうやめよう。

 不利益ばっかりだ。

 このままだと俺は、きっと何かまた下らない事を義務と勘違いして死ぬんだろう。

 

「……はぁ」

「どうした、ギム?」

 

 あー……嫌になる、本当に。

 何が嫌かって、こんな状況になっても義務から離れることに怖がっている俺にだ。

 抜け出そう、脱却しよう、無理やりにでも。

 

「カッ──────」

「なっ……!?」

 

 木剣を上へ跳ね上げ、父の意識を奪う。

 そして俺は父が俺に寄越すつもりだったのだろう剣を掴み取り、腰に佩いた。

 

「何を考えている、ギム」

「俺はここを出ます、母様」

「……許すと思っているのか?」

「許さざるを得ない。違いますか?」

 

 もう、「はい、母様」なんてカスみたいな言葉を吐くつもりはない。

 俺の方が強い。彼女の方が弱い。

 そして俺はもう騎士団に何て入るつもりはない。

 それだけだ。

 

「……」

 

 彼女は無言で剣を取った。

 が、やはり俺の敵ではなかった。

 俺が一言、スリープと唱えるだけで、彼女はその場に倒れ伏した。

 

「成程、これが自分の意思の通し方か」

 

 誰も彼もが倒れ伏した中庭の中心で呟く。

 初めての経験だが……存外、気持ちがいいものだ。

 

「暫く、自由に生きてみよう」

 

 今まで出来なかった事をやってみよう。

 自分で考えて、やりたいことをやってみよう。

 誰にも、何にも縛られないということを体験してみよう。

 

 義務レットなんてふざけた名前も返上しよう。

 レットだ。今日から俺はレットでいい。

 

 もう十数年以上前の記憶だから曖昧だが……確かLetの意味は、相手の意志、意向を尊重したり、ことが自然に流れるままにさせること、だったはずだ。

 うん、ぴったりだな。素晴らしい。

 

「………………あぁ、空が青い」

 

 こうして俺は屋敷の敷地を飛び出し、外の世界へ足を踏み出した。

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