義務レットは自由に生きてみる 作:RGN
と、屋敷を飛び出したは良いものの、しかし何をすればいいかと考えると何もわからないのが現状であった。
人間は自由の刑に処せられている、とは誰の言葉だったか忘れたが、正しくそれが今俺の頭上に降りかかって来ているらしい。
これが怖かったから俺は義務と責務によって敷かれたレールを進み続けていたわけだが……
そこから抜け出した以上、自由と向き合わねばならないのだろう。
「とりあえず、歩いてみるか」
目的を達成するためではなく、目的を探すために歩く。
これが散歩というヤツなのだろうか。
思えば、初めての経験だ。
俺は生まれてからずっと、散歩と言うものをしたことが無かった。
俺が歩くのにはいつも何かしら明確な目的が付随していたか、あるいは誰かの指示があった。
どこかに目的地があるか、歩くことそれ自体が目的だった。
しかし今はそうではない。
目的地を定めずに歩くのは、存外に気が楽なものだ。
散歩好きの人や旅好きの人の主張も、今なら理解できそうである。
しかし、歩いてばかりいるわけにもいかないのが現実だ。
「……腹が減ったな」
太陽が傾き、空が茜に染まって、そろそろ我が家の領地を抜け出したかなという頃。
俺は自分の胃が、無視できないだけの空腹を訴えていることをようやく認識した。
しかし残念なことに、周囲に食べられそうなものは見当たらないし、街や村が見えるわけでもない。と言うか何なら先立つものが無い。
「弱ったな。私物の一つや二つ、持って来ればよかった」
我が家系は騎士の家系である。つまり貴族の家系である。それもほぼ毎世代騎士を輩出しているわけだから、他家からの覚えもいい、結構な名家である。
当然ながら領地はあるし、結構な金持ちでもあるわけだ。
俺の私物は毎日の鍛錬のおかげで非常に少なかったが、しかし与えられた幾らかの小物や短剣、装飾品などは、家格に釣り合うかなり高価なものであった。
それらを持ってきていれば、少なくとも路銀に困ることは無かっただろう。
まぁそんな高価なモノを換金してくれる場所があったならの話ではあるがな、がはは。
……などと笑っている場合ではない。
家を出るときはすっかり忘れていたが、食糧についてはガチガチの死活問題である。
今はまだ腹が減った程度のものだが、早急に何とかしなければ飢えて死ぬ。
自由に生きてやろうと息巻いた数日後には野垂れ時ぬとか最悪でしかない。
何か食べられそうなものを見つけるか……あるいは村か街を見つけなくては。
しかし焦ったところでそういったモノが見つかるかどうかと言えば否である。
村や街は一向に見えてこないし、食糧を見つけようにもそもそも俺は野営の知識など持ち合わせておらず、そもそも植生やら何やらの知識もない。
まぁ最悪の場合、解毒の魔法は習得しているので毒性のあるモノを食っても問題なくはあるのだが、それにしても良いモノは食べたいのだ。
「マズいな、もう夜になってしまうぞ……」
遠くに見える空は未だ茜色で、真っ暗闇であるかと聞かれればそうではないのだが、にしても活動限界は着実に近づいていた。
そろそろその辺の木の実と雑草を煮込んで食う覚悟をしなくては、と。
俺がいよいよそんなことを考えていたところで、何やら少し離れた場所が騒がしくなっている事に気が付く。
これは鳥の声に……人の声か?
「おお、これは有り難い!」
この辺りに居る人間ならば、多少の食糧を持っているはずだ。
一応は多少価値のありそうなものを身に着けているので、それを代価として食料を恵んでもらおう。
そう考えて俺は声のした方を見ると、何やら巨大な影がこちらへ向けて突進して来ていた。
「……ん?」
人間にしてはあまりにもシルエットが大きすぎる気がする。
というか走り方からして変だ。
人間のような二足歩行というよりは、まるで獣のような四足歩行で──────
『FWOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOッ!!』
「……うわ」
獣のような、ではなく獣そのものであった。
熊のような肉体にフクロウの頭部を備えた特徴を見るに、オウルベアと呼ばれる怪物であるらしい。夜行性で、音もなく獲物に近づいては捕食する生態で知られており、人間もその獲物の対象に含まれる、危険な極まりない猛獣だ。
そんな存在が、一直線に俺の居る方を目掛けて走って来ていた。
「なんだ、人じゃないのか……………………だがまぁ、肉ではあるな、うん」
見るからにゲテモノであるが、獣である、つまり肉である。
肉であるのなら食料だ。
そして俺は腹が減っている。ならばやる事は一つだろう。
「さて、お前は鳥肉と獣肉、どっちの味がするんだろうな?」
回避と同時に脊髄へ一撃。
脳からの命令が遮断されたオウルベアの肉体はその巨体に似合う凄まじい慣性を保ったままに転げ、危険な音を立てて数十メートルほど先でようやく静止する。
圧倒的な質量は彼を殺す凶器と化すにはあまりにも十分だったようで、首を含む数か所の骨は折れ、頭蓋は割れて、凄惨な死骸を月下に晒した。
「では、早速」
俺はオウルベアの死骸に剣を突き立てる。
前世は極めて一般的な家庭に生まれ、今世では貴族の家に生まれた俺だ。獣の解体の方法など知らない。
ので、極めて雑に肉を剥ぎ、その辺の枝に突き刺して、魔法の炎で焼くことにした。
調味料も無いから絶対に不味いし、寄生虫とかも怖いが、背に腹は代えられまい。
そんなことより腹が減った、という考えに基づいて行動しているのが今の俺であった。
「ちょおーーーーーッと待ったーーーーーッ!!!」
だがしかし、そんな俺の食事は突如として響いてきた大絶叫によって中断されることとなる。
今度は一体何だと声のした方に首を向ければ、何やら弓矢を装備した少女がこちらを指差しているではないか。
そして背後には、彼女の仲間らしき人達の姿も見える。
成程、さっき聞こえたと思った人の声は彼女らのもので、このオウルベアは彼女達から逃げてきたのか。
そう思ってオウルベアの体を観察してみれば、剣によるものらしい切り傷が刻まれていたり、折れた矢が刺さっていたりしている。
「それ食べちゃダメ! 絶対ダメ! 死ぬよ!!」
「あー……何故でしょう。腹が減っているのですが」
「毒矢を使ってるの! もう全身に回ってるはずだから、食べたら神経麻痺で死んじゃう!」
……そう言う事だったのか。
確かに神経毒はマズい。
解毒魔法があるとは言っても、魔法が唱えられなくなったら流石に死ぬ。
「忠告、感謝します。……解毒魔法をかければ食えますか?」
「えぇ? 解毒魔法って……解毒魔法かぁ、いやまぁ……うーん……」
「難しいですよ、御仁。解毒魔法は毒を食らった対象が生きてこその物ですからな、死んだ生物にかけても、毒は分解されますまい」
「何よりオウルベアはやめておけ、不味いぞ」
「いや本当に」
続々と彼女の仲間らしい人々が集結する。
彼女を含めて4人組で、戦士二枚に魔法使い一枚、斥候一枚……さては、冒険者というヤツか。
オウルベア討伐の依頼を受けて、コイツ等の活動が始まる夕暮れに戦闘を開始、毒が回り始めたオウルベアが逃走を始めて……と、そんな具合だろうか。
「重ね重ね、忠告感謝します。では恥を忍んでお願いしたいのですが、食糧を分けていただけませんか? お礼は致しますので」
「いや、その必要はない。元々逃げたオウルベアを探すために多めに持ってきてたのが必要無くなったからな、こっちがお礼したいくらいだ。何なら結果的に逃げたオウルベアをけしかけるような結果になっちまったし、その詫びも込みで頼む」
「これから野営なんですけど、ご一緒しますか?」
「そうですか、ではお言葉に甘えさせていただきます」
いやはや僥倖だ、実に僥倖だ。
まさか飯のみならず、一晩を明かすアテまで降って来るとは。
「しかし……大丈夫ですかな。保存食ですし、お貴族様の口に合うかどうかはわかりませんぞ」
「え゛」
パーティメンバーの顔が一斉にこちらを向く。
そして暗闇の中でもわかるほどに顔を青くした。
まぁ、平民からすれば貴族なんて天の上の存在みたいなモンだし、厄ネタの塊みたいな相手だ。
こういう反応になるのも頷ける。
だがまぁ俺はもう貴族とか関係ない身であるし、何より俺の暮らしに彼らが想像しているであろう優雅さは無かった。っていうかなんなら彼らの生活よりひどいだろう。
「お気遣いどうも。ですが気になさらないで下さい。家では豚のエサよりも下等なモノを食わされたこともありますから」
「……ぐ、具体的には?」
「石とかですかね? はっはっは」
「えぇ……?」
騎士たるもの、腹の調子で剣の調子を左右されるなだとか、顎と歯は強固でなければならないだとか。そういう理由で石を食わされたこともある。
恥っこの方からガリガリ削っていったら割と何とかなった。
まぁ歯が削れたから後で治す必要があったんだが。
「……どうやら、訳ありっぽいですねぇ……」
「こんな時間にこんな場所に居るんです、何を今更」
「あ、自覚あるんだ……」
そりゃあそうだろう。
一応は腐っても元貴族である。その辺の常識は弁えているつもりだ。というか叩き込まれた。
「まぁまぁ、そんなことより、野営の準備をしてしまいましょう。俺こういうの初めてなんですよ、色々教えてくれません?」
「んー…………ま、いっか。彼の言う通り、さっさと準備するぞ」
「じゃあ、取り合えず枝を集めましょう」
「はい、わかりました」
言われたままに、俺は枝を集め始める。
俺達が火を囲むことが出来たのは、その10分後のことだった。