義務レットは自由に生きてみる   作:RGN

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初めての野営

「いやぁ……結構おいしいですねこれ」

 

 魚の塩漬けとか黒パンとか、中々においしいものである。

 特にゆっくりと味わいながら食えるのが本当に有り難い。

 家に居た頃は、多くの食い物を出来る限り一瞬で詰め込むことと、動きを止めずに食べ続けること、そしてマナーの一切を間違えないように食べることに意識を割かなきゃいけなかったからな。

 味を楽しむ余裕なんてあったモンじゃない。

 

「本当に美味そうに食べるよねぇ……お貴族様なんじゃないの?」

「貴族だからおいしいものしか食べない、なんて幻想ですよ。いやまぁウチが特別だっただけかもしれませんがね」

 

 というか俺と母親が特別だっただけだろう。

 あの話から鑑みるに、父と兄は早々にあの生活をリタイヤしていたようだし。

 

「ふぅむ……もしやフェグズの家の方ですかな?」

「おや、良く分かりますね」

「まぁ、領地がすぐそこですし、騎士の家系ですからな。虐待まがいの厳しい教育にも納得できましょう」

 

 魔法使いのお爺ちゃんは、見た目に違わず知的で、多くの知識を持っているらしい。

 

「じーさんも元貴族なんだ。俺達がそれを知ったのはパーティ組んで暫く経ってからだったがな」

「そうなんですか!」

「ほっほ、もう何十年も昔ですし、今は家も没落しております。まぁ儂のせいなのですがな?」

「は、はぁ……」

 

 成程、随分やんちゃな方だったようだ。

 いやまぁやんちゃ度合いで言えば家族全員ぶちのめして飛び出してきた俺も俺なのだが。

 

「ところで……今更ですが、皆様は冒険者の方々で?」

「そだよー。銀等級一党(パーティ)復讐の剣(ヴァーリ)。結構有名な方なんだよ?」

「そうなんですか……すみません、冒険者の話にはどうにも疎く……」

 

 何なら冒険者には絶対に関わるなとか教育されていたからな、俺は。

 連中は野蛮極まりない蛮族まがいのゴロツキどもとか何とか。

 まぁ実際そう言う輩がほとんどなんだろう。

 彼らのような良識ある冒険者一党など少数派であるに違いない。

 

「そういや、自己紹介がまだだったか。俺がリーダーのフロットだ」

「んで、俺がソーク」

「ゼスト・エルヴァンですぞ。爵位名は返上いたしました」

「アーデだよ。斥候やってるよ」

「これはどうも。レット・デュオン・フェグズで……いや、もう色々要りませんね。レットでお願いします」

 

 義務だけ抜かしたが、よくよく考えてみたら家名とかもう要らないし、家格を表すデュオンも要らん。今の俺にはただのレットが一番だ。

 

「ふぅむ……しかし本当に訳ありっぽいな?」

「何? 何かやらかしちゃったの? それともそこのお爺ちゃんみたいにヤンチャしたくなっちゃった系?」

「アーデ。貴族への詮索は寿命を縮めますぞ?」

「いえいえ、構いませんよ。ただその、何です。騎士になるのが馬鹿らしく感じてしまいまして、家族全員をぶっ飛ばして出奔してきたのですよ」

「えぇ……」

「うーわ」

「ほっほっほ、それはまた派手になさりましたな」

 

 俺の言葉に平民出身らしい三人がドン引きする中で、ゼストさんだけが愉快そうに笑っている。

 

「だけど、アレだろ? 騎士の家系の家族って事は、騎士なんだろ? 勝てたのか?」

「思ったより弱くて拍子抜けでしたね。というか彼らが弱すぎて騎士団入りが馬鹿馬鹿しくなりました」

「いやぁわかります。わかりますぞ。偉そうなこと言っておいて大した事なかったりすると、途端にショボく感じますよなぁ」

「わかってくれますか」

 

 横を見れば、ゼストさんが腕を組みながら神妙な顔で深く頷いてくれていた。

 どうやら彼も俺と同じような理由で出奔したらしい。

 彼とは実に話が合いそうだ。

 

「……ダメだ。お貴族様の感覚はやっぱり俺らにゃ理解できん」

「俺らはまだマシな方でしょう」

「同感ですな」

 

 そんなことを言うソークさんに俺たち二人の言葉が飛ぶ。

 実際、俺達は庶民に近い感覚を持っている方だ。

 俺は前世では平民だった───とは言っても生活レベルは比べ物にならないが───わけであるし、ゼストさんは数十年以上冒険者として平民と接しているのだから、感性は平民の方にずっと近い。

 本物の貴族は俺の家族のようなマナーに狂った連中のことを言うのである。

 ソークさんにはぜひ彼らに……特にウチの母親に会ってみてもらいたいものだ。

 その後に俺達に同じようなことが言えたなら、その時は素直に認めようではないか。

 

「まぁ、レット君が爺ちゃんと同類って事は間違いなさそうだね、うん」

 

 俺たちの会話の流れを見て、アーデさんはそんなことを言った。

 そして満場一致でアーデさんの言葉に同意する俺達。

 彼と出会ってから未だ数十分だが、波長があまりにも合い過ぎるのだから仕方がない。

 

「ほほ、では、そんなレット殿には儂と同じく冒険者になってみることを提案しましょう」

「俺が冒険者に、ですか」

「レット殿も貴族の家に嫌気がさし、自由を求めて飛び出した口でしょう? であるなら、冒険者よりも最適な職業はありますまい」

「……というと」

 

 俺がそう聞けば、ゼストはとても詳細に冒険者の利点を語ってくれた。

 仕事の取捨選択が自由である事、稼ぎが非常に多い事や、他国にも半ば自由に行き来できること。そして何より魅力的だったのが───

 

「冒険者になると、戦争を含んだあらゆる政治への干渉が不可能になるのです」

「あらゆる?」

「もちろん完全にというのは無理ですがね。少なくともかの英雄、紅玉のミストルティンの圧倒的な暴力は、世界に冒険者の内政不可侵と戦争不参加を確約させました」

 

 話を聞くに、そこに至るまでにも様々な歴史や背景があったらしいが。

 端的に言えば忠誠心も無ければ騎士道も無い実力だけある連中が、多少の金で政治や戦場をしっちゃかめっちゃかに引っ掻き回すのはダメだろ、と。

 国際的にそういう結論に至ったらしい。

 実に素晴らしいことだ。

 貴族としてだの騎士の家系としてだのフェグズの名を継ぐ者としてだの、そういう話にはもううんざりなのである。そこから恒久的に離れられるなら嬉しい限りというもの。

 

「それに関連して、一定以上の階級になると税が無くなったり、宿にタダで止まれたりっていう特典があるのも魅力だな。関所もほぼ素通りできる」

「まぁ、その分危険が付きまとうわけだが」

 

 フロットさんとソークさんが補足する。

 成程、そう言った特典があるのは、確かにすごく魅力的だ。

 

「そういうのもあって、気楽なものですよ、冒険者は。同類の私が保証します」

「そういうものですか」

「そういうものです」

 

 はぇー、と。

 気の抜けたような感嘆の息を吐きながら、俺はアーデさんの方を見る。

 

「実際、お爺ちゃんは今の生活を死ぬほどエンジョイしてるよ。今も、たんまり稼いでるのに隠居しようとすらしてないしね」

「ほっほ、ここまで来たならもう死ぬまで現役を続けますぞ」

 

 ボケたくもありませんしな、とゼストさんは黒パンを齧る。 

 

「そうですか……じゃあ、なってみましょうかね、冒険者」

「ありゃ、随分とあっさり」

「一応忠告しておくが、先の取り決めの影響で、なったらもう戻れないってことになってるからな?」

「貴族って身分にこう……ねぇのか、何か?」

「むしろ戻れないなら大歓迎ですよええ」

「その通りですなレット殿」

 

 とまぁ、そんな軽い感じで、俺は冒険者になる事を決意するのであった。

 

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