これがおすすめですよ、と受付嬢さんに差し出された鹿討伐の依頼を受け、俺は都市外を歩いて依頼のあった村の近くまで歩いてきていた。
何でも、鹿が牛に与える用の牧草を食ったり、農作物を食ったりと、色々と被害が発生しているので、取り合えず殺して欲しいと、そう言う事らしい。
それただの鹿害じゃね? とか、どっちかって言うと冒険者よりも
言われてみれば、討伐系の依頼とかは根本的に見れば狩猟と同じである。
であるなら、そうなっていても何らおかしくはないというものか。
「で、鹿ってのはどうやって見つけるモンなんだ……?」
村で確認した感じだと、鹿は日中は山で生活し、夜の間に村へ侵入、色々なものを食い漁るらしい。だから未だ太陽の高い現在は、山の中に居るものだと思われるが……影も形も見当たらない。
何だったか、確かこういうのは糞とかで距離を測ったりするのだったか?
……ダメだ、もう何にもわからん。
こうなるんだったら、詳しそうな人に話とか聞いて来ればよかった。
「…………もう魔法を使った方が手っ取り早いな、これは」
山の中を数時間ほど歩き続け、空が茜色に色づき始めた辺りで俺はそう結論付ける。
魔法の才能があるとは言われていても魔力量には限りがあるから、使用には慎重になりたかったが、こうなってしまうともう魔法でも使わないと達成できる気がしない。
「
周囲の生命を視覚的に察知可能なものにする魔法……が、本来の
魔力は支配下にある限り体の一部みたいなモンなので、反射波をセンサーで検知するとかそう言う手間がなく、反射したその時点で感知可能と、その点で言えばソナーよりは優れている……が、完全に隠れている生物とかまでは判別できないため、性能で言えばソナー以上本来の
ただ少なくとも、鹿のような巨大な影であれば、手に取るように把握できる。
「向こうの方か」
どうやら牝鹿の群れらしい。角が見えない。
角があれば持ち帰って売ろうと思ったのだが。
無いなら無いで仕方ないな。
「さて」
何にせよ、位置さえわかってしまえばもうこちらのものである。
出来る限り音を立てないように鹿の方へ移動し、剣を抜く。
距離にして約50m、木々の向こうに辛うじて鹿が見える程度の位置に陣取り、そして。
「ふッ」
斬撃を放つ。
魔力斬、或いは遠切り。
騎士が魔法最盛の世の戦場において、未だに存在意義を失わない所以の技術、その一つだ。
超高速で飛ぶ不可視の斬撃は、極限の集中状態にある人間にとっても感知は困難。
いくら野生の動物とは言え、意識の外から飛来するそれを回避することは、まず無理だ。
群れに居た鹿のうち、固まっていた数頭が首や胴体で両断される。
『!!』
それらの亡骸が崩れ落ちる光景を見て、異変を察知した鹿たちが逃亡を開始した。
が、その前にもう一度飛翔する斬撃が、一頭の鹿の首を切り落とす。
これで……5頭か。まぁこんなモンだろう。
「このくらい狩れば大丈夫か。依頼じゃあ確か、群れの半分くらい殺してくれればそれで十分ってなってたし」
受付嬢さんから受け取っていた依頼状の写しを広げる。
うん、確かにそう書いてあった。
であるなら、もうこれ以上の狩猟は必要ないだろう。
『必要以上の討伐は禁止』
冒険者に課せられた討伐任務におけるルール、その一である。
あんまりやりすぎると、
前世では狩猟・密猟によ絶滅危惧なんて話がそこら中にあったわけだから、そこは納得できる。
そして──────
「『死体の処理、討伐証の確保』、か」
この世界はゾンビとかが普通に発生する世界である。
適切に処理しなかった場合、その死骸がゾンビになってしまう可能性があるらしい。
この辺に関しては母親からも散々言われていた。
戦争で敵兵を殺した時にきちんと対処しないと、背後から襲われかねないのだとか。
そう言う事があるから、この世界の葬送は基本的に火葬である、というのは余談だ。
とはいえこのような場所で十分に火葬が出来るわけも無し。
四肢と頭を切断した上で埋めて、ゾンビになったとしても身動き一つ取れないようにしておけば村人でも対応できるので、問題ないそうだ。
そして討伐証とは、読んで字の如く、討伐した事を示す証である。
依頼ごとにギルド側が部位を指定、そこを回収して提出することで、初めて討伐が正式なものとして認可されるのである。
今回の討伐証は右耳だったので、殺した牝鹿の右耳を切り落としてゆく。
これ角とかだったらわざわざ牡鹿を探しだして殺す必要があったのだろうか、とか思いつつ鹿の死体を埋め、村へ。もしかしたら食べるかもしれないので、一応頭部を失った死体を2つ担いで向かう。
着いた頃には村はすっかりと暗くなっていて、多くの農民たちは寝静まっているようだった。
唯一村長の家だけからぼんやりと明るく光が漏れていて、起きているであろうことが理解できる。
「ってな感じで、5頭ほど狩りました。一応、二頭ほど死体を持ってきましたが……食べます?」
「あぁ、これはこれはお貴族様の方、どうもありがとうございます。有り難く頂戴します」
「で……あー、一つお願いしたいのですが、一晩、宿をお借りしても?」
「えっ、あぁ、構いませんが……その、なにぶん、普段はお役人が税の取り立てにしか来ることしかない辺鄙な村ですので……」
「宿が無い、と」
「あぁいえ、あることはあるのですが、その……」
「貴族が使うには適さないと」
「その……すみません」
「俺が冒険者で、絶縁しているとしても?」
「ぇぇと……」
何ともばつが悪そうに村長が頭を下げる。
ふぅむ……まぁ、普通の村民からすれば貴族なんて雲の上の存在なわけだからな。
変に機嫌を損ねて殺されても嫌だし、絶縁してるとしても実家に変な言いがかりをつけられないとは限らない、そうなっては大変だ、と。
まぁ、そういう危惧を抱いても仕方あるまい。
「ふむ……」
さて、どうするかな。
向こうとしてはあまり俺に長居して欲しくなさそうだし、かといって流石に真っ暗闇の中を歩き続けるのも嫌なんだが……強引に泊まって顰蹙を買うのも面倒だしな……
適当な場所で野営するか。
「では、俺はここで失礼させていただきましょう。また何かあれば、是非依頼を」
「は、はい……ありがとうございました………………ふぅ」
オイ聞こえたぞ最後の。
……まぁ、いい。こんなことで目くじら立てるほど俺の心は狭くない。
けど気をつけろよ、貴族とは言わずとも、プライドの高い連中にそんなことしたらボコボコにされるかも知れんからな。
「にしても、暗いな」
言うまでも無いが、この世界に街灯はない。
街に行けばあるところにはある───それこそ、ギルドのあるあの街にはあった───が、しかしこのような村や街道に街灯があるわけがないという話だ。
明かりがあると言えば、星と月程度のもの。
そして懐中電灯なんて便利なモノも無いので、まともに歩くのならカンテラや松明が必要になって来る。
勿論、そういう状況を解決する魔法も無い事には無いし、夜間の行軍のためとか言われて覚えさせられていた俺にはそう言う手もある。
が。
「…………野営でいっか」
何事もまずは体験である。
こういうことになるのもまた、冒険の醍醐味というものであろう。
「以前は
幸いなことに、以前とは違って今の俺の手元には彼らから教わったノウハウと、事前に用意しておいた保存食がある。
これであれば、まともな野営が出来ることだろう。
前世で一時期話題になっていた、一人キャンプというヤツだ。
今晩はのんびりと一人時間を満喫させていただこう。
折角自由になったのだから、是非とも趣味も見つけていきたい。
さて、一人キャンプは俺の趣味になり得るかどうか、試させてもらおうじゃないか。